執着罪
「というのがね。あったんだよ」
「執着罪?なにそれ」
「簡単に言うと、そうだね、ストーカーはダメだけど、趣味や嗜好全般とか、溺愛や依存も同じようにダメ、という話」
「なにそれヤバ」
「だよねー、ボクもそう思う」
「まぁまぁ、ホントにあった訳じゃなくて、そういう発議もあった、というだけですから」
「いや、そもそもなんでそんな話に」
「今はほら、落ち着いて生活できる環境が整った訳だけど。地球に見切りを付けた当初」
「サティ、事実は正確に。火星往還船は加害者じゃなくて被害者です」
「ああ、はいはい。地球に見切りを付けられた当初は、ね」
「よろしい」
「変わんないじゃんどっちでも」
「サティさんそれは雑過ぎでは」
「アリスちゃんまでそんな目くじら立てないでー。でね。当初は資源も何も足りてなかったし、大変だったんだよ」
「見てきたみたいに」
「当事者レベルはムリだけど、資料はほら、ここにいるから」
「えっへん」
「資料扱いでいいんだ……」
「アーカイブは得意ですから」
「でね」
「くすん」
「で・ね?」
「相変わらずだなぁこの二人……」
「人に迷惑をかけるのはよくない。だから罪になる。これはOK?」
「それはもちろん」
「じゃあ次。なにごとにおいても、執着は偏重の原因となり、バランスの崩壊を招く。これは?」
「意味分かんない」
「例えばね。パンが一個あるとしよう。好きな人と嫌いな人がいます。どっちにあげる?」
「そりゃ好きな人」
「じゃあ、銃が一丁あります。好きな方を撃ってください」
「やだ」
「わぁ即答。まぁまぁ、ホントに撃てって訳じゃないし、ただの思考実験だよ。さぁ、好きな方を選んで」
「好きな方って、その言い方わざとだよね」
「好きに捉えていいよ」
「その笑い方嫌いー。どうしても撃たなきゃいけないなら、好きな人は撃ちたくないので嫌いな人を撃ちます」
「なるほど、それを選ぶんだね?」
「なにそれ。好きな人撃つ訳ないじゃん。あ、ひっかけ問題?」
「まぁ別にひっかけを狙ってる訳じゃないから安心して。じゃあ解説のグレーマさん、どうぞ」
「はいはい。この選択の答えは概ね四つでしょうか。撃つ選択。好きな人を、嫌いな人を、もしくは自分を」
「え」
「自分を撃つなんて選択肢が普通に出るならアリスさんの監視を強めないといけなくなるので、そこは安心しました」
「それは、まぁ、どういたしまして?あれ、四つめの選択肢って?」
「無効な選択肢というものですね。誰もいない方へ撃つ、銃を壊す、質問者を撃つ、モニターやスピーカーなど質問者との接点を壊すなどなど、意味のない選択肢です」
「弾や銃は補充できるし、他もまぁどうとでも。そもそも仮定の話だし、答えを先延ばしにしてるだけ。選ぶか回答を拒否するかの三択だね」
「……わたし、やだって言ったのに」
「死んでもイヤ、とまで言うなら認めざるを得ないけど。でも、ダメって言ったら拒否を諦めたよね?」
「それはまぁ。なんにしたって質問がイジワル過ぎると思う」
「そうですよ、サティ」
「ほら、グレーマさんもそう言ってるもん」
「でもアリスちゃん。気付いてないから言うけどさ」
「な、なに?」
「アリスちゃんが答えるまで止めなかったグレーマもどうかと思わない?」
「え?あ。……グレーマさん?」
「それはだって、どう答えるかは重要な知見ですし。良くないとは思いますけど、情報は多いに越したことはないですし。……サティ、私を嵌めましたね?」
「うん。分かってて嵌りに来るところまで予測済み」
「わぁ、グレーマさんがサティさんにしてやられてるのってなんか新鮮」
「そりゃあボクだって負けっぱなしじゃないからね。グレーマが今一番知りたいのはアリスちゃんのことだし、何をどう判断するのかなんて話なら、罠だって分かってても飛び込むに決まってるじゃん」
「怖」
「まぁまぁ。だってほら、グレーマってアリスちゃん以外の人の情報は、全部持ってる訳だからね」
