41-4 前略大公様、しばらく皇帝陛下の官軍してきます
ウルカのお手柄はさておき、今もリアルタイムで反乱軍が帝都を攻めてくれちゃってます。
それじゃ連邦国もポロン公国への友情の援軍とはいきません。
よって俺たちも敵撃退の援護に回りました。ま、これがガチの戦争ってやつです、まさかそれに参加する日が来るとは思いませんでした。
「ちなみに皇帝陛下、平和が訪れた暁にはこう……ね、がんばったご褒美的なやつを期待し――」
「この有事にお前はまたzの話をするのかッ!! ……失礼いたしました陛下っ、平和が訪れた暁には私が深くっ、朝から夜にわたる長い説教をコイツにしておきますのでっどうか今だけはお許し下さい!!」
あとギャラの交渉とかしないとじゃないですか。
アルフレッドにバレないようこっそりお願いしてみたんだけど、ヤツも予期してたのかすぐに気づかれちゃいました。
「よいぞ。聞けばアレクサント殿は薬を扱う商人だそうではないか、しかも所属は公国、本来は朕らに手を貸す理由無き者。よってアレクサント殿を朕は、我が連邦国の傭兵として雇おう」
「やった皇帝陛下話わかるぅー! ちなみにいかほどで……これくらい? あ、希望する0はいくつ?」
「お前は……公国を救うついでに傭兵のバイトを始める気か……。ああ、お前というやつは……どこまで……」
違います、ギャラ周りをキッチリさせてるだけです。
その方が後腐れないですし、活動のモチベや責任感もアップアップなのです。
ま、そんなに期待しちゃいないですよ。ポロン公国こそ世界の大陸の富の中心核ですし、それと同列にして請求する気はありません。
「うむ、こんなもんでどうじゃ? 0はこのくらいで……」
「OKそれで乗ったっ。まあ今は有事、世界の危機、サービスで料金の倍以上の働きをお見せしましょう」
そんなわけでギャラの方も安心です。
俺たちは傭兵として、帝都に迫る逆賊を撃退して回りました。
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さていざ戦ってみようとするとやつらの異常な統率力、これがかなりのくせ者でした。
退くべきタイミングで退き、犠牲を払うべきところで迷わず犠牲となることを兵士が選ぶ。もうたち悪いです、最悪です、まるで全てを見透かすような動きをするのです。
しかし大丈夫、俺たちという助っ人がついていました。
俺たちっていうか具体的にはレウラ、レウラという布陣見下ろし装置&ブレスで焼き払っちゃうドラゴンちゃん、これがある以上は遅れを取るどころかこちらの一方的な攻勢が可能になるのです。
ちなみに俺の仕事はというと、市内から素材をかき集めさせての、錬金術師のご本業です。
ポーションとスタミナポーション、あとレウラという超兵器にして軍神に等しき者を、どうにか維持するための……ま、ぶっちゃけ餌作りを粛々とがんばりました。
燃料切れを起こしたレウラがアルフレッドとウルカを乗せて、定期的に帝城のテラスに現れます。
「ほら餌だぞレウラ~、お前の大好きなレプリカ進化の秘石だ。こんなものが好物だなんてつくづくお前悪食だよな」
「キュッキュルルッ、キュルゥゥ~~ッ♪」
レウラは体格に対してあまりに小粒なそれをあめ玉のように舌で受け取り、なんかガリッ、ボリッ、ジャリジャリッッ、と噛み砕きました。
さらにはその巨大な頭をゴリゴリと俺に擦り付けてくるんだから、それはもう戦いを嫌がるどころか大変なご機嫌です。
「レウラ様、こちらは皇帝陛下からの心付けです。アレクサント殿、貴方のおかげで兵たちが士気と元気を取り戻してくれた。連日の防戦に疲れ切っていたが、例の黄色いポーション、あれのおかげで何とかなりそうだ」
さらには包帯巻いた宰相が現れ、なんか銀の大皿に盛られたドでかい肉塊をレウラの前に運ばせていました。
そんなに食わせたらさらにうちの飛竜がデブるんじゃ……。
いやでも、今は今までため込んだエネルギーを一気に消費している状態なのかな……、うーん、わからん。レウラ作った俺が1番、わからん。
「ピッキュゥゥ~~ッッ♪♪ キュルッキュルルッ、プキュルッ、プキュルッキュルルルゥゥンッ♪♪」
「今日から皇帝家の子になるとでも言い出しかねない、超ハイテンションだなお前~……うぉわっ?!」
