4-02 調合! ネムラズの蜜(挿絵付き
肝心のコピアの実がなければ、せっかくの高額依頼もやっつけようがないです。
最初はアシュリーでも誘って採集に行こうかと思いました。
ところが産出が不安定な素材らしく、さしたる需要もないのでどこの迷宮で採れるかなんてわかってません。
なので、ぐーるぐーる……ぐーるこんです。
いつもの本業、楽しい錬金術をしながらギルドの報告を待ちました。
最近は石鹸や可燃油などの生活雑貨や、香料なんかもぼちぼち売れ出しています。
間違いなくアインスさんのおかげです。
一生懸命で愛らしいその働きぶりは、商人と冒険者ばかりのこの店に一般客ってのを呼び込んでくれました。
自分が言うのもなんですけど、ほらアレクサントくんって接客に向いてないから。
変な店始めた魔法使いが世間から変人と見られるのは仕方ないですし、アインスさんというクッション材は素晴らしく有効に作用しています。
とまあ……。
そんな平穏な日々が三日ほど続くと、ついにあのコピアの実が錬金術師のアトリエに届けられました。
アシュリーの手によって。
・
アトリエ1F奥・作業部屋ーー
「いやぁ……苦労したっスよ~。ジャーンッ、これがコピアの実っス!」
アシュリーからすれば採集クエストを終えた後です。
相変わらず寝癖がついていましたが、時刻はもう夕暮れ時です。
「これが……コピアの実ですか……」
「あ、いたんスか妹さん」
図ったようにアクアトゥスさんも手伝いに来ていました。
アシュリーが現れるなり口数が減り、一気に寡黙キャラにクラスチェンジです。
「いたよー、ずっといたよー。ふぎゅっ……!?」
今日はあの変なうさぎの人形もご一緒してるみたいです。
彼女の腰にしがみ付いていつもの不平屋っぷりを発揮してました。
かと思ったらアクアトゥスさんに口を握り塞がれて、学生カバンの中にしまわれてしまいましたとさ。
「変な人形っすねソレ」
「……お気になさらないで……下さい……。人形の戯言ですから……」
「自分はなんか好きっスけどね。ああいうかわいいのも嫌いじゃないっス」
「そうですか……」
わかるわかる、いいよなあの人形。
錬金術の可能性ってやつを感じさせてくれる。
あれってアクアトゥスさんが作ったのかな、俺も作りたいな、もっともっとすごいヤツを。
「じゃ早速調合といこうか」
「あ……お手伝いいたします……兄様……」
コピアの実を房ごと錬金釜にぶち込みました。
それは赤い粒粒がいくつもついていて……あ、なんかコーヒーっぽいなこれ。
なるほど納得だ、カフェイン慣れしていない身体にはメチャメチャこれ効きそう。
うんいける、いけそう、これの効果を錬金術で増幅すればいいわけだ。
「そういえば先輩のこっちの仕事見るの初めてっス。どうするんスか、なんかワクワクしてきたっスよ自分」
どうしてかなぁ今日はちょっと……狭いなぁ。
錬金釜の一方を三人で塞ぎました。
ベースになる中和剤は水と薬草が材料です。
薬草はただのツナギなのでわりとなんでもいいです。
大事なのは錬金パワーで、ひい婆ちゃん(仮)は水単体で作ることも出来るそうです。
んん、なんか手打ち蕎麦っぽくね?
