40-02 チェンジしろとか言われましても
名無しのごんべーのハーフでダークなエルフさん。
彼女は謎極まらん存在でしたが、全てお嬢を思っての行動だってことはまず揺るぎませんでした。
そこまではまあ良い、だけど軽視出来ない事実が急浮上しました。
彼女は俺を魔王と断定したのです。
その論拠は何? どうしてそのことを知っている、どこから漏れた? これは所属も含めて何者であるか見定めなくてはならなくなりました。
「うーんでもなぁ~?」
別れろって言われても困ります。応じても彼女以外の誰1人喜びません。
俺が一時の快楽を優先するクズ男なら、お嬢を捨てたり、捨てる振りしてお楽しみ、後はしらばっくれるといくんでしょうけど。
けどお嬢は今や俺の大切な共犯者、絶対にお譲りなんて出来ません。
「全てのツケは俺が払ってやる……リィンに恨まれてもいい……。だから別れろ!」
「え、えぇぇぇー……?」
かといって逃がすわけにもいきませんでした。
ただの一個人がなぜあのことを知っている。その素性、何が何でも吐いて帰ってもらいます。
そこで俺は彼女を試すことにしました。
「ああそうだ、ならこうしましょうお姉さん。俺はね、お嬢のことが超気に入ってる。手放すなんてもう考えられない。……ならさ、お嬢とチェンジ出来るほどの価値を見せてよ」
「価値か……。なら具体的にどうすればいい……」
悪いけど手放す気なんて無し、これはただの建前です。
俺たちの自慢のリィンベル嬢の代わりはいない、なれるやつなんてどこにもいません。
「お嬢は店番をしてくれる。いや店番だからってバカにしちゃいけない、お客さんたちの人気がまた凄いんだ。彼女目当ての人も少なくなくてね、老若男女を問わず人気がある。……ってことで、あのへんの掃除と、陳列をお願い。お嬢より客がつくなら魅力的なお嫁さんだよね、でも上位互換じゃないとちょっとチェンジは出来ないなぁ~?」
煽りました。お嬢の才能をこれ見よがしに自慢しました。
ダークでハーフな美人さんは真顔で俺のウザい言葉を受け止め、面白くも何ともない返事をしてくれました。
「……わかった」
不器用にうなづき、長く真っ黒いロングヘアをこちらに向けてきました。
「いやいや待った待った、その格好で接客されても困る、これ着てよ」
「どれだ……」
「これこれ、でででっででーんっ、魔導ハイレグアーマー! 実はだいぶ前に迷宮からドロップしたやつなんだけどさ、これ~、誰も着たがらないんだよねぇ……。これ着て接客してくれたら超好印象、俺もお客も大喜びだよ、さあいってみようか!」
何で誰も着ないのかって言や、当然その面積?
防具としてこれ意味ねーよね、ってくらいの裸族仕様。
当然ながらウルカもアシュリーもお気に召しませんでした。基本性能は高いらしいんだけど、まあ言うなれば戦闘用・アダルトグッズみたいな? 主戦場が通常用途と違うよねこれー。
「ッ……?! な……こ、このッ……このゲスめ……ッ。本当にこれを、俺に着せようと言うのか……ッ?!」
「ああ、じゃあ諦めるぅ? どんな欲望も受け止めるってさっき言ったよねー? この程度も出来ないならリィンベル嬢をとるね俺は。……お嬢はね、小さくて、口うるさいけどやさしくて、恥じらい深くて、一生懸命で応援しがいがある人なんだよ。あの子を手放すなんてとてもとても……」
煽りました。メチャ煽りました。
すると悔しそうに唇を噛み、美人お姉さんが際ど~いビキニアーマーを見下ろします。
ちなみになぜここにこんなものがあるかというと、いい加減もう手放そうかと、二束三文でもいいから売れそうな相手が来店するのを待っていたのです。
「うっ、ううっ、だけどよりにもよって……こんなものを……っ。クソッ、噂以上のクズだ……。だが、だが、わかった……お前が俺を試すというなら……わかったっ、そこで見ていろッッ、……スケベ男め!!」
「えー、マジでー、無理してなーい? 別に嫌なら俺はいいんだけどなぁ~? まあ、そこまで言うならしょうがないね、がんばってねお姉さん」
屈辱に彼女は俺を睨みました。
いやでもさ、お嬢と別れろって言ってくるそっちもそっちじゃん?
