0-05 冒険科に入ってしばらくしてのこと
そんな気はしていました。
次に飛ばされるとすれば消去法でこの冒険科になってしまうのだと。
いえ簡単な話なのです。
アカシャの家が持つ学科は4種でして、それぞれ職人、商業、冒険、貴族科となっているのです。
ほら簡単な話でしょ。
さすがにあの教頭だって、憎きアレクサントくんを貴族科に飛ばすだなんてそんなそんな……流民が貴族科になんかに入ったらそりゃもう大騒ぎです。
でもなんか聞いた話じゃ、条件を満たせば入れなくもないらしいんです。
けどそれは特例中の特例だとか。……あ、どうでもいっか。
ま、そんなわけで。
冒険科に入った俺はまずロールを選ぶことになりました。
大ざっぱに……ファイター、スカウト、ヒーラー、マジシャンがあるそうです。
あ、前衛とか無理です。
そりゃ若いし身体は丈夫ですけど、体育会系のノリについてく覚悟なんてみじんもありません。
何をするにしたって楽な方を選びたいじゃないですか。
もっと無理そうなのがヒーラーでした。
信仰心と誓いが力になるとかなんとか……うわぁ合わないなんかヤダ。
だって怖いじゃん怪しいじゃん、何で力貸してくれるのか理由がわかんないです。
出来ればこう、思想無しで回復したり補助出来る職業があれば良かったんですけど……無いっぽいんですよね。
スカウトさんは才能に依存するそうです。
平たく言うとシーフです。
罠を解除したり宝物を見つけたり、隠し通路発見や現在位置の把握、緊急時の水食料確保などなどありとあらゆるサバイバルを担当します。
内心ちょっと興味覚えました。
けど残念向いてないそうです。
それに修行……そう訓練じゃなくて修行ってヤツがメチャクチャきついらしいです。はい却下。
ってことでマジシャンになりました。
どうも入学時に学園長にされたステータス解析によると、これが一番向いてるそうです。
なら最初からそう勧めておいて欲しかったです。
他は向いてないのでマジシャンになれと言われるのも、それはそれで切ないですが。
・
ええとそれで……。
冒険科に飛ばされてさすがの俺も困りました。焦りました。苦労しました。
だって魔法なんて使えませんでしたし、言うなれば魔法スキルLV0、経験値0って感じです。
なのに周りの連中は入学前からガッチリその職を極め、この1年でさらなる成長をとげたような方々です。
言わば一人一人が中ボスクラスというか、実力の格差は大人と子供以上に開いてたわけなんですよ。
そうなんです。
冒険科って響きは夢あふれてますけど、そりゃもう超実力主義の世界なんです。
しかもアカシャの家って元々この冒険者を育てるのが目的で設立され、後から貴族、商業、職人が追加されたそうなんです。
だから冒険科のレベルは大陸筆頭とも言われてます。
いやどうして国がそこまで冒険者を育てるのかというと……これがなかなかにおかしな話なんですよ。
いや、それというのもですね……。
・
「アレックス、お前まだ居残ってたのか」
ダンプという面倒見の良い先生がいるんです。
魔法も近接もどーんとこなしちゃう、暑苦しい筋肉魔法使いです。
「ダンプ先生こそこんな時間に何をしているんですか。こっちはせっかく先ほど、宿直の先生をやり過ごしたところだったのですがね」
その時の自分の立場ってみそっかすもみそっかすでしたよ。
だから悔しくてその晩も魔法教練室にこもってました。
周りに追いつくことにもう夢中で、ひたすらコツコツ魔法の反復を繰り返していたんです。
さすがにその頃になると、炎、氷、雷の初級ボルト魔法を覚えるくらいまで伸びていました。
そこまで行くのにまる一月。この俺がそれだけかけてこの程度でした。
うん。アカシャの家に来て自分がすっかり天狗になっていたことを突きつけられました。
「……知ってたんだよ。お前が毎晩毎晩居残って無茶してるのをな。おいもう止めろ、そのへんで休んでおけ」
「いえ、ですが実習が始まるまであと二月もないです。このままお荷物じゃさすがに格好悪い……。ならもっとがんばらないと」
ダンプ先生から視線を外して、俺はまたダリルが作ってくれたスタッフに魔力を込め始めました。
送り出してくれた彼女のためにも情けない姿は見せられない。
趣味じゃないノリなんですけど、ダリルの杖が俺に諦めない力をくれていました。
今夜のメニューは魔法を覚え放つのではなく、とにかく維持することに注力しています。
気を抜くとせっかく溜めた魔力が霧散して全部台無しになってしまうのです。
たぶんゴム風船みたいなものです。
「そんなこと言ったってよぉ、実力なんてそう簡単に埋まるもんじゃねぇ。無理すんなアレックス、身体壊したら親御さんも悲しむぜ」
「いえ、父も母ももういません」
「……何だと?」
大事なところで魔力が霧散したらチャンスをふいにしてしまう。
それは結果的に前衛を危険にさらすことになる。
「だから一人でも生きていけるよう、自分を守れるだけの力が欲しいんです。……ここに来る前はずっと農場にいましたし、あの崖っぷちに戻るくらいなら今くらい無茶したっていいじゃないですか。少なくとも俺は俺を許します」
