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 ルーズたちは予兆の知らせを受け取った後、行く予定だった町全てに飛んで回った。


 ビクトリアが言っていたように、各地に衛兵が散らばり治安が守られ始めていた。結界に魔力を注ぐだけになり一つの町の滞在時間が格段に短くなった。


『これなら今日中に城に帰れそうね』

『そうですね』

 タナーと話していると近くにいた衛兵から『えっ!?』と声が上がった。盗み聞きしていたわけではなく声が聞こえてしまっただけなのだが彼はバツが悪そうに頭を下げた。

『すみません、あの…城って、中央のですか?ここから2日くらいかかりますが…』

『馬車だとそれくらいですが、走って回れば今日中には帰れるかと、夜中になってしまいそうですが』

 何を言っていると思われるが、事実なのでしょうがない。説明するべきか悩むが何も言わないので笑顔で押し切っると『はぁ…』納得しきれない様子の返事が返ってきた。いつかまた会えたらちゃんと説明しようと思いながらルーズは頷いておいた。


『では、私たちは次の街に行きますね。みなさんよろしくお願いします』


 魔法士団や騎士団の魔物討伐部隊が厄介な魔物を粗方倒し、次は対人部隊である衛兵たちの出番とばかりに『お任せください!』逞しい声を街に響かせた。



『彼らは法外地の取締りを終えたら、すぐに中央に戻るようですよ』

 タナーは衛兵たちから様々な情報を仕入れていた。予兆については先ほど伝令がきたばかりで、指示は『各地終わり次第直ちに戻れ』だったそう。


『それから貴族たちが集められ、平民の魔法士たちにも召集がかかった、と』


 多くの魔法士はギルドに所属しているが、個人で活動しているものにも声がかけられた。平民出身の中級までの魔法士は後方支援にあたるか国内でイリアの助けに入るとのこと。

 

 本来ならルーズは元平民の養女のため国に残ることができたが、貴族の魔法士として前線で戦うことを選んだ。


『早く戻って何か力になれることを探そう』

 


 さらに急ぐことにしたルーズたちは人目を気にせず飛ぶことを選んだため予想よりはるかに早く中央都市に戻ってきた。

 街から離れたところでルーズは空から降りる。中央都市の少し手前から特殊な結界が張られていたため無理に飛び越えず道なりに歩いて入ることにしたのだった。


『さすがに疲れましたね、と思いましたがルーズ様お元気そうですね。本当に24時間飛べそうで…』

『ごめんね、風を作って補助したけど走ってたら疲れるよね。

最近訓練してたからあれのおかげで無駄な魔力を使わなくて飛べるようになったの。疲れはそんなになくて…それに人目を気にしないと気が楽だしね』

 村から22時間くらいかけて飛んで帰ったこともあるとさらりと言うが遠出用の馬を使って普通なら5日ほどかかる距離を飛び続けたことがあるらしい。


『他の魔法士の方も飛べるようになるといいですね…』

『それがねぇ…デュオ様があと少しで飛べそうなんだけど、私がうまく説明できなくて。意味が分からないって言われちゃったの。だから全然飛べそうになくて…空気をぎゅってすればいいんだけど』

