終わりゆく夢
本日、2回目の投稿です。
――エデン大陸、闇の陣営アダミリア
エデンにはミドリア帝国と呼ばれる大帝国があった。
闇の陣営アダミリアにある国の一つであり、プレイヤーが作る国の中で最大の人的資源数(総人口一億六千五百万人)を誇り、科学技術と攻撃にのみ特化した魔法技術を持ち、豊富な軍事力と他国から奪い取った豊富な資源を有する大国であった。
その名は「エデンー失われた楽園―」の中でこの名を知らないものはいない名である。
ただ、その名を良い意味で語るものはいない。
いわく、「邪神よりも凶悪な男が治める国」
いわく、「ゲーム史上最悪にして最強の侵略国家」
いわく、「秩序の破壊者」
いわく、「廃人国家」
そんなゲームの中でもっとも繁栄し、誰もが憧れ、誰もが恐れ、畏敬した国は世界ゲームの終りに直面していた
闇の陣営アダミリア――ミドリア帝国
その首都である帝都アミリアにはミドリア帝国皇帝が住まう大宮殿とその下に広がる広大な都市が構築されていた。宮殿は希少位鉱石である白銀色の魔導石を城壁にふんだんに使用されており、ゴシック建築を基礎とした宮殿は訪れた他のプレイヤーから感嘆が漏れるほど美しかった。
当然、それほどの外装をしている城である。当然中も趣向が凝らされていた。
特に玉座の間は美しく磨かれた大理石によって作られた白亜の壁、純度の高いガラスによって光が場内に取り込まれるようになっている。更にダイヤモンドやエメラルドなどのさまざまな宝石で飾り付けたシャンデリアは釣り下がっている。
そんな豪華絢爛で広大な玉座の間にしては幾分か数として見劣りするかのように幾人かの人影が見えている。
特にその中でも最も目を引くのが広間によく合う美しい玉座。希少位鉱石である七色魔鋼や希少位級ドラゴン≪宝玉竜≫の皮で作られた番外級アイテムである「神王の玉座」の前には2種類の服――5人は軍服、5人は儀礼服――を着た10からなるさまざまなそ種族が傅いている。そして玉座の上には一人の男が座っていた。
黒い目に黒い髪、顔は特徴が掴みづらく、のっぺりとした顔立ちであり、その姿から感じる存在感は、あまりにも薄い。しかし、そんな過度な特徴はないが、よく見てみるとその目の奥深くは燃え上がるほどの野心があるのを見て取れる男
男――ミドリア帝国皇帝、プレイヤー名はルーデリア。本名、柴崎京介は自分の愛した世界の終わりをかみしめていた。
日本で一大ブームメントを巻き起こした「エデンー失われた楽園ー」は京介がこよなく愛したゲームだった。
京介はこのゲームに人生を掛けていたと言い換えても過言では無い。この為に大学を辞め、時間を作り、莫大な課金をし、6年間を費やして来た。
人が見れば人生の無駄の様に感じるかもしれない。だが京介はそう感じなかった。彼にとって「エデン―失われた楽園―」こそが『現実』であり、自身の夢が叶わない『現実』といった要素は雑多なものであった。
しかし、そんな素晴らしい『現実』にも終わりがやってきたのだ
「…」
京介は自身の感じていた『現実』が終わりゆくことへの寂しさを感じながらも確かな満足感を感じていた。ゲームが終わる事は確かに悲しい、だが、それ以上に自分の夢を満たしてくれたこのゲームに対しての感謝が一番を大きかった。
「2か…【操作窓】」
そういうと彼の目の前に小さな電子画面が映し出される。そこには様々な情報が書かれているが、慣れた手つきで京介は画面を操作する。そして、画面いっぱいに目のひくような「エデン2」の告知が映し出されている。
「楽しみだ…また、この世界を楽しめるんだからな…しかし、今持っている装備とかは持ち越されるんだろうか?」
そう言うと京介は自らの指についた一つの指輪に視線を落とす。
2匹のくろい蛇が互いのしっぽにかみつき円をなしている絵柄の指輪、金や銀等の装飾は美しいがどこか気味悪さを感じさせる。
これは『神化の指輪』と呼ばれるアイテムであり、5年前に実装された大型アップデートである「邪神の憎悪、女神の再臨」で‟あるシステム”と一緒に追加された指輪である。
〈勢力調査〉と呼ばれるシステムがある。それは半年に一回のペースで国力や勢力、軍事力などの総合的な面から作られた順位が両勢力共にランキング形式で公式HPにて掲載されるようになるのだ。
この指輪はそのランキング内で光・闇の各陣営のトッププレイヤーに配られるというものであり、それがこの番外級アイテム『神化の指輪』である。
