41-5 怪夢、群れに従わぬ群れの王の誕生
「15534.26342…….15534.26342……15534.26342……」
それが夢であることはすぐにわかりました。
己の目前に、あの古なる者が伏していたのですから。
ただし俺の知る、オールオールムに破壊捕獲された個体ではなく、五体満足の見たこともないやつでした。
俺は今玉座に座っています。
玉座に座る俺に、ソイツが何かを語りかけていました。
それが数字だということに今気づいたのですが、俺なんかにその意味がわかるはずもありませんでした。
「従エ……統率セヨ…….人ヲ1ツニ……完全ナル群レヘ、導ケ……」
しばらく睨み合っていると、やっとヤツがまともな言語を使ってくれました。
何を伝えたがっているのかと思えば、まあ寝言もいいところです。
「嫌なこった、そんなことしてやる義理なんて俺にないね」
「導ケ……完全ナル群レ、形勢セヨ……」
でもコイツなに? 誰?
あれ、もしかしてコレ、あのオールオールムを呪った個体なんじゃ……。
だから実はこれも夢ではなくて、何かしらの命令を俺に送ってきている状態だとしたら……?
システムを欺く俺という仕様外、その欠陥に気づかずシステムとしての役割をコイツは遂行しようとしている、とか……?
とにかくこれが魔王化の一現象っぽくて良い風向きに感じられてきました。
「HELLO WORLD. なんてな。機械も大変だ」
「人ヲ、1ツニ……完全ナル群レニ……」
塗装の剥げた移動用の手足に、類人猿のような折れ曲がった猫背、ドクロのような頭部がLEDか何かを赤く輝かせて俺を見つめています。
身長は人の3倍ほどで、全てが金属、表面がすり減っているせいか光沢が無くボロっちぃです。
けどその古さが不気味の発生源でもありました。
「まるで虫だな……こんなシステムに操られる人生って何なんだ、未来人も下んない物作ったもんだね」
「統率セヨ……人類ヲ、完全ナル生命ニ……」
こいつらは異なる群れを認めません。
クイーンと呼ばれる中枢個体を選び、ソイツに全ての判断を任せて、自分はシステムとしての機能を提供しつつ潜伏を続けるのが仕様です。
そうです、これはただのシステム、掃除機とか電子レンジとそう変わりません。
自ら思慮しないその性質に、付け入る隙があるはずなのです。
「これがキルケゴール・アダムが見ていた世界? クイーンとして生命の輪システムを欺き続ける、それが魔王の正体ってこと? ……からくりの中身は思ったよりずっと地味でせこいんだな」
キアと俺は詐欺師でした。
だけどその詐欺師も実は必要なものだったのです。
そこに社会システムがあれば、それを欺き利用する者が現れる。
それを排除しようと考え出された発明がコイツ。その1人がみんなの為にの結論が、人類の破滅というオチでした。
「生命の輪システムよ、今こそ俺に力を貸せ。俺はこれより、別個体の生命の輪を破壊する。だがその為には、敵の居場所を探らなければならない。……だから、機械は機械らしく、人間様に奉仕しろ。俺は、地球人類の死体をジャンクパーツにして生まれた者だ」
瞳のLEDが弱々しく光を弱めました。
その機械仕掛けの神は、人を虫も同然に変えた破滅の道具は、俺の言葉をその電子頭脳で解析しているように見えます。
「……アノ、滅亡ノ日、ヨリ、懐疑、シテ、来タ...主ヲ、滅ボシタ、システム、存在意義...ダガ、全テヲ、超越スル...奇跡」
機械が似合わない言葉を使った。
電子頭脳の上でも奇跡という言葉が存在するらしい。
それともう1つ驚かされたことがあった。
システムに自我が芽生えている……。
「錬金術師、オールオールム・ヨトゥンガンド...リヴィエラ、ノ、希望...算術演算ヲ、越エタ...奇跡、奇跡ノ、力...」
「まさか錬金術の力があれば2度目の破滅は起きない、とでも言うのか? 機械ごときが、奇跡を信じると……? だからヤツ、オールオールムを狙ったのか?」
アインスさんには錬金術の素養がありました。
その奇跡の力があれば理想が実現できる。だから次のクイーンにあの子が選ばれた。
でもそれ全然論理的じゃないでしょ。こいつらの電子頭脳、経年劣化でバグってないか……?
