・流浪の民
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幸せは長くは続かなかった。
ある日突然、父は病にかかった。
きっとすぐに回復するだろう。
このポロン公国の都に止まるのは、長くてほんの一週間ほどだろう。
俺は気軽に構えていた。
けれども、父の咳はいつまで経っても止まらなかった。
やがて吐血が始まり、ベッドシーツが赤黒く染まった。
血を吐いたことが知れたら、俺たちはこの宿を追い出されてしまう。
ただでさえ、素性を怪しまれる流浪の民なのだから。
家を持たない流浪の民である俺たちには、病は極めて危険なものだった。
「ア、アレ、ク……そこに、いるのか……?」
「うん、ここにいるよ」
「私は……私と、お前、は……」
「よく聞こえないよ。何、父さん?」
医者には風邪だと言われた。
暖かい寝床と睡眠、それと十分な栄養とアスピリンさえあれば簡単に治るあの風邪だ。
そのなんでもない風邪が急性の肺炎を招き、父を呼吸困難にさせた。
「お前は……本当、は……アカ、シャ……い……け……」
必死で何かを伝えようとしていたけれど、何度耳を寄せても全く聞き取れなかった。
己の命よりも大切なことなのかもしれない。
だが、結局彼の遺言は俺に伝わることはなかった。
俺は動かなくなってしまった父を見下ろして、深いため息を吐いた。
夜に新しい医者をこの部屋に引き込む約束をしていたのに、父はあっさりと死んでしまった。
「しかし、困ったな……」
彼との付き合いはたった1年だ。
それ以前の俺もいたのだろうが、あいにくと全く覚えていない。
俺にとって、彼の死は嘆き悲しむほどのことではなかった。
「死んでしまうなんて予定外だ……。これからどうしようか……」
たった1人の保護者が亡くなってしまった。
天涯孤独になった俺は、いったいこれからどう暮らしてゆけばいいのだろう。
父の死を哀れむ余裕なんて、今の俺にはなかった。
「ううん……本当に困ったな……。俺、軽く詰んでね……?」
結論はすぐに出た。
父が死んだ今、もう交易商人という商売は続けられない。
今の俺はカモネギだ。
子供である俺がカモで、父のささやかな遺産がネギだ。
早急に新たな保護者を、まともな保護者を見つけなくては、この先どんなおぞましい扱いが待っているかもわからない。
今の俺は、悪人からすれば簡単に儲かるボーナスキャラだった。
「さよなら、父さん。いい来世を」
部屋に書き置きと埋葬代を残し、俺は商売道具一式と共に宿を出た。
行き先は父と懇意だった商会だ。
夕暮れの街を、重い荷車を引いてトボトボと歩いた。
俺たちはロバすら持っていなかった。
2人で押していた荷車は、今はとても重く、交易商人としての人生の終わりを体感させた。
・
「そうか、亡くなったか。穴場を教えてもらう約束だったというのに、残念だ……」
「ただの風邪でした。風邪って、怖いですね……」
だけどただの餅に負けた俺よりは、まだ格好の付く終わり方だったろう。
死因・餅。
笑っちゃいけない葬式になること受け合いだ。
「全部、買ってくれませんか? 俺ごと全部、処分したい」
「君は、自分を売るのか……?」
「捕まって誰かの奴隷にされるくらいなら、自分で自分を売りたいんです」
父親が死ぬなり、乗り換えるように新しい保護者を求める子供。
それが今の俺だ。さぞ彼の目には不気味に映るだろう。
「どうにかなりませんか?」
「私も商人だ、そういうことならば斡旋するが……本当にいいのか?」
「はい、どうぞお構いなく」
しばらく彼に観察された。
恥じる部分なんてどこにもないので、堂々と見つめ返した。
「スレてはいるが、賢いのだな……。それに顔も整っている。探せば欲しがる里親がいるかもしれん」
「里親……。いえ、すみません、それは止めておきます」
「なぜだ? 炭坑や農園送りにされるよりいいだろう」
「無条件で子供を迎える里親なんているわけがないですよ、きっと裏がある」
「本当にスレた子供だな、君は……」
「すみません、わがままばかり言って」
「いや……君の立場ならば当然だろう……。私が若い頃は、そこまで頭が回らなかったが……」
「同感です」
良い里親が見つかれば、今までよりも良い生活ができる。
魅力的だったが、スレている俺には危険を感じた。
「農場主の知り合いならばいる。がめつく仕事に厳しい男だが、人格は保証しよう。あの農園ならば、成人するまで君を守ってくれるだろう」
「農奴ですか……」
「商人のプライドが傷つくか?」
「いえ、そこにします。同じ仕事を一生続けられる人間なんて、ほんの一握りなんですから」
「そうかもな……。無事、君が成人できることを祈っているよ。お父さんは、本当に残念だった……」
「感謝します」
俺は商売道具一式を売り払い、わずかばかりの金を彼に預けた。
無事に手元へ戻ってくるかどうかはわからない。
だが銀行のないこの世界では、どこかに財産を隠すか、誰かに預ける他になかった。
俺は流浪の民だ。
所属する国も、帰るべき故郷も、義務も何もない。
その代償として、俺たちは富を持ち続けることができなかった。




