40-07 魔王化ルートのはじまり、公国に迫る――
超超超極秘だっつーのに、俺が魔王化しかけているって情報はうちの連中に余すことなく拡散されました。
さらにはこっちが身動き出来ないのをいいことに、人の部屋にこぞって押し掛けてきたんです。
世間ではこの構図をお見舞いとか、看病と言うのかもしれませんが、現実は少しだけ違いました。
「つくづく手段を選ばないアホだとは思っていたが……まさかここまでのドアホウだったとはな……」
「アルフレッドくんに同意っス! 魔王を継ぐとかマジでバカっスか先輩! それ軍とか冒険者に討伐される側っスよ!!」
「ほんとだよね~。このハンマーで頭どついたら直るかなー? よしっ、ちょっとやってみよっか! 魔王ならダリルちゃんの攻撃なんかで死なないだろし!」
いいや死ぬわ、こいつらこっちが弱ってるのをいいことに、言いたい放題いいやがって……。
「クスクス……魔王の血って何色かなぁ~? 今のせんせーなら簡単に……クススッ、サクッ……と出来ちゃうね~♪」
「兄様、この通りウルカも抜け駆けに怒っていますよ。ああ、だけどまさか、もう外に漏れてただなんて……」
「場合によっては商売あがったりよっ! もーっ、どうしてこういうムチャクチャばっかりすんのよーっ! ちゃんと後先考えてから行動してって言ってるででしょっ!!」
もう袋叩きのサンドバッグ、相談無しで勝手に進めて失敗したとなるとまあこうなる。
だけど相談なんてしたら永久にOKなんて出ないしね、そこはしょうがないんです。
「ぜぇ、ぜぇ……病人にやさしくしろよ、お前らさ……。ぁぁ……熱下がらんな……」
「今ー、アインスちゃんがー、特製の解熱剤を~、作っていますからー、あらー?」
部屋の扉が鳴ってそこにアインスさんが姿を現しました。
シルバートレイに水と、紫色に光るポーション瓶が乗っかってます。
あと顔が真っ青に青ざめてました。
「ご主人様……解熱剤をお持ちしました……。ごめんなさい……私が、いけないんです……。貴方が、私を、あの日、選ばなければ良かった……そうすれば、こうは、ならなかった……」
「そりゃ大げさ、薬作ってくれてありがとうアインスさん。……うん、超不味いな……この世のものとは思えん……」
アトゥの介護を受けながら身を起こし、薬と水を飲ませてもらいました。
あとはまたベッドでのつまらない絶対安静の図です。
「……見てられんな、力の為にそこまでするのかお前は。それで、いつその身体は治るのだ? 死なれても困るぞ、本当に大丈夫なんだろうなアレクサント」
「そうだよね……その腕輪絶対ヤバいよ! アレックスッ、ダリルちゃんがぶっ壊してあげよっか?!」
お前それ持ち歩いてんの?
ダリルが当然のように鍛冶ハンマーを構えました。おい、止めろ、これは必要なものなんだから壊すな……。
「さあね……? 安全性が検証出来てたら……今頃、世界中……魔王だらけだろうね……。あとダリル、腕輪には俺の魔力が詰まってる。下手に壊せば……どうなるかわからない」
「つまり外れるのを待つしかないってことっスかっ?!」
ダリルが振りかぶった手を引っ込めました。
興味ありげに腕輪を突っついてます。
「兄様は死なせません、私とアインスの力でどうにかしてみせますっ!」
「なら素材の仕入れはあたしに任せて! どんな妙薬もレア素材も手配してみせるわ!」
「せんせーが弱ったタイミングで動き出す連中もいるかもね。だからボクが今回だけで特別に、付きっきりで護衛してあげるよ。今だけ、アトゥより優先でね」
「じゃみんなで交代して、この困ったちゃんの面倒見よっか。ダリルちゃんは添い寝してあげるよ、だってママだし! あと親方昔言ってたもん、男の身体を暖めるのは女の子役目だ……とかなんとか」
「自分は開拓地からの切り上げを急いで素材調達に回るっス。先ぱぁ~ぃ♪ が復活したその時に困らないようにっス」
おお、なんて美しき友情愛情でしょうか。
弱った状態の今そんなことされちゃうとさすがの俺も……茶化しきれずちょっとだけ心が揺れるよ。ああ、デレるのか、俺……。
「なら俺からは安心できる話を。アレクサントの魔王化を知る者は、三賢者からの命令を受けた俺と、上司1人と、賢者たちだけだ。他の者は関わっていない。……機密に抵触するが、今回は特別に話す……」
「よ、良かったぁ……。このことは絶対秘密よエイル! 信じてるからねあたし……!」
「うん、わかったよリィン……。俺、最初はね、リィンとこいつ、別れさせようとしたんだ……。でもこいつ、頑固で……。だから俺、リィンの代わりになるって言ったんだけど、それでもリィンは絶対手渡さないって……。リィンは愛されてるよ……。本当にこの人は……ただ仲間を守り続けたいだけなのかもしれない……」
壁際の方向に顔をそらす事態になりました。
それこの場でバラすんです? 止めろ、止めてくれ、根に持ってるのかそうなんだな散々いじめたもんな俺ーっ?!
「わざわざヒルデガルドの辺境まで俺をさらいに来た男だからな。歪んでいるのだこの男は……」
「クルルゥゥ……」
棚の上を見れば、遠巻きにレウラとドロポンまでこちらの様子をうかがっていました。
ああみんなやさしいな、ただの自滅なのになこれ……。
ところで急に周りが静かになった気がしました。
ちょうど眠くなっていた頃だったので、俺は睡魔に任せて眠気に従うのでした。
・
後日譚――
復調に10日もかけることになりました。
原因は腕輪に際限無く魔力を奪われているせいです。
それは大量のエネルギーを常時失い続けているようなものでした。
こうなればエーテルを飲んでも焼け石に水です。
しかしそれでもアインスさんとアトゥは自分たちでは難しい調合だというのに、ひとときの安息を生み出すエーテルを安定供給してくれました。
キアは死にかけたそのときに覚醒したと言いました。
だけどこれが続けば本当に死んでしまう。復調までの10日間、本当に俺は死にかけました。
だけど苦悶に包まれた9日目を過ぎ、10日目がやってくると俺は急に復調していたのでした。
自分で立ち上がれるようになりました。
熱も悪い症状も消え、日常生活に支障のない体力が戻ってきたのです。
不思議です。腕輪は壊れていないというのに、なぜか魔力も戻ってきていました。
最悪の状態は脱した。ならあとほんのちょっとです。
だけど――
だけど最悪のタイミングでそれはやって来ました。
そうです、三賢者はあのとき言ったんです。
俺が敗れれば、ポロン公国は独立を保てなくなると。
それは可能性として予測していたことでした。
古なる者包囲網に、東の超大国ヒルデガルドが加わらなかった時点で……。
魔王の力も、本来の力もまだ取り戻せていないというのにやつらは来た。
マハカーラ・アバロンとオールオールムが守り抜いた公国東の要塞ニーベルに、再びヒルデガルドの軍勢が……。
戦争だ、戦争が始まる。
人がいっぱい死ぬことになる。
圧倒的な暴力の前に、愛する人と街が蹂躙される。
幸せな日常が今、奪われようとしていた。