春はあけぼのと言うけれど。
歩く。歩く。誰もいない、静かな夜を、歩く。
上着も着ないで、裸足のままで、誰もいない街を歩く。
今夜は晴れだ。月が坂道を優しく照らしてくれる。
田舎でも都会でもない住宅街は、零時を過ぎると深い眠りにつく。
静寂の中を歩いていると、まるで自分が世界の中心に立っているような気がしてきて、なんでもできると思えてしまう。
夜を従えた私は、昼間の世界から開放されるのだ。
学校では、もうじき古文の暗唱テストだそう。
郵便受けに届く、学校のダイジェスト版に、そう書いてあった。
せっかくの詩を味わわないで、意味もわからず暗記している級友たちの姿を思い浮かべて、ちょっと笑った。性格…悪いかな。
控え目なお月さまに照らされて、散り始めた染井吉野のあたりは一面の薄桃色に輝いている。
見上げると夏ほど高くなくて、冬よりも少し親しみやすくなった空。
春はあけぼの、と言うけれど。
春の宵だってほら、こんなに綺麗だ。