表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

序章

 

 夜の街に雨が降る。


 激しい風と打ち付けるような雨が降る街の外れに廃墟があった。

 

 廃墟となった建物の部屋には家具や荷物といった物は無く壁に無数の落書きが描かれている。少なくとも人が立ち寄るような場所ではないというのがわかる、ましてや女が夜に一人で来るような場所ではない。


 女は焦っていた、それは自分の犯した罪からくるものではなく、自分が知らない連中に追われているからでもなかった。ただ自分が持っているこの本が奪われるかもしれない……そう直感した。奴らはこの本……聖書を狙っている、この本を読んでいると何でも出来る気がしたしその行動を実行する事にさえ躊躇いすら感じなかった。


 連続バラバラ事件、今東京都で起きている変死事件であり今なお犯人の手がかり一つ掴めていない。


 マスコミは犯人を平成の切り裂きジャックなんて呼んでいるが彼女その呼ばれ方は心底気に入らなかった。


「私はイかれた殺人鬼なんかじゃないッ⋯⋯! 私は――になる為に戦っているだけなの!」


 女は声を荒げる。廃墟に響く自分の声になんとか怒りを抑える。


 ——もう少し時間がかかる。女は今の自分に足りない物を改めて確認する。


 ——あともう少しで私の願いが叶う。


 そう思うと先程まで全身から溢れていた怒りは不思議と消えていた。


 そうあと少しなのだ。星の王子さまが私の前に現れてくれるまであともう少し。


 部屋の中の女性はやがて影に溶けるように消えた。




 昼下がりの午後、水戸須賀大学の食堂は学生達や教授達の会話で賑やか雰囲気だ。ランチの良い香りが漂う中一人の学生は周囲の喧騒に負けじと大きな腹の虫を鳴らしていた。


「腹減った⋯⋯ 朝食を抜いた日に限ってなぜ財布を忘れて来るのか⋯⋯」


 机に突っ伏しながら空腹と戦っている茉莉正人まつりまさとは寝坊したことをいつも悔いている。


「おう正人、しっかり食わんとこの後実習で遺跡発掘に行った時にぶっ倒れるぞ!」


「あぁ⋯⋯ 思い出したくない事を思い出させないでくださいよ本郷先輩。俺今一文無しなんで食いたくても食えないんですよ⋯⋯」


 の机にやって来た大柄な男、彼は本郷光太郎、水戸須賀大学の三年で正人の先輩であり湊と同じ考古学ゼミに所属している。


「教授から聞いたぞ、また遅刻したんだってなぁ、まぁどうせいつもの事だろうとは思ったからな、飯買ってきてやったぞ」


「いつもありがとうございます⋯⋯ ってまた山ワサビぶっかけハンバーグなんですね」


 感謝しつつ本郷からコンビニ弁当を受け取る、弁当の表面には『シェフ一押しの山ワサビぶっかけハンバーグ弁当』と長い品名が書かれたラベルの貼られた弁当だ。


「それで、今回はどこの遺跡に行くんだ?」


「俺も詳しい事とは聞かされてないですけど、伽羅琉遺跡って言う場所らしいですよ、なんでも最近見つかった新しい遺跡だって言ってました」


 大量の山ワサビが乗ったハンバーグ弁当を完食した正人はスマートフォンを取り出し時間を確認した。


「今回は二年生だけですし、そろそろ時間だと思うので俺行きますね」


そう言って立ち上がり研究室へと向かって歩き出した、正人に本郷がポツリと呟いた。


「あれ? そういえば確か今回は現地集合じゃなかったか?」


ピタッと正人の足が止まる。そしてゆっくりとした動きでポケットからスマートフォンを取り出し画面を覗く。


しばらく画面をスクロールしていた正人だったがメールを見た瞬間身体が小刻みに震えだしていた。


その様子を見ていた本郷はやっちまったなと言わんばかりにかぶりをふる。


正人はゆっくりと振り向く、その顔を見たらおそらく誰だろうと慰めたくなるような表情を浮かべ本郷の方へと向き直る。



「…………すいません先輩、お金を貸してはいただけないでしょうか……」


本郷は苦笑いをしつつこの後の彼に待ち受ける大きな雷と強く生きてほしいという願いを込めて財布を開いた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