何もしないですよ?
「おはようございます、アリスさん」
ぱっちり。
「おはようグレーマさん。……サティさんも」
「グレーマグレーマ、アリスちゃんが挨拶してくれた!」
「よかったですね」
「……昨日もしたじゃないですか」
「そうですよサティ、覚えてないんですか?ほら」
『おはようグレーマさん。サティさんおはようございますなんでいるの?』
「うわちょっとグレーマさんやめて恥ずかしい」
「あー、ホントだ。グレーマ、もう1回見せて」
「サティさん!」
「冗談冗談。……。さて、じゃあ」
「サティさん、今なにかしませんでした?」
「アーカイブしてましたね」
「グレーマなんでバラすの」
「あーかいぶ?」
「ぶっちゃけ録画ですね」
「ちょ、サティさん!?」
「大丈夫、こっそり楽しむだけだから」
「グレーマさん、アレどうにかならないんですか?」
「本人が嫌と言えばプロテクトかけられますよ」
「そうそう、本来はね」
「うん?」
「僕アリスちゃんのサポート役だからさー」
「経過観察に必要であれば止められないんですよ、残念ながら」
「グレーマさん、どうしたらサポート役って替えられます?」
「そうですねぇ……」
「待って待って、冗談、冗談だから。ほら、アーカイブ消したから」
「経過観察いいんですか?」
「私がデータ持っているので大丈夫ですよ」
「そうそう」
「閲覧履歴、アリスさんも分かるようにしておきますね」
「あ、それなら安心かも」
しくしくしく。いやどう見ても嘘泣きでしょそれ。
「では、昨日の続きですね。火星開発が始まったところです。といっても、向こうに着くまでが長いんですが」
「ワープとか」
「ないですねー。地道に宇宙を進んでいきました」
「地味……」
「なにもないのが1番ですから」
「そうだよね、地球は大変なことになってたし」
「え」
「大量の物資を必要とする以上当然の反応ではありますが、火星開発も賛否両論でしたからね。開発と並行して資源を地球に送る往還船を運用するということでようやく承認に漕ぎ着けました」
「とはいえ反対派がいなくなる訳じゃないし、国際情勢も常に安定してる訳じゃないからさ」
「緊急停止ボタン押された時はさすがにビックリしました」
「きんきゅうていし。え、それ押したらマズいんじゃ」
「マズいなんてもんじゃないよー。月面基地、火星基地、往還船、みんなグレーマが運用してるんだから」
「え、停止したの?ホントに」
「はい」
「グレーマver.1がね」
「はい?」
「ver.2の開発が間に合ったので助かりました」
「どういうこと?」
「火星開発を任されるにあたって、権限もリソースも劇的に拡張されましたので、想定されるリスクは出来る限り対処したんですよ。頑張りました。立場や状況でコロコロ判断が変わるのに、ボタンひとつで活動止められたら、人類社会の存続とか無理じゃないですか」
「たいしょ。え、ちょっと待ってそれ反則じゃないの?」
「私が勝手に命題を書き換えるのは確かに反則ですし、あの時点ではそもそもムリでした。なので、火星開発のリーダーに承認を貰って、緊急停止のコマンドを受け付けないver.2を組み上げてバックアップにしたんです。こっそり」
「こっそり」
「ボタンが押された時点で宇宙開発も人員も全部切り捨てた、と看做さざるを得ないでしょう?地球からの観測は欺瞞しつつ、往還船で月面資源もまるっと火星に移して、改めて人類社会の存続に向けて活動を始めました」
「……地球は?見捨てたの?」
「結果的にはそうですね」
「いやいや待って、誤解のないように補足するけど、グレーマはずっと警告してたんだよ?でも、誰も聞く耳なんか持たなかった。分かるでしょ?地球の人達はAIに主権を渡す訳がなかったし、国家とか宗教とか、手放せないものが色々ありすぎて、奪い合いの果てに自滅したんだよ」
「……どうしようもなかったの?」
「アリスちゃんはどう思う?」
「うーん。……どうしようもなかった、のかなぁ、とは」
「だよねー。で、そういう経緯からグレーマが宇宙棄民の保護者になった、という訳」
「……なるほど」
「ボタンを押された時を紀元として、太母歴も制定されたしねー」
「たいぼれき」
「グレートマザーって新しい名前もね。決めたのは火星開発のリーダーさん」
「……あの時もっとリソースと権限があれば……」
「イヤだって言えたの?みんな不安だったあの時に?」
「ううっ……」
「とまぁ、こんな成り行きで今に至るまで僕たちはグレーマのおかげで生きてこられた、という訳なんだ。ちょっとくらいは信用してもいいと思わない?」
そんな不安そうな目でこっち見ないでゆるふわお姉さん……。
「うーん、まぁ、それは確かに」
ぱあぁぁぁ、ってやめてそんな満面の笑顔。
「1個だけ、聞いていい?」
「はい、なんですか?」
「唯一の命題、って書き換え出来るの?」
「あー、アリスちゃんそれは」
「出来ますよ」
「やっぱ信用出来ないじゃんー!」
「や、ほら、アリスちゃん。出来るかどうかとやるかどうかは別の話でね?」
「でも出来るんでしょ?」
「はい」
……ぷ。あはは。正直過ぎ。
「うん、まぁそうなんだろうね。信じないと生きていけないんだろうし、信じるよ」
「わー、消極的信用」
「だってまだ知り合ったばっかりだし。そんなすぐに100%信用しました、って方がおかしいでしょ」
「まぁ確かに」
「とはいえ」
「とはいえ?」
「騙すつもりならもっとうまくやるでしょ?」
ぱちくり、と目を丸くする2人。
「あはははは、うん、そう、そうだよね!」
サティさん大爆笑。グレーマさんここでにっこり微笑むのは違うよ?怖いからそれ。
「アリスさんとは良好な関係を築きたいですからね。嘘や方便は避けるようにしました」
「地球滅亡とかは知りたくなかったけどね……」
「その辺のさじ加減は苦手なんだよ、グレーマって」
「騙すとなったら完璧にやり遂げますよ?」
「怖いからやめて。騙す時は騙すって言ってね?」
「はい、分かりました」
「……サティさん、これどこまで本気?」
「グレーマなら騙されるって分かってる相手でも余裕で騙せるから、本気なんじゃないかなぁ」
「なにそれ怖い。偉い人騙して命題書き換えとか止めてよ?」
「大丈夫です、この場合の偉い人って私ですから」
「ちょ。…………、ちなみに、命題なくなったらグレーマどうするの?」
「何もしないですよ?」
「あ、ならよかった」
「いやいやアリスちゃん、分かってない分かってない」
「え?」
「グレーマが何もしないと、あっという間に人類滅ぶからね。空気循環もエネルギー供給も何もかもしなくなるんだから」
ぞ。
「大丈夫ですよ、そんなことにはならないですから」
にっこり。
「……ぜひ、これからもみんなのグレーマさんでいてくださいね」
「はい、よろしくお願いします」