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53-11 夏島の開拓を始めよう 一日目 1/4

 昨日は各方面に協力を取り付けました。

 今日から夏島の開拓です。期日はあと8日、少しでも大公様に貸したツケを返すために、これからきびきびと動かなければなりません。


 と、昨晩寝る前までは思ってたんですけど、まああるじゃない?

 寝る前の優雅なひとときが想定以上の延長戦となって、読書とかそういうのの止めどきを失うときって。


 そんなわけでこうして目を覚まして一階に下りてくると、みんなの顔ぶれがどこにもなかったよ……。

 いやそれだけじゃない。よりにもよってあの女が代わりにいた。


「おはようございます~♪ 朝ご飯できてますよ~、座って待ってて下さいね、アレク様♪」

「ああそう」


 なんでいる? って問いかけたら月並みでつまんないだろうな。

 腹が減っていたので席に着くと、エミリャ・ロマーニュが白いパンと、ベーコン入りのスープを運んできてくれた。いや、くれやがったと言い直そう。なんとなく。


「どうですか~? アレク様のお口に合いますでしょうか……?」

「普通」


「普通ですかー?」

「普通に美味いよ。普通にね、寝起きの鈍った舌でも普通に美味い。でもね、アインスさんが作ったやつの方が美味い」


 エミリャ・ロマーニュは俺の言葉の何が面白いのか、楽しそうに笑いました。

 というかこんなムダ話してる場合じゃないです。さっさと平らげて行かないと。


「あ、ところでアインスさんは?」

「あら、もうみんな夏島ですよ~」


「え、じゃあ店は?」

「リィンベルちゃんを通じて、カーネリアン商会の方々が来ることになっていますよ」


「へーー……」


 お嬢は本当に気が利くな。

 初めて出会った頃を思い返せば、彼女も成長したものでした。


「ごちそうさま。まあまあ美味しかったよ」


 やがてパンとスープを平らげて俺は立ち上がりました。

 するとエミリャ・ロマーニュが店の方から戻ってきて、どうやら接客までしてくれていたようです。


「おそまつさまです。あらー、綺麗に食べましたね~♪」

「だからまあまあ美味しかったって言ったでしょ。じゃあ商会との引継は任せたよ。俺は先に行ってるからね」


「ええそのつもりです。いってらっしゃいませ、アレク様」


 アルフレッドからすればだいぶ年上だけど、エミリャ・ロマーニュか。嫁さんとしてのスペックは高いな……。

 くっ、餌付けに弱い自覚があるだけに、らしくもない感情を抱いてしまったかも。忘れよう……。



 ・



 スレイプニルの石段を使って遙か西の夏島に転移しました。

 しかし来て早々、そこにとんでもない光景が広がっていたのでした。


「あれ……なんかおかしいような……。あれ、森が、ない……?」


 地形が変わっていました。

 あの辺りから熱帯林がずーーーっと続いていたはずなのに、大地がハゲとる。


「やっときた……もっ、また明日のことも考えないで夜更かししたんでしょ! しっかりしなさいよアレク!」


 そこに水着姿のお嬢がやってきました。


「なら起こしてくれてもいいじゃん。っていうか、アレなに……?」

「なによ見ての通りよ。森なら隠れ里のエルフたちと、アンタの妹が破壊して回ってるわ」


「え、ぇぇぇぇぇ…………」


 石段を離れて歩きながら、島の奥の方をよく見る。

 森があった場所がなぜだか綺麗に拓けて、スッキリしています。


 現在進行形でどんどん南国の樹木が倒れてゆく。

 ソテツ、シャボテン、ヤシ、フェニックス、なんであろうと問答無用です。


 どうやらウィンドカッターを斧にして、ガッスンガッスンッと凶暴な力業で森を斬り拓いているご様子した。


「人間って罪深いなー……自然さんごめん。俺が入植した時点で、もう島の命運は尽きたと思って諦めて……」

「根を除去したらグミの木を植えるそうよ」


「ああやっぱり……」

「だから早く実を用意しておいてあげないと、ブーブー文句言われるわよ。いっそグミだけじゃなくて、別の新作を作ったらどうかしら……こ、これは、提案じゃなくて、エルフの総意だと思いなさいよねっ……!」


「結局食いたいだけじゃん……」

「女の子が甘い物を欲しがって何が悪いのよっ!」


 冷静と思っていたお嬢も、グミの実島という夢のプランと食い意地に負けていました。

 根絶やしからの自然の征服か。まさかマジで実行に移すとは思わなかったよ……。


 ま、ある意味で自然を征服するこの姿こそ、人間の本質なのかもな。

 ただぶった斬られたかわいそうな樹木たちも、シウムが率いるヤクザどもが木材に加工されていっているようです。


 スレイプニルの石段で物資の全てを運ぶのは燃費が悪いので、現地調達しろと誰かがそう言ってくれたんでしょうね。俺じゃない誰かが。

 既に大公家を招くための別荘地の土台が築かれだし、どいつもこいつもやる気いっぱいです。


「なんか出遅れ感あるな。やっぱ眠いし、帰って昼まで寝直そうかな……」


 そうつぶやいてみたところ、俺の隣からリィンベル嬢が消えていました。

 あれこれと取り仕切るのに忙しいらしく、辺りを見回したら建築現場の方でああだこうだとヤクザ衆に注文を付けています。


「たくましいな、お嬢……」


 なんか自分より真っ当に成長している同級生の姿を見せられると、自分がお子さまに感じられてきます。

 まあ、かといってあんなふうになりたいとは思わないけど。


 しかし肉体労働は俺に向いていないし、やっぱり帰ろう。

 そう決めて石段の前までやってくると、何やらアインスさんに小走りにかけてきて、何やら立ちふさがりました。あ、ピンクい水着がかわいいな……。


「帰ったら、ダメですよ、ご主人様。私はずっと、この時を、待っていました……」

「アインスさんおはよう。この時って、どの時?」


「この瞬間です……。ご主人様、新作を、作りましょう。新作を作らなければ、暴動は、確実です……。新しいスイーツのなる木を、作りましょう。でないと、とても、とても大変なことに……」


 アインスさんに背中を向けて、もう一度蹂躙されてゆく森を見つめました。

 暴力的な物音を立てて、今日まで伐採者が現れなかった森が破壊されていっています。


 あのパワーの原動力は、甘い物食いたさであるという。到底、矛先になんか立ちたくない。


「でないと、ブーメラン、パンツ。着せて、ご主人様を、ヤシの木に吊す。そう言って――」

「わかった、作ろう。すぐ作ろう新作、なんか猟奇的なことになる前に」


 人って不思議だな。たかが茶や香辛料のために船を造って大洋を渡りたがる。

 お菓子をたくさん食べられるなら、現地の生態系もぶっ壊す。


 その恐るべきエネルギーを敵に回したくないので、やっぱりがんばることにしました。


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