ならもてあそんで追いつめてやるべきです。こっちで着替えてと調合部屋へと彼女を通して俺は店番を続けました。
「き、着替えた……着替えた、ぞ……」
しばらくして、いやかなり時間がかかったみたいだけど、背中側の扉が開きます。
ダークでハーフでエルフなお姉さんがハイレグビキニアーマーとの奇跡の合体を果たしておられました。
おお、けしからん、これは……これはやらせておいてなんだけど、エッチ過ぎてヤダなぁぁ……店主として居心地悪いなんてもんじゃないよ。
「じゃ、あの棚のお掃除お願いね。道具はほらこれ羽根ぼうきで払って。あ、瓶には手垢がつかないようにね」
「ああ……任せろ、このくらい……リィンのことを想えばっ、堪えられる……っ、クッ、ぅ、ぅぅぅぅっ……」
いやぁこんなに上手くいっちゃっていいのかな。
これで俺は仕事を人に押し付けて楽が出来るし、向こうが屈辱に堪えかねて根を上げればこちらの自動的勝利です。
うむうむ感心感心、不慣れな動きですけどがんばってくれてます。……肌黒いんでわかんないんだけど、うっすらと赤面しながら。
「さてさて……。うーん……どうだろうな……」
ま、そんなもの眺めててもしょうがないです。
尻とかきわどい部分が出ててエキサイティングな光景なんだけど、そんなのニヤニヤ見てたらマジで変態だし俺。
俺はカウンターにまた突っ伏して、とある銃弾をそこに置いて手慰みにしました。
ほらアレです、対物ライフルならぬ、対古ちゃんライフル。
弾はセットでついてきましたがたったの6発ポッチ、そこで新しい弾丸をアトゥとアインスさんに作ってもらいました。
鉛の弾に、火薬となる爆発属性をセットしたものです。試射したところちゃんと無事に撃ち出されました。
だけどどうも炸裂力が足りないようです。このままだとマジックアロー撃った方がどう考えたって速い。そもそも銃そのものが重すぎるでか過ぎるし。
よって色んな意味でもう運用性イマイチでした。ていうかここじゃ魔法が便利過ぎるんですよ。
「邪魔するぜアレク坊主! ウォァッ?! なっ、ありゃ何だよっ!?」
「おやダリルのところのお師匠さん、うちのアトリエにようこそ」
そこにお客が来ました。
都合良くも職人街のスケベジジィ筆頭、ダリルのお師匠が来訪です。
そりゃもうニヤニヤと嬉しそうに、裸同然のお姉ちゃんを早速も目で舐め回しておられました。
「うっ……」
そうなると言葉もまともに発せないほどに美人さんが羞恥しました。
仕事の手すら硬直させて、視線に堪えられないとソワソワと身じろぎをされています。
「いやなんかね~、よくわかんないんだけど~、この綺麗なお姉さんが店を手伝ってくれるっていうんですよー。いやぁ~、とっても良い人だなぁぁ~」
「じ、ジロジロ見るなッ……! お、お前……ッ、何てたちの悪い性格なんだ……ッ、うっ、み、見るなぁぁーッ!!」
じゃあさっさと降参しちゃってくださいよ。
こっちだって恥ずかしいよ、おうおうお前にもこういうエッチな趣味があったんだなぁっ。って師匠さんに変に共感されてる気がするし……。
「こりゃぁぁうちの連中にも教えてやんねーとなぁ……げへへへへ。おう、特に用はねぇけどよ、あっちらへんの品物も見てくるかぁっ、げ、げへへへ……♪」
「ッ……ッッ~~~!!」
すぐにエッチなお爺ちゃんが隣を陣取り、チラッチラッチラッと謎のお姉さんを好色な瞳で露骨に盗み見ています。
あ、さっきの売り上げの記帳をしないと。しばらく攻め手をお師匠に任せて、俺はつまんないデスクワークを進めました。
「おやお嬢様、ようこそ錬金術師のアトリエへ」
すると入り口の鐘が鳴りました。
ほら、開店間もない頃にアトゥが設置してくれた生活侵略の証です。
今度の来客はとあるお金持ち貴族のお嬢さんでした。
「あら、なんなのですかアレ……ふんっ。ああ店主さん、この前お願いしたあれ、出来てるかしら?」
「す、好きでこんな格好……くっ……ぅぅっ……」
その貴族様がちらっと向こう側の醜態を一瞥しました。
同姓からの冷たい目線を受けて、心にかなりの大ダメージを食らってるもよう。うんよしよし、こりゃもうそろそろ根を上げるな~。
「ええ、もちろん出来ていますよ。……ありました、どうぞ」
「あら……だけどこれ多いですわよ?」
隣の棚から特別性の香油を3本取り出して、カウンターに並べました。
オーダーされた花を組み合わせて香りを油と1つにしたものです。
「こちらの2本はサービスです。実は今回、少し配分が偏ってしまいまして。しかしこれをお嬢さん以外に売るわけにもいきませんしね、だからどうぞ遠慮なくお持ち下さい」
これがなかなかボロい商売です。
強く珍しい芳香を放つ油、これはうちでしか作れない商品でしたので、安定してボッタクリしちゃってます現在進行系。
「期待通りの品の良い香りだこと……それが3種も……。ふふふ、ありがとう店主さん、喜んでいただくわ」
「それは良かった、いつもご利用ありがとうございます」
ギャラは前払いで貰ってます。そのへんはさすがの金持ち様ですから。
「……だけど店主さん、わたくし……アレはどうかと思いますわ。さすがにスケベ趣味が過ぎるというか、かわいいアインスちゃんやリィンベルさんが着るならともかくですわよ? あんな綺麗どころのエルフに着せてしまうと……はぁ、悪趣味で、いかがわしいことこの上ないですわ。……あら?」
お嬢さんに悪意はありません。
しかしさすがにこの屈辱には堪えかねたのでしょう。
腹いせに羽根ぼうきが床に叩きつけられ、ダリルのお師匠にも攻撃的にその肩をぶつけて彼女がこちらにやって来ました。
「言わせておけば好き勝手言って……ッ! こんなの好きで着てるわけないだろッッ! なのにッ、こんな扱い……ッ、こんなの堪えられないッ!! ぅっ、ぅぅぅぅ……覚えてろッ、覚えてろこのド外道店主めッッ!!!」
彼女は羞恥に堪えかねてついに逃げていきました。
よっぽど頭に血が上っていたのかあのビキニアーマー姿のままで……。
美人だけど意外にかわいい人なのかもしれない。
「あーあ、いっちまったぁ~。……いやしかしありゃ良い女だったなぁ~!」
「店主さんは相変わらずのご様子ですね。こんなこと言うのもどうかと思いますけど、貴方の性格の悪さは公都1ですわ」
あ。あのお姉さんの素性探り忘れてた……。
ああもういいや、きっと比喩で魔王って言葉出したに違いないよ。そう思うことにしちゃおう。