40-05 ルルド教の真実 古の三賢者
何度も言葉にしてしつこいかもしんないですけど、ここポロン公国は世界の中心です。
大陸中央高地によって東西に隔てられた世界を繋ぐ、交通の要所です。
だから秘密結社何とかの重要拠点が近場にあっても、別におかしくもありませんでした。
といっても聖都とか本部は東のヒルデガルド連邦にあるらしんだけど。
ちなみに聖都はあっち側では珍しく独立を特別に認められてるんだと。
「ここだ……」
「わ~ぉ」
入り口は公都郊外にある小さな孤児院でした。
礼拝所の地下倉庫の壁に謎の鍵穴があり、隠されたそこへお姉さんあらためエイルベルさんが鍵を差し込みます。
すると施錠が解除され、分厚い石壁を奥へと押し開けるようになりました。
「ケレン味が足りない気もするけどいいねこういうの、なんかお呼ばれにワクワクしてきたよ。話が決裂したら秘密結社の地下施設ごと吹っ飛ぶわけだね」
「我々はお前に危害を与えるつもりはない……」
そこからは地下階段が続きました。
石造りの長い長い果てしない下り坂を進んでゆくと、ようやく秘密結社の地下施設が目の前に現れます。
レンガでおおわれた壁と、落盤防止の木組が目立つ少しジメジメとした世界でした。
「きっと驚くと思う……」
「へぇ……何にさ?」
彼女の言葉の意味もすぐにわかりました。
辺りの様子が一変して、またもや俺はあるはずのない地下世界を目にすることになったのです。
「どうだ……」
「ああ、こりゃ驚いたね。光る壁とか始めてみたよ」
それはまるで同じものでした。
魔王キアの地下遺跡と、ほぼ同じ材質で作られた壁に見えました。
「あまり驚いているようには見えない」
「いやいや驚き過ぎて感情と顔が追いつかないだけだよ」
そうなるとこのアトラスっていう秘密結社、どうもこっち側の匂いがしてきます。
なぜ俺のやることに文句を付けてくるのかがわかりませんが。とにかくもう行って話を聞くしかありません。
「三賢者よ、ご命令により公国の錬金術師アレクサントを出頭させました」
通されたのはいかにも秘密結社らしいお部屋でした。
3方向に巨大なヒエログリフが立ち並ぶ、裁判台みたいな厨二スポットだったのです。
その黒いヒエログリフたちがエイルベルさんの言葉にぼんやりと薄緑に輝きだしました。
「よくやったエイルベル」
「下がれ、彼とは最大機密に抵触する話をしなければならない」
「よく来たわね、新しい魔王」
これなら納得のケレン味です、ヒエログリフが喋り出しました。
威厳深い老人、高圧的な男性、やわらかな女性の声が3方より俺を取り囲むのです。
「お言葉のままに。アレクサント、くれぐれも音便に頼む……リィンを悲しませるな……」
「そりゃわかってるし結局向こう次第だよ」
エイルベルさんが部屋から退席しました。
うん、これはちょっとしくじったかもしれません。
だってこれじゃ、そっちがその気ならお前らごと巻き添えドッカンだかんなー! とは脅せないですから。
……ていうかさ、ルルド教って……なんなんだ?