肉をがっつくレウラ、それが脂ぎった舌で俺の顔をベッチャァァァ……といきなり舐めてきました……。
もちろん生です、生の牛脂が顔面にベチャァァです……。
「キュルゥーッ♪」
「お前と一緒がいいそうだ」
「良かったじゃん、これを期に少しはレウラにやさしくするといいよ」
「ならさ、お前らの服でこの顔拭かせてよ……」
そのへんは宰相さんがナプキンを取り出してくれたのでどうにかなりました。
いえ脂は脂なんでやっぱベタベタ感がどうしても残ったんだけど……。
まあでもそういうこと、俺はその後も料理用の大釜を愛杖ガイストでかき回し、レウラと騎乗者の2人も山ほどの手柄を上げてくれました。
そんで錬金術の魔力を使いきったのが朝方、どこで寝たのやらわからんけど起きた頃には歓声が帝都中から上がっていました。
ついに反乱軍を撃退し、逃げる敵首謀者をウルカとアルフレッドが討ち取ったそうでした。
これぞ武勇伝、成果に大公様も皇帝陛下も大層お喜びになるに違いありません。ぐへへへへ……。
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さて打算はさておき。その首謀者が古なる者のクイーン、中枢を担う個体ならば敵は統率の核を失い混乱を起こすはずです。
だけどどうやら違ったみたいです。
虫のように新しい仲間を呼び、死体の山をどんどん築きながらもしつこく徹底抗戦を続けていきました。
そこに近隣諸侯からの援軍少数が今さらはせ参じると挟み撃ちとなり、これで完全に趨勢が決しました。
いいえ、ですがキルケゴール・アダムはこう言っていました。間違った方向に進むと止まれない、それが生命の輪システム最大の欠陥だと。
彼らは降伏しませんでした。最後の一兵まで、皇帝陛下の首、あるいは現れた俺を狙って、最期は一兵全滅しました。
いやさすがにグロいんで、これ以上細かいところは言及したくありません。
それは戦争ですらないマジもんの殺し合いでした。
「じゃ、援軍期待していますね皇帝陛下」
「ああもちろんだ。そちは強いな、錬金術師のアレクサントよ、よもやこうも形勢が変わるとは……。おかげで被害を最小限に……いや、勝利することが出来た。朕の首が繋がったのはそちらのおかげだ」
ま、とにかくがんばってやつらの野望その1を駆除しました。
きっと古なる者は考えたんでしょう。
大陸最強のヒルデガルド、その国と皇帝を力ずくで飲み込めば自分たちが最も大きな群れになれると。
「陛下のご書簡、必ず届けてみせましょう。共に戦えて光栄でした。これでも私は元官僚志望、今は夢の1つが叶ったような気さえしております」
「ああそう、そりゃ良かったね」
「あれあれぇ~? もしかしてさぁ、皇帝陛下にアルフレッドさん取られそうで焼き餅焼いてるぅ~?」
ホンッとウルカはいじめっ子です。
そんなわけないじゃん、はい無視無視、話を進めます。
「じゃ俺らもう出発します、時間が惜しいですし。次はあちら側、公国でお会いしましょうドゥーネイル陛下」
「必ず朕自ら逆臣を止めに行こう、あちらは頼んだぞアレクサント殿……」
そんなわけで皇帝の協力ゲット、陛下自らによる公国への大援軍派兵が確定しました。
で、俺たちの方はヒルデガルト北方の諸侯に、皇帝直筆の書簡を運ぶことになったのです。
内容はこの非常事態の情報拡散、それと援軍要請です。
北部の戦闘員を急ぎ取りまとめ、皇帝の元に援軍としてはせ参じよ。って内容。
いち早く俺たちの公国に向けて援軍を集結させるためにも、実はこれって超々重要任務だったりもしました。
「ボクもこれで正解なのはわかるけどさ……。それでもボク、もうアトゥのことが心配で気が気じゃないよ……。やっぱりついて来なきゃ良かったかも……ああボクのアトゥ……大丈夫かな……」
「大丈夫だ、近隣やフレスベルからの援軍がもう到着している頃だ、こちらの情勢も好転した」
「今急いで戻ってもしょうがないよ、こっちで出来ることをやるしかない。それにヒルデガルドの秩序を取り戻してやれば、それだけで停戦や援軍が早まるよ。俺たちがニーベル要塞に援軍としてただ入るより、ずっと効率的だ」
だけどこの書簡配達っていう任務、実は名目ほど簡単じゃないんですよね。
