0-03 2/2 職人科のダリルと輝かしき夢(挿絵付き
その日の授業は師範も何を思ったのか、いきなり木彫りをさせられることになりました。
いつもなら鉱石から鉄を精錬して汗まみれにあったり、長期課題の鎧作りを進めて汗まみれになったり、汗臭ワールドが広がるはずだったんですけど……。
ここに来てなぜ木彫り?
その答えはどうもお祭りが近いらしく、職人科総出で準備を手伝えとお達しが下ったらしいです。
これだから封建主義は……。あでも、そのおかげで美味しい寮ご飯が食べれるんだからまあいいや。
「はぁぁ……飽きた……もう飽きたぁぁーっ! 何でこんなちまちまちまちまちました作業しなきゃいけないのっ、私もうやだーっ、鉄をっ鉄をっ鉄を叩かせてよ師範センセーッ!」
講堂に押し込まれてはや4時間。
いや訂正、日の高さを見ると5時間近い。
ついに隣のダリル少女がブチ切れて、机をダダンとぶっ叩いて抗議した。
……まあ、5度目の抗議くらいからは数えるのを止めたんだけど。
「ダリル、何度も言ったがこのシーズンだけだから耐えろ。先生も全力でお前に同意したい、鉄をぶっ叩きたいっ、次こそ業物をと思っている! だが、今日中にコイツを片付けねば明日も同じ作業が続く、最悪だ、悪夢だ、理解したら手を動かせ!」
「ウキャーーーッ!! そんなセリフはもう聞き飽きたってばっ、私が欲しいのは慰めなのっ、いたわりなのっ、そんなシビアな現実はノーセンキューっ、鉄をっ鉄をっ、鉄を……私に……ぅぅぅぅ……」
散々騒ぎ立てた後、我が友人ダリルは机に突っ伏して動かなくなった。
それからよろよろと起き上がり、木彫りの神像を諦めて掘る。すぐにその手が止まり今度は俺の方をジト目で振り向いた。
「どうしたダリル」
「どうしたもこうしたもないよ……アレックスくん、キミってさぁ……」
親しい友人にはアレクサントではなく、略称の方で呼ばれている。
鍛冶娘ダリルが頭の後ろで両手を組んで、無防備なタンクトップからわきとか谷間とかを無自覚に露出させる。
……今日はコイツ汗臭くないなー。
「ホンット器用だよね……。なんかこう本職の立場が無いっていうか……ぎゃふん! って感じ」
「いやダリルの方が凄いと思うけど」
鍛冶職人として見れば学年一の実力だと思う。
しかも職人始めたのがたった数年前で、それまでは実家の酒場手伝ってたとか……。
ならダリルは十二分に天才だろう。
これくらいの逸材じゃないと入学出来ないんだなと、密かな対抗心を芽生えさせてくれる。
「や、その手の速さで言われると普通にムカつくんですけど……アレックスくんそれで何体目?」
「……二の五乗に端数を足したくらい。……わかったそんな顔しないでよ、35ちょいだと思う」
ダリルの顔を見ながら手は黙々と神像を刻み続けていた。
これだけ仕上げると身体が覚えてしまったらしく、何か無我の境地でガリガリいける。
彫り方はアドリブだけど。
「うわ、うわぁ……自信無くす……。私まだ8歳なのに、アレックスって絶対おかしいよ……」
「うーん……細かい作業はプラモで覚えたし、樹脂でフィギュアこねるようなもんでしょ。だいたいダリルは丁寧に作り過ぎなんだよ、こんなのテキトーでいいよ。細かい部分まで見る人はちゃんとした本職から買うでしょ」
意味の分からない単語と宗教および職人気質の否定に、ダリルのジト目がいきなり俺の顔をのぞき込んだ。
心底俺という生き物がわからない。そう言わんばかりの観察とあきれだった。
「おいそこの二人、一応授業中なんだからイチャつくな。ていうか先生のためにもアレックスの仕事を邪魔するなダリル。そしてアレックス、先生は好きだぞ、お前のその手の速さが先生は大好きだ……。今度靴にキスしてやるからな」
