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海に帰りたい


とある大陸の一部、海に細長くせり出した土地にある小さな国。

王様が住むお城の裏手は深い森、やっとそこを越えてもその先は切り立った崖。

裏手を除く他三方は海に面しているという立派な陸の孤島である。

そこは他国との交流がなくなれば地図から消えてしまいそうな小さな国だが、昔から商人たちの間で航海の途中に立ち寄る休憩場所とされていたため、新しいものや珍しいものが集まる場所として栄えていた。


しかし人が集まると悪いことを考える輩も増えるもの。ましてそう広くない土地、船が入るルートが決まっており狙いやすい。

そのため海賊行為が急増した。


今から約100年ほど前、度重なる海賊行為に我慢できなくなった国王は近海を常に巡回するための海軍と、決められた港以外から入り込む人間と商品をふるいにかける為に細長い土地をさらに半分にするような長い塀を作成した。

この塀には数1000メートルおきに門があり、住民であれば簡単に行き来できる。

しかしひとたび海からやってきた怪しい商人や、身分が不確かなものが通る場合はポケットに入った飴すら入念にチェックし最低でも往来に5日はかかる徹底ぶりであった。

それがもう非常に面倒くさい、なにせ商品の受け渡しに時間はかかるし拘束時間が長い。あまりに面倒なので海賊の数が激減した。そこを拠点に活動するメリットを面倒くさいというデメリットが越えてしまったので。

海軍を作った事実よりはるかに海賊達に影響した。

奪った品物をすぐに売れることが利点だったのに、それができないならこんな狭い海域にくすぶっている必要はないのである。

それと塀のせいでその付近は日あたりが悪いという理由から、門を越えた先が王城と船着き場、門の反対側が店や民家が立ち並ぶ街という棲み分けが成された。





ある晴れた日の朝、妹と共に雑貨屋を営むリチャードは、父親譲りの切れ長の目をじっとりと細めて岩場を眺めていた。

暖かい時期とはいえ早朝は涼しい、そんな周りの温度に反してリチャードの額には汗が浮かんでいる。

冷や汗である。見れば見るほどはっきりとリチャードの視界にはそれがうつっている。


昨日まであんなもの無かった、たとえあったとして気が付かないわけないし、というかもしかしてこれ俺だけに見えてるやつだったりするのか。


リチャードの視線の先では大きな岩からニョッキリと腕が生えている。

しかもその腕、ちょっと見ないほど白い。

もしかしたら子供のいたずらで岩の陰に隠れているのかもしれないとも思うがあそこは子供には水深が深い、それに真っ白い腕は子供にしては長く筋肉質で色の白さを除けば成人男性のそれである。

最近こちら側の海で事件や事故があったという話は耳にしていないため、あの腕の持ち主は最近亡くなった人ではないということになる。

つまり今まで見えてなかっただけでずっと岩から生えてた系なのか。


「成人してからなんか見え始めるとかスゲーしんどい」


「え、そこに誰かいるのか?」

「声まで聞こえる!!!」


ひえっと悲鳴をあげて耳をふさぐ。

しっかりはっきりと耳に届いた声はどうやら焦っているが、聞き取りやすく普通に話せばきっとさぞやいい声だったに違いない。幽霊でさえなければ。


「見えないけどそこの人!居るならちょっと助けてもらえないか?」


白い腕が存在を主張するべく左右に揺れる。


「柄杓はもってないです!!」

「なんで柄杓!?」

「あいにく真水も持ち歩いてませんごめんなさい!」



リチャードは昔聞かされた怖い話から幽霊が欲しがりそうなものを思い浮かべる。

とはいえ幽霊に会う準備なんてしたことは無いので何一つ持ってないが。


「花はあとでよければ持ってくるし、もしくは酒、あとは神父?」

「なんか共通項あるのかそのラインナップ。それと人は呼ばないでほしい」

「じゃあなんだよ!!」

「なんで今俺怒られてるの」


知っている幽霊が出てくる話が少ないのでラインナップ偏りがあるのは悪い気もするが、朝っぱらから時間もわきまえず発生した幽霊の癖に供物をを選り好みするのは我儘なんじゃないか。