「ふふ……兄様の中和剤……とても綺麗です……」
中和剤はアクアトゥスさん側に置いてました。
彼女が無色透明なそれをドババっと釜に流し込んでくれたので、じゃあ自分は木バケツをひっつかんで水で薄めます。
「おお、なんかチカチカしてきたっス」
するとほのかに壷の中が光りだしました。
次は確かポーションだっけ。
店頭まで取りに行って戻った頃には、増強剤の投入が終わってました。
増強剤っていうのがこれ、ハチミツと……あんまり説明したくない滋養生物などを合成したものでして……。
触らずに済んだことにちょっとホッとしました。ポーションの封を次々と開き、10本まとめて壷に流し込みます。
「そんなどんどんどーんって入れちゃっていいんスか?」
アシュリーが至極当たり前のことを言いました。
「はい……大事なのは……ノリと雰囲気……です……」
「うん、俺もアクアトゥスさんにそう教わったし、いいんじゃない」
「へ~~……錬金術って大ざっぱなんスね。非常識っていうか、ぶっちゃけ変てこ極まってるっス」
ごもっとも。
そりゃ才能依存にもなります。
「アシュリーって意外と常識人だよね。……ほいっと」
あとは魔力を込めて混ぜるだけです。
「意外とはなんスか先輩、自分は先輩の前以外では常識人っスよ。初めて会った頃を思い出すっス」
「うん、くっそ暗かったね。アクアトゥスさんにも聞かせたいくらい」
「うぁ……自爆したっスぅ……。あの頃のことはもう触れないでほしいっスよ……」
ダリルの杖を釜に突っ込むと、アクアトゥスさんも小走りで自分の杖を荷物から持ってきました。
そこからは二人でぐ~るぐ~る……ぐ~るこ~んとゆっくりかき回し続けます。
するとコピアの実が跡形もなく溶けて、中の液体が少しずつ無色からイエローの蛍光色に変わっていきました。
魔力が熱を呼び弱火の沸騰を起こし、コポコポと気泡がわいては二つの杖が釜の底を擦ります。
アクアトゥスさんの杖は木製で、自分のは金属なのでぶつかり合うとこれまた音色が小気味良いです。
あー。なんか無性にこういう感じの……炭酸飲料の黄色いやつが飲みたい。
リアルゴ○ルドとか、オロ○ミンスィー的な何かを……。
「~~♪ ……~♪ ~♪ ふんふんふ~♪」
一人ならこのままウトウトと仕上がるまでまどろんだりするんですが、なんかアクアトゥスさんってばご機嫌です。
鼻歌交じりで腰まで振って、幸せな微笑みを浮かべてました。
「アトちゃんはほんと、お兄ちゃんっ子っスねー」
まあうん、それが正常な感想だよね。
その言葉にアクアトゥスさんは顔だけ素に戻ってアシュリーを見つめ返しました。
「はい……ただの兄と……妹の関係ではありませんので……ただれています……。あ……すみません兄様……全速力で、口がすべりました……」
いや何言ってるんですかチミ。
滑ったっていうかそれ、フライングラリアットだよね?
「うそつくなよーうそだーうそだー」
なので現実から目をそらして、釜だけ見てあの人形みたいな棒読みで否定しておきました。
「嘘じゃないです……少なくとも記憶を失う前の……兄様は…………雌に飢えたチンパンジーでした……」
「アッハッハッハッハ……記憶にございやせーん。てかどんだけよそのエロガキ、何しでかしたのよ……」
「ッッ……!! ぅ……そんな……そんな、アシュリーさんの前で……は、恥ずかしいです兄様……」
既にほのかに染まっていた高潮が、耳にまで赤く届いて彼女を深くうつむかせました。
うん、若さゆえの過ちってあると思います。しょうがないです。若いってことはエロスなんだから。
でもねー、アシュリーの前で言うのはこれ……絶対わざとでしょ妹(仮)よ……。
「なんか微笑ましいっス」
「いやいや、この流れでその解釈はどうかと思うよ俺」
「そんなことないっス、かわいい妹じゃないっスか。大事にしないとダメっスよ」
「ダメですよ……兄様……」
つか……くぅ……集中力が……。
コイツら……思ったより相性良くね、仲良くね……?
「あー、はい……」
「はい、は……2回までです……」
何でだよ。
「はいはいはい……」
こういうのは流すしかない。
会話に参加しない方向でいこう。
釜の水かさが減ってきて、さらに黄色く濃縮されていっています。
「あーー故郷の弟たち元気っスかねぇ……。自分、無事冒険者になれたーって手紙送ったら、弟ら大喜びだったっス。そろそろ戻らないとうるさそうっスけど……」
「弟いたのかお前。そういやアシュリーの実家って聞いたことないな、どんなの?」
話題が変わるなら話は別です。
積極的に話をそらしていこうとアシュリーに目を向けました。
ついでだしその寝癖を直してみようと思いましたが、無謀でした。なにこれセメダインで固めてんの?
「なにするんスか先輩」
「いや、どうしてもその跳ねっ返りが気になって」
「ダメっスよ、妹の前でイチャイチャなんてしたら自分の立場が悪くなるっス」
「はい……ずるいです……」
「いやいやアクアトゥスさん、そんなミシリと杖握っちゃイヤですってば……」
ま、自爆? 自業自得?