「結構っす」
そこに師範先生が割り込んでくれた。
はたから見ればダリルも俺も13歳の男の子女の子。
イチャイチャしてるように見えるのかもしれない。
けどまあ、ダリルはなぁ……普段やっぱ汗とか鉄臭いしガサツでうるさいし……無いな。
「アレックスと私がイチャイチャとか何の冗談だし、コイツの性格センセーも知ってるでしょ、気持ち悪いくらい世渡り上手で何考えてるのかわかんない。そんなヤツとイチャイチャとか無理だからっ。ね、アレックス♪」
「……うん、まあ意見が一致しているようで何よりだね」
ダリルってば良い性格している。
明るく正直で職人気質、自由奔放。見た目かわいいけどやっぱ守備範囲外だ。
「先生は大好きだぞアレックス、その気持ち悪~い要領の良さが先生は大大大好きだ」
そこまで言って師範先生が教壇よりこちらにやって来た。
周囲の生徒に聞こえないようコソコソ俺に耳打ちする。
「なあアレックス、今日の作業が間に合わなかったら……今夜ボランティアを頼まれてくれないか……たぶん微妙に目標数に届かん気がする……」
何かと思えばそんなことだった。
彼も心底この作業に嫌気がさしているらしく、頼み込むように13の少年に頭を下げた。
「ちょっとセンセー、いいわけないじゃん……っ。アレックス断っていいよっ、このダリルちゃんがそんな職権乱用許さないからねっ」
「そりゃないぞダリル、先生と明日は鉄を叩こう! 全てはアレックスの頑張りにかかっているんだ!」
「センセー、アンタねぇ……」
職人っていうのは結局、何か一つに特化するあまり他のことに頭が回らないのかも。
だからこの単純ながら面白い木彫り作業も彼らからすると苦痛なのだ。
つまりここでも利害が一致しているわけだ。
「いいですよ」
「えっちょっとっアレックスっ?!」
「おお……おおおお……今すぐお前の足を舐めたいっ舐めしゃぶりたいぞ先生はぁっ!」
……それは止めて。先生尊敬してるけど全力で蹴りそう。
「……いくら出します?」
黙々と木彫りを進めながら聞いた。
思わぬ稼ぎ時かもしれない。
彼は迷わず少なからぬものを出すだろう。
「そうか。じゃ像一体に付き30zでどうだ……?」
「なら45zで受けます」
「……ん、良いだろう。フフフ……もう、もう先生はイヤだ、そのくらいなら上役も喜んで予算を出すだろう、安いものだ……」
交渉成立だ。
さすがにハードだろうけど45zなら実入りが良い。
仮に60体の仕事が貰えたら、2700zとかいう大金に膨れ上がる。
いつまでも学生を続けられるわけでもなし、在学中に貯金を増やしておくべきだろう。
「頼んだぞ、アレックス……!」
「こちらこそ先生。また何かあったら相談して下さい」
そういった段取りになって師範先生も気分晴れやかに教壇に戻っていった。
何かこの作業ハマるっていうか楽しいし、ま、何とかなるだろうきっと。
「……アンタさぁ」
「え、なにダリル?」
「私アンタのその商魂たくましさが一番嫌い。そんなにお金が好き?」
「使うのはそんなに好きじゃないけど、生きるのに必要だから仕方ないよ」
お金さえあれば農場長にこき使われることもなかったし、この世界で生きるならどうしても必要だと思う。
もうあんな崖っぷちには戻りたくない。
「アレックスは夢がないなぁ……」
…………。
……。
そんなこんなで。
授業時間の全てが消化されて一度晩ご飯となった。
それが片付くとまたこの講堂に戻って、自分は黙々と依頼の神像を片付けた。
「よっしゃーっ、これで……完成だーっ!! うはぁぁ~~っ、やったねアレックスっ!!」
「……そうだね、俺は仕事奪われてちょっと不満だけど」
