婚約破棄された復讐で王子周辺をスカウトしまくっていたら金髪ゴリマッチョの騎士団長にスカウトされて結婚していた
【スカウト】有望な人材を探し出したり引き抜いたりすること。
【スカウト】古来ネイティブアメリカンの戦士。または彼らが使う偵察、格闘などの戦闘技術のこと。
――いつも、護衛していただきありがとうございます。ルイ様。
そう言って笑った彼女が、罪を犯すはずがない。きっと、裏になにかがあるはずだ。
真相を明らかにし、彼女を解放しなくては。
男は決意を固める。
* * *
公爵令嬢ローズは悲しみに打ちひしがれていた。食事も喉を通らず、誰とも顔を合わせず、牢の中でただひたすら泣く。
――ローズ、貴様の罪は許しがたい! リリアの命まで奪おうとするとは!
――身に覚えが全くないですわ!
――この期に及んで言い訳する気か! おい、捕らえろ。牢へぶち込んでおけ!
――アンリ様、わたくしを信じてください! いや! 離して!
――私はリリアと結婚する! 貴様との婚約は破棄させてもらう!
公爵令嬢とこの国の第一王子の婚約は誰からも祝福されるものであった。幸福な日々は永遠に続くものと思っていた。
――ローズ、君と同じ名の花がこんなに美しく咲いたよ。
政略的に結ばれた婚約ではあったが二人の間に確かに愛はあった。なのに、あんなに優しかったアンリに、あれほどの憎しみに満ちた目を向けられるなんて。
(死んだ方がましです。……ああ、どの道、死刑になるのでした)
この国で王族に睨まれたら、たとえ有力貴族であろうと容易く首が飛ぶのだから。両親は今どうしているだろうか。どうか、無事でいてくれと願った。
どうしてこんなことに、と思わない日はなかった。リリアは外国から来た令嬢で、アンリと瞬く間に仲良くなった。嫉妬をしないわけではなかった。
だがリリアの命を奪おうとしたことなどない。完全なる濡れ衣だ。むしろ、あからさまな敵意を向けられていたのはローズの方だった。
お茶会でお茶を引っかけられ、すれ違ったときはわざとぶつかってきて被害者面されたし、これ見よがしにアンリとの仲の良さを見せつけられたりもした。
アンリもアンリだ。
「きらびやかで美しい女性が好きだ。王妃となるのであれば、ローズ、君にもそうなって欲しい」と言ったから、精一杯ローズは外見を磨いた。
周囲の人間はローズの美しさを天性のものだと思っているが違う。元々ローズは地味だったが、食事制限もしたし、肌も髪も毎日必死に手入れして、化粧を欠かさず行い、彼好みの姿になった。この外見は努力の賜物なのだ。
なのに、リリアの外見は地味だった。
かわいくないとは言わない。むしろ、化粧っ気こそないものの美少女だった。だが地味だ。ローズとは正反対のタイプ。
――許せないですわ。
メラメラと心に炎が宿る。
隙を見て逃げ出して、復讐をしてやろう。そう心に誓った。
*
脱出の機会はすぐに訪れた。連日行われる裁判に連れられるところ、兵士の隙をついて逃げ出したのだ。
なぜローズが歴戦の屈強な兵士たちから逃げ出すことができたのか。
理由は簡単、長い牢獄暮らしで痩せ細り、以前の美しさを失ったローズは非常に地味な少女と変貌していた。気配はごくごく小さくなり、いるのかいないのか判断できないほど。その存在たるや、透明人間とさほど変わらない。
おまけにローズは場の空気を読む力に長けていた。幼い頃から王子の婚約者であり、その場に適した自分というものを常に意識していたからだ。いつの間にか瞬時に場に溶け込むことができるようになっていた。気配を消すのも朝飯前。
もっと言えば、ずっと習っていた護身術により体の小さなローズでも大の男を投げ飛ばせるだけの技を身につけていたのだ。
だからその日、兵士たちに体当たりをかましたあと、周囲に自分の気配を溶け込ませ、牢屋の正門から堂々と外に脱出した。
門兵は平然と歩き去るローズを囚人の面会者と思い込み、なんの疑いも持たずに外に出してしまったのである。
*
復讐の開始だった。
誰から行こうか。憎むべき相手はたくさんいる。アンリとリリアは最後にしよう。ローズは好物は最後にいただく派なのだ。
まずはアンリの側近から行こう。彼はリリアと一緒になって、やってもいないローズの罪をでっち上げた。
――私はローズ嬢がアンリ様の紅茶に毒を入れるのを見た!