これって無線技術? いや魔法? どうなってるんだよこの喋る石柱……。
「……そういうそっちはさ、顔も見せずに良いご身分だね。ああ、悪いけどさっさと用件を頼むよ賢者さん」
「見定める為よ」
「悪党が有するにはあまりに巨大な力だ」
「そなたの目的を述べよ、新しき魔王よ」
完全に俺がキア継承した形で話が進んでます。
お前の目的とか言われても漠然として困る。
そもそもこいつらがどちら側なのか、まずそれ次第じゃうかつな回答が余計な事態を招くことになります。
口にするなら相手に合わせたやさしい真実に限りますから。
「いやその前にさ、そっち側が先に自己紹介するべきじゃないの? 何なのさあんたら? 知らんやつにさ、目的を述べよ……とか言われて真面目に答えるやつなんていないよ」
「我らは三賢者、ルルド教そのものだ」
「へぇ、でも賢者ってわりにどうだろうね。ちょっと教会の腐敗を放置し過ぎてない? 他は知らないけどさ、ここの教会はなかなかに欲張りで横柄だよ」
忘れませんよ俺は、エーテル買い占めてボッタ値で売ろうとか言ってきたときのことを。
あと俺の欲しい素材を今も独占してるのも気に入らない。おかげで俺はマナ先生に……ぅ……。
「些末な人の営みに介入する気はない」
「人々自らの手で解決しないと進歩はないわ」
「だがそなたは違う。あまりに、強大な力を有しようとしている……」
「あの魔王キアを超えるほどの力を……」
「それが私たちの予測を狂わせるわ」
「この地に順応した生命の輪を刺激することにもなる」
当然のように生命の輪という名詞が出てきました。
古なる者をその名前で呼ぶ者は限られています。
もしかしてこいつら古代人? だけどうかつに質問して向こうにこちらの状況をさらけ出すのはいただけません。
俺だって、キアと接触するまでそんな名詞知らなかったんですから。
「そちら側の目的が見えてこないな。三賢者さんだっけ、貴方たちは結局、何がしたいのさ」
その生命の輪ってなに? って聞いておいた方が良かっただろうか。
「我々の役割は、人類が滅びぬよう見守ることだ」
「時に口も出すわ。彼らがまずい判断を冒す前に」
「そなたはまさにそれだ。我ら観測者からすれば、世界を混沌へと導こうとしているように映る」
ルルド教の背後にこんなのがいたなんて知りませんでした。
だってそうじゃないですか。
「それまた大げさでドラマチックな人生観もあったもんだね。三賢者さんたちは人を導く存在、つまりまるで、自分たちが神であるような物言いをしている。あれこれ外側から人が人を指図するその姿に、自分自身を傲慢だとは感じたりしないの?」
こいつらおかしいよ、まるで人じゃないみたいです。
神様なんて俺は信じませんよ。
なら俺からすればこいつらは、ただの意識高い系ムダに憂いる変な人たち、ってことになります。
「ウフフフフフ……」
「フハハハハハハハ……」
「だが我らは神、その神が人に指図をして何が悪い」
三賢者は笑いました。
しかしそれは嘲笑と呼ぶよりも、思いがけない回答への笑いそのものに聞こえました。何せ顔がないのでよくわからんです。
「うさんくさいんだってそういうの。神様だから偉いだなんてどこの誰が決めたの? それにね……この場所が決定的なんだよ」
「ほぅ……?」
俺が足下を指さすと賢者たちは返答を待ちかまえました。
やっぱりこいつらは偽物です。
そうです、昔ウルカが言っていました。女神なんて存在しない、自分は女神のいない国から来たって。
「三賢者、貴方たちは神なんかじゃない。おそらくここは地球側からこちらへと転移してきた人類の施設だ。つまりね、貴方たちはあちら側に属する存在だったってことだよ」
賢者たちが沈黙しました。
きっと当たってるんです。外していたら笑うか、否定するでしょうから。
「で、世界を見守ってきた、と賢者さんたちは言った。つまり……貴方たちの正体は地球人類の末裔……。いや、その人類が残した、ただのAIだ」
これにも返答がありませんでした。
かすればラッキー、当たればもっとラッキーホームランって感じの当てずっぽうだったんだけど、これまさかのまぐれ当たりかな。
心配性の古代人が、末裔の行く末を心配して残したのが、ルルド教と三賢者というシステムだった、ってあたりでしょうか。
「AIという概念を持たぬ者にとって……」
「高度に発展した人工知能は神にも等しい……」
「むしろ神でなければならないわ……」
「国を統治する上で宗教って大事だからね。でもあちら側の世界じゃそれが滅びの引き金にもなったんだっけ。ああ、だから最初からAIに宗教を完璧に管理させてしまえ、とか考えたのか」
やさしいご先祖様もいたものです。
三賢者がただのAIと暴かれる頃には、人も宗教から自立を始めている頃でしょうから。
これがルルド教の真実だったなんて、まあこれはこれで意外とありかもしれない。神はやっぱりいなかったんです。
「おおよそ正解だ」
「あらゆる技術は社会の上に成り立つわ」
「こちらへ転移して来た人数はたかだか200ばかりだった。……技術は驚くべき速度で失われていったよ」
「だから我々という揺りかごが生み出されたのだ」
つまり機械仕掛けの揺りかご。おお厨二心がくすぐられます。
ならこいつら俺の味方じゃないですか。
「念のため聞くけど、それはキア――キルケゴール・アダムの仲間たちのこと?」
「そうだ……彼らはこちら側の人類の祖先となった」
「なら一見利害が一致しているように見えるね。いつか訪れる滅びの原因を俺がボランティアで駆除してやるっていってるんだ、なぜ俺のやることに文句を付けるのさ」
魔王の力は限りなくやつらに対して有用に働きます。
生命の輪システムは相手の群れを己の群れへと飲み込む力があるのです。
「貴方が世界を狂わさないか心配だからよ」
「こちらの未来予測の話だ」
「そなたが勝利を重ね続けたとき、そなたに属する者と、そうではない者が生まれる」
未来予測……?
