53-11 夏島の開拓を始めよう 二日目・湖と宝石
「ならばお言葉に甘えよう。島の奥は任せてくれ」
「珍しい生き物がいたら大公様に献上するのもいいっスね」
先輩なら金持ちに売り飛ばそう、とか言い出しそうなところっス。
実際にこうして奥地に来るまで発想すら浮かばなかったっスけど、ここの動植物に自然は他にもっと利用価値があるような気がしてきたっス。
「あらいいですね~♪ でしたら~、お花も探していただけるとー、お妃様や公子様が喜ばれるかもしれませんね~♪」
「あっ、それっス! いっそ温泉街で飼育したらどうっスか!? 動物園に、植物園っス!」
あのアルブネアの温泉街はいいところっス。
サウザンドソーサーのカジノをのぞけば、これといった娯楽に欠けるっス。
観光地というのは飽きられたら終わりっスから、ヘキサーさんはこのただの思い付きをえらく真剣に塾講し始めたっス。
「――アルフレッド様と打ち合わせをしてくる。アシュリー・クリフォード、その発想悪くない」
「はい~、私もそう思います~♪ アルフ様と一緒に行きたいです。あの方、動物が大好きなんですよー」
ヘキサーさんが拠点の方に立ち去って行くのを見守ったっス。
ドロポンが築いた平らな道ではなく、わざわざ森の中に入るところがあの鬼軍曹らしいっス。
そのときドロポンが糞をしたっス。
超大粒のピンクダイヤモンドみたいな糞っス。けど糞は糞っス。
グニグニと弾力のある美しい糞をそのままにして、自分たちは先に進んだっス。
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巨大なクレイゴーレム、ジェリードロポンは大地と木と草を食べるっス。
アルブネア新領の主立った街道は、ほぼこの子の手――いや、足? いやいや、よく考えたら足もなかったっスね……。
言い直すっス。
アルブネア領の街道は、ほとんどこのジェリードロポンが作り出し、今も管理してくれているっス。
ただその歩みは牛車のように遅い。
そこはドロポンからしてみれば、食べながらだからしょうがないっスね。
そんなわけで前置きが長くなったっスけど、目的地の島中央・湖に到着した頃にはもう昼過ぎだったっス。
南国の日射しの下、密林に囲まれたオアシスは青くまぶしく輝いていたっス。
「そうだわー、ちょっと~、水浴びしていきましょうか~♪」
「ちょ、待つっス、今は止めておくっスよ。何が棲み着いてるかわからないっス」
大胆にもお嬢様は服に手をかけて脱ごうとしたので、自分が肩を押さえて止めたっス。
水着無しで入ろうだなんて、マイペースにもほどがあるっスよ……。
「ああ~、もし人魚さんがいたら、先にご挨拶しないとですね♪」
「その人魚って発想どっから出てきたんスか……。例えばヒルっス。全身をヒルに食いつかれるかもしれないっスよ」
「あら、ひるってなんですか~?」
「血を吸うナメクジみたいな生き物っス」
「まっ、そんなのがいるんですか!? まあ怖い……」
エミリャさんが脱ぐのを諦めてくれたっス。
それから自分が持ってきた水筒を空にして、湖水に入れ替えてドロポンに再び上ったっス。
「ってことで帰るっスよ。先輩がここの水を浄化すれば、あっちにプールだって作れるっス」
「あの、夜も出るんですかー?」
「……何がっスか?」
「ですからー、ひるは、夜も出るんですか?」
エミリャさんは己の頬に手を当てて、ヒルなのに夜も出るのかとトンチンカンなこと言い出したっス……。
人の世話をする能力は高いっスけど、アルフレッドくんが苦労している姿がまぶたに浮かんだっス。
けど堅物のアルフレッドくんにやっぱお似合いっス。
「そうっス。ヨルとアサもいるから気を付けるっスよ」
「あらまぁ怖い!」
「エミリャさんはもう少し人を疑うっスよ……」
帰りはここまで築いた道を拡張しながら戻ったっス。
ジェリードロポンの無尽蔵の食欲に、ちょっと薄ら寒いものを覚えたっス。その気になればドロポンは、世界を滅ぼせるっス。
「それにしても~、大きな道になりましたね~♪」
「壮観っスね。普通にやったらこんなの、いくら金と時間があっても足りないっス」
ジェリードロポン4列分の道幅は、人でごった返す公都中心街にも匹敵するっス。
その光景そのものがドロポンの凄まじさを物語っていたっスよ。
先輩の錬金術もムチャクチャっスけど、ドロポンも大概っス。
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ところがその帰り道、おかしな人と会ったっス。
「あら~? こんなところでー、何をしてるんですか~、女将さん?」
温泉街の筋肉女将のモショポーっス。
小物臭いところが苦手っス。自分とはなんか性格的に合わないっス。
そのモショポーがドロポンの糞を拾って、大きな袋に詰めていたっス。
業突く張りな性格そのままに袋は既に満載で、とても一人で背負うような荷物量ではなかったっスよ。
「おう、奥さんやないか! 見てわからんかー? お宝拾っとるんや」
「あらっ! あら聞きましたアシュリーさん? 奥さんって言われちゃったぁ~♪」
媚びる価値のある相手には媚び尽くして、そうでない相手には急に上から目線になるような人っス。
「それドロポンのうんちっスよ……」
ドロポンが自分の言葉に震えたっス。
プルプルと揺れながら、止めて止めて言わないで、拾わないで、見ないで止めてって言ってたような気がしたっス。
「知っとるわ。けどこれは金になる、いつか絶対金になるんや! 今に見とれ、そのうち億万長者になってやるさかい!」
「そっスか。自分はうんこ売ってまでして、金持ちになりたくないっス……」
「わかっとらんなぁっ! この宝石はドロポンの尻からしか出ないんやで! つまり入手数や方法が限られてるんや! こういうのは高くなるでっ!」
「それはどうっスかね……。ドロポン、こんなウンコ好き無視していくっスよ」
「誰がスカトロマニアやっ! うちはクソの価値を理解しているだけや! これは良いクソやっ、最高級のクソやで!!」
羞恥心に震えて、今にも泣きそうに見えるドロポンを励ましたっス。
自分はもう何も見なかったことにして、ドロポンを慰めながらその場を離れたっス。
「ところであのー。すかとろまにあって、なんでしょうか~?」
「それはアルフレッドくんの方が詳しいっスから、あっちに聞くといいっスよ」
「はいそうなんですねぇ~♪ わかりました。今夜の晩ご飯にでも、アルフ様に聞いてみます♪」
これがずっと年上のお姉さんとは、自分にはとても信じられないっス。
エミリャさんに変なこと吹き込むなと、アルフレッドくんが怒り散らす姿が早くも目に浮かんだっス。




