3-05 3/3 第一回奴隷争奪カップ、いきなり決勝にして蛇足なる戦い
「まいった……降参する……」
契約期間がかかってるわりに、彼はあっさり降参してくれた。
そこはまあ腐ろうとも武人なんだろう。
「すみません。こっちもなんか白熱しちゃいまして……反則気味だけど許して下さいね」
「……負けだよ、俺の負けだ、お前の勝ちで良い」
「助かります」
多少ごねられる可能性もあったんだけど、思ったより物わかりが良くて助かった。
思ったより……ずっと立派な剣士なのかも。
「そ、そんなの卑怯やぁぁぁーっっ!!」
モショポーさんがそう言うのも想定内。
むしろゴネないモショポーさんなんて不自然でうさんくさい。
剣を捨てて立ち上がって、彼女に振り向いて、あ、でも足腰立たないや、その場にへたり込む……。
どうもアーススパイクで足に限界が来ちゃったのかも……。
「いいや剣で戦うのがルールであって、魔法を自分に向かって撃っちゃいけないとは聞いてない。そうですよね、お二人さん?」
「アホーッ、そんな自爆魔法使うやつなんてじぶんだけやっ! 一歩間違えたら刺さって死ぬやんソレッ!!」
……その可能性は正直想像しなかった。
ミスったらそりゃ多少は危なかったのかもしれない。
「……うーむ。どう思うかね?」
「そうですなぁ……ヒェヒェヒェ、前代未聞でございますから何とも……。しかし……確かにアレクサント様の言い分ももっともと言えばもっとも。我々は剣で戦えとしか言っておりませんな」
「ふむ……ならば、ならば彼の勝ちで良いな」
鷲鼻爺ちゃんと農場長も納得してくれた。
ついでにあの黄色い声担当の奴隷三名も、俺の勝利をワイワイと称えてずいぶんなハイテンションです。
「そやけどぉ……ぅぅ、おっちゃんがええって言ったらそれで終わりやん、むぅぅ~~……」
モショポーさんも最後は折れたみたいだ。
ああ、なんかすっごく良い気分、ニヤニヤ笑いが腹の底から上がってくる。
その調子でモショポーさんを見てたら、またヘソを曲げさせてしまったらしい。でも良い気味だ。
「この賭……この勝負……アレクサント様の勝利にございます。いやはや素晴らしい闘いと気概を見せていただきました。一介の奴隷商人として……わたくしは感動いたしました」
爺ちゃんが俺の勝利宣言をしてくれた。
でもあれ、何で感動してんの?
鷲鼻爺ちゃんの俺を見る目がなんか変……感動、感激、尊敬、期待、喜び……なんかポジティブな感情で溢れてるよ?
「安っぽい博愛精神で若い女を買い込む男も多い中、彼は死ぬまで労働者として受け入れるという……若い……あまりに若い言葉だ! 世の中の厳しさを理解しているとはとても思えない、だがっ!」
この人ってこんなキャラだっけ?
てか営業モードから素に戻ってないですかねコレ?
老いたその喉から感情任せの言葉がドンドコドンドコ、坩堝のように溢れて来るよ!
「わたくしだって好きでこんな商売をしているわけではない! 善良な業者がいなければ、より悪辣な人身売買を横行させるだけなのだ! だから恥を忍んでこの商売を続けている! 良心を痛めようとも非正規のギルドに買われるよりはマシであろうと商品を仕入れている!」
あのお爺さん?
何を突然熱くなられていますか?
いやいやいや、俺はただ安くプレミア感いっぱいにアインスさんが欲しかっただけですし、そんな俺を真っ当な人間みたいに言われると居心地が悪いというかなんというか……ふぉっ痒っ、サブイボ出てきたーっ!
