7-02 お嬢のいる新生活(挿絵付き
お嬢の仕事っぷりは実に見事なものです。
さすがは元商人科、大商会の娘、アインスさんとはまた別方向に優秀でした。
それに見た目も麗しき少女エルフです。
となれば自動的に、アインスさん目当てのお客様らも納得の新人ちゃんとなりました。
ポロン公国ではそこまで珍しくもないですが、しかしそれでもロリエルフってだけでマニアよだれものの存在なのです。
いやまあ、そんなメイド喫茶みたいなアトリエを目指したわけじゃないんですけどねー……。
そんなわけで客足は日に日に伸びてゆき、彼女が不在になるたびにどこからかため息が聞こえてくるのでした。
「ただいまアレク、あの売れ残りのオイル5箱分売りつけてきたから」
「え、マジで……?」
「うん、業者さんが取りに来るはずだからその時は手伝ってよね。えへへ……すごい楽しい♪」
いつもフラっといなくなります。
で、戻ってきたらどこぞの専門店から人が来て、売れ残りがちな雑貨類を大量に持っていってくれるのでした。
「感謝しなさいよね、タダ飯ばっかり食べる気はないんだからっ!」
「いやお嬢すごい、すごいよ。今夜は高い肉でも買おうか」
「いいの、新しいベッドだってタダじゃないもん。あたしわがままは言わない、アインスと一緒にご飯作るの楽しいからいいの」
今日も今日とて素晴らしい仕事っぷりです。
この若さでこの営業手腕、さすがお嬢としか言いようがないです。
お嬢様なのにわがまま一つ言わず、なにより今の生活をエンジョイしてくれているのが一番助かります。
そうです、みんなで楽しむって大事です。
「そう、助かったよお嬢。いつもありがとう、俺にはとてもまねできないな」
ついつい手が滑りました。
なにせちょうどいい高さに頭があるので、うっかりまたお嬢の髪を撫でていたのでした。
「……っ!!」
あれ、でもこれって怒らせるパターンじゃなかったっけ?
うんしまった、もう十二分に撫で回しちゃったけど……怒りゲージMAXになる前にごまかそう。
「いやその、ハッハッハッ。ごめんお嬢、つい手が滑ったというか、今日もそこに頭があったからというか……。山があったら登る、お嬢の頭があったら撫でる……みたいな?」
手を中途半端に引っ込めて愛想笑いします。
かんしゃくさえなければほんと理想的な居候さんなのですが……でもなんでいつも怒るんでしょうか?
「…………」
「のわっ?!」
怒るかなぁ、怒るかなぁ……とか警戒してたらいきなり腕をつかまれました。
「……ッ」
で、そのままギリギリとエルフパワーで握りつぶされるかと見構えてみれば、お嬢は自分の頭に……。
つまり元の位置へと俺の手のひらを誘導するのでした。
え、なに、これどういうこと……?
「子供扱いしないで……っ!」
「うん、わかった、しない、で……これどういうこと? なでなで……ああこのサラサラ感サイコー、超気持ちぃぃー」
つまり触っていいってことだよね。
ご好意に甘えて最高の手触りを堪能しました。
艶やかで繊細な金髪がシルクみたいにスルスルと滑ります。
「もう子供じゃないもん……こ、こういうことされても、恥ずかしくなんか……ないもん……ぁぅぅ……」
「お嬢……? ちょっとなにを言ってるのかわからないというか、いやこれ客観的に見てやっぱ恥ずかしい気が……」
お嬢は赤くなりやすいです。
だから本格的に赤面するとまさにゆでダコです。
なにこれ我慢比べ?
いいだろう受けて立とうじゃないか、先に離れた方が負けってことだね!
「は、はぅ……ぅぅ……、ふにゅぅぅ……」
「ハッハッハッ、やるなお嬢……!」
なんか変な声出てるけど牽制でしょうそうはさせん。
負けじとこっちも、ひたすらなでなでなでなで、モゾモゾモゾモゾします。
「ぁぅ……ぁぅぅぅ……きゅぅん……」
くっ……くぅっ、さすがに恥ずかしいよ!
そんな声出されたら、ぐぁっ負けそう!
