53-3 夏島征服への第一歩 錬金術師は仲間を呼んだ! - 実験台 -
「ふぅ……しかししくじったら往復し直しだったな」
大げさなもんだけど、さっきまでより空も海も森も輝いて見えました。
スレイプニルの石段という奇跡の装置が、ここをアトリエの裏庭にしてしまったのです。
ここはもはや異境の地ではありません。
家や家族が恋しくなる気持ちは、完成と共に吹き飛んだのでした。
「だけど上手くいきました!」
「そうだね」
マジでチートだわ。
アトゥも子供の頃みたいにはしゃいでいます。
「ちゃんと見て下さい兄様ッ、ヨトゥンガンド家の始祖オールオールムが作ったという、スレイプニルの石段! 兄様とご一緒に作れました!」
「うん、やったね」
彼女も一介の錬金術師、らしくもなく舞い上がっていました。
距離という壁をくっそねじ曲げる奇跡のアイテム、それを生み出して、これからさらに夢が広がるのだから、わからないでもないかな。
「兄様っ、もう少し喜んで下さらないと気分が盛り下がりますっ!」
「きゃっほい。やったー、わーい」
へそ曲がりは早速、石段を稼働させました。
エーテルの大瓶を使ったことでエネルギーは充填率200%↑、これがスマホならバッテリー妊娠コースです。
「さて……問題はここからだよな」
「兄様がおじさん臭いのはいつものこととして、問題ですか?」
チラッと白レウラの方を見ました。
砂浜の上に四つんばいになって、何か赤いヤツとダベってるけど何言ってんのかわからん。
「レウラでいっか」
「はい……?」
「いやだから、実験台」
「キッキェッ?!」
「ダメですよ兄様ッ、ダメに決まってます!」
そういう意図で見てたのご主人?! って感じでレウラが飛び上がりました。
そんで何か威嚇するみたいに俺へ身構えたっぽい。
「だって1匹くらい時限の狭間に飛んでっても、まだ4匹いるじゃん?」
「心にもない冗談は止めて下さい、兄様……」
「キェッキェェーッッ!」
じゃあどうしよう。何か手頃な物はないかなと辺りを見回す。
落ちたヤシの実、流木、あと小ガニくらいしか見あたらないな……。カニでいっか?
「お任せ下さい兄様。さらさらー……はい、これを送りましょう」
「そんなの持ってきてたんだ、アトゥは賢いね」
「はい、だてに兄様の妹をしていませんよ♪」
俺も小ガニを捕まえて、アクアトゥスさんが書いた手紙と一緒に石段へと乗せました。
逃げられないようにプチなバインドで拘束して。
「じゃいってみよーっ、はい下がって下がって。ポチッとな」
意味が通じたらまたおじさん臭いって言われるんだろな。
パクッてきた骨董品より、新品のスレイプニルの石段の方が調子が良いらしく、そりゃもうポチッと押したらヒュッンと消えてました。
「兄様、今送ったカニですが、もし毒があってレウラが勝手に食べてしまったら……」
「へーきへーき、こいつらカニの毒程度なんでもないでしょ。与え続けたら毒のブレス吐いたりしてな」
「キュルルゥー?」
「プキュゥーッ、ハグハグ……♪」
ってレウラの姿を探してたらさっきのと同じ小ガニ食ってました。
こいつらそのうち生態系破壊しそう……。
「もう、変なものばかり食べたらダメですよレウラ」
「プュゥー?」
「かわいい鳴き声してもダメです。ジャーキーで我慢して下さい」
「キュルッキュルルルーッッ♪」
カニ探して飛び回ってた赤い方も、ジャーキーとかいう単語にアクアトゥスさんの前に飛び込んできました。
で、俺の前で餌付けを始めるの。まあここまで運んでもらったお礼もあるし、好きに食べさせたらいいかな。
「ありがとうレウラ、おかげでアトリエのみんなが喜びますよ。はいっ」
「キュルッ!?」
「プキュルーッッ!!」
アクアトゥスさんがまぶしい空にジャーキーを投げる。
すると赤と白のレウラはすぐに飛翔して、美味しいオヤツを空中で取り合いました。
俺もぼんやりとその愉快な餌付けを眺めます。
さてこれからどうするかな……とあてもなく思い描きました。……そうだ。
「常時スタンバってるわけにはいかないし、向こうが気づくまで少しかかるだろうね。ってことでさ、少しここで遊ぶ?」
「ぇ……それは、い、いいのですか兄様っ!?」
レウラに悪いからジャーキーが無くなるまで待ちました。
俺が切り出すとアクアトゥスさんはまた子供に戻って、俺の目の前に驚きつつも飛び込んできます。
「いいも何も、そのためにこんなにがんばったんじゃん?」
「ぁ……。で、ですけど……あの、兄様、私……は、裸になるのは、ちょっと……ッ」
何言ってんだし……。
銀髪の愛らしい錬金術師様は、キラキラと晴れやかな南国の世界で頬をピンク色に染めていました。
「ははは、誰が裸になれって言ったよ……」
「そんなっ、誰もいない砂浜ですよ兄様!? せっかくのチャンスを台無しにする気ですか!?」
「ちょっと何言ってんのかわかんないな。いやむしろ脱ぐな、脱がないでくれ、さあとにかく行くよ! レウラ、お前らもこいっ!」
「キェッ♪」
「あっそんなっ、待って下さい兄様っレウラーッ!」
今日まで誰も使うこともなかった夏島の白い浜辺を、俺たちは我が物にして駆け回りました。
ヤバい、柄にもないことはわかってるんだけど、なんか浜辺で遊ぶのって楽しい!
アクアトゥスさんの銀髪が南国の陽射しに輝いて、そこはこの世の楽園に変わっていたのでした。
現在、第1巻の書籍化作業を進めています。
その都合でなかなか執筆時間が取れずに苦労しています。
どうにか毎週金曜日投稿を維持しますので、どうかこれからも本作を楽しんでいって下さい。
書籍版は、序盤が抱えていた粗を徹底的に整えて、ですます調を廃止して、アレクの口調に寄せた地の文になります。
かなり読みやすく、展開を知っていても楽しめるようになっていますので、どうか発売しましたら、買って下さい!!
※またやらかしました。投稿するエピソードが間違っていたので差し替えました……orz




