早起き損
三題噺もどき―ひゃくよんじゅうなな。
お題:薄明光線・突風・レース
「ん……」
ふと―目が覚めた。
クーラーをつけっぱなしにして、遠くで扇風機も回っている。二つの冷房機器のモーター音が、低く静かに、唸っている。
「……」
外はきっと、この涼しさが嘘のように感じる程暑いのだろう。
七月も終わりに近づきつつある今。日々暑さは増している。夜はこれくらいの冷房をつけないと、寝苦しくて熟睡なんてできない。―といいつつ、しっかり掛布団を被っているが。
「……」
そんな夏の日。
時刻を見ようと、頭の上あたりにあるはずのスマホを手探りで探し当てる。まだぼやけている頭は、夢の続きを見ているようで、はっきりとしない。
コツン―と、物体が手に当たる。あった。
「……」
それをそのまま、つかみ引っ張る。拍子で充電コードが抜けたようだが、どうせ充電は終わっているだろう。100パーセント、元気いっぱいだろう。持ち主と違って。
「……」
滑り落ちないよう、もう一度握りなおし、それを顔の前に持ってくる。
本体横の、電源ボタンを軽く押すと、パッと、光が漏れだす。
部屋に遮光カーテンをつけているせいで、必要以上に暗い部屋。その中に強い明りが突然生まれる。
「ん…」
思わずその眩しさに、目を閉じた。瞼越しにも分かる明かるさ。それは、寝起きの頭にガツンと殴られたような、痛みを与える。目の奥も痛い。
「……」
ようやく慣れてきたところで、うっすらと目を開く。
若干ぼんやりとするが。目が悪い上に寝起きだからだろう。さらに、その画面自体見にくいのだ。白い背景に白い文字盤って…。見る気ないな我ながら…。とはいえ、文字にはうっすらと輪郭がついているので、視界がはっきりとしてくれば、見えてくる。
「…ごじ……」
正確には、午前5時25分。丁度いい時間なのか何なのか。また微妙な時間に覚めてしまった。 今日は何か予定があったのだったか…。
起きる予定の時間より早く目が覚めるときは、何かしらある。大体。―不安で起きてしまうから。友達との約束とか、映画の予約とか、散髪の予約時間とか、原稿の締め切り日とか。
「……」
しかし、思いだしてみる限り、とくにない。
ここ何年かは、外出すること自体控えている。映画なんかもレンタルでいいか、となっている。散髪は行くには行くが、そう頻繁にはいかない。
「……」
もう一度、寝直すか…。
とも、思いはしたのだが、やけに目がさえているのだ。先までは開くことすら億劫だったのに、もう今は閉じることの方が面倒くさい。
起き抜けにスマホを見たのがよくなかったかもな…。―いや、それは割といつものことなのだが。今日みたいに朝早めに目が覚めたりしたときは、大抵はそのまま寝る。寝落ちみたいな感じで。そして、いつものじかんにアラームに起こされる。
「……」
ふむ。
たまには、早起きをして動いてみるか。この朝早くに何をするのだという感じだが。
ごそごそと体を起こし、布団を引っぺがす。
未だ静かにうなっている扇風機を止め(足元にあった、全然遠くない)、クーラーのリモコンを探す。少々冷えすぎたなこれは。夏だというのにふるりと体が震える。
「……」
布団の横にあった。そのリモコンを手に取り、温度を調節する。どうせ今日も一日、部屋の中に居るのだから、電源は切らないでおくことにした。あまり点けたり消したりするのもよくないらしいからな。
「……」
それぞれを済ませ、そのままカーテンへと向かう。
これは私のルーティンというか、なんというか。ただでさえ、暗い部屋なので、カーテンを開いて外からの自然光を部屋の中に入れるようにしている。電気使うよりいい。電気は少々苦手だ。眩しすぎる。
それに、自然光を浴びるのは、健康にもいいというし、朝それを目いっぱいに感じるのも、なかなかに乙なのだ。
「……わぁ、」
シャーと、遮光カーテンとその後ろにある、レースのカーテンを一緒に開く。
―すると窓の向こうには、美しい景色が広がっていた。
「……」
これは、早起きの特権だ…。
「……」
丁度日の出の時間だったようだ。
空には、放射線状に光が広がっている。
雲に隠された太陽が、その隙間から、その端から。
優しく、暖かな光を、注いでいる。
まるで、生命の営みを歓迎しているように。
さぁ、起きろとでもいうように。
美しく、輝いていた。
「……」
薄明光線…というのだったか。
昔何かで目にしたことがある。本物は見たことがなかったが…こんなにも美しいものだとは…。たまには早起きもしてみるものだ。
「……」
そして、思わずその景色に魅入ってしまった私は。
もっとはっきり。窓のガラス越しではなく。この目に焼き付けたい―と。
そう思い、無意識に窓をカラリ―と開く。
「――わっ」
とたん、ブワー!!と、突風が吹きこみ、部屋の中へと侵入してきた。待ち伏せでもしていたのかという、完璧なタイミングで。
カーテンを揺らし、はためかせ、部屋の中を吹き荒らしていく。
部屋の中の空気をがらりといれかえ去っていった。ついでとばかりに、そのあたりに置きっぱなしにしていた原稿も、まき散らして。
「……」
もう私の頭に、あの美しい景色はない。
ただ部屋の中の惨状に、うんざりして、がっかりして。
見たくない現実を忘れるように、もう一度寝てやろうと。
窓を閉じ、カーテンをピッタリ閉め、布団にもぐった。
私に早起きは似合わないのだろう。