彼のせいで単なる嫉妬の嫌がらせだったローズの罪は王子暗殺未遂になってしまった。牢獄にぶち込まれたのは彼のせいだ。ローズはほくそ笑む。
(うふふ。最初の復讐相手に相応しいのです)
しばし屋敷の近くの森に潜み、彼を徹底的に調べ上げる。
(重要なのは未知をなくすことですわ)
曖昧な部分があると、必ずそこからほころびが生まれる。
だから行動パターンを熟知し、最適な時を狙う。ローズが目指すのは派手な銃撃ではなく、隠密だ。静かに処理し、静かに去るのが好ましい。
服は土で汚し、木の葉を纏った。令嬢らしいとは言えないが、その方が森の中に紛れることができる。
彼の趣味は馬での遠乗りのようだ。友人と頻繁に楽しんでいた。一見隙はないように見えるが、お調子者の彼。よく一人で森の中までも乗り入れる。川を飛び越えるのがいつものコースだ。不用心にもたった一人で。
だからローズは川の木の上で気配を消して哀れな羊を待っていた。彼は来る。捕食者の存在に気がつきもせずに。
倒木や石を設置し、それとなくこのポイントまで来るように道を作っておいたが、面白いほど彼の馬は誘導される。まさか思いもよらないのだ、殺されるなどとは。
そして遂にローズのいる木の下に彼が来ると、音も無く馬の背に飛び乗った。
「な、なに!? ぐあっ!」
木に結びつけたロープを彼の首に括り付ける。そして馬を蹴った。足場を失った彼の体はブランコのようにゆらゆらと揺れ、ローズに気が付くと何かを言いたげに苦悶の表情を浮かべた後、結局はなにも声を発さず絶命した。
――まずは一人目。
「迂闊にも一人で出歩くなんて、誰かに復讐されるとも思わなかったのでしょうか? たとえばわたくしとか」
事切れた彼にそう言って、ローズは去った。
*
二人目。
なんの罪もない両親に難癖つけ捕まえた将軍。元々地味顔のローズは化粧の仕方でいくらでも顔が変わる。女好きの彼。いかにも遊んでいる女を装い、ベッドに潜り込んだ。そして彼がいそいそと服を脱いでいる間、後ろからナイフで首をかっきった。
軍人相手に殺気を出さずに挑むのはそれなりに技術がいることだ。だがローズは一切の殺気を出さずにやり遂げた。一流の軍人さえも、殺人の欠片に気づくこともなく死んだ。
「脳みそが下半身についているからこうなるのです。次に生まれてくる時は、女を甘く見ないことですわ」
窓から逃げる直前、思い直して死体の懐を探る。目的のものはすぐに見付かった。ローズは銃をあまり好まないが、それでもその拳銃を持ち去った。いつか使えるかもしれないと思ったのだ。
*
三人目。
隣国からの使者。そもそも彼がリリアを擁立したのだ。彼さえいなければアンリが彼女になびくことはなかった。
彼は生意気にも屋敷の周りに見張りをつけていた。見張りは銃を携帯している。だがローズはひるまない。
(見付からなければ、撃たれることもないのです)
どういった時に、敵に発見されるのか。
当たり前だが、それは相手から見えているときだ。つまり相手からどのように見られいてるかを熟知しているローズは、相手から見られない術を自然と身につけていた。
あらゆる場には、そこを満たしている空気感がある。食事会、舞踏会、友人との気兼ねのないおしゃべり、すべてその場に適した空気がある。
今においては、静寂の夜。
ローズは自分をそこに溶け込ませた。夜の中に自分を置き、存在を限りなく小さくし、ナイフを片手にゆっくりと見張りに近寄っていく。
そして音も無く、順番にナイフで狩っていった。思ってもいない襲撃に虚を突かれた見張りたちはいとも容易く倒れる。
だが最後の見張りに、気づかれてしまった。彼は大声を出し、それに気が付いた使者が逃げる音がした。
「逃がさないですわ!」
見張りを速やかに始末した後、慌てた様子で馬で去っていく使者に向かって拳銃を構えた。将軍から盗んだものが早くも役に立つ。
明るい月に間抜けにもくっきりと使者が映し出される。その距離、約百メートル。ローズにとっては造作もない距離だ。両手撃ちならなおのこと。
「大人しくくたばりやがれですわ!」
そう叫ぶと後頭部向けて数発撃ち込んだ。
*
四人目。
ここでメインディッシュ。
「遂に、リリアを殺るのです」
何よりも憎む相手。
だが、上手くは行かなかった。
*
ここに来て、ローズはしくじりに気づく。
どうも派手にやり過ぎたらしい。
将軍と使者は明らかに人の手で殺されている。
向こうとて阿呆ではない。何者かが重鎮たちを殺してまわっていることを知ったのだ。
リリアは今やアンリの婚約者だ。護衛は今までの比ではない。遠くから様子を伺うと、護衛についているのは王家付き騎士団だ。王族の私的な護衛であるが、元は軍人から選抜された、言うなれば戦闘のエリート集団だ。
(あの金髪ゴリマッチョは、確かルイとかいう騎士団長でしたわね)
とりわけ目立つ男を見て思う。
ゴリラのような見かけによらず、かわいらしい名前なので覚えている。数回パーティで挨拶をしたことがある。もっともローズは出席者側で、ルイは護衛側だったが。
彼の腕は評判だ。有力貴族の出身であるが軍人を志願した変わり者。
眼光厳しく周囲を見張る。
だが、だからと言って諦めるローズではない。
網状に貼られた警備にも、必ず穴はある。
リリアに与えられた離れの宮に忍び込めればよい。
(本当はわたくしの宮でしたのに……!)
