4-03 完成! ネムラズの蜜
思ったより大量に出来ちゃいました。
小瓶で合計7つ。どう考えても1回分の囮捜査には過剰も過剰で作り過ぎです。
「じゃ実験しないとか。……ああでも睡眠薬がないな、ダメか。アクアトゥスさん、なら睡眠薬のレシピを……」
「いえ……こちらに……」
ところがどっこい、ちょっと釜の前からいなくなったかと思ったら、睡眠薬らしき小瓶を持参されていました。
「あの……なぜ持ってるし妹(仮)……」
「はい……いざというときのために……片時も離さず所持しておりました……兄様」
アクアトゥスさんってば得意げに目をキラキラ輝かせました。
誉めて誉めてー。とそーいうピカピカオーラが出てます。
「ハハハ……アクアトゥスさん、ここは常識的な視点からあえてもの申そう。そんなもの持って兄の下を訪れる妹、貴女これをどう思われますかな……?」
つか俺を寝かせてどうするつもりですか……。
「はい……客観的に見て……なんてかいがいしい妹なのだろうと……兄様がアトゥに……激萌えする姿が見えます……」
「なるほど、うん、前向きでよろしい。次からはその薬持って来なくていいからね」
全くツッコミがいのある妹さんです。
このキャラの濃さ、目的に対する盲目的な一途さ……あ、これ俺の妹なんだなって実感わきました……。
「まあまあ先輩、アトちゃんにはやさしくっスよ。ってことでここは男らしく割り切って、自ら実験台になるっス」
「ああうん、心配しなくともそこはそのつもりだよ。じゃあぱっぱとやってみよっか」
さっと考える。
今回はわかりやすく先に睡眠薬からいこうか。
アクアトゥスさんから睡眠薬の小瓶を受け取って、人差し指突っ込んで青いその粘液をすくった。
……練乳をさらに煮詰めたみたいな甘い匂いがしますけど……はたしてこれは……。
「じゃ、いくよ」
見た目はともかく美味しそうだ、口にそれを近付ける。
「はい……うっかり眠ってしまったら……その時は……仲良く半分こ……」
「ソレ乗ったっスッッ!!」
止めたげて下さぁい……。
「ヒヒヒッ、飲んだっスね先輩♪」
「しめしめ……です……♪」
「……ぅ……ぅぉ……な、なんじゃこら……うぉぉ……。すごいなこれ……犯罪……犯罪じゃん……これ……」
アクアトゥスさんの睡眠薬ですが、練り飴みたいに美味しかったけど悪の臭いしかしませんでした。
錬金術驚異の技術力、どん引きの速攻性で、俺をフラフラと千鳥足にさせて壁へと手を突かせていました。
そこに……。
商品名[ネムラズの蜜]とでも名付けましょう。
それをこう……邪悪にも少女らは何の助力もしてくれないっていうか、しれっと瓶を隠しやがられたので!
くっ……釜の底のやつを指ですくって飲みました……っ!
…………。
……。
成功です。
眠気……ポーーーーーーンッッ!!!
成功ですっ成功でーーーーっっすっっ!!
そこに追加の睡眠薬を飲んでみても、これ全く何ともありません。
成功です!! さすが俺っ、俺すげーーーーっっ!!
「ちっ……寝ちゃえば良かったのに……っス」
「同意……寝て……用が済んだら……飲ませれば良かったのに……」
でも俺ってば冷静だから念のため経過を確認しよう。
日も落ちたのでアインスさんと店じまいして、4人で晩ご飯作って、落ち着いてから二人を家に送りました。
順調です。眠気は全くありません。
これだけの効果時間があれば十分にロドニーさんの用途に見合うでしょう。
「おやすみなさい、ご主人様、あまり、無理はされないで、下さい。おやすみなさい」
アインスさんが眠りにつきました。
職人街中が静寂に支配され、ランプの薄明かりとその燃焼音だけが響きます。
あとはたまに夜ガラスが鳴き、眠らぬ人の心を少しだけ驚かしたりしました。
ぐーる……ぐーる……。
ぐーるこん……ぐーるこん……ぐーるぐーる……。
ぐーるぐーるぐーるぐーるぐーるぐーる……。
「…………はぁ」
錬金釜を無心にかき回します。
順調です。続々と商品が積み上がっていきます。
「ふぅ……はぁ……」
ただ……一つ問題が……。
「ああ……寝れなぁい……」
あの薬、ネムラズの蜜……ヤバいです……。
ただ眠れないだけじゃなくて疲労感ってものがどこかへ消失します……。
仕方ないから釜をかき回して、貸本を読んで、何とか寝れないものかとベッドに入って……それを繰り返してたら朝でした。
「おはようアインスさん」
「おはようございます、ご主人様。……あの、どう、されましたか?」
「何でもない大丈夫。それよりこれから兵舎に行くから、今日も店のことをお願いするよ。もしかしたら戻らないかも」
そう伝えてアトリエを出ました。
