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ラプラスの魔女 6

作者: 葛城 炯

 空間跳躍の実験機の中でワタシはラプラスの魔女に出遭えた。

『アナタには選ぶことが出来る選択肢がある。アナタの死と人類の死。どちらを選ぶ?』


 ワタシの前に現れた黒いドレス、黒のレースの日傘を持った少女は……アンドロイドのような無表情で恐ろしいことを言った。

 でもワタシは……相手の出現を心待ちにしていたんだ。

                                      

                                      

                                      

「掴まえたっ!」


 ワタシはいきなり飛びかかって相手を掴まえた。


「アナタ、ラプラスでしょ? ラプラスの魔女。いつか遇えると思っていたんだ。やっと、遇えたぁっ!」


 ラプラスはワタシの腕の中で……人に馴れない野良猫がネコ好きの人に無理矢理抱きかかえられた時のようにジタバタともがいてはいたがやがて大人しくなった。


『……嫌な予感がしてはいたのだが』

「ワタシがこういう行動に出るとは計算できなかった?」

『計算は終了していた。だから来たくはなかった』

「でも来なきゃならないわよね? 非常事態だもの」


 時は……約17時間と29分ほど遡る。

 ワタシは人類初の空間跳躍システム、『ラマヌジャン・エンジン』を搭載した試験宇宙船に乗り込み……木星軌道を目指して跳躍した。

 無人実験機では99パーセントほどの成功を収めていたシステムだったけど、やはり有人というのは……色々と批判と憶測が交錯し、予定されていたパイロット達は辞退やらなにやらで、結局、テストパイロットとしては新人であるワタシにお鉢が回ってきた。

 というかワタシが立候補したんだけどね。

 でだ。ガイア神教徒達の反対のデモ行進で賑やかな地上と月面研究所の仲間達と、宇宙パイロット養成所の仲間達と、低軌道ステーションの知合いと親戚達に見送られて出発。

 空間跳躍した直後に……やっぱり仕掛けられていたテロリスト達の爆薬でエンジンが異常動作。

 つまりは暴走中。

 どうなっていくのか判らなくなった時に……ラプラスの魔女が現れた。



「ふふん。アナタのことは教官とか教授とかスポンサーとか叔母さんに聞いていたんだ。ワタシのことは知ってるよね?」

『知ってる。約20年前。宇宙貨物船が低軌道ステーションに衝突しかけた時……その約1ヶ月後にカナー・シティで生まれた』

「そ。アナタが助けてくれた叔母さんの可愛い姪っ子。その前には探査機を積んだ御陰で人類の命と自分の命を天秤にかけることになった元パイロットの教官の可愛い教え子。さらには飛び級で研究所に入って、元研究者で技術者になりながらも、やっぱり共同研究者として名を馳せることになった『ラマヌジャン・エンジン』の開発者の可愛い教え子。その前にはアナタが助けたというか助言した虚数次元振動元素鉱石を発見した『山師』が設立した奨学制度で一番の成績を修めたついでに容姿も誉められて賞賛され、直々に表彰されたのが飛び切り可愛いワタシ。……って自慢しかしてないのかな? 自己紹介のつもりなんだけど」


 相手はワタシの腕の中でじとーっとした視線でぼそっと呟いた。


『……厚かましいという自覚が少しはあるというコトだけは認めておく』

「でさ? ワタシの関係者様達が全部アナタのことを言っていたのよ」


 叔母さんなんか背格好が近いというアンティークアンドロイドを集めては黒いドレスに黒のレースの日傘を持たせて自分の船を操る時の相棒としているぐらいなんだから。家にも何体もの予備のアンドロイドがメイドとして働いているし。ワタシにとって相手の姿は見慣れた姿なのさ。


「だから今度はワタシの番だと思っていたのよっ!」

『……どうしてそういう状況からそのような予測を立てたのかは疑問だ』

「だってワタシは生まれてからちょうど17年と29ヶ月。乗った船のシステムがラマヌジャン・エンジン。つまり『ラマヌジャン』で『1729』なんだから遇えるかなと思っていたのよ〜」