番外級とはゲーム内の様々なモノのレアリテとは外れた位置にあるアイテム等の事をさす。
本来、「エデンー失われた楽園ー」でのアイテムレアリティは希少位、上位、中位、下位の4つで構成されている。これらの4つはガチャや特殊クエストの報酬等で手に入る。だが、これ以外のレアリティとして存在するのが番外級である。
このレアリティはゲーム内で20個しかない特別なアイテムである。特殊な条件を達成することで手に入り、その効果はゲーム内ルールを無視するような効果が付いている。特にこの指輪は他の番外級と一線を超すアイテムである。
まず、この指輪の装着者には自身のレベルの上限が解放される。
本来、プレイヤーレベルが100レベルになることでこのゲームは打ち止めになってしまう。しかし、この指輪を装備すると追加で25レベルの上限が解放される。
25レベルも変わるとステータスは他のプレイヤーと大きく変わってくる。
実際にこのゲームは10レベル違うだけでステータスとしては苦戦し、25レベルも離れるとステータス上では相手には勝つ事は不可能となる。
ただし、それはステータス上の話しであり、そこへプレイヤースキルやアイテムを加味して戦えばその限りではない。
そして、この指輪にはもう一つ効果がある。
それが新たな「神性」というスキルが追加されるようになる。
このスキルは「神種」への進化を可能とするスキルである。
進化とは、このゲーム内で起こる特有のシステムで25レベルずつに起きる。
一部の例外種族はいるものの、進化が起こる毎にプレイヤーが選んだ種族の上位種となることができる。
亜人種の代表であるゴブリンであれば上位ゴブリンへ、スケルトンを選べば上位スケルトンへと進化する。そして、本来であれば100レベルで最高位種に打ち止めとなるが、この指輪の効果により、25レベルの上限が解放され、追加で1回の進化権を得ることができる。
そして、追加スキルである「神性」によって隠し種族である選んだ種族の最高異種の上の種族になる事ができる。
京介は物理防御と豊富な状態異常を持つスライム種を初期のキャラメイクで選択していた。
そして、100レベルになる頃にはスライム種の最高位種の一つである、「混沌の粘性体」になっていた。
そこからさらに「神化の指輪」を使用することにより、京介は「古き始まりの粘性体」になる事ができるのだった。そのおかげで指輪取得後以降は更に自身の勢力を拡大できるようになったのだ。
「良い思い出だった…まぁ、ぶっちゃけ、この指輪さえ、2に持ち込めればあとは何にも要らないよ…まあ、無理だろうが」
この指輪は〈勢力調査〉のトッププレイヤーに渡されるものだ。1の頃は京介とあいつだったが、2になったらわからないだろう。
1からやっていたプレイヤーからしたら京介は最初に潰さないとまずい危険プレイヤーである。
――多分、みんな本気でやりにくるだろうな…特に国力やレベルで差がつかない初回は…ただ――
「そんな低レベルな連中には負ける気はしないがな。あー…楽しみだ…そうだよな、お前たち」
京介は玉座に自分の前に跪いている者たちをみる。
彼らは「神兵」と呼ばれる帝国の中核をなす役職であり、その多くは「祝福」を持つ者達である。彼らは5人の武官である団長と5人の文官である長官で構成されている。
――皇帝の右腕の役職であり、《始まりの一人》アルブヒト・フォン・シュバルツを先祖に持つシュバルツ公爵家次期当主、153代目次期当主兼第一軍団長、人間種カミエラ・フォン・シュバルツ
――帝国の治安維持及び帝国内の教会を管理を主任務とする第2軍団、40代目団長である聖滅の熾天使ゼリア・アメイシス
――帝国の陸上戦闘を主任務とする第3軍団、153代目団長オーガ女王モーリア・オットルゲン
――帝国の航空戦闘を主任務とする第4軍団、7代目団長黒死龍オルガン・リーバル
――始まりの四人の一人であり、帝国の特殊な作戦に従事する特殊軍団を率いる第5軍団、しかし、ある事情を抱えている為、この場にはいない混沌の粘性体亜種ネームレス
及び、その代理である副団長の魔道機械人間副団長ハーベスト
――始まりの四人の一人であり、帝国の軍事及び科学に関する研究を担当している研究省、魔導の死者である長官デルア
――帝国の内政を管理する内務省、神祖の吸血鬼である92代目長官エリエラ・アーリア
