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41-7 公都に迫る敵軍、チェックメイトから始まる延長戦

 ところが解決なんてしませんでした。

 とある急報がユーミルに届き、俺たちは公国へと文字通り急ぎ、飛び帰ることになったのです。


 公国東部ニーベル要塞陥落――

 絶対に崩れちゃいけないその防衛線がなぜか崩壊し、公都に向かってヒルデガルドの軍勢が侵攻を始めたと。

 あるはずのない事態です。さすがの俺も焦りました、何だそりゃ、何から何まで全部おかしいだろ、です。

 ただ1つ確かなのは、このままではアインスさんどころか、大事なうちの連中がまとめてヤバいことになるってことでした。


「なぜ暴走が止まらない?! 急げレウラッッ、公国の危機だお前のアインスが危ないぞッ!!」

「アトゥが、ボクのアトゥが……、ッッ、急いで! お願いレウラッ、後で何でもするからお願い! アトゥがいないとボクっ、ボクは……ッ!!」


 尋常ならざる速度でレウラが空を駆けてゆきます。

 そうなるとおっそろしく体温を奪われることになるのですが、もちろんそれに文句を言うやつなんて最初からいませんでした。

 しかし本体を倒したはずなのになぜ……?

 そう疑問に思っていたのも出発する前までのこと、竜の背の上で状況と情報をまとめるとある程度の推理が出来ました。


「ところでさ、これは仮説だけどさ、たぶん……動き出した古なる者は1体じゃなかったのかも。実は、2体同時に動き出してたんだと思う」

「そ、ソレあり得るよっ! ていうか他にないじゃんっ、だって実際あっちではみんな正気を取り戻したしっ!」


 ユーミルで確認した限りではみんなが古なる者の支配から解放されていました。

 なら他にないです、やつらは最初から2体いたのです。

 なのに俺たちはなんてマヌケな失態を犯してしまったんでしょう、報告が入るまで帰国もせずのほほんと身体を休めていました。


「やつらの片方が動き出した。そしてもう片方はそれに便乗して動いた。あいつら古なる者は共闘なんて絶対しないからね、1体1体が己自身の天敵と言ってしまっていい。異なる群れは全て敵だよ」

「……ふんっ、ずいぶん詳しいことだなアレクサント」


「魔王キアの残した記録にそうあったからね。彼の遺跡に押し掛けた際に、根こそぎいただいただけだよ。……で、皇帝陛下を狙ったあっちの個体は、帝都と皇帝を手中に収めちゃえば群れは大陸最強、もう潜まずとも済むとでも考えたんでしょ」


