51-6 公国屈指の精鋭をもっとかき集めよう 2/2
・アクアトゥス・ヨトゥンガンド
生体エネルギーでも吸収されたんでしょうか。
あふれんばかりの羞恥と、その後に生まれた虚脱感をカフェで癒して帰宅すると、ちょうどアトゥが部屋にいました。
「アクアトゥスさん。いや、アトゥ、悪いけど付き合って」
ノックをして押し掛けるなり、用件を伝えました。
今さらだけど彼女にも言っておかなければなりません。
「兄様、そんなよそよそしい言い方をされなくても結構です。兄様のいる場所がアトゥの生きる場所、ヨトゥンガンド家の錬金術師として、この度の遠征をご支援させていただきます」
珍しくお堅い言い方でした。
彼女もお嬢と同じく、いえお嬢以上に変わり、成長しました。
きっとウルカとの出会いが良かったんでしょう。
「助かるよアトゥ。あとちょっと大げさ」
飛竜艇に錬金釜を持ち込んで不足物資を現地調合する予定です。
アクアトゥスさんを危険な目に遭わせることになりますけど、うちの妹は選択肢から外せない人材でした。
「ですが兄様、アインスは連れていかないのですか? 誘いが来ないと、かなりすねていましたが」
「だってアインスさんは戦闘できないし、錬金術師全員がこの店を離れちゃうのもまずいじゃん。適材適所ってやつだよ」
戦闘力がないというのが良くありません。
自衛できない者を、戦争同然の特攻に連れていくのは難しい。
「ですけどあの子も狙われているのですよね。ならば連れて行っても問題ない、むしろ同じ狙われる者として、兄様のお側が一番安全なのでは……?」
しかしアトゥの意見もその通り、どっち取ってもアインスさんにリスクがかかります。
大公様に預かってもらうにしても、中にもし内通者がいたら守れません。
「そうかな」
「そうです、アトゥはそう思います。大切な者を守れない場所に置くより、守れる手元に置くべきかと」
無意識に俺は笑っていました。
アカシャの家にいた頃は……。俺たちはお互いにもっと違う考え方をしていたでしょう。
「アトゥも成長したね。昔はそこまで人のこと考えなかったでしょ。からかってるんじゃなくて、兄としてその成長が嬉しい。……かもしれない」
「ふふ……急にがらにもないことを言い始めましたね、兄様」
「うん全く、その通り」
アクアトゥス・ヨトゥンガンドは大きく変わりました。
あまり人に興味を持たない、魔女のような寡黙な女の子だったのに、今はこんなに明るく、人の心配をするようになりました。
「兄様と再会して、ウルカと出会って、このアトリエで生活するようになって私も変わったみたいです。兄様、必ず全員で、生きて戻りましょう」
「それはもちろん。しかし、本当に大きくなったな……」
一瞬だけ、あの頃の俺に戻っていたのかもしれない。
彼女の義兄アレクサンドロスとして、俺はやさしくアトゥの頭を撫でていました。
当時の俺はなんていうか、人間として痛々しかったなー。マジ黒歴史。
「おわっ?!」
「兄様……っ! やっぱり、兄様は兄様なのですね……!」
けどそれがまずかった、感情がたかぶったらしく、アトゥはひしと胸に抱きついてきました。
胸元から甘えるように俺を見上げます。もうあの小さくて病弱で、全てを諦めていた少女はどこにもいない。
「ところで兄様。原始的な方法と、錬金釜を用いた子作り、決戦前という美味しいシチュエーションが来たことですし、どちらをいたしましょうか? 父母兄、王家の方々がうるさいのです」
「そんなもの残したらフラグだから後でね、後で」
「はい、後で、ですね。覚えておきます」
「いやそういう意味で言ったんじゃないし……」
マジで変わったもんだな……。
あの小さなアトゥがこんなに明るく積極的になって、自分の意思を持つようになったなんて。
「なら帰ったら作りましょう、兄様とアトゥの愛の結晶を」
「……ま、人型ホムンクルス作りは俺の初期目標の1つだったし、作るのはやぶさかでもないかな」
俺はヤツに作られたホムンクルス。
ホムンクルスである俺が、人型ホムンクルスを作りたがったのは……きっとそこに複雑な願いがあったに違いない。
生み出すことで俺はオリジナルと同じ高みに立てる。オリジナルを乗り越えることで、俺がオリジナルに成り代わる。
だから俺は願ったんだ、人型ホムンクルスの創造を。
・
・クイーン アインス・ガフ
アトゥと話が付きました。彼女の部屋で少しゆっくりしてから自室に戻り、それから仕事が恋しくなって錬金部屋に下りました。
するとそこにアインスさんが待ちかまえていました。働き者の彼女が直立不動で。
「ご主人様、お願いが、あります。店を空けるのは、気が引けます、だけど……」
店の方からアトゥの声が聞こえる。
どうやらアインスさんのために、仕事を代わってくれているようでした。
「一緒に行く?」