そこにはダリルが待っていてくれて、予定より多くなった残業を手伝ってくれた。
締めて神像90体。16体分のzをダリルに支払わなきゃいけなかったけれど。
「ひねくれてるなぁ……ダリルちゃんの顔見たとき、すっごい嬉しそうに笑ってたよ?」
「……止めてよ、そんなはずない」
確かに一人で作業するのは心細かったし、俺の幼さがそんな顔をさせてもおかしくない。
そりゃ感謝はしてるけど、やっぱり16体分のzが惜しい。
「むふふ……はぁぁぁ……終わったぁ……。あ、ねぇ……アレックスって卒業したらどうすんの?」
「いきなりだね」
「私はねっ、親方のところに戻るの! それで鍛冶職人極めて……最強装備を作ってみせるよっ! で、それ持った英雄が迷宮の最強ドラゴンを倒すのっ! そして轟く私の名っ、伝説の鍛冶師ダリルッ!! ん~~~ったまらんっ!!」
外を見るともうすっかり明るい。
朝日がダリルの爽やかな笑顔をキラキラと輝かせている。
彼女には羨ましいくらいの夢と若さがあった。
「良いね、ダリルらしいよ」
「でしょー、がんばるよ私っ! で、アレックスの夢は?」
実は夢なんて考えもしなかった。
生きることに精一杯で、ダリルみたいな健康な心を見失っていたかもしれない。
「無いんでしょ」
「……うん、無いかも」
「やっぱりね、だと思った! だからこだわりとか捨てちゃえるんだよっ、良くないよっ!」
いやでも効率とか時間大事だし。
とか言うのは止めておこう。
「でもせっかくだしもう半年職人科のお世話になって、それから考えようかな。元々は教頭のせいでここに飛ばされてきたんだから」
「え……ずっとここにいるんじゃないの……? そんなのもったいないよ、ずっと職人科にいなよっ!」
ダリルが似合わない顔をした。
寂しそうに目を落とした後、でも結局その元気さを発揮して俺を勧誘する。
「でもなぁ……確かに俺って器用だけど、ダリルみたいに極められそうな気がしないっていうか……」
ところが。
ところがその瞬間、講堂の扉がグワターーンッと騒がしく開かれた。
で、何かと思えば……。
ヤツだ……ヤツが現れた……。
「おはようここに居たか探したぞアレクサントッ! 話は聞かせてもらったっ貴様にそんな心配は要らないのであーるっっ!!」
「ゲ……教頭じゃん……」
もはや絶望的なその頭部が、ちょうど現れた朝日に、直射日光にテカテカと輝く。
うーん、今日も二スで磨いたかのような超反射だなー。
食らえっピカール奥義サンアタックッ! ぎゃーっ、つかマジでまぶしっ!
「……これはこれは教頭先生、おはようございます」
「朝日がそんなにまぶしいかね諸君、どいつもこいつも朝は人の頭から目をそむけおって……くぅぅぅ~っっ!」
なにしに現れたんだろう。
苛立ち混じりに教頭が俺たちの前にやって来る。
毛嫌いするアレクサントくんを見下ろすと、教頭が気持ち悪いくらい機嫌の良い笑みを浮かべた。
「残念だったなぁ~アレクサント。お前には来期から商業科に回ってもらう。流民のくせに特例で入れてやったのだ、拒否は許さんぞ、既に学園長にも根回し済みの確定事項であーるっっ!!」
・
いきなり転科です、さらば職人科。
ダリルが抗議してくれたけど無駄無駄でした。
そりゃもうメチャメチャ嬉しそうに教頭も突っぱね権力を笠に着ちゃいました。
ってわけで。
人生そう上手くいかなかったんですよ。
転科です。来期から商業科でがんばります。
さらばダリル、キミのことはいつまでも忘れない!
そのフレグランスといったものを知らぬ雌獣的なかほりさえもっ!
ダリル イラスト:シーさん
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