39-9 魔王キアの遺産
魔王キアの遺産。……それは残念ながら俺やイアン学園長ごときにはとても取り扱えない、まさにオーバーテクノロジーでした。
恐らくこれはこの世界の文明レベルでは、模倣することすら出来ないものです。
なので、ぶっちゃけちまうとガラクタ同然でした。だって俺らには理解できねーんだもん……。解き明かすだけでもうん百年かかるに違いないね。
あ、だけどデータベースに面白い情報が残ってました。
人類意思統合なんちゃらエラ? まあ古なる者についての情報が残されていたんです。
彼らは神じゃありません。向こうの人類が生み出した、疑似生命体、やっぱりただの機械ごときだったのです。
ただし呪いというシステムだけは、生物由来の何かだそうでした。
具体的な生物名は完全に抹消されているようです、模倣されたら一大事ですしそこは懸命な判断です。
で、奇しくもキアと俺の目的は一致してました。アレを破壊し尽くすって点で。
歴史をたどれば、キアは魔王でありながら人間とはあまり争いませんでした。平和を求めたとあります。
だがそれは裏と表の一面に過ぎません。
彼は古なる者、生命の輪システムを駆除することを目的にしていたのですから、その結果として歴史にはそう映っただけなのでした。……以上、データベースに残されたうんちく話終わり。
「で、こん中入んの?」
「はい、このポットに入ると、ここではない空想の世界に行けるのでございます。わたくしの一族でも、キアを継承しようとする者は、魔王城に隠されし箱に入り、眠れと語り継がれてきました。さあ、どうぞ中へ……中へ……ヒ、ヒヒヒ……」
ポットとやらはまるでSF映画にある治療装置、あるいはコールドスリープなんちゃらに似てました。
「ところでアレクサントくん、服は、別に、脱がなくて問題ございませんよ」
「え、そうなの、やだーそれ最初に言ってよ」
「兄様……アトゥは心配です……。魔王なんて継いで無事に済むとは思えません! 世界中を敵に回しますよ!?」
ローブを着なおしながらアトゥに笑いかけます。
そんなの秘密にしちゃえばいいんですよ。
「でも力は力だよ、バレなきゃ問題ないし。じゃ、ちょっといってくる」
「フフフ、至言でございますな」
「ああっ兄様お待ち下さいっ、ああーっ?!」
ポットを中から閉めて、俺は魔王継承の儀式に入ることにしました。
これが不思議、マジックミラー? 中から外が見えないみたい。つまり外からアクアトゥスさんの熱い視線を受けてる可能性あり。
しかしこれってもしかして、いやもしかしなくてもVRシステムみたいなやつなんじゃないです? おお、なんかワクワクしてきました。
となればさあ来い仮想空間、俺はどんなミニゲームでも大歓迎です、こういうのはだいたい、アスレチック的な試練が立ちはだかると決まっているのです。いざ、SASUKE! あのくらい今の俺ならやれる!
・
ところがVRシステムが導いた世界は、ギャラリーあふるるアミューズメントパークでも何でもなく、ただのSF的な研究室でした。
あとなんか見覚えがあるような、ないような、ブロンドで痩身の研究者がイスに腰掛けてこちらを眺めていらっしゃいます。
「これは驚いた……よく来たな。俺はキルケゴール・アダム。君の世界では、魔王キアと呼ばれていた者」
「え、アンタがキア? マジか」
「――が残した、仮想人格だ。俺は俺であって俺ではない。俺の代わりに意思と判断を下す、偽物の俺が俺だ」
「わざわざややっこしい言い方するなよな、キアさん。ああなんか魔王って感じしないな……。ああもうややっこしいし、さっさと結論から言っていい?」
試練じゃなくてこれ面接ですね。
継ぐにふさわしいか審査しますってやつです。
ただそれじゃ向こうのペースなのでこっちのレールに乗ってもらいます。これが俺流。
「強引な男だな……まあいいが結論とは何だ?」
「俺は古なる者の呪いと、それを克服する力を持つ巨人の血を飲んだ。でさ、今外でキアさんの末裔から、魔王になってくれとも推薦されている。だからこん中に入れられたってわけだ。……ということで、さっさと力の使い方を教えてくれないかなキルケゴール・アダム」