「気に入ったぞアレクサント、アインス・ガフは貴方にくれてやるっ! その宣言通りに、丁重に、週休二日の三食昼寝付きで、彼女の宿命訪れる日まで、仕事をキッチリ手伝わせてやるがいい!!」
「いやあの……お爺さん……? さすがにタダで貰うのは申し訳ないですし、貸しを作るみたいで気分が良くないっていうか……。ほら、奴隷商人としてもなんか矛盾してるよね、いいのそれ? いや良くないよねー、普通に考えて落ち着けだよねー?」
説得は徒労に終わりました。
代わりによろよろと立ち上がろうとする俺に、俺の肩にガシリとしわ深い手が置かれました。
「アインスを任せたぞ、アレクサント殿!」
「……じゃいただきます」
40000zもこれで浮く。
貸し借りは後で上手くうやむやにしてしまおう、そうしよー。
なので大人しくアインス・ガフさんをいただくことにしました。
「やるやないか……おっちゃんの心をこないまで動かすやなんて……メチャメチャ負けた気分やっ! 覚えとれアレクサントッ、今度こそギャフンと言わせたるっ! その子にはメッチャやさしくせんと許さんでぇ! 奴隷やからって手込めにするとかしょーーもないことしよったらっ、このおっちゃんに告げ口したるからなぁーっ!!」
やっと立ち上がれました。
フラフラしてたら目の前にモショポーさんが来て、俺の胸を片手でトンと支えてくれました。
うーん、なんだろうねモショポーさんって……。
店のポーションがぶ飲みしたり、全力で営業妨害してくるような人なんだけど……。
ま、悪人かどうかと言えば……悪人なんだろうけど……。
思ったより悪い人じゃないっていうか……うん、うんそうか、なるほどー。
「モショポーさんのこと誤解してたよ俺」
「な、なんやっ?! 勘違いすんなやっ、ちょっとええ話やぁ~とか思っただけやもんっ!」
「モショポーさんってそこまで悪い人じゃなかったんだね。うん、あえて言うならそう……」
適切な言葉がフッと浮かぶ。
それだ、これが一番彼女に似合う。
「小悪党!」
「誰が小悪党やぁーっ!! うちは悪党やないっ、ちょちょっとがめついだけのオチャメな鑑定士様やっ! あああああむかつくわっ、やっぱじぶんムカつくぅぅーっ!!」
あ、大ひんしゅくでした。
あ、うん、噛み砕きなおしてみたらこれ、たち悪い皮肉じゃん。ハハハー。
「覚えとれよアレクサントーっ! いつかいつかいつかギャッフンギャッフンッ、キャンキャンワォォーンッ! とか言わせたるからなぁーっ!!」
「ギャフ~ンワォ~ン」
「今言うなやアホォォーッ!!」
なーんか教頭とキャラかぶるなぁこの人……。
案外親戚関係だったりしてね、まあいいや、そんなわけないし。
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そんなこんなで、俺はついにアトリエの従業員アインス・ガフを獲得したのでした。
これで好きなだけ採集冒険に出かけたり、ひたすら錬金釜をかき回したり、浮いたお金でもっともっと楽しい楽しい研究に着手出来そうです。
ホムンクス製造への道が少しずつ見えてきた次第です。
「それじゃ行こうかアインスさん」
「……はい……アレクサント様……私を……タダで、お買い上げ下さいまして、ありがとうございます……」
うん、場違いだけど月並みなセリフ。
やっぱどっか壊れてるや。
手を差し伸べると、そう教え込まれているのか驚きの気配りで肩を貸してくれた。
わーこりゃらくちん。壊れてるけどアインスさんっていい子かも……。
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主人はその子をアトリエに連れ帰りました。
死の宣告なんてものは錬金術で治してしまおう。
そう軽く考えていたのです。
奇跡の錬金術ならばきっと出来るはずだと。
そんな無根拠な楽天性も主人の魅力の一つでした。
ですが……。
さすがの主人もその時は気づきもしなかったでしょう。
アインス・ガフという買い物がのちのち、様々な因果を引き寄せることになろうとは……。
少なくともそこには存在していたのです。
死の宣告という、莫大で無慈悲な呪いを下した何者かが……。
アインス・ガフは出会ってはいけない者に出会い、呪われ、その魂を引き裂かれた哀れな人形にございます……。
次から4章目になります。
ゆったりまったり読んでいただけると幸いです。
感想下さい下さい一言でも大歓迎~っ。




