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 予兆から4日たった今朝、ルーズは師匠のアシェルからの手紙を受け取った。

 彼は天災の近くで監視する大変危険な任務中のはずだが、綺麗な文字が並んだ中身は時候の挨拶から始まっていた。

 彼は今城にでもいるのだろうかと錯覚したが、天災が月光に照らされていて夜も監視がしやすいとあったのでただ単に任務に慣れただけだった。


 師匠が相変わらずで、よかったと言うかなんと言うか…

 読み進めながら笑ってしまう。一番危険な場所にいるはずなのに。ルーズは、こんな気持ちにさせてくれる師匠に尊敬と呆れと感謝を文字にして送り返した。



『アシェル殿はなんと?』

 今朝方自宅に帰ってきたキーラと2人でランチをしていた時に手紙について話した。

『天災は変わらないようです。見飽きたみたいなこと書いてました。あ、それから映像を記録したので城に送ったと』

 魔力が濃く魔法具が使えなかった谷。魔法士団のアンナが所属する魔法具部が外からの魔力の影響を受けない防魔加工を開発されたことで、やっと魔法具を使えるようになっていた。


『そうか、分かった。

私は城に行くが、ルーズはゆっくりしてなさい』

 ルーズは旅を終わらせた後にすぐに訓練になったため今日は休息日にさせられた。どんなに頑丈でも休みは必要だと言われたが、行ってきた人たちが休んでいる様子がなかったのはいまだに解せない。



 キーラを見送ると暇を持て余したルーズは、部屋でアリナーデから借りた魔物学者の本を読むこと。各種族の生態や習性、生き物としての魔物を知るためにと借りていた本たち。


 動物から魔物が生まれるから似た生態だけれど、進化して長い年月の魔物はやはり動物とは違う。古い種族新しい種族かの見分け方は、目の瞳孔の形にあるらしい。


 えーと、丸型や縦型、横型が一般的で、古い魔物は燃えるような、目をしている…?


 燃えるとはどんな形だろうか。学者用語かもしれない…明日聞いてみよう、とメモを書き本に没頭していく。



『せっかくのお休みなんですから、ちゃんと体も頭も休めてください』

 背後からタナーに呆れられるが"知らなかった"で後悔するのだけは嫌だった。せっかくの助言だが苦笑いで返事をした。


『明日は大規模な夜会ですから、気を引き締めてくださいね』

 こんな緊急時だと言うのにバカな貴族もいるのだと教えてくれた。戦いには参加しない貴族たちのことだろう。

『魔力が少ないと戦わなくていいんだっけ?』

『そうです。新興の方は財力で貴族位を得てますからね』

 貴族といえど歴史が浅ければ浅いほど天災の知識はない。命を差し出す覚悟を知らない人間にルーズがどう映るのか。

『分かった。明日は公爵令嬢として頑張るわね』

 読書はタナーに本気で怒られる手前でやめてちょっとだけ早く眠りについた。





『おはようございます。今日は1日雨のようですよ』

 窓を開けると、弱い雨が絶え間なく降っていた。ここに来た時とすっかり色味を変えた庭先の花々が雨で大人しくしている。

 まるで緊張感が高まり沈黙を続ける一等区に暮らす貴族たちのようだった。



 夜会の朝というのは、決まって慌ただしい。

 朝食を済ますと湯浴みをしマッサージを施し、合間に昼食をつまみ、全身をオイル漬けにし置いて一旦放置だ。

『女性は大変だな…』

 キーラとシヴァンは朝からのんびり休みを満喫していたため、朝食後にメイドたちに連行されたルーズに同情していた。男性の支度は着替えるのみ。


『お待たせいたしました』

 長い時間をかけ、出来上がった公爵令嬢に男性2人は言葉が詰まった。

『…我が娘と自慢できるのが光栄だ』

 『義姉上お綺麗です』

 魔法士としてさらに自信をつけたルーズが公爵家の総力を上げて愛情と財を注がれた。内面から出る人間としての美しさに貴族としての美しさが加わり、生命力溢れる強き麗しさは王妃にさえなり得そうな風格が出ていた。



『さあ、行こうか』





 城に続く道は豪華な馬車で溢れ、諦めて歩く人の姿が窓から見える。雨の中、様々な模様の入った雨除け魔法具を羽織った人の列は何かの儀式のようだとルーズは思った。

『爵位が下のものは先に入場だからな、間に合わせるために歩くのだろう』

 ルーズがあまりに窓の外を熱心に見ていたためキーラが説明をしてくれた。城はすぐ目の前、歩いたほうが確かに早そうだと納得だった。キーラ家は専用の門から入城が許されているため、馬車と人の列から外れ別の道へと進んだ。

 