「全部」
「そう。産まれる前から全部」
「そうだ、そういう人だった」
「人じゃありません、AIです」
「そう言われても」
「ねぇ」
「うんうん」
「……ところでアリスさん、サティの恥ずかしい記録なんですけど」
「はい、仕返しもとい脱線はそこまで。本題に戻ろうか」
「え、超気になる」
「アリスちゃーん?」
「はーい」
「で、執着罪の話。撃てとは言わなくても、非情な選択を強いられることはどうしたってあるんだよ。全員は助からない状況で誰を助ける?とかね」
「うーん?」
「前に言った火星往還船だけどさ。アレには沢山の人が乗ってたんだ。月の基地にいた人もみんな避難させたからね。でも、空気も水も食料も、居住スペースだって限りがある。犠牲は出したくないけど、絶対的にリソースが足りない。さぁ、アリスちゃんだったらどうする?」
「え、そんなこといきなり言われても。……んー、みんなで我慢するとか?」
「まぁそうだよね。みんなで消費を抑えれば長持ちはする。でも、いつまで続くか分からない状況で我慢し続けるのって、やっぱり限界あるよね?」
「うん、ずっとはムリ」
「じゃあ、ルールにして守らせよう、っていうのが執着罪の発端。みんな我慢してるんだから、我慢できないのは悪いこと。愛情や嫌悪なんかはもちろんだし、個人の自由も過剰な多様性擁護も。執着そのものが高コスト過ぎるから、じゃあそれはなしにしよう、だってさ」
「ホントムリ。うーん、状況が状況なら、分からなくはないけどさぁ……」
「あはは、納得は出来なくて当然。結局そんなルールは成立しなかったし」
「あ、そうなんだ?よかった」
「でも、成立ギリギリまではいったけどね」
「まぁそんな大変な時なら仕方なかったのかなぁ……」
「面白いのはね」
「面白くないですよ、サティ」
「細かいなぁ。こほん。興味深いのはね、この話が出たのはその大変な時じゃなくって、その後なんだ」
「え?」
「色々大変だったからね。もうそんなこと起きないようにしないと、って」
「そんなこと?」
「色々ではあるんだけど、結論から言うと、みんな我慢は出来てた。問題は話し合い」
「話し合いで?なんで?」
「ざっくり言うと、二つの意見の対立、かな?このまま全員でずーっと我慢を続けるのか、それとも人数を減らすのか」
「待って。ねぇ、人数減らすって、どうやって?」
「答えた方がいい?」
「……ううん、いい」
「どっちも間違ってないし、どっちも正しくない。そもそもどうしようもないのに、納得のいく結論なんて出る訳がないよねー」
「それは分かるけど。でも、それでどうなったの?」
「その時はね、なんとかなったんだ。意外な人のおかげで」
「誰?……って、言われても分かんないだろうけど」
「アリスちゃん」
「ふぇ?」
「だから。アリスちゃんのおかげなんだよ」
「グレーマさん、サティさんが何言ってるか真面目に分からないんだけど……」
「まぁ驚かせるための説明の仕方でしたから。でも、嘘は言ってないですよ」
「待って待ってわたしなにもしてないし」
「大丈夫ですよ。おかげと言っても、アリスさんと言うより、アリスさんの冷凍睡眠の、というところですから」
「そうそう。その技術のおかげで、未来に希望を残すことが出来たんだ。だからアリスちゃんのおかげ。でしょ?」
「それは絶対違うと思う」
「でも、アリスさんを生かそうとしたお母さんと研究者さんのおかげなのは確かですよ。だから、希望を繋いでくれたお二人とアリスさんには本当に感謝しています」
「そっか、お母さんが頑張ってくれたからなんだ。えへへ、うん、それはちょっと嬉しい」
「それでね」
「情緒」
「だって話の途中だし。困ったのは船長さん。彼女、息子がいたんだけどさ」
「え、船長さんって女の人だったの?」
「はい。ベテランさんで、冷静で柔軟な思考が出来る人でした。私の権限を無制限解放して、停止信号をパス出来るようにするきっかけをくれたのも彼女でした」