「え……」
「行きたいなら一緒に行こう」
「いい、のですか……? 店番、在庫作り、する人、いなくなってしまいます……」
ここまでお膳立てされて、やっぱ気が変わったは通らない。アトゥも気分を害するでしょう。
それにアインスさんは真剣でしたから。
彼女もまた、自分の力でみんなを守りたい。
そう思っていたのだとわかってしまいました。
「戦闘能力はないけど、錬金術師が付いてきてくれるのは単純に頼もしい。本音言うとやっぱ心配だけどね」
自分で自分を守れないということは、ちょっとしたミスが死を招く。
「わたしも、戦いを覚えたい、です」
ところがその言葉に俺より反応を示した人がいました。
いえ正確には人ではなく、それはドロポンでした。
急に部屋内外から一カ所に集まったかと思えば、それが合体して人型となり……。
「あっ……?!」
アインスさんを持ち上げたのです。
彼女は自分たちが守ると、合体しなかった者も含めてつぶらな瞳でプルプルとアピールしていました。
「ドロポンが私を守ってくれる、そう言ってます。ありがとう、ドロポン」
物理ダメージ無効のドロポン、壁としては最高の存在です。
動きが鈍いのが難ですけど、アタッカーではなくディフェンダーとして運用するならさして問題になりません。
「わかった、ならアインスさんは任せたよドロポン。一緒に行こう、アインスさん。店の方は今のうちに商品作りまくって、品切れする前に帰ってくるしかないな」
「はい! いっぱい作って、おきましょう。この店は、公都にとってもう、なくては困る店、ですから!」
ドロポンが人型を止めて大きなドロポンに変わる。
それがアインスさんを頭に載せて、プルプルと上機嫌に揺れていました。
思えばドロポンはいつだってアインスさんを守ってきたのです。
それと最近ではホムンクルス猫、ツヴァイのやつも。窓の外を見ると今日もツヴァイが脱走して、庭でドロポンと駆け回っている。
「私、がんばります、逃げたり、隠れてばかりじゃ、怖いのは終わらないから……」
だから裏方として同行して努力する。それがアインスさんなりの危なっかしい答えでした。
・
・冒険者ウルカ
ウルカは最後になりました。
どうせアトゥと一緒に付いてくるのが決まっていたし、後回しでも別に問題ない。
よってこれはただの儀礼であり、答えのわかっている確認でした。
「ウルカ、今さらかもしれないけど、一緒に来て。いや来てくれること前提でずっといたから、すっかり忘れてたとも言う」
「ちょっと言いぐさひどくなーい? それならわざわざ言わない方がマシだったと思うけど」
「まあだからって確認しないわけにもいかんし。来てくれるよな?」
「ふーん……」
ところがどうもいつもと違う感じがします。
即答せずに彼女は腕を組み、小悪魔めいた目線を向けてくる。
「実は残るつもりでいたんだけどね、そう言われると考えるなぁ……」
「え、何か用事あんの? けどこれ、わりと世界の命運かかっちゃってる作戦なんだけど。いや作戦っていうか機動力任せの特攻?」
もし対処しなければ、西側の世界がヤバいことになります。
やつらの恐ろしさは社会に根を張り、裏側から浸食するところです。確実に駆除しなければ。
「例えばこの状況でさ、残り1体の古なる者は、どう動くと思う? 素直に狩られるのを待ってるわけないよね、動くんじゃないかなー」
「そりゃまあそうだが、それも各地の軍の方だって想定してるって。2度もしてやられてたまるかってね」
やつらの性質からして、こちら側から攻めるのが正解です。
守れば飲み込まれる、だから攻めかかる、これで間違っていない。
「アインスを連れてくっていうのは正解かもね。というより、正解を無意識に選ぶようになってるのかな、やっぱ……」
ところがウルカは急に場違いなことを言い出しました。
正解を無意識に選ぶ。今確かにそう言ったはずです。
「なんだそれ?」
「ん~~……そうだなぁー。たとえばさー」
ウルカが背中を向けたかと思えば、得意の機敏さで身を落としました。
そしたら不思議なもんです、視界の下に潜り込んだ彼女は俺の後ろを取って、肩を揉むと見せかけていきなり喉に触れてきたのです。
「せんせーって、殺そうと思えば簡単に殺せちゃいそう……。だけど、それはできない」
「お前冗談きついぞ、そういうバッドエンドルートはお断りだから。誰も得しないってそういうの」
「ねぇ、今思い返すとさ、都合良すぎない?」
「うん、ウルカはいつだって都合が良いよ」
いやに真剣でした。だから茶化してやろうとしたんだけど、マジらしくて乗ってくれません。
なんか本気で首かっ斬られるような気がしてきました。
「特にそうだね、かなり早い段階で大公様に気に入られて、マハ殿下と出会ってる。極めつけはこの前の戦争かな……」
マハ殿下と出会ったのが都合が良い?