「……まだこちらは継承させてやる、とは一言も言っていないのだがな。まあいい……魔王の力には覚醒という面倒な手順が要る」
話のわかる人です。
しかし特殊な性癖の方か何かなのでしょうか。さっきから俺の顔からなぜか一時も目を離さないんですけど……。
横の机に頬杖を突いて、彼は理知的に俺という来訪者を見物しています。
「そうそうそれそれ、やっぱりそういう感じなんだ? どうすればいいの? 得られる力は得られるうちに得て、この後の対処をしておきたいんだよね」
「せっかちな男だ。む、これは……」
するとどうしたことでしょう、魔王キアの疑似人格さんがピタリと硬直しました。
それは驚いたというより完全なる停止です。かと思えば復旧して、また強い眼差しでこちらを見つめてきます。
「俺の場合は、極限まで追い詰められ、死にかけた時に目覚めた。コミックのように月並みにな」
「それじゃ困るよ。力は今すぐ欲しい、相手が相手だからね。ねえ、どうにかならないの未来人さん?」
俺はコミックという単語に笑ってしまっていました。
ああ、コイツと俺は同じ世界の住民だったのだと、気恥ずかしいような嬉しい感情が芽生えます。交渉だしすぐに押し殺しましたけど。
「俺から見れば、君の方が未来人なのだがな……」
「まあ細かいことはいいじゃない。それにコミックなら、ここで俺に力を与えるのが相場でしょ」
残念ですが俺の返答が彼を揺さぶることはありませんでした。
機械のようにクールな顔で、っていうか実際プログラムらしいんだけど、俺があちら側の世界の知識を持っていると魔王キアは読解したことでしょう。
「……わかった、こんなこともあろうかと用意はしておいた。F5区画のロックを解いておく、そこにある、腕輪を身につけてしばらくを過ごすといい」
「へーなにそれ、いいね、魔王の腕輪みたいな? きっといわゆる最強装備だね」
「ああ、名付けて……。はめているだけで魔王覚醒の腕輪だ。まあジワジワ、ジワジワとだが……」
「おおそれ便利じゃん、今1番欲しいやつ! さすが魔王様、キアさん大天才! わざわざ来たかいがあったよ、いよっさすが魔王!」
おだててみたところ笑いもしない、引き続きキアの疑似人格さんはシリアスでした。あ、今ため息つかれた。
「そうは問屋が卸さない、アレには大きな副作用がある」
「胃が荒れるとか、ウンコ出にくくなるとか?」
「フフ……それは意外と良い線をいっているな」
「え、嘘、そういうのヤダ、魔王だけど便秘で胃弱とかキャラ立ち過ぎじゃん? フハハハ、死ねぃ勇者どもー! アイタタタタッ、お腹痛い、トイレいってくるからちょっと待って……。みたいな? でも便秘だからなかなか出ねーの、瀕死で待たされる勇者とかシュールだね、魔王はふんばってるのに」
疑似人格、つまりこれはプログラムです。
なのでついつい試したくなってしまいました。
めちゃくちゃなことを言って、相手がどう出るかはかってみたのです。
「面白い冗談だ」
「ならもう少し笑ってくれてもいいじゃない……」
うん、わからん。これが魔王キアの素の性格なのかもしれん……。
「デメリットの話だが、あれは君の力を一時的に大きく弱体化させる。肉体に負荷をかけて覚醒を促す道具なのだからな、少し辛い思いや、まずい状況に追い込まれる可能性もあるぞ」
「弱体化って……コスト思ったより高いなそれ……むぅ。まあいいや、貰えるものは貰っておくよ」
「肉体が負けて熱病に冒される可能性も高い。それでも君は腕輪に手を出すというのだな」
「キアさん、力があれば失わずに済むものって多いんだよ、それが手に入るならコストくらい払うさ。それよりさ、他にも何かあるんでしょ? ほらレーザーガンとか、ビームソードとか、モビルマシン的なSFっぽいやつ」
ビームソードとかロマンだよね、1度は使ってみたい。どんな相手も一刀両断の斬鉄剣です。