『キーラ公爵家の皆様こちらでお待ちください』

 城に着くと見慣れた使用人たちに案内され一室に通された。聞けばここはキーラ家専用の部屋だという。他の公爵家にも専用の部屋があるらしい。


 今日は晩餐会があるため他の仕事が休みになっていてキーラとシヴァンは久方ぶりの休息日だった。

 2人でチェスをして、ランチをとり、いろんな話をしたのだとシヴァンは嬉しそうに言っていた。今は3人で穏やかに時間を過ごし笑い合っている。

 この時間が長く続けば良いのに…と考え始めた頃に入場の時間になったと知らせが来た。




 大広間は、数百人が入れるとても広い場所だが今日は長いテーブルがぎっしりと設置され、ゆとりがなくなっていた。すでに全貴族が入場を終えているため数の多さに眩暈がしそうになる。

 突き刺さる目線に、以前なら足が震えていたが今は知った顔がどこにいるか探す余裕ができていた。優雅そうに目線を動かし、周りを探るが知り合いはあちらこちらに散らばっていた。残念だ。

 そういえば魔法士団は身分が不揃いだったと思い返す。

 

 キーラたちが席に着くと王族が入場した。普段なら参加できない王子と王女全員での列席に広間は静かにざわめいた。

 今日は特別に未成年貴族も参加可能なため王族も特別に参加する旨が知らされると大きな拍手に包まれた。


『今宵は皆と共に過ごし、皆と共に喜楽を分かち合おう。

インダスパに光を!』


 お酒を飲む定番の合図『私たちに光を』と言ってグラスを高く掲げ魔力を注ぐ。すると、コップが光って気分よく飲めるのだが、さすが城。

『グラスに模様が!』『まぁ魔法具でしたの?素敵』

 あちこちで声が上がった。


『これはすごいですね、色味も違ってる。綺麗…』

 ふと近くに座っていた魔法具部の人の方を見ると得意げな顔をしていた。魔法士団発案の品だったらしい。彼と目が合ったのでグラスを上に持ち上げ、魔力を注いだ上に暗闇を吹きかけ幻想的にしてみると紳士の顔が剥がれ『すげーっ!』と目をキラキラさせていた。

 皆が貴族然としていて不安だったが、彼らは彼らだった。安心した。


 すると突然料理がテーブルから現れた。テーブルクロスに転移魔法陣が刺繍されていて、料理が運ばれる仕組みらしい。今日は使用人たちも貴族として参加しているため、魔法具を駆使しているとシヴァンが教えてくれた。


 一口サイズのチーズの上に香ばしく炒ったナッツが散らされ、はちみつオイルがかかっている。口に運べばなめらかなチーズとナッツの所感が楽しく、甘さとしょっぱさが同時に味わえる一品だった。

『ワインに合うな』

 今日は未成年は果実水だが大人はいくらでも酒が飲めるらしい。ルーズはそんなに飲まないので大丈夫だが、明日二日酔いのまま天災が来たらどうするのかと心配になる。


『大丈夫だ。ここを出る時にアルコールを抜く装置を設置した』

 声に出さずとも疑問が分かったらしい。それなら安心だ、とワインに口をつける。甘味と渋みがあって高級そうな味がした。


 料理が進むにつれ同じテーブルの人たちと話してみると、隣国と少しだけ縁がある伯爵家だと言う。

『貴女が出したさっきの魔法綺麗だったわ』

 老婦人はルーズが先ほどグラスに纏わせた暗闇を見て、とても感心したらしく綺麗だ綺麗だと褒めてくれた。元当主だという老紳士もにこにことルーズを見つめ頷いていた。

 

 アリナーデを見る学者のような目で見られている気がする…?


 なんだかくすぐったい視線だが嫌な気はしなかった。ちょうど皿が空いたテーブルが寂しかったのでひらりと手で暗闇を出し、皿のマットにして老夫婦の前に置いてみた。


『褒めていただきありがとうございます。自然と消えてしまいますが良ければお使いください』

 2人が目を丸くしている間に皿が現れた。

『ああ、本当に…本当に、

素敵だわありがとう』

『ルーズ嬢、素晴らしい魔法をもう一度見せてくれてありがとう』

『うちの父に素晴らしい魔法を見せてくれてありがとうございます。この機会をくださったキーラ様に感謝いたします』

 現当主である息子の伯爵が喜ぶ両親の顔が見れたと嬉しそうに頭を下げた。


 いつも強気なキーラが珍しく眉を下げて首を振り困ったように笑っていた。


『二度も勝手に攫いおって…ルーズは我が家の養子にくればよかったんじゃ…今からでも遅くない。ルーズ、キーラを抜けうちに来なさい』


 優しい老紳士が急にキーラはだめだ。と言い出し、大人しくしていたキーラの額が冷たい笑顔に変わった。おかげでテーブルの周りだけ気温がぐっと下がったのだった。


 



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