うん順調だ。
でもどうしたんだろう、ダンプ先生が急に黙り込む。
不幸語りだなんてうざったいし、しゃべる気なんて無かったんだけど……暗かったかな。
「すみません先生、どうか忘れて下さい。ただこれに夢中になってるだけなんです。なんか魔法が楽しくて……。先生?」
彼がいきなり鼻をすするもんだからせっかくの魔力が霧散してしまった。
ああやってしまった。そのことにまゆをしかめて、しょうがないから彼に振り返り笑いかける。
「ちょ……っ、せ、先生……っ?」
「グスッ……うっううっ……ブジュルルル……ッ、う、うぉぉぉ……!」
ボロ泣きしてました。
そういやこの人、メチャクチャ涙腺緩いんだっけなぁと。
……大の筋肉男が鼻水流して泣いてるんだから、ああもう魔法の修練どころじゃないです。
「や、泣くほどのことじゃないしなぜ泣くし。えええっと……先生落ち着いて下さい」
「っっ……泣かせる……じゃねぇかよぉ……グスッ……」
いや泣かせるっていうか勝手に泣いたっていうか。
うわぁ……どうしよう……。
「わかった……わかったぞアレックス……ッ!」
「ちょっと先生っ、そ、そういうのいいからっ、やだっ肩とか抱かないで困るっ、ちょ、ちょっとぉぉっ!」
その泣きじゃくる男が父性たっぷりの腕を俺に回し、いまにも抱きすくめられるんじゃないかという当惑を生徒に与えてくれた。
「今日から俺がおめぇの父ちゃんになってやっからなぁ……グスッ、ズズズズッ、ブワァァッ涙でっ、涙で前が見えねぇ……っ!」
「痛いっ痛いっ、ちょ先生痛い加減してっ、だ、ダンプ先生落ち着いて下さいっ、ぎゃぁぁーっ?!」
正解。感極まった筋肉魔法使いにより、俺のあばら骨はミシミシと悲鳴を上げる。
危うく失神しかけるまでその全力全開の抱擁は終わらなかったという。
・
それで。
「冒険者家業ってのはな、博打打ちか何かと勘違いされがちだが……少なくともこの国じゃ必要不可欠な存在だ。実力も大事だが臨機応変な対応力が何よりも問われる」
彼は最後に話を聞かせてくれた。
修練ばかりに俺が熱中するのを危惧して、きっと落ち着かせようとしてくれたんだろう。
「なぜならあらゆる迷宮には入場制限というものがかけられているからだ。迷宮の提示するルールに従わなければ、俺たちは迷宮内部に入ることも許されない」
その辺りは自習で覚えたから別にいい。
……なんて言えるはずもない。
「冒険者が迷宮より漂着物や魔物素材を持ち帰り、それを職人が加工して商人が売る。それがこの国の根幹システムだ。ポロン公国は冒険者に支えられてるわけだ」
それも知ってます。
円滑にその入場制限に対応するために冒険者ギルドがあることも。
「それでなアレックス、ここからがお前に聞かせたい話だ。入場制限は多種多様だ。職業や人数、装備や種族の他に……年齢や、職業の経験日数が条件となる時もある」
それは……そこまでは知らなかったな。
つまり未熟な人間も場合によっては編成候補になるってことだろうか。
「だから焦るなアレックス。お前には十分に才能がある。いんやすげぇよ、たった一月でここまで扱えるようになるだなんて……俺は目を疑ったよ!」
額面通りには受け取れないけれど、魔法の担当教師にそう言われると悪い気はしなかった。
確かに焦っていたのかもしれないと今さら気づく。
「……こういう時、どう反応すればいいんでしょうかね先生」
「ん? そりゃ褒めてるんだから素直に喜べよ、父ちゃんはお前が自慢だ、すげぇ、どんどん成長してく姿が教師冥利に尽きるぜ!」
やっぱりこの人は慣れない。
ため息を吐いてスタッフを握り直し、最後にもう一度だけ魔力を増幅させた。
「ふっ……その成長とは、このような姿のことですか先生」
焦っていたんだ。
そのせいで集中力が乱れ余計な力が入って、まともな増幅も維持も出来なかったのだ。
いざこうやって落ち着いてみれば簡単だった。
コツを身につけた以上、もう魔力の空気漏れを起こすこともない。
「マジかよ……、うお見事だぜっ、さすが俺の……息子!」
「息子になった覚えはありません」
「薄情だなぁおぃ! 父ちゃんに好きなだけ甘えていいんだぜ。……うっ、グスッ、いかん……思い出し涙が……っ」
ダンプ先生には感謝してる。
勝手に養子の方向で話が進むこと以外では。
まあそんなわけで。
少し長くなったけどそういうわけなのです。
入場制限という制約がある以上、国は優秀な冒険者を育て管理して、迷宮の求める数々のオーダーに対応してゆく必要があるのです。
それがこのポロン公国の……いえ、魔境と呼ばれるここ大陸中央高地のルールです。
「そうだアレックス! お前に紹介したい生徒がいるんだ、そいつとお前はペアを組むべきだなっ!」
「いや、何でそんな勝手な話の流れになってるんスか……」
「彼女の名はアシュリー・クリフォード。俺が気にかけるもう一人の有望株だっ!」
知らんし。
誰だし。
でもダンプ先生ってば人の話聴かねーし。
どうやら次の実習ではそのアシュリーなんとかさんと組む羽目になりそうですよ?