ファーストコンタクト
「おはようアリスちゃん、気分はどうだい?」
目を開けると、キレイな人。
メガネに白衣、ショートボブの女の人が真上からこちらを見下ろしてきている。
ドラマで見た研修医さんみたいな感じの雰囲気……というか、ねぇなんでそんな興味津々な目でこっち見てくるの怖い。
「まだ身体うまく動かせないよね?ベッド起こすよ、痛かったりしたら教えてねー」
今の言葉を合図としたように、ベッドの上半分がゆっくり起き上がる。だけじゃなかった。
膝から下の辺りがゆっくり下がって、ゆったりソファーに完全変形。なにこれめっちゃ座り心地いいんですけど。なるほどこれが異世界素敵。
研修医ぽいお姉さんは向かいのソファに腰掛ける。すっごいニコニコ。なんで?
白い部屋。病室、かな?
「さて、アリスちゃん。早速で悪いんだけど、君、子供は何人欲しい?」
「……………………は?」
スパァンッ!!
久しぶりに聞いた自分の声は、ハリセンの音に掻き消されました。異世界スゴい。
……ハリセン?
「順序は守る、って約束しましたよねサティ」
「うん、ちゃんと守ったよ?僕の優先順位」
「……………………あなたをちょっとでも信用した私が愚かでした」
「わぉ、グレーマに自虐させるなんてさすが僕」
なんか優しそうなゆるふわお姉さんが、いかにも頭痛が痛いというふうに嘆いている。
あれ、ハリセンどこ?……てゆーか、いたっけこんなゆるふわお姉さん……
「いましたよー最初から。サティ……こちらの方が一番に話したいと言うので仕方なく譲ったのですが、ええ、やっぱり間違いでした。アリスさんごめんなさいね」
「あー、いえ、はい。えーと、あの……」
「うんうん、いきなり謝られても訳分からないよね。まずは状況説明、ということでいいかな?」
「あー…………………………はい」
訳分からないのはそこじゃないんだけど、絶対違うんだけど、まぁ状況説明してくれるというのならそっち優先……かなぁ。最低限、危険はなさそうだし。
「ではでは、僕の名前はサティ。こちらはグレーマ。基本的に僕たちが今後アリスちゃんのお世話をしていくので、よろしくね」
「お世話?……あ、はい、よろしくお願いします?」
「詳細は省くけど、君は事故に遭って昏睡状態だった。覚えてる?」
ぱちくり。
「そうなんですか?」
覚えてるかと聞かれればまるっきり覚えてない、としか。昏睡状態って意識不明とかだよね?そんなの、そもそも覚えてるとか無理なんじゃ……?
ぐっぱー、ぐっぱー。うん、手はちゃんと動く。
ちらり。にっこり。
「ええ、当時の医療技術ではどうしようもなくて、冷凍睡眠で未来に望みを託した、という流れですね」
「……へー……」
「なんかアリスちゃんの信頼度に隔たりを感じるのは私だけ?」
「いやだって、絶対面白がってるじゃないですか、ええと、サティさん?」
「それは認めるけど、嘘は言わないよ?」
「……えー、認めるんだー……」
「それでね、1万年経ってようやくお目覚め、ということなんだな、これが」
「いちまんねん」
「今は西暦で11,832年に当たりますから、1万年弱、と言った方が正確ですね」
「じゃく」
「グレーマ細かい」
「サティがおおざっぱすぎるんです」
「まぁほら、大体そんな感じ。お寝坊さんだねアリスちゃんは」
「……えーと、そんなに経たないと治せないような状態だったんですか、わたし」
「うーん、そこは大人の事情とかかなぁ」
「おとなのじじょう」
ちらり。そらし。
……うん?
「まぁ、大変な状態だったのは事実というか。どんなだったか聞きたい?聞きたい?」
「いやいいです結構です心の準備が出来てないのでまたの機会でお願いします」
「うんうん、大事なのは今とこれからだよね」
「あー、ええと、はい、それでいいです」
「それじゃあ、これからしばらくは経過観察とリハビリという流れになるからよろしくね」
「りはびり」
身体は普通に動くけど、必要なの?
「……サティ、そろそろいいですか?」
「えー、もう?」
「悪ふざけに加担するのは本意ではないと最初に言ったでしょう。仮想を普通と錯覚してしまうと、リハビリにも支障が出ますし」
ん?
「仕方ない、これ以上アリスちゃんに嫌われたくないしイタズラはこれくらいにしようか」
「ちょっと待って何されたのわたし?」
「えーと、……ドッキリ?」
「嘘は言ってないんですよ、私もサティも。ただ、ここが現実ではなくて仮想空間だということを内緒にして様子を観察したい、と要請されまして」
「なんでそんなこと。てゆーか仮想空間って?」
「いやほら、びっくりした顔見たいじゃない?」
「はぁ、……こういう人なんです」
「うん、欲望に正直な人ってことはよく分かった」
「照れるなぁ」
「……実のところ、アリスさんの身体はまだ治療の途中でして。サティの言った通り、経過観察とリハビリが必要ですので、治療が終わるまではこちらで精神面のケアなど諸々を行う予定なんです」
「リハビリ必要?ちゃんと動けてるよ?」
「そうですね、観測している限り、神経伝達は思いのほか良好ですので、身体が再生してもすぐに馴染めそうです」
「???」
「アリスちゃんアリスちゃん、あのね、今アリスちゃんが感じてる身体感覚全て、グレーマが用意した仮想空間なんだよ?」
「…………はい?」
「フルダイブ型、って言えば分かりやすいかな?アニメとかでよくあるやつ」
「いや待って。あんなのSFの中の話でしょ?」
「だってほら、1万年経ってるし」
「……………………」
ちらり。にっこり。
「グレーマさんて何者?カリスマ外科医?天才プログラマー?」
「どっちも正解でどっちも外れ、かな。ではグレーマ、改めて自己紹介をどうぞ」
「改めまして、総合環境管理AI、愛称グレーマです。よろしくお願いしますね、アリスさん」
「……………………………………………はい?」
作り物臭さなど微塵も感じさせず、目の前のゆるふわお姉さんは慈母のような微笑みを投げかけてくる。待って眩しい。なんで?
--とまぁ、こうしてわたしの人生は再スタートを切った。……らしい。