 トリガーはキアと俺の接触、腕輪の着用であったのは間違いありません。

 だけどキルケゴール・アダムの遺産がなければ、将来的にはもっと破滅的な状況になっていました。


「質問、その魔王キアってさ、もしかして……あちら側の人なの……? その昔さ、故郷を捨てて逃げてきたやつらがいたんだって。ねぇ、せんせー、ボクに教えてよ……?」

「む、何の話だ」


 ええアルフレッドがついてこれないのも当然です。

 なんでウルカはキアが別世界から来た存在なのを知っているんでしょうか。


「なんかそう言われると素直に答えにくいんだけど」

「いいから教えなよ、秘密主義はほどほどにしてさ、みんなで力を合わせようよ」


 そういえばコイツ昔、うっかり口を滑らしたことがあったっけな。

 ボクは女神のいない国から来た、って。


 この女神というのはきっと女神と鳥神をあがめるルルド教のことです。

 そのルルド教は古代人によって作意的に用意された宗教で、彼らが残したAIに今も管理されています。

 つまりですね、ウルカはその事実を最初から知っていた可能性があるのです。


「んーー……どうしようかなぁ?」

「どうしようかなぁじゃないよ! さっさと吐けっ、おかげでボクのアトゥがピンチになってんじゃん!」


「いやそこ俺のせいじゃないけど。うわ、睨むなよ怖いな、わかったよ」

「よくわからんが俺たちは仲間だ、いいから吐けという部分に俺も強く賛同しよう。吐け……」


 まあいいですけど、ウルカがどうしてキアの出身地をそこまで気にするんでしょう。そのへん疑わしい。


「キア。キルケゴール・アダムという男は、ここではない別の世界からやって来た。古なる者は、その世界では、人類意思統合システム生命の輪(リヴィエラ)って呼ばれてたんだ。キアさんは魔王じゃない、ただ自分たちがまいた破滅の種を刈り取っていただけだ。少なくとも遺跡にはそうあったよ」

「じゃあっ! その別の世界ってもしかして……地球っ、地球って世界?!」


 何でそれも知ってるしお前。

 いつになく真剣なウルカ、俺の背中にしがみついて暑苦しい。


「そうだよ。でもそれより今は公国のが大事でしょ」

「それもそうだ、過去より今の方が大切だな。……急げレウラ、あとでどんな褒美もやる、だからがんばって飛び続けてくれ」

「あ……そうだった……」


 けどアルフレッドの言葉から状況を思い出したみたいです。

 好奇心という精神安定剤は途切れ、再びウルカを落ち着き無く焦らせます。

 なら俺もこの機会にもう1つの話をすることにしました。


「話変わるけど、まぶっちゃけさ。向こう側でもおかしなことが起こってるんだと思うよ。じゃないとニーベル要塞が陥落するなんておかしいし」

「ああ俺もそう思っている、積極的に同意しよう。あれはたった3日で落とせるようなものでは絶対にない」


 要塞です、要塞。ニーベル要塞は世界1の経済国ポロン公国がかけた安全保障そのものです。

 それが陥ちるとか普通にねーのです。つまりメチャクチャヤバいことになってるってことなのです。


「もしかしたらアトゥも! ダリルもリィンベルもアシュリーもみんなみんな死んじゃうかもしれないの! だからお願いレウラッ、急いで! お願いだから早くッ、早くボクたちを公都に……ッ」