「そ、そういやお嬢の故郷ってどんなところ?」
こうなったらそう、話題を振ろう。
好奇心にもとづいた世間話ってやつです。
「エルフとドワーフの国ってだけで胸熱な響きだけど……確か名前は……フレスベル自治国だっけ」
「……違う」
すると一瞬だけ目を上げて、でも俺と視線が合うと慌てて下を向きました。
「エルフとその他大勢の国……。あんなドワーフみたいなボンクラと一緒にしないで……」
「や、ボンクラってお嬢……」
お嬢の口から出る言葉じゃないような。
「ボンクラはボンクラよ……あいつらときたらお酒臭いし……まともに計算も出来ないし……神域の木まで勝手に伐ろうとするし……それにすぐ人に騙されてしょうがないのっ! エルフが見守ってあげないと大変なんだから……っ」
「へぇ~……なんかちょっと名前の印象と違うな……」
なんだろその種族。
好き嫌いの激しいお嬢のことだから、少し大げさに言ってるのかもしれないけど……言われてみれば公国内で見かけない。
「お嬢の実家はどんなところ?」
微妙にタブーなんだけど牽制です。
あえてそこに触れて様子を見ました、この飽きない手触りを引き続き堪能しながら。
「……興味持ってもアレクは入れない」
「え、なんで?」
「実家は……聖域にあるから、エルフ以外が入っちゃいけないんだもん……。例外はあるけど……どっちにしろそれは叔父さんが許さないから……アレクが興味持ってもしょうがない」
いいね。なにそれいいね。
それってつまりエルフの隠れ里でしょ。
なら入りたい、入ってみたい、物見遊山で楽しく観光したい。
360度エルフだらけ! 美男美女! たまらん、ロマンじゃんそれたまらん!
ファンタジー世界に生まれたら~一度はおいで~、エルフの聖域においで~! うん行こう絶対行こう。
「なにそれ行きたい。ねえその例外ってなに、どうすればいいの?」
「え、ちょ、ちょっとアレク……っ」
「教えてよ、なんかレアな素材とか落ちてそうだよねそれ、そこに旅行しに行くのもいいなぁ……エルフの里とか最高の観光地なんじゃないかな!」
盛り上がってきました。
恥じらいすらも忘れてお嬢は俺に目を向けて、うん、やな顔してます。
「いやだから入れないって言ってるでしょっ、人の話聞いてないでしょバカアレクっ!」
「例外があるって言ったじゃないか、ならそれでいこうよ!」
人の話を聞いてないんじゃない。
あえて聞かないんだ、そんな楽しそうなイベント見逃せない!
「そ、それは……それは……それはダメ……ッ」
「なんで? せめてどうすればいいのか教えてよ」
なぜ言えないんだろう。
お嬢は顔をそむけてまたピンク色に染まりました。
発熱が手のひら越しに感じられるくらいに。
「だ、だから……それは……エルフの仲間じゃないとダメってことで……だから……」
「うんうん、じゃあ俺を仲間にしてよお嬢、エルフの里を踏まずに死ねないっ、一度は行きたいあこがれのスポットだよ!」
エルフ様のためなら人類だって裏切る覚悟です。
だってそっちサイドのが楽しそうだし、アクアトゥスさんとかみんな連れて団体旅行もありですね。
「仲間になるっていうのは例えなの……っ! ただ仲間になるんじゃなくて……もっと親密な男女が……契約を結ぶってことで……わ、わかるでしょ……っ!」
親密、男女、契約。
あ、なるほど理解できましたそういうことですか。
「じゃあ結婚しようお嬢」
「ば、ばばばばばっ、バカじゃないのアンタッッ!! バカバカっ、なんでそんなにぶっ飛んでんのよっバカアレクッッ!!」
まあこっちは一度死んでますから。
だから結婚の一度や二度どうってことないです、問題ありません。
団体旅行を実現するためなら、旅行参加者全員と結婚しちゃうのもありでしょう。
大事なのは建前であって内容ではないのです、世の中ではままあることです。
・
「……全て聞こえているぞ、お前がアレクサントだな」
店の外にまで響いていたようです。
アトリエの玄関がチリンと鳴り、来客に俺たちは慌てて飛び離れました。
その客というのがまた、思ってもみない変わり種だったのですが。
「ええそうですけど……お客様はどちらのエルフ様でしょうか」
「お……叔父さま……」
「……へ、叔父?」
お嬢とお客人、叔父様の顔を交互に見ました。
なるほど確かに似ています。でも決定的にその肌の色が異なっていました。
「俺はリィンベルの叔父にあたる。名はアストラコン、以後お見知り置き願おう」
「あー……。はい、アレクサントと申します、よろしくお願いしますアストラコンさん」
彼はダークエルフってヤツです。
青白い肌に、お嬢と同じブロンドが腰まで伸びていました。
叔父さんとか呼ばれてますが、これがものすっごいイケメンお兄ちゃんです。
人間の容姿に当てはめてみても二十代中盤がいいところでした。
「な、何しに来たのよっ、あたし家には帰らないっ、絶対ヤダったらヤダからっ!」
「そうか、ならば回答は一つだ」
なんですかこれ?
