46-1 突然っスけど一身上の都合で、引っ越しするっス 2/2
錬金釜をかき回していたはずなのに、俺は自分の手がピタリ止まっていることに気づきました。
今、アシュリーは何と言った? 引っ越し……?
もしかしたら聞き間違いかもしれない。
アシュリーがここを出て行くはずがない。いや、いや待て、魔剣俺を作ったのが全ての間違いだったのか?
アシュリーは根っからの冒険者です、まだ見ぬ光景を求めて、公国を出て行ってもそれそのものはおかしくない。
「どうしたんスか急に固まって?」
「ああ、ああうん、別に……何でも……」
引っ越し、引っ越しね、ふーん……。
「先輩、もしかして疲れてるんスか?」
「うん、バインド《・・・・》」
「へっ……ひぁっ、なななっ、何するっスかぁぁぁーっっ?!!」
「ふぅ、取りあえずこれで良しと」
アシュリーに不意打ちのバインドを打ち込みました。
生み出されたツタが魔法剣士アシュリーを縛り付けて、俺をやさしく安心させてくれます。困ったときはバインド、これに限ります。
「良しじゃないっスぅーっっ! 何のつもりっスかっ、離してほしいっスよぉっ?!」
「何のつもりも何も、出て行くなんて許さないよ。ちょっと待っててね、今から薬作るから。こんなこともあろうかと構想だけはもう練ってあるんだ」
何かの理由で今の仲間と対立することになることも、いつかあるかもしれない。
そういうとき、争わずに済ませる方法があってもいいよね。
「じ、自分に何を飲ませるつもりっスかっ?! あっ、ああっそういうことっスか!? いや違うっスよ、引っ越しって実家のやつっスよ!!」
「……え、実家?」
ああ、何だそういうことか……実家の話だったんだ、ああ良かった。
まぎらわしいやつです、そうならそうと最初から言ってくれないと誤解するじゃないか。もう必要ないんでバインドを解除しました。
するとアシュリーが華麗に受け身を取って床から起きあがりました。
「アシュリーってつくづく猫みたいだな」
「ちょっと先輩、自分だってれっきとした女の子っスよ。次はもうちょっと丁重にお願いするっス」
文句を言いつつもアシュリーは最後に口元を微笑ませました。
なぜだか嬉しそう。もしかしてバインドで縛られて嬉しかったとか?
「自分がここを出て行くと思ったっスか。それでついついバインドを自分に撃っちゃったんスね。むふふ、むふふふふふふ……♪」
いや違う、俺の心を見透かしたつもりになってアシュリーはご満悦でした。
困ったことにそれ図星、否定しきれず俺は身を寄せてくる彼女を無視して錬金釜に目を落とします。
「まぎらわしい言い方するやつがいけないんだよ。だってあんな言い方されたら誰だってそう思うだろっ……」
「そっスね。先輩が自分アシュリー・クリフォードに執着してくれている事実を実感できたっス」
それも否定出来ません。
だから話そらそう、そうしよう。
「ていうか実家の引っ越し? あー、ついに没落したのかアシュリーんち?」
「逆っス。……ていうか覚えてないんスかっ?! この前自慢したじゃないっスかっ、新しい迷宮を完全攻略して、大公様からアルブネア領の隣の土地を、実家の領地と引き替えにちょっと強引にいただいちゃったって、言ったっスよ?!」
そうでした、そんなことこの前言ってました。
歓楽街やら魔侯としてのオーダーで忙しくて、
あんまりよく聞いてなかっただけで。
「へーーそうなんだ。それって具体的にどのへん?」
「奇しくも例の歓楽街ゴールドレイクに近いっス。……あまり弟たちに近付けたくない種類の街っスけど、うちのクリフォード新領は辺境とはまた違った味わいがあっていい感じっス」
なんか知らんうちにすごいことになってるなー。
しかしアルブネア領の隣か、いい感じに共存共栄出来そうな予感。いいね、いいチョイスだよアシュリー。
「それアルフレッドは知ってるの?」
「先ぱぁ~い、以外はみんな知ってると思うっスよ」
「うそーん……そういう面白いこと何でもっと早く教えてくれないの?」
「あーそっスね、理由があるとすれば、先輩2におおむね満足してるっスから、つい二の次になってたところはあるかもしれないっスね」
カチーンッ、カチーンッときました。
アシュリーにではなくあっちの金物に。俺の代わりに、危険な仕事をするアシュリーを守る俺、このコンセプトはいいよ?
