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54-4 カマいたちの夜に

 目的は果たしました。これにて依頼達成です。

 しかし夕暮れというこんな時刻もあって、今出発して夜間の空を飛ぶのも無謀でした。


 微かな灯火を見下ろしながら、鳥無き空を駆けめぐるのもそれはそれで楽しそうでしたが、きっとそれは寒いじゃ済まないことになるに違いないのです。

 そこで村長の家にまた戻り、一晩泊めてもらうことになりました。


「おっ、いい飲みっぷりですなっ! さすがは村の救世主様っ、さ、もう一杯!」

「あらっずるいわっ、次はアタシがお酌するんだからっ!」


 人間だろうとホムンクルスだろうと、誰だって生きてるんだから腹が減ります。

 なんか村長がタダ飯食わせてくれるっていうから、俺たちはお祝いの席に参加しました。


 すると左にオカマ、右にジジィ。そいつらがくっついてきて、俺の杯に並々と酒を注ぐの……。

 両手に花ならぬ、両手にナメタケと干し椎茸。

 気持ちは嬉しいけど嬉しくない。どうしたものやら対処に困りました。


「ご主人様、皆さんに凄く、感謝されています……。ふふ……私、なんだか、ご主人様が誇らしいです……」

「いやいやいや、助けて。静かに飯食わせてよっ、酒とかもういらないしっ!」

「アインスちゃんも飲みましょっ! はいどうぞっ、ぐぃぃーっと!」


「あっこらっ、アインスさんはダメだって!」

「さあ! さあ救世主様もどうぞ、どうぞもう一杯! これが村の最後の一瓶ですので!」


 お行儀よく、アインスさんは杯に注がれた蒸留酒を飲み干してしまいました。

 たった一杯で顔を朱色に染めて、ふわふわしてきたのかポーッと目を細めるその姿は、愛らしい反面やたらに無防備でした。


 女癖の悪い男がこれを見たら、ダメなスイッチが入っちゃうだろうな。

 アインスさんの保護者として、飲み慣れていないその姿がすげー心配になりました。


「かわいい……んもう、食べちゃいたいくらいかわいいわ……♪」

「いや、本気でぶっ殺すぞ」

「まあまあ、救世主様! トレンデは昔からこういう男でして! こらっトレンデッ、アインス様に変なことを言うでない!」


 アインスさんは自分が誉められたとはまるで気づいていないようで、モソモソと晩飯を口に運んでいます。

 酒に合うチーズと、油で揚げた山菜に、鶏のグリルというこの村なりの精一杯でした。


「だってかわいいんですもの……。アタシ、本気であのアトリエで働こうかしら……」

「本当ですか? 私、トレンデさんと、働いてみたいです……」

「そうか。じゃあ俺はそれを、開始3秒で首にするわ」


 アインスさんには悪いけど、俺はこいつをアインスさんに近付けたくない。

 いいやつなのはわかるけどさ、このオカマは言葉遣いが酷すぎるよ……。


「あら酷いわ。アタシに恩返しさせてちょうだいよ、んもうっ、いけずねぇ……」

「じゃあ下ネタ封印しろよ……。封印できたらちょっとは考えてやるから……」


「それは……。それは、んん……メチャンコ難しい注文ね……」

「いや難しくねーだろっ、言わなきゃ解決だろっ!?」


 雄々しい二の腕を胸の前で組んで、カーマスは深刻に悩んでいました。

 酒臭い吐息を吐き出しながらな……。


「だって……アタシから下ネタを抜いたら、ゴッツイオカマしか残らないじゃない……」

「そうだな。その時点で十分濃いから安心しろ……。それにお前みたいなのが店番してたら、アインスさん目当てのエロジジィが卒倒するぞ。ん、いや、それはそれで、かなり面白いな……」