いやまあ大公様にメチャクチャ気に入られたっていうのは、確かに俺にとって大きな追い風でした。
「この前って、ヒルデガルドの侵攻の話か?」
うん、マハくんも嫌いじゃない。マハくんはすごくいいやつです。俺にはもったいない友達です。
「そ。ギリギリだったね、あれ。ちょっとでもミスれば、誰かが死んでたかもしれない……。でも、なんでかそうなってない」
「まあついてたな。でもそれは、あらがい抜いた結果がアレなんじゃないか?」
いまいち何を言いたいのかわからない。
都合が良くて何が悪いんだろう。
幸運を喜ぶべきです。綱渡りで今の平穏にこぎ着けたんだって。
「そう言われたらそうかもしれない。……ま、いいや、気が変わったから付いてく。大事な大事なアトゥの護衛は任せなよ」
「そりゃ助かる。その気まぐれに感謝しとくよ」
結局、ウルカはどこから来たのだろう。
彼女の視点から見た場合、今の状況は別の形に見えるんだろうか。まあ俺にわかるわけない。
「ま、せんせーは絶対死ななそうだけど」
「ホムンクルスだしな」
「そうだけどさ、そうじゃないんだって……。何ていうか、不思議なご都合主義が、せんせーを死なないようにしてるんじゃないかって、ときどき疑いたくなるんだよ……」
とうてい俺にはわからない話でした。
どっちにしろ目的が果たせればそれでいいんです、今はウルカの同行が取り付けたと喜ぶことにしました。
・
・エルフの長 キエ・アズライール
残念、ウルカは最後になりませんでした。
その後に、アトリエへとあるお方が押し掛けてきたのです。はるばる北方フレスベル自治国から。
「わらわも精鋭と共に行くえ、真にやつらへの恐怖を克服するためになぁ、グリムニールにばかり任せられんよ」
キエ様です。こんなエッチな格好で旅をしてきたのか、正気か?
妖艶な世界最古参が俺の部屋にいきなり押し掛けて、ジリジリと俺を壁に追いつめました。
「助かります。いつぞの迷宮攻略では指一本すら使ってもらえませんでしたから、キエ様の本気を期待してますよ」
「うむ、代価はそちの童貞で手を打つえ」
「何勝手に決めてくれちゃってんですか、丁重に、お断りします」
「のぅ、考えてもみよ、この状況で、リィンベルに先んじて、そちをものにしたら――さぞかしたのしいぇ♪」
いやただの修羅場じゃないですかそれ……。
この前も同じようなこと言ってたし、これだから年寄りは……。
「悪趣味ですってそういうの……」
「趣味だえ」
「別の趣味を探すことをおすすめしますよ」
こうしてキエ様と、エルフの精鋭が加わってくれることになりました。
飛竜艇を使った空からの遠距離攻撃、艇の砲台としては弓と魔法に長じたエルフは理想的な存在でした。
さあこれで精鋭はそろいました。
行きましょう、アストラコンさんの乗りに合わせたところの、結末の前奏曲を奏でに。
俺たちの手であのお姫さんの悪夢を終わらせるのです。




