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旧:午前二時過ぎの牛丼屋

作者: ざま菓子

今作を読んで読者が牛丼を食べたくなっても筆者は責任が持てません。

なお、今作はフィクションですので、実在する牛丼屋、人物等とは一切関係ありません。

 

 

 深夜に感じた空腹を高カロリーな食事で埋める。甘美で背徳的な行為であり、大半の人間が寝静まる時間によって生み出される特別感が人を非常識にさせる気がする。



 私も、そんな冒涜的かつ背徳的な誘惑に釣られるように24時間営業している牛丼屋に吸い込まれていた。いわゆるチェーン店でファストフードらしい味わいから忌避する人もいるらしいが、深夜も営業しているから私は好きだ……安いし。



 この私、秋山九十九あきやま つくもは20歳、とある自動車整備関連の大学に通う女子大生だ。華々しい女子がなんだってそんな方向に進学したかは追々説明するとして、今は丁度課題も終わってバイトも休み、これといって差し迫った問題もない自由な御身分です。じゃなきゃ深夜2時頃に牛丼屋なんかで油売ってるはずがない。



 店に入るなりメニューも見ずに注文した特盛り牛丼が目の前に置かれた。ここ最近、ミートソースパスタの山盛りパクチー添えとかチャーハンの納豆和えとか自動車の廃油が混ざったコーヒーとか、そんな感じのおかしな料理――最後のは料理と言えるのかどうかも怪しいが――ばかり口にしていたので、たまにはこういうシンプルな料理で味覚をリセットしなくてはなるまい。



 どんぶり蓋の代わりと言わんばかりに白米に覆いかぶさる大量の肉と玉ねぎ、そこからうっすらと立ち上る湯気が、さっきまでアツアツのおつゆで調理されていましたよと雄弁に語る。画家がペン入れから絵筆を取り出すように大胆かつ軽快な動作で箸を取り、相手の実力を見極める武士のように牛丼のパワーのような何かを推し量ってから箸を入れていく、大盛りにしたおかげで肉が多く、初手からご飯と合わせて食べられないのでまずは上辺の肉を削る。うん……「肉食べたい欲」を満たすためだけに生み出されたこの感じ、最高。背徳的な美味しさが脳に染み渡っていくのを感じる。



 ところで、この混沌とした空間に誘いこまれた人間が私以外にもいた。私から見て左奥のテーブル席、絵にかいたような浮浪者が座っている。おじさんというよりおじいさんと呼んだ方がしっくりきそうな顔立ちだ、すっかりやつれていて、髪の毛はシラミだらけなのか白髪が多いのか遠目には見分けがつかないくらいだし、いつから着ているのかわからない汚れまみれの上着を脱ごうともしない、作業用らしいベージュ色のズボンは化学薬品でも浴びたのか不気味な色に変色していた。ウチの学内でもあれほど作業着を使い古す輩は見たことがない……いや、いてもおかしくないけど。



 私が店に来た時にはもう居座っていたくせに、たった今やっと料理が運ばれてきたところだった。あんな身なりだしどうせノーマルの牛丼だろうと半ば嘲笑するような思いで――よくよく思い出せば自分だってノーマルの牛丼なのだが――浮浪者のテーブルに置かれたどんぶりを見た瞬間、私は仰天した。




 な、何ぃ……!? うな丼だとぅッ!?




「…………。」

 危ない危ない、思わず言葉が口から出るところだった。しかし驚いた。ここでは牛丼屋のクセにうなぎを扱っているのだが、流石に安くはない、恐らく全メニューの中でトップクラスの値段だろう。それをあんな浮浪者が!?



 まさか食い逃げする気じゃなかろうな……と、私は自分の牛丼を食べることさえ忘れて浮浪者の動きを注意深く観察していた。浮浪者はゆっくりとした動作でうな丼をのぞき込んで満足そうに頷くと、予め手元に出してあった箸を持って、食べやすいように上着の袖をまくった。その時ちらりと見えた物に私はもう一度驚いた。



 なんだあの高級そうな時計はッ!?



 一瞬目を疑った、ダンボールに金の折り紙でも貼って作ったものかと思ったが間違いなく腕時計だ。金の、それも高そうなやつ。

 いやいや、どう見ても衣服と釣り合わないだろう。確かに良い時計をしている男はモテると女友達から語られるが、だからといって腕時計だけ良くすればいいというものでもあるまい。



 実はこの浮浪者、身なりがひどいせいで浮浪者に見えるだけで、実は何らかの事情で浮浪者になりすましている金持ちとかじゃないだろうか、いずれにしてもただの浮浪者ではないに違いない。

 と、そこまで考えて自分の牛丼に目を落とした、浮浪者らしき人物に気を取られたせいで冷めてしまったかと思いきや、まだまだ冷める気配すら見せない。



 ようやく白米と肉を両方食える段階に来たので、一度口の中の物を全て喉に通してから肉と米を一気に両方頬張る、やっぱり肉と米の組み合わせは良い。牛丼こそ日本人に最も適合する究極の日本食に違いない、まぁそういう食の歴史には全然疎いんだけども、そう思わせてくれるだけの至福を肉アンド米という組み合わせは与えてくれる。