きぃ、とハンカチを噛んでみる。
数日、宮を見張る。
すると、あることに気が付いた。メイドが数人、出入りしている。おそらく護衛の兵士と顔見知りが多いのだろう。ほとんどノーチェックだ。しかも通いの者も数人おり、宮と街を行き来していた。
「これですわね」
ローズは自分ともっともよく似た体型のメイドを捕獲すると、彼女そっくりに化粧をした。アンリのために化粧の技術を磨いていて良かった。
ちなみにメイドは殺さず、事が終わったら解放するつもりだ。殺しは必要最小限に、それがローズの美学である。
メイドの姿をしたローズはまるで怪しまれることがなく宮に侵入した。
幸運なことに、アンリも宮を訪れていた。一石二鳥だ。一気に復讐を終わらせることができる。
リリアとアンリは仲睦まじく、宮の中ですら手をつなぎ微笑み合っている。
(アンリ様、かわいさ余って憎さ百倍ですわ)
その姿を遠目から確認し、ローズは改めて復讐を誓う。思いがけず感情が抑えきれず、心が揺らめいた。
その時だった。
「何やつ!」
騎士団長のルイが、ローズが発したわずかな殺気を鋭敏に察知した。
「団長! どうされましたか!」
「むむ……。今、確かに……」
ルイは奇妙そうに周囲を見渡す。しかし使用人がいるだけだ。ローズは平常心を心がけ、滲み出た殺気を消す。
(危なかった。ルイという彼は、かなり腕の立つお方のようです)
さすが若くして騎士団長に抜擢されたことだけはある。
(動揺は禁物ですわ。気を引き締めなければ)
決行は、やはり夜。
宿直のメイドと当番を代わってもらい、静かにその時を待った。夜とて警備が薄くなるわけではない。だが、誰も既にくせ者が侵入しているとは思っていない。
ついに夜。ローズはナイフを握り、リリアとアンリの寝室に向かう。見張りの薄い上の階から、壁伝いに窓から侵入する。
だが、どこか胸がざわつく。宮の中を満たす空気、ベースラインが乱れている。
(だけど、今日しかないのですわ)
予定通り、決行する。
*
部下からの報告を聞いたルイは、頷いた。
「……そうか。見付かったか」
銃を握りしめると部下に声をかける。
「行くぞ」
*
暗い寝室に、二人の寝息が聞こえる。腹が立つことに、リリアはアンリの腕枕で眠っている。以前そこはローズのものだったのに。
(わたくしは、まだアンリ様のことが好きなのかもしれません……)
アンリの寝顔は記憶の中と寸分違わず美しい。
(だからこそ、許せないのですわ!)
そう思い、ナイフを振り上げた瞬間だった。ふ、と空気が濁る。どたどたと大きな軍靴の音。さっとベッドの下に潜り込む。間一髪、ルイと部下の数人がなだれ込んできた。
「アンリ様!」
叫びながら主君の無事を確認するルイ。アンリとリリアは飛び起きた。
ルイは周囲を見渡す。
「一瞬、殺気を感じたが、気のせいか?」
ローズの殺気に気が付きここまで来たのか。やはり侮れない。だがこの機を逃せば復讐は成し遂げられない。
邪魔者は排除するだけだ。皆始末してしまえばいいだけ。覚悟が決まったローズはさっとベッドの下から這い出した。
「あなたの殺気はバレバレですわ!」
叫ぶと足で地面を蹴り、宙で体を捻るようにしてルイの背後を取る。
(もらいましたわ!)