――帝国の諜報活動を担当している情報省、夢魔94代目長官ワイト・ホルテイス
――始まりの四人の一人であり、帝国の外務を担当している死の女王である。外務省長官キーラ
――帝国の魔法研究を担当している希少位ダークエルフであり、スペンサー公爵家次期当主兼魔法省92代目長官リデル・ネロ・スペンサー
彼らがつく「十神兵」こそ、この千年帝国を中枢から支える現団長・長官たちである。
「そういえば、こいつらの性格とかじっくりと読んだ事は無かったな」
彼らはNPCとして生まれた時からフレーバーテキストと呼ばれる設定が存在している。
フレーバーテキストには名前、種族、種族特性、人物特性、の4項目が存在している。この中でも特に人物特性は行動や能力に影響をしてくる為、重要であった。そのため、キャラクター特性に裏切り癖などの設定があると裏切りを頻繁に起こしたり、忠誠心が高いとあればどんな事があっても裏切る事はない。更に、「祝福」がある場合はここに記載されている。
なのでこれだけゲームの進行に大きく関わってくる設定である。その為かほとんどのプレイヤーが自ら編集したいと願っていた。ただ、プレイヤーがフレーバーテキストを弄る事は徹底して出来なかった。どこまで徹底したかというと改造などでやろうとするプレイヤーは等しく永久追放されるほどである。
京介は目の前に映し出されている画面を操作し始める。すると、操作しているメイン画面の横にサブ画面が映し出され幹部達のプロフィールが映し出される。
「…こんな事が書かれていたのか。割と細かいな」
画面には幹部達の生い立ちや性格、個人の好みまでが映し出されている。
「こういう所の作り込みが凄いのはこのゲームの凄いところだよな。ん?」
京介が感心しながら画面をスクロールしていると第1軍団、団長のカミエラに気になる記述が存在した。
――彼女は国を愛している。それは他の幹部達を超えるとも感じているのだ。だが、その愛は王にとって凶悪だ、彼女が愛しているの国であり、王ではないのだから――
「なんだ…この設定?運営はなに考えて作ってんだ。修正とかって…無理か」
先程も言ったがこのゲームにおいて自国のNPCの性格等を設定することは出来ない。
このゲームのコンセプトとしてオンラインでのプレイヤー同士の国家運営やそれに類しての戦争がテーマである。あくまで、NPC達などゲームの盛り上げ要素でしかない。
当然、ゲーム制作側としてもそれに割くリソースは無いし、NPCによって起こされる内乱も「リアル」さとして楽しめと言うことなのだろう。
徹底的に「リアル」を追記したこのゲームの運営らしい配慮である。
「だけど、2では変わってくれると良いな。せめて、性格の設定ぐらい、やらしてほしいもんだ」
そういうと京介は【操作窓】を閉じ、玉座に深く座り直した。
ふと、時間が気になり画面の下の方に映し出される時計に目をやるとそこには電子的な表示で23時00分と表示されていた。
「あと、1時間か…早いもんだ。……そういえば、あいつは今なにをしているだろうか?」
京介がサファイヤのような美しい青い髪、白く輝いた12枚の羽、魔導化白銀と希少位鉱石である白銀石で作られた銀色の全身鎧、まだ、あどけなさが若干のこるVCボイスチャット越しから聞こえる声
京介のライバルにして、光の陣営トッププレイヤー、プレイヤー名アカノツキ。
彼女とは長い間、競い合ってきた。いや、もはや宿命の相手と言っても過言では無い程である。
なにせ、廃人プレイヤーである京介がタイマンで唯一最後まで決着をつけられない相手であるのだから。
――ーピピピピピコン
無機質な電子音が玉座の間に流れてくると同時に中央に小さな文字が書かれた電子画面が映し出される。
――アカノツキからのVC申請が届きました――
「あいつ…まぁ、最後だしログインはしてるよな…えっと。許可」
画面の下の方にある許可ボタンを京介が押す。すると良く聞き慣れた声が聞こえてくる。
「やあ、ルーデリア。いい夜だね?」
VCから聞こえる声は何処か懐かしい、わざとらしく気張った声が聞こえてきた。ふと懐かしい気持ちに襲われた京介は立ち上がり、玉座の後ろにあるガラスへと体を向ける。そこには声の主が言うように綺麗な月が浮かんでいた。
「ふん…ずいぶん懐かしい挨拶をするもんだ。入ってたんだな」