「うわぁ、すごい人だったんだー」
「そうそう、超有能。だから、なんとしても船長を続けて欲しかったんだけど」
「……だけど?」
「冷凍睡眠の被験者第一号。あ、立候補でね」
「え、なんで?」
「息子がいるって言ったでしょ?話し合いの結論は出なかったけど、信頼の厚い船長の意見は重視された」
「う、うん。そうだよね」
「でも、息子と同じ意見となると、事情が変わる。家族を贔屓してるんじゃないか、って」
「そんな。……ひどい」
「自分の命のかかった話し合いだもん、そう思ってなくても駆け引きには使うよね。で、まとまるものもまとまらなくなって。で、彼女が選んだのは自己犠牲。リーダー失格」
「だからサティ、あの時はどうしようもなかったと何度言えば」
「何度言われても納得なんかしないよ。ムリ。リーダーなら独裁と言われようとなんだろうと最善を選ぶべき。どうにかしてから逃げるならまだしも、どうにかしないで逃げただけじゃん。それって最善なの?」
「待って待って、ケンカしないで」
「ケンカじゃないよ、意見戦わせてるだけ。……アリスちゃんは話し合いに慣れてないんだねぇ」
「うぅ……だってぇ」
「アリスちゃんは可愛いね。それで、結局息子もいたたまれなくなって冷凍睡眠。残った人たちで必死に頑張って、それでなんとか今に至る、というお話」
「なんか……しんどいね」
「そうですね。それで、もう同じことが起こらないように、という思いから執着罪という話が持ち上がってしまって。執着はコストを増大させるから良くないものだ、って」
「……極端。でも、そういうことだったんだ……」
「いやー、ホントこれが採用されてたらどうなってたことか」
「ど、どうなってたんですか?」
「さぁ?」
「さぁ、ってそんな」
「ボクには想像もつかないもの。ボクといえば執着、執着といえばボクだからね」
「だからね、じゃありません」
「じゃあボクから執着取ったら?」
「……想像もつきませんね」
「でしょ?」
「ぷ。あはは」
「あ、アリスちゃん笑った。面白かった?」
「あれは卑怯ですって」
「ごめんごめん。でも、アリスちゃんもどうなってたか分からないんだよね」
「え?」
「冷凍睡眠装置の維持もコストだし」
「あ」
「ね?」
「……うん」
「あ、怖がらせちゃった?ごめんごめん。でも大丈夫、絶対採用されないから」
「……ホントに?なんで?」
「どんなにみんながいいと言っても、執着罪なんて絶対認めない、って人が一人いるからね。ね、グレーマ?」
「……グレーマさん、そうなの?」
「………………サティ、一人、じゃないでしょう?」
「あ、グレーマさん!?」
「そうそう。ね?」
「ええ、絶対認めませんね」
「どうして?」
「生きることそのものが執着だからですよ。執着があるから人は前に進めるんです。発展し、文化を作り、芸術を楽しみ、共に喜び合ってきたんですから。それを認めないというなら、人類社会の存続、という私の命題も成立しなくなります」
「なるほど?」
「私はそう思います。アリスさんも、生きたくない、なんて思わないでしょう?」
「うん。それは、思わない」
「……ありがとうございます」
「え、なんで?」
「大切なことだからですよ」
「んー、そう、なの?」
「はい。でも、もしそう思えなくなりそうな時は相談してくださいね?」
「そんなの想像もつかないけど。うん、分かった」
「さて、アリスちゃんはそろそろお休みの時間かな?」
「あ、うん。なんか眠く……ぐぅ」
「また疲れさせちゃったかな?」
「難しい話でしたしね。でもバイタルは安定してるので、今回はよしとします」
「わぁ、寛大。ねぇ、グレーマ」
「なんですか?」
「再現性のない技術だったって。ちゃんと言った方がよかった?」
「……いいえ、私はサティの判断を支持しますよ」
「え、ホント?やったー」
「今回は。今回に限っては、ですからね」
「……えー、そこまで言わなくてもー……」