「そ、それは困ります……。お爺さんたち、やさしいから、長生きしてほしいです……」


「じゃあダメってことだな」

「そんな酷いわぁ……」


 そうこうして腹が満たされると、俺たちは酔いつぶされる前に、自分たちの寝所に逃げ込んだのでした。



 ・



 山間部なのもあってか、夜に入って冷たい外気が部屋に入り込んでいました。


「さて寝ようか」

「はい、また、一緒に、寝ます……」


 村長にはそういう関係だと思われてるのかな。

 部屋をもう一つ用意しようとか、そういったことはまったく聞かれませんでした。


「お、今度は物分かりいいね。まあ俺のことは、寝床に入り込んでくるドロポンみたいなものだと思うといいよ。あれって冷たいからビックリするんだよな……」

「ドロポンは、もっと、かわいいです。全然、違います。枕に、なってくれる日も、あります」


 お酒が残っているのか、アインスさんはまだ顔が赤い。

 足取りも少し不安定で、いつも以上にぼんやりしていて、見るからに隙だらけでした。


「生きてる枕はちょっと勘弁かな。それより寒いし早く寝ようよ、ほらこっちこっち」

「あの……ご主人様、私……あの……」


 手招きしてもアインスさんはベッドにきてくれません。

 ちょっとだけ悲しそうに目を落として、それからなんの覚悟なのやら、パチンと自分の両頬を叩きました。


「リィンベルと、扱いが違います」

「へ……?」


 アインスさんのそれは不平でした。


「私は、そんなに子供、ですか……?」

「そんなことないよ。アインスさんは俺の大切な家族だ。お嬢と差なんて付けないよ」


 いつものアインスさんならここで反論なんてしません。

 人との言い合いを避ける傾向がアインスさんにはありました。


「でも、私とご主人様は、結婚、しました」

「ぅっ……いやでもあれは偽装……いや、アインスさんもそこはしっかり覚えてるんだね……」


「忘れる方が、どうか、しています」


 ヤバい、正論過ぎて何も言い返せないよ……。

 アインスさん相手にはぐらかしたり、ちゃかすのも不誠実な気がするし……。


「そうだね……確かに結婚、しました、俺たち……」

「認めて、くれますか? 私は、ご主人様の、妻です」


「み、みと……認めるしか……あ、いや、認めます……。アインスさんは、俺の奥さんです……」

「ふふ……」


 するとアインスさんが笑顔を見せてくれました。

 心を失っていたあの頃からはもう想像もつかない、無垢で華やかな笑顔をです。


「アインスさんも大人になってるんだね……」

「そうかもしれません……。でも、ご主人様は、昔のままの、私がいいですか……?」


「今のアインスさんがいいよ。アインスさんが自分を取り戻してくれてよかったって、俺もお嬢もいつだって思ってるから」

「そうですか、良かった……。あ、でしたら、もう一つ、わがままを言ってもいいですか……?」


「いいよ、何?」

「昔話を、聞かせて下さい。ご主人様が、産まれたところから」


 俺の返事も聞かずに、アインスさんは俺の隣に寝そべりました。

 あまり誉められた過去ではないので、あのことをどう話したものやら困らされました。


「すみません……。では、アクアトゥス様と、初めて出会った頃のことを、教えて下さい……」

「アクアトゥスさんか。あの子は――」


 その晩、俺はアインスさんに、アレクサンドロスと名付けられた少年の罪を明かしました。


 父親とばかり思っていた男に命じられて、ヨトゥンガンド家の乗っ取りをはかり、最後は良心の呵責のあまり自ら錬金釜に身を投げて、人生のやり直しを願ったあの救えない過去をです。


「それが、アクアトゥス様が、ご主人様に尽くす理由、ですか」

「むしろ憎んでくれてもよかったのにな」


「憎むわけありません。いいえ、これは、ロマンチック、です……。つまり、ご主人様は、アクアトゥス様が作り直したホムンクルス、なのですね。ご主人様は、アクアトゥス様の願い、そのものだったのです」

「……寝る。なんか無性に恥ずかしくなってきたからもう寝る。おやすみアインスさん」


「ぇ……もっとお話、聞きたいです。あの、アトリエに、帰ったら……たまに、お部屋にお邪魔しても、いいですか……?」

「それ、翌朝現場を見られたら、アトリエの連中みんなに俺が八つ裂きにされるやつじゃん……」


 だけど桃色の髪をした慎ましい少女が、頼み込むような目を俺を見つめてくるので、つい断り切れませんでした。

 ああ……マハくんと夜のディナーを約束したあの日もそうだったけど、俺ってもしかして、気弱な歳下にすがられるのに弱いのか……?


コロナ対策による書店の営業自粛で、2巻が逆境状態です……。

繰り返しますが、4月30日に発売します。自粛の影響が深刻です、どうか応援して下さい。



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