40-03 今度こそ
その翌日、またあのダークでハーフなお姉さんがやって来ました。
「懲りないねぇお姉さん……」
「今日こそリィンを諦めさせてやる……! あんな……あんなことを毎日ッ……リィンにさせてるのかお前は……っ?!!」
「んなわけないじゃん。ていうか、いやぁ無理無理、やっぱお嬢最高だし。実務能力があって、小柄で金髪でいつまでも若々しい、この時点でもう最強! あんなきらびやかな存在を手放せるやつなんてこの世にいないよ。あのエルフ耳の完璧なっ、ディティール! いやぁ、エルフを生み出した古代人様はよくわかってたんだな~」
先日のアレは諦めさせるための作戦です。
断じて俺の性格が悪いわけではありません。平和的解決への第一歩なのです。
「それにこのアトリエからお嬢が消えたら、みんながみんな悲しむ。みんなに愛されてるお嬢を手放したら、俺が恨まれちゃうよ。ていうか袋叩き確実だね、連れ戻すまで帰ってくんな、とか言われて追い出される光景が見える」
どだい無理な要求なんですよ。
その前にそっちが具体的な手札や素性を見せるのが先ですし。
「もう1度、チャンスをくれ……。今回は俺なりに考えてきたんだ……、今日も住民は出払ってるんだろ、頼む……リィンを……」
「……まあいいけど、無駄だと思うよ? なにするの? どうやって俺をメロメロにするの?」
「ああ、お局様から男をモノにするノウハウを教わってきた。それを今から見せてやる……、今回は俺が主導権を取るからな……!」
「うん、最後の部分だけは賢明だね。うおっ……」
大きな鞄がカウンターをドスンと揺らしました。
中身は……食材?? あーー……。
・
厨房で調理が始まりました。
「うーん……そうきたかー……。愛情料理で男のハートをゲッツだぜ! ってわけか、はー、コテコテだなぁ……」
そりゃ愛に飢えたタイプはコロッといくかもだけど。あ、ていうかそうだった、大事なのはそこじゃない。
どうして俺の秘密を知っているのか、これやっぱ吐かせないとだわ。
場合によっては超ヤバい。国を放逐される。最悪は魔女裁判から火あぶりコンボ。うん、よく考えたらこうしちゃいられないね。
「ドロポン、店番はお前に任せた、大丈夫だ、賢いお前ならきっと出来る。最悪人型化も許可するからよろしくやっといて~。レウラ~、万引き犯は狩っちゃっていいからなー」
「クルッ? クルッ、クルゥゥ~ッ♪」
ドロポンもぞもぞと一部が集合してカウンターの上でバスケットボールサイズになりました。
その独特の質感をプニプニ突っついてから俺は厨房へ向かうことにしました。うん、しっとりしててやわらかい。
レウラも何か張り切ってくれてるみたい、店内をクル~リと一周しました。
「へ……?」
厨房に入った俺は思わず言葉を失いかけました。
だってそうだもん、これはちょっと予想してなかったし……。
「ふ、ふふふ……やっと来たな……。来ると思っていたぞ、この、スケベ男め……ッ」
裸エプロンのお姉さんとのご対面でした。
尻とかふとももとかもう、もう、ああこりゃ、あちゃぁぁ……ダメなやつですこれぇ……。
「いやなにやってるし……。しかも知り合いのさ、大事にしてる相手の男の家で……マジで何やってるしお姉さん……」
「ど、どうだッ、そ、そそるだろう……ッ! リィンを手放せば……こ、この俺が手にはいるんだぞっ、どうだ……ッ?!」
止めりゃいいのに彼女は羞恥を必死でこらえつつ、身体の正面をこちらに向けました。
マジで止めりゃいいのに……。
「いやどうだって言われても……。お姉さんおっぱいでけーですね、とか、でかくて良い尻ですね、とか……あと、変なため息しか出てこないですはい。こんな現場を誰かにもし見られたら……なんて言い訳しようかな、あー無理かな、とか……」
身をよじってダークエルフお姉さんが胸を抱え隠しました。
そうすると黒く艶やかな髪が……あ、やっぱ止めます、具体的に説明したらあかんやつこれ。
「そこで見ていろ……、すぐに食べさせてやる……。これでお前のハートは俺に奪われたも同然だ……。す、全ては、リィンのため……お前のなんかためではないからな……ッ!」
「OK、恥ずかしくてたまんねーって部分だけは理解したわ」
言ってることがメチャクチャです。