 *****「ラマヌジャン」と「1729」については……Webで検索してみて下さい*****


 相手は呆れたような空虚な視線でワタシを見ていたが……やがて頭を小さく左右に振って呟いた。


『つまらぬ数字のただの偶然だ』

「つまらなくないわよ〜 だってアナタと出遭えた記念の数字だもの」


 相手は深く溜息を吐いた。


『……やりにくい』


 相手の言葉を無視してワタシは尋ねた。


「ところで……この状況はどういうコト?」


 言い忘れたが……ワタシの身体は半透明。いや、実体は操縦席に座っているのだが、今のワタシはそのワタシの身体を見下ろしている。ついでに壁とかも手足がすり抜けている。まるで幽霊。実体の方は……時間が止まっているかのように微動だにしていない。


『アナタの意識が実体化している……端的に言えばそういう状況。故にワタシに触れることができている』


 あ。なるほど。


「つまり……アナタも『意識』的な存在なんだ?」


 そういうコトならば何処にでも神出鬼没だ。


 相手は視線を逸らして呟いた。


『そういうコトだとも言えなくもない』


 なんか負け惜しみっぽいな。


「でさ? どうして人類の命がこの船に関わってくるワケ? 空間跳躍に失敗したとしてもワタシと船が虚数次元空間で消滅するだけで関係ないんじゃない? つまりワタシが死んで終わり。違うの?」

『流石はあの人の姪っ子だ。自分の死に直面しても割り切りが早い』

「そだよ〜 母さんにも『なんか姉さんの子供を代理出産した感じ』って、いつも言われていたからね。で? なんで? さっさと言ってくれないかな?」


 ワタシに急かされて相手はもう一度、『本当に……やりにくい』とか呟いてから説明を始めた。


『この船は異常なエンジンの挙動により通常空間への出現位置が予定とずれる』


『結果として出現するのは第6惑星軌道上ではなく第6惑星内となる』


『第6惑星内部には金属水素がある。出現時の空間振動、つまりは虚数次元振動により金属水素は虚数次元振動物質、ハミルトニウム属元素としては最も不安定なハーフニウムとなる』


『さらにこの船のエンジンであるラマヌジャン・エンジン内部の次元振動が引鉄となって……』


 相手の説明でワタシも予想がついた。


「そっか。木星内部で核消滅反応が起きるってワケね。つまりは大規模な核爆発だ」


 頭の中の計算だと……爆発は最大、木星の質量にして10パーセント前後。

 それでも爆発自体が人類滅亡への直接な原因となるほどの規模ではないはずだけど。 


『そうだ。結果として第6惑星は軌道を変える。爆発が公転軌道後方座標で起きれば惑星の公転速度は増加する。前方座標で起きれば公転速度は減少する。何れにしても第6惑星はエキセントリックな軌道へと変化する』