そのままルイの首筋にナイフを突き立てようとする。が、
「ふんっ!」
「なんですって!」
ルイの鍛え上げられた常人はずれの首筋に立てたナイフはあえなくポキリと折れた。
「ああ! わたくしのスミス&ウェッソンブルズアイアルミCK5TBSちゃんが!」
(くっ……。なんという脳筋なのでしょう……!)
拳銃は持ち歩く際、音が鳴る危険があったため置いてきてしまった。ナイフが折れた今、ローズに武器はない。
ルイの拳銃の銃口がローズに向けられる。
(ここまでなんですの? 道半ばで! ……だけど、それも運命ですのね)
やれることはやったのだ。大人しく死を迎え入れよう、と覚悟し目を閉じたときだ。
「あ、あなたはローズ様か?」
やや間の抜けたような声が聞こえた。ローズは目を開ける。
(よくわたくしがローズだと分かりましたね)――今はメイドに似せた化粧をしているのに。
驚愕するルイ。その後ろには、やはり目を見開いたリリアとアンリの姿がある。
なぜルイは驚いているのか、ローズも不思議に思う。
「ルイ団長様は、側近や将軍や使者を殺したわたくしを捕まえにきたのではないのですか?」
「ローズ様が彼らを殺したというのか!?」
まるで知らなかったかのような反応だ。ローズを逮捕しに現れたのだと思ったのに。
だが予期せぬ事はまだ続く。
「やはりあなたは素晴らしい! この国を守られたのだ!」
ルイがそう言ってローズの両手を握りしめたのだ。
「あ、あの……?」
いつもと違い、まる場の空気が読み切れないローズは訳が分からず困惑してルイを見返す。すると彼は顔を真っ赤にして慌てて手を離した。
「し、失礼いたしましたぁ!」
「一体、なんですの?」
再び尋ねるとルイは本来の目的を思い出したのかはっとして部下に命じた。
「下手人を捕らえろ! 国家転覆罪だ!」
(だ、だからわたくしは国家を転覆させようなどとは!)
ローズは弁明しようとして、またしても驚いた。
兵士たちが捕らえたのはリリアだったのだ。彼女はきーきー喚きながらどこかへと連れ去られていく。
その様子を見ながらルイがローズに言った。
「彼女がアンリ様を誘惑して国家を滅ぼそうとしていると我々は疑っておりました。さきほど無事その証拠が見付かり、逮捕に至ったのです。他にも、側近、将軍、使者が手を組んでいたのですよ」
「そ、そうだったんですの?」
「しかし、ローズ様。あなたが犯罪者たちを速やかに処分していただいたので大事には至りませんでした。さすがです。たったひとりで真相にたどり着いていたとは」
「ああ、ローズ」
とまだベッドの上にいるアンリが言う。
「君が逃げたと聞いたときは復讐されるのではないかとびくびくしていたが、私を守ってくれていたんだな」
「えーと……」
アンリは鋭い。その通り復讐していただけだ。
ローズは言葉に詰まるが、結局は答えた。
「もちろんそうですわ! みすみす悪事を見過ごせませんもの! うふふ」
*
リリアは牢獄暮らし、ローズと両親は一転無罪となった。だが以前の暮らし通りにはいかなかった。
きっかけは、ルイとのこんな会話である。
「ですがローズ様、反逆者たちの始末が全て上手く行ったのは幸運でしたね」
「まさか、幸運だとお思いですか? わたくしの入念な準備によるものですわ」
「それはどういうことでしょうか」
尋ねるルイに、ローズがしたことを話してやる。すると彼はひどく興奮気味にこう言った。
「それはとある大陸の原住民の戦士が身につけている戦闘技術『スカウト』そのものではありませんか!」
「スカウト?」
「自然の中に自分を溶け込ませ、偵察や追跡、暗殺といった隠密行動をする技術のことです」
確かに、元来地味で気遣い屋のローズは目立たぬように、かつ周囲に自分を同調させることが得意だった。
「しかしまあ、こんなところに、その達人がいたとは……」
それから、しばし彼は考え込む。そして考えがまとまったのか、叫ぶ。
「ローズ様! 俺はずっと自分の騎士団に何かが足りないと思っていました。我々は強いのですが、やや大味で……隠密行動ができないのです!」
確かにリリアを襲撃したときも部屋に向かってくる彼らの足跡を聞いてローズは隠れた。
そして彼は信じられない提案をした。
「あなたの隠密は、我々がずっと探していた技術に間違いありません! どうか、どうか我々にそのスカウトを教えてはくれないでしょうか!」