「生憎ここは研究施設だったからな。兵器のたぐいは元から少なく、あったものも全て散逸している。……そうだな、代わりに俺が使っていた剣をやろう」
「魔王の剣か、いいね。うーんまだまだ他にも欲しいな、もっとなんかちょうだい、むしろ全部くれてもいいよ。キアさんからしてもきっと損のない話だから」
神様なんかに大それた願いをすると、曲解した意地の悪い叶え方をされるそうです。
でも魔王キアは違う、これはただの未来人です。だからこのチャンスに貰えるだけ貰っておくべきなのです。
現に彼は気分を害することもなく、相変わらずの眼差しを真剣で鋭いものに変えるだけでした。さあどう出る魔王キア。
「ならば誓え、カインに限りなく似た別人よ。……生命の輪システムをこの世界から1つ残らず消せ。アレは、俺たち人類の汚点だ……。共存不可能の争いを引き起こしてしまう、世界を滅ぼす劇薬そのものだ……」
「いいよ、最初からそのつもりだったしね。だからありったけの援助をしてよキアさん、代わりに俺があいつらを1つ残らず破壊してあげるから」
魔王キアの願いは予想通りのものでした。
彼もさぞや無念だったでしょうね。
ついにやつらを駆除仕切れずに、己の方が先に滅びることになったのですから。
「いいだろう、ならば今日より君が魔王キアだ。だが……だが私は彼の仮想人格に過ぎないのだが、もし良ければ、最後に2つだけ質問させてくれないだろうか」
「また思わせぶりだね、いいけどなに?」
魔王を継がせていただけるようです。
ただこれ、名乗ったらジ・エンド、さすがの大公様も許しちゃくれないだろうね……。
そこはまあでも、大きな結果を示して常識ひっくり返せばいいんだけど。
「なぜ、そこまでリヴィエラシステムを憎む。君たちを巻き込んだ者として聞いておきたい。私の属していた世界が、今も世界に悪夢をまき散らしているのだからな……」
「もういちいちシリアスなんだからキアさんってば。理由は単純だよ、言い尽くせないほどの因縁があって、俺と俺の大切な者を殺しにくるから迎え撃つ、ただそれだけ」
すると俺の返答にキアさんがようやく笑いました。
共感にめいた微笑みを浮かべ、それから罪悪感なのか目線を少しの間だけ落としていました。
「なら最後の願いだ、君の名前を……教えてくれないか」
「名前、そんなことでいいの? 俺はアレクサント。魔王様に張り合って言うならそうだね、黒の錬金術師アレクサントだよ」
「ならば、姓の方は?」
「……姓なんてないよ、元は流浪の民だし。だけど、まあ……そりゃここまでしてくれたキアさんに悪いか。わかったよ」
敬意を示さないといけません。
時代は違えど、俺たちは同じ世界の人間だったんですから、俺らしくないけど多少は。
「キアさん、地球生まれの貴方にだけ漏らすけど、俺の本当の名前はね……アレクサンドロスでもなく、オールオールム・ヨトゥンガンドでもなく、実はあちら側で生きていた頃の名は――」
思えば不思議なもんです。
どうやって俺はこちらの世界に生まれ変わったんだろう。
魂が次元を越える? それこそなんてロマンチックで理屈の通じない話だろう。
「山田アレクサント、っていうんだ」
ただごめんキアさん、やっぱり思い出せないや。
あちら側のことなんてもうどうでもいいし、とっくの昔に滅んでるんじゃ後腐れも何もないです。
「フ、フフフ……ハハハハハハハッッ……山田、そうか、山田か。では山田よ、山田カインよ……後のことは頼んだぞ……。舞台を降りてしまった俺が願うのも勝手な話だが……山田カインよ。地球人類の尻を拭えるのは、もう君1人だけだ。最後の地球人よ、どうか俺たちの撒いたツケを、チャラにしてやってくれ……」
彼の返答に俺は当惑するしかありませんでした。
いいや違いますよ、俺はただの山田アレクサントです。カインじゃありません、って言おうとしました。
でも、考えてみたらそうなんですよね……。
どうやって俺という魂が次元を越えてこちらにやって来たのか?
魔王キアの胸中にある、一方的な自己完結を方程式にして解を求めると……。
俺は≒でやっぱり山田だったのです。