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・流浪の民

コミカライズ版3巻が先先日の11月15日に発売しました!

3巻はマナ先生とお嬢のターンです。


さらに!

作画のもりさとにごり先生のマンガ力がパワーアップしています!

マンガも売れないと続かないので、どうか応援して下さい!



 幸せは長くは続かなかった。

 ある日突然、父は病にかかった。


 きっとすぐに回復するだろう。

 このポロン公国の都に止まるのは、長くてほんの一週間ほどだろう。


 俺は気軽に構えていた。

 けれども、父の咳はいつまで経っても止まらなかった。


 やがて吐血が始まり、ベッドシーツが赤黒く染まった。

 血を吐いたことが知れたら、俺たちはこの宿を追い出されてしまう。


 ただでさえ、素性を怪しまれる流浪の民なのだから。

 家を持たない流浪の民である俺たちには、病は極めて危険なものだった。


「ア、アレ、ク……そこに、いるのか……?」

「うん、ここにいるよ」


「私は……私と、お前、は……」

「よく聞こえないよ。何、父さん?」


 医者には風邪だと言われた。

 暖かい寝床と睡眠、それと十分な栄養とアスピリンさえあれば簡単に治るあの風邪だ。


 そのなんでもない風邪が急性の肺炎を招き、父を呼吸困難にさせた。


「お前は……本当、は……アカ、シャ……い……け……」


 必死で何かを伝えようとしていたけれど、何度耳を寄せても全く聞き取れなかった。

 己の命よりも大切なことなのかもしれない。


 だが、結局彼の遺言は俺に伝わることはなかった。

 俺は動かなくなってしまった父を見下ろして、深いため息を吐いた。


 夜に新しい医者をこの部屋に引き込む約束をしていたのに、父はあっさりと死んでしまった。


「しかし、困ったな……」


 彼との付き合いはたった1年だ。

 それ以前の俺もいたのだろうが、あいにくと全く覚えていない。


 俺にとって、彼の死は嘆き悲しむほどのことではなかった。


「死んでしまうなんて予定外だ……。これからどうしようか……」


 たった1人の保護者が亡くなってしまった。

 天涯孤独になった俺は、いったいこれからどう暮らしてゆけばいいのだろう。


 父の死を哀れむ余裕なんて、今の俺にはなかった。


「ううん……本当に困ったな……。俺、軽く詰んでね……?」


 結論はすぐに出た。

 父が死んだ今、もう交易商人という商売は続けられない。


 今の俺はカモネギだ。

 子供である俺がカモで、父のささやかな遺産がネギだ。


 早急に新たな保護者を、まともな保護者を見つけなくては、この先どんなおぞましい扱いが待っているかもわからない。


 今の俺は、悪人からすれば簡単に儲かるボーナスキャラだった。


「さよなら、父さん。いい来世を」


 部屋に書き置きと埋葬代を残し、俺は商売道具一式と共に宿を出た。

 行き先は父と懇意だった商会だ。


 夕暮れの街を、重い荷車を引いてトボトボと歩いた。

 俺たちはロバすら持っていなかった。


 2人で押していた荷車は、今はとても重く、交易商人としての人生の終わりを体感させた。



 ・



「そうか、亡くなったか。穴場を教えてもらう約束だったというのに、残念だ……」

「ただの風邪でした。風邪って、怖いですね……」


 だけどただの餅に負けた俺よりは、まだ格好の付く終わり方だったろう。


 死因・餅。

 笑っちゃいけない葬式になること受け合いだ。


「全部、買ってくれませんか? 俺ごと全部、処分したい」

「君は、自分を売るのか……?」


「捕まって誰かの奴隷にされるくらいなら、自分で自分を売りたいんです」


 父親が死ぬなり、乗り換えるように新しい保護者を求める子供。

 それが今の俺だ。さぞ彼の目には不気味に映るだろう。


「どうにかなりませんか?」

「私も商人だ、そういうことならば斡旋するが……本当にいいのか?」


「はい、どうぞお構いなく」


 しばらく彼に観察された。

 恥じる部分なんてどこにもないので、堂々と見つめ返した。


「スレてはいるが、賢いのだな……。それに顔も整っている。探せば欲しがる里親がいるかもしれん」

「里親……。いえ、すみません、それは止めておきます」


「なぜだ? 炭坑や農園送りにされるよりいいだろう」

「無条件で子供を迎える里親なんているわけがないですよ、きっと裏がある」


「本当にスレた子供だな、君は……」

「すみません、わがままばかり言って」


「いや……君の立場ならば当然だろう……。私が若い頃は、そこまで頭が回らなかったが……」

「同感です」


 良い里親が見つかれば、今までよりも良い生活ができる。

 魅力的だったが、スレている俺には危険を感じた。


「農場主の知り合いならばいる。がめつく仕事に厳しい男だが、人格は保証しよう。あの農園ならば、成人するまで君を守ってくれるだろう」

「農奴ですか……」


「商人のプライドが傷つくか?」

「いえ、そこにします。同じ仕事を一生続けられる人間なんて、ほんの一握りなんですから」


「そうかもな……。無事、君が成人できることを祈っているよ。お父さんは、本当に残念だった……」

「感謝します」


 俺は商売道具一式を売り払い、わずかばかりの金を彼に預けた。

 無事に手元へ戻ってくるかどうかはわからない。


 だが銀行のないこの世界では、どこかに財産を隠すか、誰かに預ける他になかった。


 俺は流浪の民だ。

 所属する国も、帰るべき故郷も、義務も何もない。


 その代償として、俺たちは富を持ち続けることができなかった。


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