でも気になるじゃん……女の子なんだから直そうよアシュリー……。
「ええと……先輩の質問に答えるっスね。言ってなかったっスけど、うちは下級の男爵家なんス」
「え、そうなの? え、アシュリーって貴族様? お嬢様?」
「……意外」
どうでもいいっちゃどうでもいい。
でも意外。ある意味納得。今じゃこれだけの実力者だし、家柄が高くてもおかしくない。
「や、ド田舎っス。スーパー・ド田舎っスから、農家の親分って感じっスよ」
「ああ、ならアシュリーっぽいね」
「っぽいです……」
うん、それなら想像がつく。
弟と野山で木刀でも振り回してそうな感じの幼少期が。
ただまあ少しだけアシュリーを見る目が変わったかもしれない。
冒険科に滞在していたあの当時、コイツがアルフレッドに同情的だったのは……。
少なからず似た境遇にあったのではないかと。……そんな妄想。
合ってたらなんか面白いなー。
「遠いし山奥なんで帰るのが超だるいっス……」
「……とても……わかります……帰るの……だるいです……帰りたくないですよね……」
「おおっ、わかってくれるっスか! 先輩っこの子、天使っス!」
「じゃ俺の見解との間をとって、魔女っ子天使ってことで」
アクアトゥスさんは魔女です。魔性です。
錬金釜をかき回す姿が一番似合います。
MPの節約になるし、合体パワーで製品の品質も上がってるみたいなので助かってます。
「なんかベタベタ感ある響きっスね……」
「兄様にとって……私は天使も同然……ついでに魔女ということですね……」
また意訳したよこの子……。
「じゃ、アクアトゥスさんはどうなの?」
そこでふと彼女に興味がわいた。
「どうとは……?」
アシュリーは田舎男爵の娘さん。じゃあアクアトゥスさんは何者?
どこから来てどんな生活をしていた人なんだろう。
「アトちゃんの育ちを知りたいってことじゃないっスかね。そうっスよね先輩」
「うん、ずっと聞かなかったのもなんだけど、今さら興味がわいてきたんだ」
あの動いて喋るウサギ人形。錬金術。人前ではミステリアスなこの性格。
それが俺を兄と慕う。
なんで今まで深く聞こうと思わなかったんだろう。
アクアトゥスさんってば謎すぎる。
「……秘密」
……だそうです。
そうか秘密かなるほどそうきたか。
「えー……なんでー?」
「自分も興味あったス、でも秘密っスか……」
アシュリーの言葉にも心動かされなかったようです。
視線を釜へと落として、彼女は外向けの無表情で仕事の手を早めました。
それからしばらくの沈黙の後に、やっと次の言葉を発してくれました。
「兄様が思い出さないと……意味がありません……」
「あーー……なるほどっス」
言われてみればそうかもしれない。
今彼女に聞かされても、俺が真実としてそれを受け止めるとは思えない。
「早く……思い出して下さい……。あなたの愛した……幼いアクアトゥスを……」
ハハハ、相変わらず返答に困ること言うんだからもー。
そんな人をロリコンみたいに言わないで下さいよー。
「むふふ……いい感じにブラコンっスねー」
「はい……シスコンの兄なのです……」
あ、これもしかして対抗心?
これまでのほとんど、アシュリーへの牽制だったり?
アクアトゥスさんがアシュリーに目を向けて、ちょっと挑戦的に口を開く。
「兄様は渡さない……ゆずっても……二号さん……」
「や、なに言ってんのチミ、いやいろいろおかしいでしょ……っ」
「自分、二号さんでもいいっスよ」
……ゑ《うぇ》?
さらっと言うもんだからアシュリーを二度見しました。
あれ……俺の知ってる常識と違う……。
「ちょ……ちょっとー? アシュリーさーん……?」
「だってやりたいこといっぱいっス。先っぱぁぃ~♪ 好きっスけど、かまけてばかりもいられないっス」
うわ……ドライ……。
なにこのベタつかないサラサラ感。朝までスッキリ。
こっちがあっけにとられていると、俺の目の前でアクアトゥスさんがなんか……アシュリーにガッチリめの握手をしました。
「この人……いいひと……」
「いや良い人かなぁぁぁ……??」
「良い人っスよ自分」
「いいひとです……握手……握手……熱烈歓迎……握手……」
「むふふっ、なんか照れちゃうっスねぇ~♪」
今、目の前で変な同盟が締結されたような……。
アシュリーとアクアトゥスさん……まあいいか。
ちょっと心配なこの妹(仮)には、ただれた同盟であろうとも友達がもっと必要です。
なら喜びましょう。……現実から目をそむけるために。
「ぁ……」
とかやってたら完成しました。
ぴかーんっ! ぽんっ!
「ふぉっまぶしっ、目がくらんだっス! く、くぉぉぉ……」
閃光とそよ風程度の蒸気爆発。
今日のヤツはいつもよりエフェクトが派手です。
きっと高レベルアイテムってやつなんでしょう。
錬金釜の底に少量の粘液が濃縮されていたので、そいつをすくって小瓶に移しました。