ていうかお嬢のためにここまで出来ちゃうんですねー……。うん、そこがどうもこの人を嫌いになれないところかな。
「ああそうだ、ところでさ。昨日さ、なんかおかしなこと言ってたよね、いや全体的におかしなところだらけだけどさ。……だけどほら、魔王が、なんたらって。……アレ、どういう意味?」
けどそこだけは確かめておかなきゃなりません。
こちらの質問に対して、美人さんは背中を向けての沈黙を選びました。
いや答えて貰わねば困ります。今もクッキングナイフ握ってるんで、逆上だけは避けたいところですけど。
「ふむ……、何か不都合があったか……?」
「いや別に。別にないんだけど、なんか気になって」
こうしてこちらが探りを入れると、彼女もまた俺の本心を探ってきました。
俺に顔を見せないのは見定められないため、あと単純な羞恥もあるんでしょう。よせばいいのにそんな格好……。
「そうだろうな。もし発覚すればお前は世界中を敵にする。……だが安心しろ、それだけは黙っていてやる……。最初からそれは切る気のないカードなのだ……、それをする権限も俺にない、公私だけは別にしているからな……」
「……ちょっと何言ってるのかわからないよ、俺のことを深読みし過ぎなんじゃないかな」
そこからは探り合いです、当然の儀礼としてちゃんとすっとぼけておきました。
彼女側もあくまで憶測で、確定材料を求めて鎌をかけてるだけかもしれませんし。
「ちょっ、ちょっと落ち着け?!」
とか考えてたら彼女が振り返りました。
……クッキングナイフの切っ先をこちらに向けてるんです。
なのに俺の魔力は0、肉体も弱体中、実は暴挙に出られたら対処出来なーい。
「お前は何を考えている……。それが、世界を敵に回す力なのを……本当に、本当に理解しているのか……?! あまつさえ、リィンという妻を持ちながら……それに手を出してしまうだなんて……。お前はッ、貴様は考えられなほどの……アホ男だッ!!」
だからそこはバレなきゃいいんです。なんでかバレてるくさいんだけど……。
いやだけどどこから漏れたんでしょうか。
このことを知っているのはイアン学園長と、アトゥ、あとは魔王キアの仮想人格のみです。
つまりどこからも本来漏れるはずがない情報を、なぜかコイツが得てしまっている状態なのです。こんなの不可解極まって気になり過ぎるよ!
「ねえ、ちみ何者? いい加減さ、素性を明かしてよ素性を。それと名前もね、本当にあのリィンベル嬢の知り合いなの?」
「リィンは俺の大切な人だ! 魔王を継いだお前なんかに任せられるわけない……!」
「いやいやいやいやまずそこからおかしいし。一体どこのどなたから、俺が魔王を継いだだなんてガセネタ吹き込まれたのさ? てか危ないからナイフは戻してね~、あと料理、料理、グツグツいってるから火を弱めようよ?」
ダークエルフのお姉さんは指摘を受けて調理に戻りました。
ふたを開けて鍋の中をかき回すと、美味しいホワイトシチューの匂いが厨房に広がります。だけどそれっきりまた黙っちゃいました。
裸の綺麗なお姉さんを後ろから見守る俺。うーん……やっぱ誰にも見られたくない構図だ……。
「出来たぞ。いつもはどこで食事をしてるんだ」
「そりゃあっちの居間でみんな仲良く。じゃ運ぶの手伝うからさ、お姉さんはいい加減着替えてくるといいよ。さすがにその姿は……身内がふらっと帰ってくるかと思うと尻がぞわぞわするって……」
俺がスケベ親父ならともかく、こんなの俺も彼女も得しないやつじゃん……?
ならこんな荒行必要ないでしょ……。
「これだけの女を囲っておきながら、恥の概念があったとは驚きだ……。だが断る、これは俺の覚悟と意思だ、服は着ないぞ。貴様のような……性根最悪のゲス男に身を捧げるだなんて……本来絶対お断りだがッ、だがリィンのためならこのくらい……ッ、俺は、何ともないんだッッ!!」
「あ、そう」
このお姉さん1人で盛り上がるところがあるみたいです。
もう付き合ってらんないのでそこは折れて、居間へと2人分の昼食を運ぶことにさせてもらいました。
といっても彼女が買ってきたバゲットと、チキンのホワイトシチューだけの簡単な愛情? いや激情? 怒りと羞恥と軽蔑あふれる料理だったのですけど。