 難しいのよね…と色々頑張ったらしいルーズはあまりにみんなに説明が下手だと言われたのを思い出し落ち込んだ。いつもは間に入ってくれるイリアもあの時は真顔だった。


 時間がないから出来るかわからないけど、何人か行けそうな人がいたからその人たちに教えられたらいいな。




 夜になる手前の時間の街は、賑やかだった。

『川のこちら側の夜の始まりはこういう雰囲気なのですね』

 普段城にいるタナーは中央都市の平民街の夜が初めてのようできょろきょろと興味深そうに辺りを見回していた。

『仕事終わりで飲んでる人とかいるから賑やかなんだよねー』

『女性が1人で歩いて…雰囲気も良いところですね』

 住んでいた場所を褒められるとなぜかルーズが褒められた気がしてなんだかくすぐったい。




 変わらない街の様子にほっとしていると、前から見知った顔が歩いてきた。

『あ。ルーズさん!久しぶりだねー』

 騎士服を着たラズールが嬉しそうにおーいと言いながらやって来た。シワひとつないパリッとした服が街並みには馴染まず、仕事中というのが分かりやすい。


『お久しぶりです。今旅から帰ってきたところなんで…『あ!ごめんキーラ宰相がルーズさん見つけたら即公爵家にって言われてたんだ!ちょっと待って』

 言い終わらないうちに、あれよあれよと馬車を呼ばれ詰め込まれた。

『僕はまだこの辺の巡回しなきゃだから、またね』

 窓の外には手を振るラズールの姿が見えるが、どうやら早馬の馬車を呼んだようですぐに見えなくなった。


『仕事の早い方ですね…あの方はッ』

 タナーは感心するように呟いた後小さく舌打ちが聞こえた気がするが気のせいだろうか。顔を見ると涼しい顔で座っていたので多分気のせいだ。多分。



 川を渡り景色が流れた。段々と暗くなり、また明るくなって音が消えていく。

 やがて一等区の空気が車内に流れ込み少しだけ緊張した。




『おかえりなさいませ』


 出迎えてくれた公爵家の使用人たち。久しぶりに会う顔ぶれにルーズの心は緩む。


 いつも世話をかけている執事や仲良くなったメイドたちその他沢山の使用人が公爵家で働いている。

 彼らは貴族籍を持つものが多いが、生まれが貴族でも今は平民階級になっているものも少なくない。


 この国の貴族は嫡男以外は、成人後に平民になることがよくあるのだとか。それを聞いた時、貴族社会は大変だと思ったが…もしかすると天災で貴族が減った時のためでもあるのかもしれない。



 

 久しぶりの自室は、ルーズが好んだ香が焚かれベットサイドにはよく食べていたフルーツサンドが置かれていた。

 帰ってきたんだな…自分のために用意されたものたちに口元が緩む。大きく息を吸い込みベットにダイブした。


『ルーズ様、湯浴み準備ができているそうです。参りましょうか』

 呆れたようにタナーが声をかけるが、休むつもりがなさそうなこのメイドにこそ呆れてしまう。

『ありがとう。湯浴みは行くけど…タナー、あなたはちゃんと休んでて?』

 他のメイドが承知したとばかりに『そうですよ、おやすみください』とぐいぐいタナーを押し部屋から追い出した。これくらいやらねば彼女は休まないので仕方ない。

 メイドたちに手伝いを断り1人でゆっくり湯に浸かった。旅先とは違い、いい香りの泡に包まれてちょっと落ち着かない。


 忘れてたけど、こんな暮らしをしてたわ…


 魔法で温風を出し体も髪も乾かすと、旅先とは違い肌がもちもち髪はさらさらしていて淑やかな貴族令嬢が作られていた。

 感心していると、キーラとシヴァンが帰ってきたと知らせが来た。



『おかえりなさい』『『ただいま』』


 当たり前のやり取りができる当たり前の家族に目頭が熱くなる。キーラは『おかえり』と頭を撫でシヴァンは『会いたかったよ、義姉上』と笑った。

 


 久々の3人の食事は、イノウ以外の肉料理ばかりだった。回復させ魔力を蓄えておくということだろう。


『アズはなんと言っていた?』

 こっちもか!と思わず立ち上がりそうになったが堪えた。アズとはルーズの実父の名前だ。

『お母さんもヤユちゃんも元気にしてた?』


『その件について色々聞きたいことがあるんですが…一旦置いておきます。

父は、キーラ宰相とお酒が飲みたいと言ってました。他には特に何も。

母も妹も元気で、シヴァンくんがどれだけいい兄か言ってたよ』

 村での様子や旅の話をたくさんしながら3人は食事を楽しんだ。



『明日3人で城に向かうと王に伝えた。そのつもりでいてくれ。ではまた明日』

 食後のお茶の席でも今日起こったことには触れずただの日常、家族の団欒の時間を過ごした。

 目を背けているだけかもしれないが、今のルーズにはそれが心地よかった。



『分かりました。お休みなさい』


 最後にキーラはルーズとシヴァン2人を抱きしめ『おやすみ』と言って部屋に戻った。




 ベットに入り込み柔らかさを全身で感受する。

 眠れないかも、と思っていたが案外落ち着いていて自分の神経はずいぶん図太いのだとルーズは笑ってしまった。


 大丈夫。

 自分に言い聞かせ息を吐き出した。


 いつでも眠れそうな瞼の重さを感じながらふと窓を見ると月がぼんやり浮かんでいた。

 


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