実際に現地におもむいてみればやっぱり、俺たちの予想通りでした。
それは諸侯が帝都へと援軍にやって来ない時点で、ある程度予期出来ていたことでした。
各地の有力諸侯もまた領民からの攻撃を受けていたのです。
まさにこの国の人々からすれば地獄絵図、あるはずのない反逆が始まり殺し合いとなっていました。
ああっ、やっぱヤバい、ヤバ過ぎ、古なる者は滅ぼすべきして滅ぼさなきゃならない、危険度測定不能レベルの悪夢の存在でした。
さて。そうやって救援という名の書簡配達を繰り返してゆくと、最後はアルフレッドの実家アルブネア領に到着しました。
ここは連邦国の北端と言ってもいい領地です、これ以上北にはまともに人が住めませんので。
してここでも発生していた反乱軍を俺たちは手早く撃退し、その日の晩は懐かしのアルブネア邸で休むことになりました。
「おお息子よ、やはりお前は当家の自慢だ。よくぞ来てくれたな、しかも皇帝陛下の書簡と共にとは、父は実に鼻が高いぞ!」
「グリムニール――いやそれは確か偽名だったな。アレクサントくん、パディウス草の時といい、また君に大きな借りが出来てしまったな」
「いえいえ、行きがけの駄賃というやつですので、感謝するなら皇帝陛下にしておけばいいですよ。今回の雇い主ですので」
アルフレッドの兄エリウッドさんと侯爵パパはヤツの出世と成長、救援を大いに喜びました。
そんな家族のやり取りに水を差すのもなんなんで、それを遠くから見守ることにします。
それとこの休憩の機会に少し考えたいこともありました。
古なる者、その中枢を担うクイーンを倒せばしばらくやつらは機能不全に陥ります。
いえ究極的に言えば、本体を破壊しなければ全て一時しのぎにしかならないのです。時が経てばまた同じ悲劇が再発することになります。
我が身をもって戦ってみれば、これほどたちが悪い怪物もいません。
単純に生物として強いだけなら採算度外視した錬金術でゴリ押し出来るかもしれませんが、こいつらはそうじゃないんです。
古なる者の本体は今もどこかでひっそりとなりを潜め、クイーンを中心とした群れたちを使って社会を飲み込もうとしています。
眷族の全てを倒しても本体が生き残っている限り、人類とヤツらの戦いは永遠に終わらないんです。
マジで、世界をジワジワと蝕む、旧人類最悪の遺産でした……。
「なに難しい顔してんの、せんせ?」
「いや今忙しいから……」
「そういう顔してるせんせーも嫌いじゃないけど~、どっちかとゆーとさ、あっちの間抜けヅラの方が安心するんだよねボクー」
「考えるのに忙しいって言ってんじゃん……。ああじゃあ聞くけどさ、やつらの中枢個体クイーンはどこにいる? つーか本体の生命の輪システムはどこに潜伏してるんだ?」
それがエルリースの仇、オールムの不幸な母の仇かと思うと気が高ぶりました。
キルケゴール・アダムが世界を敵に回してでも地上から抹消しようとした存在、なんか最近具体的な動機が出来ちゃって困っちゃいます。
「せんせー、魔王の力はまだ使えないの? そしたら向こうの幹部クラスから何か聞き出せるんじゃない? てかそうでもない限り口を割らないんだから、やっぱヤバいよね~あいつら。それにそれを逆に考えたら、ほら、先生やアインスを全力で殺しに来るわけだよ、反則だもん」
連戦の興奮もあるのか、ウルカが少しだけ素性をバラしたように見えます。
お前ずいぶんと詳しいね、そこまで仲間にあっちの情報漏らしてるつもりなかったんだけど。
「そう言われるとさすがの俺も不安になるよ、アインスさんは無事かな? 無事だよね?」
「クススッ、昼間と何か逆だねボクら。大丈夫だよ、世界中から助けが来てるだろうし、先生の作ったマチョポー軍団もいるしね~。……ていうかさ、今日はもう寝なよ、せんせー病み上がりなの忘れてるでしょ、この状況でダウンされたら困るって」
変なこともあったもんです。その晩のウルカはいつもよりやさしいウルカでした。
もしかしたら彼女なりの寂しさもあったのかもしれません。
代わりに部屋を要求してくれて、俺はおとなしく客室のベッドに倒れ込むように就寝しました。
……まあその翌日目覚めると、ウルカの横顔に度肝抜かれることになったんだけど。
でも。でもそれ以上に――俺は奇妙な夢に気持ちを奪われることになりました。