「肯定...奇跡ノ力...錬金術ノ、奇跡」
「ああ、そこだけは意見が一致するんだね。俺もそう思うよ、悪夢のシステム生命の輪さん」
まあいいです、俺は詐欺師として欺く。
このオールムを呪った個体が夢みたいなこと言ってようとそれは知ったことじゃないです。
「最後に俺はお前も破壊する。それでもいいなら力をよこせ。中枢個体クイーンである俺を正式に認め、その力と権限をこちらによこせ」
「人類ノ、宿願、人ヲ1ツニ...肯定……我々ハ、我々ハ、我々ハ、我々ハ...悪夢……故ニ、奇跡...望ム、我々ハ、悪夢...肯定...」
自己を疑い始めたシステムに未来はありません。
ですが自らを悪夢と認めるこの個体、他のわからず屋とはどうも違います。
どこか哀れみさえ覚えました。
実現不能な命令をA.Iに指示するのは人の傲慢な祈りでしかありません。
自分たちで実現するべきことを、A.Iに全て押しつけようとした旧人類の行いは――後から見ればもう愚かとしか映りませんでした。
・
「ん、なんだコレ……ウォァァッッ?!!」
「あ、せんせーおはよ~♪ そんなに驚く姿とか久しぶりにみたかも、ぷっぷぅ~、ださ~♪」
目覚めるとそこに、シャツ1枚姿のウルカが添い寝してました。
何かこう、触れちゃいけない脂肪質なものをつかんだ気が……うん、寝ぼけてることにしよう。
「なんでいるし……」
「だってここって寒いでしょ? それに寝てるせんせーの身体ちょっと冷たくってさ~。だから気を利かせてあげたんだよ、感謝しなよー」
つまり健康な自分が湯たんぽに立候補してくれたと。
……ま、でも今はそんなのどうでもいい、俺はすぐに部屋のドアを開きました。
「ちょっ、待ちなよっ、こんな寒過ぎな朝方にどこいくのさっ!?」
「牢屋。戦争を最短で終わらせる方法が浮かんだんだよ」
部屋を出ていこうとするとウルカも起き上がり、服を着込んで付いてきました。
牢は屋敷の外、街側の兵舎にあります。
俺たちはそこに押し掛けて、とある捕虜と面会しました。ちなみに昨日活躍したので顔パスでいけちゃいました。
「やあおはよう幹部くん」
「…………」
幹部クラスと思われる男の軍人がそこにいました。
だけどこいつが一言も喋らない。群れへと尽くす典型的な個体でした。
見たことあります、あのときアインスさんをさらったあの連中と同じ反応です。今俺はソイツと牢ごしに向かい合っていました。
「無視だってさ無視。で、どうするつもりなのさ?」
「まあ見てなよ。……古なる者の居場所を言え」
「…………」
もちろん沈黙で返されました。
彼の中では今どうなってるんでしょう、群れに尽くす己に幸せとか快楽を感じちゃってるんでしょうか。うわ怖いな~。
「答えるわけないよねぇ~、それでどうすんのせんせ?」
「うん、こうすんの」
次に俺は男、おっさんに向けて腕をかざしてみせました。
今日は昨日より快調です、腕輪の作用がさらに弱まっています。なんかいけそうな気がします。
「従え。今あるその群れを捨てろ、クソみたいな戦いで命を失うより、このまま無惨に処刑されるより、ずっとマシな人生をくれてやる」
「なに言ってんのせんせー、こいつらに言葉が通じるなら今頃……」
すると無表情を貫くおっさんの眉が疑いにゆがみました。
疑い、それは存在するはずのない感情です。
中枢個体クイーンを信じて動き続けるのが役割なのですから。
「え……あ……ぇ……」
「うん、これで上手くいったっぽいかな」
それから軍人おっさんは周囲をぼんやりと確認していました。
懐疑の感情がさらに深まり、それから驚愕しました。
「私はいったい何を……ここは、牢屋……? あ……あああああああああ……?!! お……俺は、ご領主様に反乱を……。な、なぜ、俺はなんてことを起こし……そんな……ッ、そんなッ?!」
へー、こうなるんですね~。
お辛いみたいですが記憶もちゃんと残ってて幸いです、我に返るなりおっさんはすげぇ苦悩し始めました。
「ちょっとせんせー、これってどういうこと……?」
「この人を向こうの群れから、こちらの群れに飲み込んだんだよ。といっても、このおっさんが群れ第2号、俺が1号の2人ぼっち状態なんだけど今」
そう考えるとなんかやな感じ。
もっと増やしておっさん成分を薄めたいというか、さすがに1対1はお互いやでしょこういうのー。
「じゃあもう1度聞こう、おじさんを操ってた古なる者の1個体、コイツは今どこに潜伏してるんです?」
「……は、はい! ユーミル北部の雪原地帯、深い古代林に包まれた洞窟、その深くです。あのっ俺にぜひ案内させて下さい、こうして解放して下さった貴方に、お礼がしたい。この汚名も……せめて処刑される前に晴らさせてくれ!」
何か拍子抜けするほど上手くいきました。
これこそ敵が1番恐れていた裏技ですが、レウラという機動力が計算を狂わせたってところでしょうか。
じゃあお言葉に甘えて案内していただきましょう。
そしてぶっ壊すのです、地球人類の作り出した戯言の産物を。
あ、そういえばアストラコンさんにこちら側の古なる者の居場所を探って貰っていましたが、どうもこれでそれも必要なくなりそうです。