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40-04 美味しくいただきました、もちろん料理の方を

 まあ本格的な分量ではありません。

 シチューとパンをたいらげると奇妙な絵面の食事タイムもおしまいになりました。


「ああ美味かった、意外とやるじゃないお姉さん」

「だから……何なのだその、お姉さん扱いは……」


 ちなみにここまでほぼ無言でした。

 食事中に話しかけても、ああとか、ふんっとか、そうか、とかしか言わないの。


「だってエルフは年齢よくわかんないからね、お姉さん、って呼んでおけば無難なんだよ」

「軽薄だなお前は……」


「お姉さんは堅物だねぇ」

「お前が軽薄過ぎるだけだ……」


 まあでも多少は距離が縮まった気がしました。

 飯食わせてもらって悪感情持つやつなんていませんし、タダ飯ですしこれ。タダ飯より美味いものはないよ、これ座右の銘。


「お……?」

「読め」


 ところがふいに彼女の手がひらめいたかと思えば、カバンから手紙が俺に投げ渡されました。

 公式の書状ではないらしく紙質は良くありません。


「差出人名が無いな。これ、誰からの手紙?」

「いいから読め……魔王」


 つくづくぶきっちょな人です。

 素直に手紙を開いて目を落としました。封筒もなく、どっちかというと走り書きのメモとも言えます。


――――


 ポロン公国公都に住まう錬金術師アレクサントは、魔王キアと接触した可能性がある。

 彼に以下の症状が確認出来た場合は、最悪の可能性が考えられるゆえ接触を命ずる。


 熱病、虚弱化、魔力喪失、あるいは見慣れない黄金の腕輪の急な着用。


 交渉の上、彼を出頭させたし。

 ただし騒ぎ立てることなく内密に、極秘裏に、けして敵対することなく紳士的に対応せよ。


――――


「なるほどね、これ俺あてじゃなくて、お姉さんあてのやつか。……で、こんなもの俺に見せてどうするのさ? そもそも出頭ってどこに? 俺が素直にそれに応じると思う?」


 内容からして拒もうと思えば拒めます。

 だけどお姉さんは上からの命令を遂行しようとし続けるでしょう。強硬手段に出ないって点がこりゃ、逆に厄介かも。


「まずリィンと離縁しろ……。そうしたら俺がお前をあそこへ連れてゆく」

「だからどこへさ? ほら遊びに誘うにしたってまずは行き先を出すもんでしょ?」


 手紙の内容からして海外の可能性も高いです。

 そうなるとこれめんどくせーな……。


「ッ……、遊びなんかじゃない! お前は……最悪の力を手に出したんだ……ッッ!!」

「……それ、エプロン1枚の姿で言われても困るんだけど」


 真面目な話をしてるんだと睨まれました。

 まあ紳士的ではないですけど恥じらい深いのがこのお姉さんの弱点です。利用できるものは使うに限りました。


「そうだなぁ……じゃあ服を着て、素性と名前を俺に明かして、あとリィンベルともちゃんと正式に顔を合わせる。この3つで手を打とう。出来ると約束するなら俺は大人しくお姉さんに従うよ」


 前者2つは譲歩出来るそうです、だけど3つ目は絶対無理だとお姉さんはシリアスモードだった顔を横にそらしました。


「別れろ……」

「それはイヤだ。俺はもうお嬢がいないとダメなんだよ。……いつか寿命や事故、戦争で仲間が消えていく。だけどリィンベルという存在は違う、守り続ける限り、彼女はずっと俺と一緒にいてくれるんだ。悪いけど、最初から誰にも渡す気なんてない」


「ならなぜ魔王になんかなったんだ!!」


 いやいやまだなってないし。

 ていうかこんなの変だよ、あの力の何がいけないのさ。

 キルケゴール・アダムっていう最後の同胞の願いを、ただ叶えてやるってだけなのに。


「……じゃあ少しだけ。これは俺じゃなくて、俺の恩師の言葉なんだけど。キアはね、魔王なんかじゃないよ。むしろキアは世界を救おうとした報われぬ英雄だ。強過ぎるその力がただ、属さぬ者たちの目には魔王として映っただけ。……なんだとさ」


 日和見な秩序が欲しい者からすればキアの存在は都合が悪かったのかもしれない。

 キルケゴール・アダムが見ていたのは現在ではなく、遙か遠い未来の姿だったのです。

 彼は滅びの時代に生まれた人なのですから無理もありません。


「やはり接触したんだな……」

「それは知らないね。それよりそっちはどうするのさ、ああ今さら力ずくでどうこうだなんて考えない方がいいよ。……俺と一緒にこの世から消し飛ぶことにもなりかねないから。あ、冗談だけどね」


 俺は超破壊爆弾ゼニー・トゥ・アッシュとエーテルを護身用に持ち歩いています。

 これは錬金術師の魔力が起爆のトリガーです。

 しかし今の俺は腕輪に魔力を常時吸われているだけ(・・)なので、魔力回復剤エーテルを飲んですぐさま使えば発動は出来る、はずです。


「ならここでお前と一緒に消えれば丸く収まるな……」

「そーいう不健康な考え方止めようよ、それに今さらそんなんじゃ収まらないよ」


 俺が死んでもアインス・ガフという台風の目は消えません。

 さらに巨人の血がグリムニールの手元にあり、イアン学園長がキアの仮想人格との繋がりを持っている。

 作ろうと思えば魔王の大量生産だって出来ちゃうかもしれません。これ、口が裂けても言えませんけど。


「わかった。服を着る……名前と、所属も明かそう。だけどリィンとは会えない……。今さら……どの顔で会えばいい……。遠くから幸せな姿を……ただ見守っているだけで十分だ……」


 ところでいま急にパズルのピースがはまりました。

 いえ単に思い出したとも言えます。


「ああもしかしてお姉さんさ……。今急にピンと来たんだけど……そういえば昔、アストラコンさんの口から聞いたことがあったっけな」

「っっ……何をだ……」


 そうあれは公都にあるアストラコンさんの別荘でのことでした。

 お嬢が食事に招待してくれて、ほいほい行ってみたらアストラコン叔父様がちょうど公都に来ていて、気づいたら叔父様ディナーショーになってたんだっけ。


「リィンベル嬢には昔、ハーフエルフの親友がいた。だけどケンカ別れしてそれっきりだって」


 ビンゴです、お姉さんが身をこわばらせて弱々しく己の肩を抱きました。

 俺のことを睨んでばかりだった彼女が、弱い顔をしたのです。それは少しだけ人の加護欲を誘うものでした。


「そうだ……俺の名前はエイルベル……。彼女と、アストラコン様を裏切った罪人……。でも今は――ルルド教秘密結社アトラスの構成員だ」


 げ、ルルド教……。

 しかしアトラスとはまた不思議な名前をつけたものです。確か巨人の名前だったよねそれ。


「――リィンのことは保留にさせてくれ。考えてもみろ、秘密結社がここまで姿を明かしたんだ……。頼む、俺と一緒に来てくれ、魔王を継ぐ者よ……」



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