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騒がしい夜を超え、朝日が昇る頃…村中に響き渡るのは甲高い鳴き声の鳥たちの大合唱。
『あーこれに似たような鳴き声の鳥が私の故郷にもいました。こけこっこーって鳴くのですが』
『こけ?こっこー…ずいぶん可愛らしい鳴き声なのね』
ルーズはメイドの故郷の鳥の鳴き声を想像し、ふふっと笑った。タナーは全然可愛くはなかったと思ったが夢を壊さないように黙っていた。
今聞こえている村の鳥の"ぎゃやーぎやあー"よりは可愛いかもしれないと思わなくもなかったのもある。
『さあ、朝の準備をしましょうか』
村の朝は早い。やることが沢山。部屋を出ると父はすでに家畜の世話をしに行き、母は水汲みを終え食事の準備をしていた。妹はまだ寝ているようだがルーズたちは朝の支度に少し出遅れてしまったよう。
『おや、2人ともおはよう。すまないが、パンが焼けたか外のかまどを見に行っておくれ』
母に言われた通りにパンを見に行くと丁度焼け終わったよう、いい匂いがかまどから溢れ出ていた。
中から取り出すと、家族が1日で食べる量にしては少し多い。
『ああ2人の分だよ。サンドウィッチにして、持ってきなさい』
そのために母は早くから色々な具を作ってくれていた。
母お手製の卵ソースを絡めたピリっと辛い卵サンド、甘辛だれのチキンサンドに山菜漬けサンド。母の味をたくさん詰め込んだバスケットを宝物のように受け取った。
朝食の準備もできた頃に妹が起きてきた。サンドウィッチの残りを見て『おかあさーん!私も作ってー』と朝から騒がしい。
昨夜とは違いみんな笑って食卓を囲んだ。
食事を終え、お茶を飲みながらゆっくりしていると村に鐘が鳴り響く。鐘は定期便がついた合図。
昨日の馬車とおじさんが村に着いたようだ。今日から定期便を始めるらしい。
『支度は出来た?忘れ物はない?ちゃんと休憩してね?』
相変わらず心配性な母に呆れながらも、今はこのやりとりが嬉しい。
『お姉ちゃん。とりあえず頑張って』
頑張るよ、親指を立てて応えると満足げに頷いた妹。可愛いな。頭を撫でてたら、なんだか不服そうで可愛かった。大っきくなったな。
『無理をしないように。周りを見なさい。
ルーズなら大丈夫』
1人じゃない、大丈夫を繰り返し伝えてくれた父。
また視界がぼやけてしまいそうだ。今日は泣かないと決めた。
『ありがとうみんな。
行ってきます!またね』
笑って馬車に乗り込んだ。
家族以外にもまた村の人が見送ってくれた。みんな『またね!』と手を振っていた。
今日はまだ馬車に乗る人はおらず、ルーズとタナー
と荷物だけが荷台に乗っている。
村の敷地を出たあたりで柔らかいカーテンを潜ったような感覚があった。
『すでに新しい結界が出来てますね』
ルーズが補充した魔力のおかげで魔力が多くある人には結界が目を凝らせば見えるようになっていた。
『そうね、これから大丈夫ね』
目に見えて守られているのが分かるのは、良い。綻びがあれば誰か気づくだろう。ルーズほどの魔力の持ち主は居なくともそれなりにみんな魔力は多い。
『お二人さんは、こっから歩きなのかい?!次の街はだいぶ遠いが…大丈夫か?』
深い森の手前で馬車を降りる。来た道とは別の道順で城に帰り、なるべく多くの街に寄るつもりだ。
『ええ、次の街までなら問題ないから。おじさんありがとう』
それじゃあ気をつけて、とお互い声を掛け合った。
馬車が見えなくなるとルーズたちは荷物はマントの中にしまった。
『飛んでいって大丈夫?』
タナーに確認すると『久々に思いっきり走りたいです』とのこと。ここから街へは馬車で早くても二時間はあるが休憩なしで行くつもりらしい。
『きつくなったら教えてね、じゃあ行きましょうか』