「やっぱあの魔剣、インゴットに戻すか」
「先輩は何かと嫉妬深いっスねー、自分の分身を亡き者にするとか冗談きついっスよ」
「いや冗談20%、本気80%って感じ?」
「先輩、それほぼ本気ってことじゃないっスか……」
よしここは落ち着いて状況を整理しよう。
あのうざ剣については後でしっかりどうにかするとして。
アシュリーの実家クリフォード家が隣に越してくるっていうんなら、もうちょっと歓楽街周りの肉付けしたいところです。
「ねぇアシュリー、新しいその領地をさ、どう経営してくのか考えとかはあるの?」
「父上も母上もあまり具体的なものは持ってないと思うっス。うちはド辺境の男爵家っスから、武芸と畑仕事周り以外はからっきしっス」
「だろうね。しかし懐かしいなアシュリーのお父さん。あれって熊みたいだけど、娘loveだったりしてちょっとかわいいお父さんだよね」
「当時先輩をやたらめったら敵視してたっスね……あのときは迷惑をかけたっス……」
繁栄の約束された歓楽街に隣接した領地となると、クリフォード領にも上手く利益誘導したいところです。
アシュリーの実家が富めばその分だけ俺の都合も良くなるし、アシュリーパパがアルフレッドに続く俺の金づるになってくれるはずだから。
「別にいいよ、あの人嫌いじゃないし。さて、となればクリフォード領には宿場町の新設と、地酒の醸造をお願いしようかな」
「おおっ酒っスか、それなら父上母上も得意っス。麦でエールを仕込んだもんっス」
「うん、なら任せた。それとドロポン貸すからさ、クリフォード領の街道を徹底整備しよう。便利な道があればそれだけ商人や冒険者を呼び込めるからね、それをうちの歓楽街と温泉に誘導する」
さすがに見ず知らずのよその領地に、ドロポン連れて勝手に街道整備するなんてOK出ないです。あまりしたくもありません。
富むのはアルブネア領、そしてクリフォード家でなければならないんです。
「たとえば西方の迷宮で一山当てた冒険者がいたとする。公都へのその帰りに、クリフォード領の宿場街で休憩したところ、歓楽街ゴールドレイクと温泉街の名を聞く。ここは1つ派手にいこう、羽振り良くzを落として、冒険者はスッカラカンで公都に戻るのだった」
「そう上手くいくっスかねー。ていうか、スッカラカンになるまで絞り取っちゃダメっスよ……?!」
大金手にした冒険者が、カジノで強気の賭けに出て一気にスる。これですよこれ、かもネギってやつ。
「いくいく、絶対上手くいく、まずそう信じて進まなきゃ」
「だけど先輩が手伝ってくれるなら、ホントに上手くいっちゃいそうな気になってくるっス。クリフォード家をお願いするっス先輩。先輩ありがとうっス♪」
さあこれでそっちの話はつきました。
後回しにしたあっちの方をどうにかしましょうか。
「それはそうとアシュリー、今夜あいつ貸して、魔剣の方の俺を」
「面白い冗談っス。自分の聞き違いじゃなかったら、インゴットに戻すとか先輩、言ってなかったっスか? 絶対嫌っス」
「うん、まあ、そうしたいところだけど、あれがなくなったらアシュリーを守るやついなくなるし、そこは我慢する。そうじゃなくて、ちょっとやりたいことがあるから貸して」
ところが猫毛のアシュリー・クリフォードは
疑いの眼差しを変えない。
どうせろくなことしないんだろ、って目で見られてました。いや違うよ?!
「バニッシュ&ブレイクは全く役に立たなかったっスよ?」
「え、うそ。最強魔法剣のはずなんだけどな」
「最強っていうより最凶っス。石化させたら魔物のドロップがなくなるっス、魔剣が透明化しても、投げた後にキャッチ出来ないっていうか、危険過ぎて絶対お断りっス! もうちょっとシンプルなやつが良かったっスよ!」
言われてみればまあ使いにくい側面がないこともない、かもしれないです。
でも最強のはずなんだけどなぁ……。
「あ、ならバニッシュ&デスでどうかな?」
「先輩ッ! だからそういう物騒な機能は困るって言ってるっスよ!? 投げたら戻ってくるって部分忘れないで欲しいっス!!」
「ああそっか。まあ大丈夫大丈夫、とにかく貸してね、今夜でいいから今夜」