ああ、コンピューター様だっけこいつら。
電子頭脳なこいつらはその分野を俺たち人類より得意としていてもおかしくない。
「へー、一体どうなるっていうのさ? 教えてよコンピューター様、人間ごときの俺に」
「まず貴方が……生命の輪に負けたとき、ポロン公国は独立を保てなくなるわ。それが遠い未来、この地に眠る災厄、眠れる者を目覚めさせてしまうの」
「大陸中央高地のもたらす富、資源を失った世界は大きく衰退するだろう。それは避けたい」
「だが勝利を重ねるのも問題だ。そなたは敵対する生命の輪のけん族を、根こそぎ奪うという手に出る。倒せば倒すほど、そなたの王朝が高く堅固に広がり固まってゆくのだ」
うんうん、いいじゃんそれ。
元から操られてるも同然のやつを俺が解放してやるっていうんだから、感謝して欲しいくらいだよ。
「その時、そなたは名実共に魔王となる。世界中がそなたの力に怯えるだろう」
「だがいつか仲間を手にかけられ、そなたは激昂する。己に害を及ぼす全てを、己に属する生命の輪の下に統合してしまえば良い、と考え始める」
「世界中の人々が貴方の奴隷にされる未来が見えるわ……」
「まさに史上最悪の魔王だ」
ああまあそれはあり得るかも。
でもだからって最後のそのセリフをハモらせなくてもいいじゃん、3分割されたAIっぽいくせにリンクしやがってこの機械野郎ども。
でも、まあ……そうなったら俺はやるかもしれないね。
「貴方は魔王の力に手を出してはいけなかったの」
「そなたの、人類の力だけであれを破壊しなくては……」
「それはただの、生命の輪同士の争いを繰り返すだけになってしまう」
人類の力だけで倒せか。
それはオールムが反省せず、俺と1つにならなかった場合に限ったストーリーだったのかもしれないね。
ヤツと俺が1つになった時点で、もうそんなシナリオは破綻した。そう思いましょうよ。
「ならその未来を俺がひっくり返してみせるよ。俺は錬金術師、誰の予想も出来ない奇跡を起こす仕事をしている。これは三賢者さんたちの電子頭脳をもってしても、解いたり証明することが出来ない力だ」
錬金術は理屈法則を蹴り破って結果を起こす力です。
たかが機械の評価式でこれを解こうだなんてまあおこがましい。
「それは認めよう」
「正体不明の力だ……」
「だから余計に未来予測を狂わせる貴方が私たちは……」
「大丈夫。三賢者さんたちがこうして助言してくれたおかげで、最悪の結末が1つ回避されたんだ。俺は世界を奴隷にしない。仲間たちも守り切る。……さ、なら今から計算のし直しだね」
ルルド教の秘密結社アトラス。
それは三賢者という名の巨人の目と手となる、旧人類が残したもう1つの遺産でした。