ルイは勢いでローズの両手をまた握ったので「し、失礼しました!」と再び真っ赤になっていた。
*
そうしてローズは騎士団に教える立場となった。復讐を成していたときは考えもしなかったことだ。
「銃は歩くときにも、攻撃の時にも音が鳴ってしまうから。だから私はナイフを使うの。極力気配を少なくし、交戦を避け、秘密裏に処理することを心がけました」
「未知を知覚することが大事よ。そして曖昧な点をなるべくなくしていくの。用意を周到に行うということで、チャンスを得るということですわ」
「油断大敵です。いかなる時も集中してください」
「痕跡を残さない、それもまた大切ですわ」
ローズの言葉を騎士団の面々は必死にメモを取った。
「ローズ先生! 自然と一体とはどのような意味でしょうか」
「人間関係と同じですわ。自分も相手も心地よい関係を求めるのです。あるがままに自然の中に身をおけばおのずと分かるでしょう」
「ローズ先生! では、このような場合は……」
自分の知識を教えるのは楽しかった。何より、堅苦しいドレスも着ず、化粧もなくすっぴんでいられるのは非常に気が楽なのだ。
その様子をいつもをルイは嬉しそうに見守っていた。
*
ルイは暇さえあればローズに話しかけてくる。
「ローズ様、あなたの無実を信じていました」
「ローズ様、あなたがどんな化粧をされようとも、俺はすぐにあなただと分かります!」
「ローズ様、スカウトというのは奥が深いのですね……」
「ローズ様、今度二人で……あ、いえ、なんでもありません……」
*
「ロ、ローズ様!」
訓練もなかなか様になってきた頃、終わりにルイが顔を真っ赤にしながら話しかけてきた。図体の大きな彼はいつになく背を丸め小さく見える。
「なんでしょうか?」
「身の程知らずは承知の上です! この俺の、恋人になってください!」
「ええ!?」
素直に驚いた。だが周囲の兵士たちはようやくか、と言った表情をしている。
「わたくしのことが、好きなんですの?」
「…………………………はい」
長い間の後、返答があった。
「訓練で関わるようになってからではありません! はじめてお見かけしたときからです! 覚えておいでですか? あなたは、この俺に『いつも護衛をありがとう』と言ってくださいました。なんと素敵な方だろうと思いました。他の方々は護衛などさも当然の如しであったのに。ですがあなた様は殿下の婚約者、気持ちを押し込めておりました。しかし、もう抑えきれません! 身も心も才能も、あなたのすべてが大好きです!」
ローズの胸は激しく高鳴る。こんなに真っ直ぐに気持ちをぶつけられたことは初めてだった。
さてどうしようか、と迷ったのは一瞬で、ルイといる時間はローズにとっても心地の良いものだったから、考えた後でこう言った。
「……はい。よろしくお願いします」
ヒューヒューと飛ぶヤジに、二人して顔を赤らめた。
*
「近頃、騎士団を指導しているようだな?」
ある日、ローズはアンリに城へと呼び出された。アンリとリリアの婚約はもちろん白紙に戻され、彼は未だ独身だった。
「それに、ルイとも懇意にしているとか」
「はい、ありがたいことです」
そうか、と言った後、アンリは一方的に告げた。
「もう一度、私と婚約をしろ。気がついたんだ。やはり、王妃には君のような華美な女性が相応しいと。もちろん化粧はきちんとしてくれよ。今のようなすっぴんではみすぼらしいではないか」
*
「よかったじゃありませんか。この上ないよろこびですよ。俺には、過ぎた願望だったんです。幸せになってください。あなたの幸せだけを願っています」
「わたくしを愛していないんですの?」
「愛しているから、です」
ルイはそう言って微笑んだ。
*
かつてはあれほどアンリを愛していたのに。心はどこか虚しかった。
彼が好きだと言った髪型にして、服装にして、化粧にした。懸命に努力した。彼に褒めてもらえる美しい自分が好きだった。たしかにそのはずだったのに……。
再び城を訪れたローズは、ヒールを履いて、化粧をして、どこからどうみても隙が無く完璧に着飾った姿でアンリに向き合った。
「アンリ様、この間のお話ですけど」
アンリは微笑む。
「ああ、結婚式に着るドレスのことか」
「いいえ」