軍の朝は早いです。きっと訓練でもおっぱじめてる頃でしょう。
・
兵舎に着くとロドニーさんが歓迎してくれました。
「おお、これがそのネムラズの蜜というわけだね。素晴らしい、まさかこの短期間にこうもこちらの要望通りのものを仕上げてくれるとは……。ん……どうしたんだいアレックスくん?」
大好評でした。
約束の20000zと経費の支払いを約束してくれて、色合い美しいその薬瓶を天井にかざして眺めていました。
「その薬を試したんです。試したのですが……眠れないんです……。睡眠薬をいくら飲んでも……眠れないんです……。自分で追加調合してみても……いくら仕事したって……それでも全然、眠れないんです……」
「そうか、ならばひかえめな用法にするべきだな……。その、大丈夫かい? 見たところ顔色は良さそうだけど……。うん、確かにどこか普通じゃないな」
疲労感いまだ0です。
むしろ日が出てきたせいで元気があふれ余ってます。
「大丈夫です。でも眠れないので修練場を貸してくれませんか。最近ちょっとなまってきてるので、飽きるまで魔法修練していたいんです」
「それはかまわないけど……でも……アレックスくん? その……本当に大丈夫かい……?」
「……大丈夫です。こうなったら状況を利用するだけ利用してやる覚悟です。フ、フフフフフ……」
そりゃそうだよね。
コーヒーなんて一度も飲んだことのない身体なのに、アクアトゥスさんとのダブル錬金術でその成分増幅した薬を飲んだんだから。
そりゃ……寝れないわ……。
らいとにんぐぼるとー。どーん。
らいとにんぐぼるとー。どーん。
らいとにんぐぼるとー。どーん。
だぶるーらいとにんぐぼるとー。どどーん。
…………。
……。
・
無事眠りにつけたのも遙か遠い翌朝のこと。
修練ばかりでは飽きたのでロドニーさんの仕事を手伝いました。
モンスターの掃討任務とやらを、山ほど、山ほど、山ほど、ロドニーさんが帰っても手伝い続けました。
それでもなお訪れぬ眠気、疲れぬ身体。
無性に何かが、何かが怖い、そこはかとなく情緒不安定、睡眠とは精神の維持に不可欠なのだと海よりも深く、深く……悟る……。
ああそうそう、掃討任務の際に徘徊型の大型ボス[オーガロード]を兵隊さんと一緒に撃破しました。
[悪鬼の玉鋼]とかいう、なんか凄そうな素材も灰の中から現れたので一握りほどいただいちゃいました。
ネムラズの蜜、これはもう二度と飲みたくないです。
薄めて薄めて薄めて全部軍に売り払っちゃうことにしましょう。
催眠ガスとか使ってくるモンスターもいるそうで、ロドニーさんたちは喜んで買い上げてくれました。
それではそろそろ……おやすみなさい……。
長い長い二日間でした……。
おやすみなさい……お疲れ様でした、俺。
・
…………。
……。
「兄様……もう夕方ですよ……。ああ、アインスさん……兄様はまだ……お目覚めになられません……。よっぽど妹の肌が恋しかったのでしょう……。ですので晩ご飯は適当に済ませてしまって下さい……。兄様が目覚めるまで……兄様の貞操はこの妹のアトゥがお守りしますので……。はぁぁぁ……兄様……兄様……兄様……役得です……ハァハァ、うへへへ、よだれが、よだれが止まらないです……兄様……っ」
目覚めると日付が一つ飛んでました。
あと猛烈なアクアトゥスさん臭にびっくらこきました。かなりの高濃度反応です。
でも過ぎた過去は取り戻せません。なにがあったのかは考えない方向でいこうと思います。
あの妹(仮)さんのことですから、兄(仮)が爆睡に入るのを今か今かと待ちかまえていたところで何の不思議もないです。
むしろ驚くべきは店の経営のほうでした。
当たり前のように店が開かれ、閉じられ、在庫が補充され、売り上げが積み上がってました。
つまりアインスさんに店番を全部押し付けたわけなのです。
はい……大変、申し訳ないです……。
「アインスさん……本当に助かりました……以後気をつけます……」
「大丈夫です、お仕事、楽しいです。ご主人様のお店を、お守り出来て、良かった……お仕事、楽しいです」
1階の店舗に下りてアインスさんに感謝を告げました。
するとアインスさんは壊れているなりに口元をわずかに微笑ませて、さらにこっちの頭が下がるようなお言葉を返してくれるのでした。
アシュリーは冒険中毒で、アクアトゥスさんは生まれながらの魔女。ロドニーさんはパーフェクト聖人。
ならアインスさんこそ正真正銘の天使だ。
「ご主人、様……?」
「ははぁぁ~~……ありがたきお言葉……っ」
ありがとうございます、感謝のあまり土下座出来そうです。あ、もうしてました。