「キュルルッ?!! キェッ、キュェェェェェェーッッ!!」


 ウルカの言葉にレウラがさらに加速することになりました。

 寒いけど今は堪えるしかありません。

 焦りに急かされながらも超速度で半日飛び続けると、俺たちはどうにか公都へと帰還することが叶いました。



 ・



 公国民の自慢、麗しの公都、世界の富と流通が集まる夢の大地。

 その公都に黒煙が立ち上っていました。

 操られたヒルデガルドの軍勢が公城を取り囲み、その他重要であろう拠点全てを無視して、ただ城だけを狙っていました。

 それは兵の被害をコストにしたえげつない電撃戦です。

 天敵アインスと俺を殺すためなら何でもする。その冷たい総意が怖気となって人の背筋を震わせる光景でした。


「間に合った……だが、こ、これは……」

「ボクらの公都が……許せないっ! レウラっ、あとちょっとだよ、がんばって!」

「キュッ、キュゥゥゥ……、ンギュゥゥ……」


 もはやレウラの飛行力は限界も限界、ヘロヘロに落ちたり上がったりを続けています。

 励ましの言葉に竜は気力を振り絞り、ついに激戦区、公城の城郭を抜けて大公家の空中庭園に着陸――いえ不時着しました。


「キュ、キュゥ……」


 身体もすぐさま元の子竜へと戻り、そのままグッタリとへたりこんで荒い呼吸を繰り返しています。

 俺たち? もちろん投げ出されて庭園の芝生にすっ転がってますとも。

 でもよくやった、マジでありがとうレウラ、おかげでどうにか城が陥落する前に戻って来れたぞ。


「偉いぞレウラ! お前は公国の救世主、戦争が片付いたら広場に大理石像を造らせるか!」

「ホントありがとうレウラ! あっ?!」


 すると庭園に客が駆け込んできました。

 いや逆か、俺たちが客になるんだこの状況。ってあれ、あいつらは……おお。


「兄様ッ、ウルカご無事ですか!」

「あ、ああ……ご無事で、良かった、ごめ、ごめん、なさい……」

「アトゥッ、帰ってきたよボクッ、間に合って良かったッ良かったホントッ、アトゥーッ!」


 まあ予想はしてました、ウルカがアトゥに飛び付いて無事を喜びます。

 またもう一方のアインスさんの方はというと、でんぐり返った俺を助け起こしてくれました。

 それからレウラを抱いて今はその背中を撫でています。

 どうやらレウラの乱れた呼吸をやさしくいたわっているようでした。


「アインス……どうした、こちらで何かあったのか……?」

「い、いえ……」


 ところがレウラの呼吸が少しずつ戻ってゆくにつれ、どうしてかアインスさんの動きがひどく緩慢になっていきました。

 そのうつむいた瞳から、涙がキラリとこぼれたのをきっと見てしまったんでしょう。アルフレッドがクソ真面目に心配の言葉をかけていました。

 アインスさんの様子がおかしい、申し訳なさそうに、捨て犬のように卑屈な目で俺を見上げては視線を外します。

 それからいささか長い時間をかかりましたがようやく覚悟が付いたのか、意を決して俺の目前にやって来たのでした。


「どうしたのアインスさん?」

「あ、兄様、アインスは……」


 アインスさんは片方の拳を握り、それを胸で苦しそうに抱き込みました。

 何か言いたそうです。

 つらい苦悶がその若く愛らしい素顔に浮かび、吐き出さなければもう堪えられないと、あえぐように口を開きました。


「私、一人の、為に……多くの人が、死に、ました……。本当に私は、私は……生きていて、いいの、ですか……。もう、もういっそ、もう、死んでしまった方が……誰も、苦しまずに、済むっ……」


 そう、これが善良な、まっとうな人間の思考です。

 人類という群れのために、死すら検討することの出来る善人の姿です。

 そんなやさしい彼女だからこそクイーンにふさわしかったんでしょうか。わかりません。


「良いに決まってるよ。やつらは俺やアインスさんがいなくてもいずれ動いた、俺たちの存在は、やつらの暴走の時をただ早めただけだよ。やつらを駆除すれば世界は救われる、ただそれだけの、簡単で単純な話だ。絶対に俺たちは悪くない」

「で、でも……でも、こんなの、私……。堪え、られま、せん……」


 自分が犠牲になればどうにかなるとか、そういう考え方俺はどうかと思います。

 自己犠牲なんて絶対認めませんよ、俺たちは悪くない。生き残るために社会を利用して何が悪いんです。


「そこまできっぱり断言するやつもどーかと思うけどさ、ボクもせんせーに賛成。アインスが犠牲になるのはボクもやだ」

「アインス、君は被害者だ。被害者がツケを払うことなどあってはならん。アレクサントのように見苦しく開きなおれとは言わん、だが気に病むのは間違っている」

「ほら、皆さんもこう言っていますよアインス。兄様をどうか信じて下さい、兄様は、私たちは貴女を、いつだって大切に思っているのですから……」


 これがリヴィエラシステムに飲まれた社会なら、アインスを必要な犠牲として始末しておしまいになったでしょう。

 だけど俺たちは人間だ、虫じゃない、完全なる群れでもない。

 社会システムを利用して何が悪い、自分や大切な者を生かそうとして何が悪いんです。


「ああそうだ、こんな状況で悪いけどアクアトゥスさん、大公様はどこ? 何か外メチャヤバいし、こりゃ先にやるべきことやらないと」

「そうだな、貴様にしては冷静だ。悪いが案内を頼む」


 俺たちは帰還しました。

 だけど問題はそれだけじゃ解決しません、対処をしなければなりませんでした。それと情報交換も。


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