「では、来賓のことか」
「いいえ」
「じゃあ、食事のことか?」
「いいえ」
アンリは困惑したように眉を顰める。
「ならば、なんの話だ?」
「わたくし、もうお化粧もこうやって過剰に着飾るのも最後にしようと思うんですの」
「だが、王妃として相応しい格好をせねばならんよ」
「あら、婚約を受けるとは、ひとことも言っておりません。アンリ様の中で、勝手にお話が進んでいっただけですわ。だってわたくし、もうアンリ様を愛しておりませんもの」
「な、なんだと?」
「もしあなたが、金髪のゴリマッチョになって、ルイと名乗り、騎士団の団長で、首にナイフが刺さらなくて、すぐお顔が真っ赤になってしまう、そんな男性になってくれるとおっしゃるのなら、その限りではございませんけどね? 無理でしょう? わたくしも、あなたがお望みのような他の誰かにはなれなかったのです。では、ごきげんよう」
面食らったような表情で固まるアンリに向かって微笑むときびすを返して去って行く。
「ローズ! 待て、おい!」
声が追ってくるが気にしない。
ヒールを脱ぎ、ドレスを簡素なものに着替え、髪をほどき、化粧を落とす。
心が弾む。限りなく自由だった。
あはは、と笑みがこぼれる。
もう偽りの自分なんていらない。あるがままがあるだけ。
そして、自分の心がひたすら渇望している場所へと向かう。きっと今頃、純情なあの人は泣いているんだろうから。
*
「う……うぅ。ローズ様ぁ。ひっくひっく」
金髪ゴリマッチョが号泣している姿というのはいささか不気味なものである。
「団長、いい加減嘆くのは止めてくださいよ……。美女と野獣、結果は分かっていたではありませんか」
部下の一人がそう慰めているが、効果は無い。
「うるさい! 俺は、あの方を一目見たときから愛してしまったんだ。くそぉ、俺が、王子に生まれていれば……! そして見た目がもっと線の細い美青年だったら! うぅ……」
「そうだったら、わたくしはあなたを好きにはなりませんでしたわ」
突然聞こえた声に、兵士は皆飛び上がった。
「ローズ様!」
ルイが真っ赤な目のままローズに駆け寄る。
「いつからそこに? ま、まったく気が付きませんでした」
「ずっとですわ。気配を消し、周囲と同化する、スカウトの原則です」
泣き笑いのような顔をルイはしている。
「アンリ殿下との婚約は進みましたか?」
「ああ、あれはお断りいたしました」
周囲がどよめく。
「そんなことをされては……」
「ご心配には及びませんわ。今やわたくしは国を救った英雄。たとえ王家に疎まれたとしても、国民感情がわたくしの排斥を許しませんもの。それに誰かが暗殺を仕掛けてきても、わたくしに敵う人間は、この世にいませんわ」
「でも、なぜ婚約をされなかったのですか? まさか、俺と……? いや、まさか、いや、なんでもありません……」
期待して打ち消してを繰り返し、結局ルイは顔を下に向けた。その姿を、ローズは愛おしく思う。
「その通りですわ。わたくし、愛する方がいるんですの。ね? ルイ様」
まっすぐな彼が好きだった。
彼の隣だと、ローズは自然体でいられるのだ。気を張らず、自分はこのままでいいのだと、心が安らいだ。空気を読まなくていいし、心地よい。
「ほ、本当ですかローズ様」
まだ困惑するルイの両手を、ローズは初めて自分から握った。
「だけど浮気したら、殺してしまうかもしれません」
「俺の体にナイフは効きません。もちろん浮気なんてするはずありません」
「わたくし、本当はとっても地味な女なんです。空気になってしまうくらい。だけど、一方ですごく身勝手で、嫉妬深いんです」
「あなたが地味でも派手でも関係のないことです。あなたがあなたであれば、それでいいんです。嫉妬深くても。どんなあなたでも、ありのままのあなたを俺は愛します」
ああ、だから、好きなのだ。
抑えきれずに、ルイを思い切り抱きしめキスをした。兵士たちの大歓声が聞こえる。
思い描いていたハッピーエンドとはまったく違うけれど、ここがローズのいる場所だった。
そして愛する人の隣で、いつまでも、ローズは他の誰でもないただのローズとして、幸せに暮らすのだ。
お読みいただきありがとうございます♪
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