 しばらく口の中に広がる味を楽しんでいると、店のドアベルが鳴って新しい客が来た事を知らせてきた。



 この社会の底辺のようなカオスな空間に似つかわしくない若い男女が1組、腕を組んで店内へ入ってきた。二人共なかなかに美男美女で洋服も洒落ている……が、それは本来昼間のようなナウでヤングな雰囲気にこそ合うべきであって、深夜の牛丼屋という退廃的な空気にはまるで馴染んでいない。どうにも私の苦手なタイプらしい。恋人同士か何か知らないが、なんだってこんな所にリア充ムード全開でくるんだ、カップルならカップルらしくどっかの小綺麗なレストランで一口分ぐらいの料理に数千円払っていればいいのだ。私の腹の中で沸々と湧き上がってくるひもじい嫉妬心を抑えるように、箸が肉を私の口にかき込んでいく。



 そもそもこんな時間に未成年でもなさそうなカップルが何をしてるんだろうか、見たところ若そうなんだしせいぜいその辺のホテルでも行って一発盛っていればいいのに、と下世話な邪推をしたところで私は恐ろしい推察に行きついてしまった。




 ま、まさか実はもう盛った後で精力補填のために牛丼屋にッ!?




 な、なんと旺盛なカップルなんだろう、確かに牛丼や豚丼といった飯は精力増強に最適だろう。男の方はさぞかしかなりの量を食べるに違いない。と、私が二人組のテーブルに料理を運んできた店員の声に耳を澄ましていると。

「お待たせいたしました。こちらシーザーサラダと焼き魚定食でございます」

 あぁ……全て私の下衆な勘ぐりだったらしい、シーザーサラダなんていかにも女性向けな料理だし、私も女だからわからないが焼き魚定食で精力絶倫になれるとも思えない。そもそもあの二人がカップルかどうかも不明だ、もしかしたら血縁関係で、男の方は兄か弟なのかもしれない。もしそうだとすれば、実はあの小洒落た女性も私のように牛丼をかき込んで至高の悦びを得たいが、家族の間で「アイツ深夜に牛丼バカ食いしてたぜ」などと男に言いふらされたくないから仕方なく女性的なチョイスで満足しようとしているに違いない、相手が彼氏だろうが兄弟だろうが、誰かの視線を意識しての食事は辛かろう。



 おっと、いけないいけない。せっかくの牛丼の味を楽しまなくては、私には他人の視線など気にする必要はない。元より牛丼屋、しかも深夜2時過ぎという異世界じみた空間で今更誰の目を気にする事があろうか。もう牛丼も残りわずか、さくっと食べ終えていい加減この混沌とした世界から抜け出そう。



 腹も膨れたし、帰ってひと眠りしよう。そう思い席を立った時、自分の斜め後方に人の気配を感じた。今まで全く気配がしなかったけど……いつの間に入店したのだろう、いや……もしかして私が店に入る前から居ただろうか? いずれにしても影の薄い人がいたもんだ、きっと気配を消す事に長けた忍者の家系に違いない。などと自分でもわけのわからない事を考えながら気配のした方向を見た時、私は衝撃的な光景を目の当たりにした。




 ト、トランプタワー作ってる……!?




 思わず目を見開く光景だった。眼鏡をかけた制服姿の学生らしい男が、店の隅っこの席でトランプタワーを作っているのだ。一人で、真剣に。



 いやいや、牛丼屋に来てまで何やってるんだよ、この際牛丼でもうな丼でもサラダでも焼き魚定食でもなんでもいいから頼めよ……とツッコミを入れる気も起きない。もうここまで来ると私の脳では対処しきれない、深夜2時過ぎの牛丼屋という退廃的で混沌とした空間では料理の味以外の事を深く考えてはいけないのだ。



 考える事を放棄した頭でぼんやりとレジに進むと、見るからに外国人らしい店員が流暢な日本語で応対してくれる。わずかに残った思考力で考えてみれば、普通飲食店内で注文もせず黙々とトランプタワーを作っていたら店員に怒られてしまいそうなものだが、もしかしたらこの外国人店員の祖国ではそのくらい許されるのかもしれない、この空間ならそんな突飛な発想でも辻褄が合いそうな気がしてしまう。



 ドアを開けて外に出ると、湿度を持った熱気が体に纏わりつき、今が夏である事を思い出させてくれる。ぼんやりとしてどこか遠い世界に行っていた私の意識は元いた場所に舞い戻り、私は竜宮城から帰ってきた浦島太郎よろしく現実に帰ってきた。



 さて、帰ってひと眠りしますか。私はお気に入りの原付バイク「ダックス」のエンジンをかけて公道を駆けだした。

この話書いてる最中にも一回牛丼屋に行きました。

↓2018/8/4 今作の「ある客」に関するサイドストーリーを投稿してしまいました。連載小説形式にしてあげ直すつもりでしたが悪しからず。

https://ncode.syosetu.com/n6919ex/

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