 なるほど。ソコまで説明されればワタシにも結果はわかる。


「木星が彗星のような長楕円軌道となって……他の惑星が弾き飛ばされるってワケか」

『そうだ。エキセントリック・ジュピターと人類が呼ぶ種類の惑星軌道となる。このような軌道を巨大ガス惑星が巡る星系では知的生命体は持続できない』

「ハビタブル・ゾーンから弾き飛ばされたんじゃ……良くて宇宙を彷徨う氷惑星。悪くて太陽か木星に衝突消滅。どっちにしても人類は滅亡だねぇ」

『……で、アナタが助かるには』


 相手の言葉をワタシは遮った。


「ワタシのコトなんてどうでも良いのっ! 人類が助かる方法を教えなさいよっ!」


 そうでしょ? 先ず確認すべきはその方法。


『今できることは限られている。コントロールできるのは出現位置座標の入力とエンジンの……』

「エンジンの破壊? ぐらいだよね」


 何故か「エンジンを壊そう」と思った瞬間に……片手にバールが出現した。


「あれ? そっか。意識が実在化する次元か」


 ならば話は早い。片手にバール。片腕に相手を抱えてワタシはエンジンルームへと壁をすり抜けて移動した。


 で……バールを暴走しているエンジンへと振り下ろし……


 ……何も起こらずにバールはエンジンをすり抜けた。 


「あれ? なんで?」

『意識下での実体した道具が現実の物体に直接影響を及ぼすことはない』

「んじゃ、なんで『エンジンの』なんていったのよ?」


 ちょっと怒りながらいうワタシの態度を無視して相手は言った。


『エンジンの破壊とは言ってはいない。だがエンジンの停止はできるはずだ』


 相手はエンジンのコントロールユニットを指差した。


『今の状況でも「信号の挿入」はできるはずだ。暴走しているとはいえ、停止信号の挿入は意識を信号として発することで実行できる』

「なるほど。それで? 人類が助かる最大確率のタイミングは?」

『その前に……自分自身が助かる方法は確認しないのか?』


 そういえばそうだ。


「一応聞いておくわ。どうすればワタシが助かるの?」

『基本的には……無い』


 おい。んじゃ何で確認させたのよ。


『エンジンを停止させ、然るべきタイミングで脱出する。この船も実験機とはいえ脱出装置は装備している。空間跳躍収束装置、つまりは虚数次元振動収束装置も搭載しているはずだ。それでアナタは助かるだろう』

「その場合、この船はどうなるの? それが人類が滅亡する最大確率なんでしょ?」


 相手は……大きな瞳を閉じて『本当にやりづらい』と呟いてから続きを言った。


『この船は……脱出装置がコクピットごと離脱することにより跳躍出現位置が大幅にずれる。それはちょうど第7惑星内部になる』


『後は……同じ。第7惑星内部にも金属水素は存在する。先程話した状況が第7惑星に発生する。エンジンを停止させたとしても出現直後は船自体が虚数次元振動をしている。結果として第7惑星がエキセントリック・プラネットとなり、いずれは第6惑星をエキセントリック・プラネットと変えるだろう』


 相手の話にふと違和感を感じる。


「あれ? でも今は木星と土星は一直線には並んでないわよ? なんであさっての方向に出現位置が変わるのよ?」


『それが虚数次元振動による空間跳躍の仕組みだ。後でゆっくり計算してくれ』


 ふむ。なるほど。


『さて……ワタシがアナタに告げるべき「情報」は全て伝えた。そろそろお暇したいのだが……』


 もぞもぞとワタシの腕から逃れようともがきだした。


「ソッチの用事が済んでもコッチの用事が済んでないわよ?」


 『やっぱり』と言いたげな表情で抵抗するのを諦めて……借りてきたネコのようにグデ〜と脱力する。


「それにまだ『人類が最大確率で助かる方法とワタシが助からなくなる方法』を聞いてないわよ?」


 相手はきょとんとした顔になり、『そうか。言い忘れていた』と呟いてから説明を始めた。


『その場合もまた、方法は同じだ。あるタイミングで脱出する。その場合の結果は第6惑星内部、もしくは第7惑星内部に出現するのが脱出装置となる。この船は第5惑星軌道の何処かに出現する。すぐに第5惑星の残骸に衝突して破壊されるだろうが人類および第3惑星、さらには人類が宇宙に築いた各種構造物には影響は出ないだろう。もちろん……』