鋭い目つきでロマン種族ダークエルフ様が俺なんかを睨みました。
その体つきはやたらに贅肉が絞られた細身も細身で、もう存在感がすごい、そこにいるだけで……ファンタジー! 驚きの立体造形!
「姪は……リィンベルは貴様にはやらん!!」
「いや欲しいとか一度も言ってないし」
でもトンチキなこと言い出したのでドライめなツッコミ入れておきました。
お嬢に目を向けるとなんか俺、呆れられている気がします。
ああそうか、そういえばさっき結婚しようって言ったんでした。
「よく見ろリィンベル、これは人間だ。お前の身体が大人になる頃には、もう死んでいる。俺はわざわざ姪が悲愛に身を投じるのを見過ごしてはおけん。そういうわけだアレクサントよ、この子は連れて帰る、それでいいな?」
よくわからないけどこのままだとお嬢を持ってかれるようです。
それはちょっと困る。
これだけ優秀な子を持ってかれると、アトリエが損をしたことになるじゃないか。
「わかってるしいいのっ! アレクがボケて錬金釜で顔洗うくらいになっても、あたしはアレクと添いとげるのっ! 余計なお節介止めてよっ、あたし、今の生活が充実してて楽しいんだから!」
「そんなものは一過性のものだ。現実の前には全て無力。差別をする気はないが論外だ、どんなに優れた男であろうとも人間である以上すぐに死ぬ、そんな者に俺は兄より預かったお前を任せられん!」
……いやあの、ひとんちでシリアスとか家族ゲンカ止めてくれません?
しっかり俺まで巻き込んでますし。つか営業中ですよ……。
アストラコンさんも悪気があるわけじゃないんですけど、せめて場所は選んで欲しいなぁとか……。
「あーでも、その寿命なら問題ないかも……」
「……何だと?」
でもあえてそこに口をはさむなら?
うん、なにも問題ない。
「アストラコンさん、自分は錬金術師です。不可能を可能にする奇跡の合成屋です。不老の薬だっていずれ作り出す予定です、だから何にも問題ないです」
「不老って……。はぁ……アレク、あんたね……」
でも誰も本気にしませんでした。
あれ、だいぶ本気だったのにあれ?
いけると思うんですけどダメですか?
「何を言い出すかと思えば……そんなもの作れるはずがないだろう。常識で考えたらどうだ」
若者のうぬぼれと妄想を哀れみ、アストラコンさんは厳しい大人の意見をくれました。
なんか悔しいです。思い上がりなのは認めます。でも……。
「いえいえ出来ます。今はダメですけど絶対いけます。そうですね、じゃあ今の実力の証明として……クレイゴーレムってやつを作ってお見せしますから、ひとまずそれで納得してくれません?」
俺は錬金術が奇跡の力だって信じてます。
この力でお嬢が幸せになるなら、若いまま容姿が固定されようと、それこそ……あかん、マナ先生の顔が急に浮かんで急に萎えてきたぁ……。
「……いいだろう。俺を驚かせるだけの代物が出来上がれば考慮くらいはしよう。アレクサントよ、お前の信じるその力、この俺に証明して見せよ。それまでは待とう、クレイゴーレムとやらがもし作れなければ……。リィンベルのことは諦めてもらうぞ!」
はいとは答えませんでしたけど、そういう感じで話が決まったみたいです。
イケメンダークエルフのアストラコンさんは、一方的に断言して極めてナルシストに鼻を鳴らし立ち去っていったのでした。
関係ないマナ先生のことは頭から追いやって……、と……。
その賭のった! むしろなんか燃えてきた! 待ってろよアストラコンさんっ、今回の賭の商品はさておき、絶対にその鼻を明かせてやるからね!
そうとなれば仕事なんてしてる場合じゃない。
早速実験だ!