あと頼みごとをしつつ腕だけしか見せないのは俺に失礼では。

よし、顔見よう。


会話が可能だったことと、どうやら岩場から自分の方へ近づいてくることは無さそうだと理解したリチャードはずんずん腕に向かって進んでいく。

砂を踏む足音で近づいてくるのに気が付いたのか腕は慌てたようにバタバタと動く、腕の癖に感情表現が豊かである。


「ストップ、悪いんだがそれ以上こっちに来ないでくれ!!」

「おい、まて止まれって」

「もしかして言葉通じてない!?さっき会話できてたのに!?」

「頼むからいったん止まって落ち着いて話をしよう!」


距離が近づくほどに声は焦りを増し、ばんばんと岩を叩いている。


「ほんとにまずいんだって、このままだと誰も幸せになれない!」


しかし慌てられれば慌てられるほど、リチャードは楽しくなってきてしまっている。

よっぽどまずい死に顔なのか、腕の生えた岩によじ登り上から海側を覗き込む。


腕の主は諦めたのか岩と一体化でもするかのように、顔を伏せ岩にぴったり張り付いている。

どうやら岩から腕だけ生えていたわけではなさそうだ。


「血とかは無いんだな」


張り付いているため顔はわからないが、短髪で頭は小さく首が長い。

小顔なのだろう。バランスが悪いわけではなくすらりとした首は、昔見た旅芸人のダンサーのそれに似ている。

そこから視線を下に向けていく。

ちゃんと腕以外のパーツもそろっているようで、首、肩、背中と続き、着ているワイシャツが水に浸かって水中でゆらゆら揺れている。

パッと見た限りでは想像通り男性で、声的にはリチャードより年上。

腰から下は水中でよく見えないが、海の中にはゆらゆら揺れるシャツの裾とそこからのびる筋肉質な白く長い足があるだけである。



見た目から死因は推測できないが綺麗なものだ。


血や内臓など想像したようなグロテスクなものは何もない。

というか、本来あるべきものがない。

こいつ、下半身服着てない。

見えないけどもしやその下、ノーパ・・・


「変態だーーーーー!!!!!!」


「好きでこんな恰好するかーーーー!!!」


リチャードは慌てて岩場から飛びのいて距離をとる。

あのままではうっかり見たくないものを見ることになっていはずだ。

確かに誰も幸せになれない。


リチャードの叫びに、叫び返してきた声はなおも怒鳴る様に続ける。


「見せたいならキミを見つけた時点で駆け寄ったとも堂々と!!」

「だれが見せるよ!?こんな恰好!!」

「最初から俺はちゃんと止めてただろ!」

「話せばわかったはずなのに、こんなっ」

「あの魔女め、シロナガスクジラに誤飲されればいいのに」


「・・・なんかもう海に帰りたい」


岩場から聞こえる声はだんだんと小さくなり、なんだか入水でもしそうな悲壮感が漂っている。

っていうかたぶんこれ生きてる人だな、幽霊にしては喋りすぎだし。


「ゴメン、本当にゴメン。もう不用意に近づかないから」


「そうだな、さっさとどこにでも行けばいい」


自棄になっているだろう男になるべく優しい声で呼びかける。


「着るもの取ってくるから、変な気は起こすなよ」


さっき海に帰りたいとかいってたし、次あったら今度こそ幽霊とかはやめてほしい。


「どうせバレたし、この際その辺の海藻でもいいような気がしてきてた」

「急いで戻るから絶対にそこを動くな!!」


リチャードは自分史上最速で服を取りに走った。


そんなリチャードの遠ざかる足音を聞きながら男は変態認定を受ける原因になった自らの下半身を眺めて不満そうにパシャりと水面を波立たせた。


「薬の出来はいいんだけどなァ、あの魔女め」


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