ルーズは高く飛び木の上からすいーっと移動し、タナーは木から木へ飛び移っていた。
あれは走るというのか?と不思議に思ったが楽しそうなので気にせずに全速力で進んだ。
時折タナーの姿を見失いながらまっすぐ空を進んでいく。30分もしないうちに塔が見えてきた。
次に行く街は高い時計塔が目印になっていて遠くからでもよく目立っていた。
『街あったよー。もうすぐー』
どこにいるか分からないが声をかける。するとタナーが木の上に出てきた。
『本当ですね。分かりやすい』
後少し、とさらに速さを増し移動して行く。こんなに自由に空を飛ぶことがなかったルーズは、手を広げくるくると遊びながら飛んだ。
風が頬や手に当たる感触が心地良かった。
森を抜けたところで2人は道に戻る。
『ここからは歩いていきましょうか』
30分止まらずに走り続けたと言うのに、息切れひとつしていないタナー。髪の毛の乱れがないのはどういった手口だろうか。
タナーすごいな、とルーズは思っていたが、タナーもルーズが自分の速さについて来れると思わず驚いていた。
タナーの仕事は護衛だが、キーラたちからルーズの力量を見極めるよう仰せつかっている。戦ったことがない彼女の真の力を誰も知らない。
知らなければ、止めることができない。頼ることができない。助けることができない。
ルーズの命を守るための情報をタナーはこの旅で集めていた。
結局ルーズ様は知れば知るほどすごい、としか報告ができず役に立っているのか…
優秀なメイドのタナーすら頭を悩ませるルーズの魔法士としての才能。早く魔法士団に入り活躍していればと悔やまれる。
『近くで見ると、本当に高いね…』
街の中に入るための門の外には通行人たちが並んでいた。大きな街では身分証明書が必要になる。
ルーズたちの順番になり、身分証を門番に渡すと二度見された後に別の入り口に案内された。
『御貴族様をお並びさせてしまい申し訳ございませんでした!こちらよりお入りください』
そう言われて、そういえば貴族だったと思い出した。タナーを見ると不思議そうな顔をしていた。
言われた通りに進むと豪華な扉があった。そこを通ると別の人間が待っていた。
『お待たせいたしました。こちらへお願いいたします』
係の人間のあとを着いて行っている途中でタナーがこそっと『渡した身分証はルーズ・キーラの名前は使ってないんです。なので貴族だとなぜ分かったのか不思議で…』と教えてくれた。
この街は特に貴族と平民を分けるような所ではないと聞いていたらしい。
連れて行かれた場所は、城の執務室に良く似ていた。門の近くにわざわざ作られたこの部屋は商談用だろうか?
『こちらで少々お待ちください』
美味しそうな紅茶とクッキーが用意された。
『この待遇だとキーラ家のものだと気付かれているかもしれません。
ここは確か、西の領地になるかと…』
西…と言えばショールをもらったサリー・サザンダを思い出す。サザンダは最西端に位置する小さな領地のため気軽に行くことができないのが残念である。
『西ならサリー様がいらっしゃるのかしら?』
どうだろうか、2人は考えても分からないためこのまま大人しく待つことにした。紅茶が冷め始めた頃、声がかかった。警戒しながらタナーに扉を開けてもらう。
『ルーズ・キーラ様及びタナー様お待たせして申し訳ございません』
現れたのは、あの夜会の日にサリーと一緒に謝罪に訪れた寄家の伯爵令嬢だった。
『先日は突然のお声がけ失礼をいたしました。また寛大なご配慮を承りましたこと感謝いたします。
改めてご挨拶申し上げます。
この度、伯爵家を継ぎ当主となりましたミア・アザンダでございます』
ミアはドレスを広げるカーテシーではなく胸に手を当て頭をさらに下げた。当主としてこの場に来たということだ。
頭を上げたミアと目が合う。
あの日よりも強い眼差しにルーズは息を呑んだ。