「ふふっ…覚えているかい?初めて君とVCを繋いだ特のセリフだよ……このゲームは僕にとって人生みたいなものだからね。君だって同じじゃないか」
「まぁ、そうだけどな」
京介は改めて彼女との通話に心躍らせていた。しかし、それと同時に唐突に無性なまでの悲しみと哀愁が襲ってきた。それは一か月前に世界ゲームの終わりを聞いたときの気持ちよりも強く感じるのは驚いた。
「…それにしても、最後だと言うのにプレイヤーが少ないね。僕も連合のみんなに声をかけたんだけどね。誰もきてくれなかったよ。」
哀愁の気持ちを会話の中で感じたのか、それとも京介と同じ気持ちだったのかアカノは話題を変えてきた。
「まぁ、引退したやつなんてプレイヤーアカウント消してるだろうしな。しょうがないだろ」
「まぁ、そうだけどね…でも、よかったよ君がいて」
「急になんだよ?…もしかして告白か?」
京介はなぜか彼女のセリフに無性な恥ずかしさを感じ、ついついチャカしながら彼女の言い方に対して答えてしまう。
少しの静寂ののちに茶化されてたことに恥ずかしさを感じたのか、自分の発言の言い方が恥ずかしかったのかはわからないが大きな声で訂正の声を上げる。
「違うよ!……僕はライバルがいないとかそういう意味で言ったんだ」
「わかってるよ。からかっただけだろ?そう怒るなって」
「……全く、ルーデリア。君は相変わらずだね。…やっぱり君には正義がない。はっきりしたよ」
彼女は照れを隠しながら恨めしそうな声で京介を攻めたてる。京介はその声を聞きながら出てきた【正義】という単語に苦笑いをする。彼女と出会ってから聞かなかったことはない言葉である。それはまるで彼女を象徴する言葉であるかのように感じる。
「…またでたな。その正義って言葉。お前も好きだな」
「君が正義なき行いをするからだ。……ほんとは君にはプレイヤーキルによるアカウト削除と共に敗北を教えたかったけどね」
最初は非常に恨みがましそうな声が伝わってくるが徐々にアカノツキの言葉が感傷的な気分が伝わってくる。京介は彼女がしたように気持ちを切り替えようと話を切り替える。
「まぁ、2もあるだろう。また、そこで楽しくやろうか」
「…たしかにそうだね。覚悟しておいてくれよ?」
彼女は冗談まじりの声で京介の問いに答える。普段の彼女を知っている京介自身も少しドキッとする艶のある声が聞こえてくる。
「ふん。望むところだ」
その後、彼女とはゲームの思い出を語りあった。ゲーム内での1番の印象、国家運営の難しさ、そして、お互いの近況を。しかし、楽しい時間は刻々と過ぎていく。そんな当たり前な事に気づいたのは京介だった。
「おい、あと5分でこのゲームも終わりだぞ」
「…早かったね。もうか」
「どうする?VC切るか?」
「……いや、やめておこう。最終まで話したいんだ」
「そうだな」
二人は終わりが来る事への感傷に再び場が支配され、無言になる。しかし、時計は容赦なく進む。そしてついにあと2分となった。終わりゆく中で最初に切り出したのはアカノツキだった。
「楽しかったよ。君との戦い」
「なんだ?急に」
「いや、最後だから」
――のこり、1分30秒を切る
「そうだな。俺もだ。ただ、心残りはあるがな」
――残り1分
「決着のこと?」
「ああ…まぁ、俺の一勝で終わっているがな」
「何を言っているんだい?最後の戦いはノウカンだったじゃないか」
――残り30秒
「そうだったか?」
「そうだよ!だから、君とは決着はついてない」
――残り10秒
「…それは2で決めようじゃないか」
「無論さ」
――残り5秒
「さて、そろそろだ」
――ー4秒
「じゃあな」
――ー 3秒
「そうだね。また2で会おう」
――2秒
「「それじゃあ、さよなら(だよ)」」
――1秒
――0秒
2人の哀れな道化は「世界」の終わりによって自らの「現実」が崩壊するのだろう。そして、本当の現実が動き出した。それは女神の誘いか、邪神の企みか、
これは2人の王達の物語である。邪神と女神が織りなす物語に取り残された悲しき王たち。だからこそ、後の歴史家達は語るだろう。
その王達は誰よりも自らの「欲望」の為に動いたのだと、そして誰よりも自らの「正義」の為に動いたのだと。しかし、その正義や欲望は世界を破滅へと追い込む程であったのだと
世界は新たな時を刻み出す。
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