「木星か土星内部に出現するワタシは助からないけど……ね?」

『そういうコトだ』


 なんだ。同じ方法で結果が違う……って、それは教官のケースと同じか。


「んじゃ。仕方ない。その方法で……ん?」


 あれ? 何か聞き忘れているような……確認し忘れているような……


「ワタシができることは……『意識』で『信号』をコントロールユニットに挿入、つまり入力できるってコトなんだよね?」


 相手は『やれやれ。直ぐにソコに気づくか』と言いたげにクスリと笑った。


『そういうコトだ。ワタシが説明した他の方法に気づいたのかな?』

「ラプラス〜? アナタ、本当は意地悪なんでしょ? それに本当の名前は何? 『ラプラスの魔女』ってのはワタシ達の文明、科学上での形象名だよね?」


 相手は……驚いたようで大きな瞳をパチクリさせた。


『ソコまで気づいて……尋ねられたのは初めてだ』

「んじゃさっさと教えなさい」


 軽く睨むワタシに相手は悪戯っ子ぽく笑った。


『そうだな……生還したら教えることにしよう』 

「その言葉、忘れないわよ〜」


 そしてワタシはワタシが思いついた方法を実行した。




























「さあっ! 皆様っ! これから人類初の有人空間跳躍が始まろうとしています」


 アナウンサーの後ろのモニターで空間跳躍実験機がラグランジェ・ステーションから離れ、ゆっくりとメインエンジンに火が入り、速度を上げていく様子が映し出されている。


「5、4、3、2、1……空間跳躍開始っ!」


 一瞬、宇宙船が虹色の光に包まれ……直後に消え去った。

 歓声と響めきが響き渡り……拍手が鳴り響く。


「見事っ! 実験機は空間跳躍を始めましたっ! 出現予定箇所は木星軌道上っ! 出現予定時間は今から約91時間後……って? あれ?」


 アナウンサーが驚いたのも無理はない。

 虹色の光が再び出現し、その中から……先程消え去った、実験機が出現した故に。

 実験機は……メインエンジンが暴走してはいたが、直ぐにエンジンを停止させ、スラスターで挙動を修正しラグランジェ・ステーションに接続した。

 人々が見守る中……ハッチが開き、中から現れたのは……


「皆様っ! ワタシはこのとおり無事に空間跳躍を果たして帰って参りましたっ!」


 小脇に何かを抱えているテストパイロットの姿だった。


「えーと。どうして帰ってきたんでしょうか?」


 すかさず近づき質問するアナウンサーにパイロットは声高らかに応えた。


「きゃははは。エンジンが何者かに爆破され暴走したので、出現座標を当初の予定から変えて生還致しました。まさか虚数座標を入力したら時間跳躍になるとは思わなかったけど」

「はい? なんの意味です?」

「だから全ての空間軸座標に直交する虚数座標を出現座標の代わりに入力したのよ。意識の力でっ! そしてら時間跳躍になったというわけっ! 時間軸振動方向に実数を入力した場合は失敗続きだったけど、結局というか結果として空間軸座標に虚数を入力すれば時間跳躍になるってコト。それは……」


 一般人には理解不能な説明を続けようとするパイロットの言葉を遮るようにアナウンサーは尋ねた。


「所で……小脇に抱えている縫いぐるみは? なんの意味でしょう?」

「なんて事を言うの? これは縫いぐるみじゃなくて……って! あれ? ラプラスっ! 何処に逃げたっ! 許さないわよっ! 出てらっしゃいっ!」





 テストパイロットが叫ぶ映像を流していたTVモニターに微笑んで部屋の主が呟いた。

「そっか。ラプラスに出遭ったのか。あの子も……」

 レザースーツを肩にかけて周りを取り巻く……黒のドレス姿のアンティークアンドロイド達に声をかけた。

「さて。そろそろ出かけるわ。今度は……そうね。ナンバー91。アタシに付き合って」

 呼ばれたアンドロイドが部屋の片隅に立てかけてある黒のレースの日傘を持ち、従った。

「後のは……いつも通り。留守の間、部屋のメンテを頼むわね。あ、ナンバー1729。悪いけどTV消しといて」

 部屋の主が出て行った後……呼ばれたアンドロイドがTVのリモコンを取り、TVに向けて電源ボタンを押した。

 直後にテストパイロットが叫ぶ映像が消え、リモコンを操作したアンドロイドの姿を鏡のように映し出した。


 消えたTVに向かって悪戯っ子ぽく、片目を瞑って小さく舌を出すアンティークアンドロイドの姿を。


 そしてアンドロイドは……機械らしい無表情に戻り、自分の仕事をしに部屋の奥へと消えていった。





 読んで頂いてありがとうございます。

 「ラプラスの魔女」としては全ての話の「続編」的な作となります。


 キャラは「101人の瑠璃」の中から1人使ってます。

 トンデモな物質名は、元々は「アコライト・ソフィア」の杖の材質として考えていたモノです。


 では、また次作で……

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― 新着の感想 ―
[一言] せっかくなので、こちらも読んでみました。 登場人物たちが皆そこで繋がるわけですね。なるほど! そして、この元気一杯過ぎる主人公とラプラスの掛け合いがまたよかった。 相変わらず専門用語は分かり…
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