38-4 死闘の果てに……
それは永く果てしない戦いでした……。
拘束と解除の応酬とはいえ、同じ単語をこれだけの長時間、何度も何度もリピートすることになったのです……。
今俺はさながらカラオケ帰り、保湿成分を欲して喉がイガイガむずむずと俺にうったえかけていました……。
「クルゥ~~?」
しかし俺は勝利していました。
ここにきてレウラのテンションがやっとこさ落ち着いてくれたのです。
現在は俺たちの周囲低空を飛び回り、ところでなにやってんだーご主人ども? などと様子をうかがっておりました。
「隙ありバインドよっ!」
「ディスペル。よーし帰るぞレウラ、下りてこーい」
「キュルゥ~ッ♪」
マナ先生のバインドをただちに解除、ここを陸の孤島たらしめていた要素が、レウラの着陸により消滅します。
よく来た調停の白竜よ! 待っていた! マジで!!!
「うふふ……逃がさないわアレッきゅん! バインド!」
「キュッ、キュェェーッッ?!!」
「あ」
その調停の白竜さんですが、マナ先生の変態的なやわらかバインドを背中からもろに食らってしまっていました。よりにもよって俺の正面になんか立つから……。
「キュッキュェッ、キュェッ、ピキィィーーッッ?!! キューッキューッギュェェェーッッ!!?」
「うわ……」
うにょうにょとバインド――いや植物系触手さんがレウラの全身をまさぐりだしました。
レウラからしたら、なんじゃこらぁぁっ?! です。
「キュッキュゥンッ……キュルッ、キュッキュゥンキュゥンッ! キェッ、キュフゥゥーッッ!」
鳴き声がなんか色っぽいような気がします。
暴れ回っても触手はレウラの肢体を容赦なくまさぐり、おかしなドロドロ成分を分泌し始めています……。
なに、あれ……ヤバ、即ディスペルしといて良かったぁ……。
「先生、誤射したのは貴女ですし解除してやって下さいよ。……ってあの、この状況で、何をされてるんですか貴女は……?」
「フゥフゥ……ハァハァ……ごめんねぇレウラくん……お姉ちゃん間違えちゃったー……。でも……はぁぁっ、これはこれでありだわ!!」
そしたら愛撫されまくりなレウラの前にしゃがみ込み、わざわざそのローアングルからその痴態を?見上げておられます。
奇行の多い人ですがまさかこれほどまでに、こじらせてしまっていたとは……。
「プキュゥゥゥ……ッッ、キュッ、キュェェッッキュェェェェェー……ッッ!」
「あの……先生? うちのかわいい子竜になにさらしてるんです……?」
レウラの助けてコールが甘ったるく響きます。
飼い主としてこれはちょっと……動物虐待ってやつでクレームバンバン来ますよ先生ー?
「解除しちゃダメよアレッきゅん! 今っ、先生の創作意欲がっ、ふつふつと! ふつふつと新しい世界が先生を燃え上がらせているの! ちょっかいかけて飛び火してもしらないんだからねっ!」
「創作意欲って先生あんた……あーでも飛び火はやだなぁ……」
新しい世界が見えちゃってるそうです。
ああでもこれ考えようによっちゃいいかもしれない、マナ先生の暴走や好意がレウラに傾くんだから。
「プ、プユゥゥゥ……ッ! キュッキュッキュッキュルルゥゥゥーッッ!」
「いいわよいいわよレウラくん! これよっ、これが私の求めていたものよ! 白竜という美少年が鱗の肉体を淫媚なる肉芽に愛撫され、小動物らしい悲鳴を上げて悶え苦しむ! こ、これだわ……!!」
「う、わぁ……」
ケモナー通り越してズーフィリアに覚醒されておられる……。
ちなみにズーフィリアって単語を興味本位で調べちゃいけないよ、絶対、後悔するからダメ絶対!
「キュッキュゥゥンッッ、キュゥッキュゥッ、キュッキュァァァーッッ!」
「あの……マナ先生。そろそろ……解除しちゃってもいいですかこれ?」
「待って! もうちょっと待ってアレッきゅん! あとほんの……1時間だけ!」
「長いですって……じゃああと3分だけね」
「ギュッ、ギュェェェェーッッ!!」
約せばこういうこと、3分も待てるか鬼か飼い主!
レウラは脱力する体から力を振り絞り、なんとバインドの拘束を炎のブレスで焼き払いました。
自分ごと炎に巻く行為ですけどこれ以上蹂躙されるよりマシだと判断したんでしょうか。きっとそれが正解です。
「ああっ、待ってレウラくぅぅぅぅーんっっ!! 撃ち落としのホーリー!! フムフッッ?!」
「うちの竜にんなガチ魔法撃たないで下さいよぉっ?!!」
慌ててマナ先生のホーリーを体当たり+口押さえ込みで妨害しました。
ディスペルでも良かったんですけど、ついとっさに体が動いてたんです。
「ムゥームゥームゥーッッ、ぷはっ、止めないでアレッきゅん!!」
「止めます止めます、落ち着いて下さい先生、あれまだ子供、幼児虐待いくない、人間で言えばショタ! あ」
「最高じゃない!!」
「ですよねー、先生ならそう考えられますよねー。ていうかさー……」
レウラの姿がもう見えません。
よっぽど頭にきたのか、そのまま俺たちを捨てて東の公都方面に飛び去っていました。
あれは小型で超速いので、もう空のどこにも姿形がない。
「帰り道どうしましょうか……」
「あら……それならレウラくんで……。あら……?」
さすがのアイツも、マナ先生だけは2度と乗せたくないと思ってますよ。
少なくとも今はブチ切れモードでしょうし、レウラの背は使えない。そうなると……うん……あ、あれぇ……?
「おいちょっと待てレウラ! こんな山ん中に俺たち捨ててくなよっ?! こら待てーっっ、戻ってこーーいっっ!! せめてっせめて俺だけでもお家に返してーっっ!!」
「あらぁ……困ったわぁ……」
かなりまずくないですかねこれ……。
アイツという足があるからこそここに来れたのであって、それが失われた今……ああ、まずい……。
「困ったわぁ、じゃないですよ先生……。ここまだ整備してないんですよ? どうやって俺たち、こっから人里に下山すればいいんですか……」
「それはー、ほらー……歩いて下りるしかないわねー♪」
「そうですね……そうなんですよ……遭難しないように気をつけましょうね」
「ごめんね~アレッきゅん。でもアレッきゅんと一緒なら遭難しても平気よお姉ちゃん、そこで新しい人類の夜明けを迎えましょ~!」
「そんな夜明け迎えとぅない……! いや死ぬほど苦労するけど帰れるとは思いますよ、帰れるとはね?!」
「そうね、こんな休日も悪くないわ。がんばりましょアレッきゅん♪」
「はい……じゃあ、マナ先生はなんか心配なんで俺のあとついて来て下さいね。俺の方がかろうじて地形とかわかってるはずなんで……」
「ごめんね~アレッきゅん、お姉ちゃんときどき止まらないの~……」
知ってます。
あと当然ですけどヤツは戻って来ませんでした。
俺と先生は整備のセの字どころか、獣道すら存在しない山の真上から、ヒィヒィヒィヒィ道がない道がない苦難しながら下山する羽目になりましたとさ……。
油断すると一歩先が断崖絶壁だったり、ヒルやマダニに食われまくったり、もう恐ろし過ぎて涙がでらぁ……。
「ぷち、ウィンドカッター」
「あらーすごーい、やっぱりまるで別人みたーい♪」
まさか自分で登山道を造ることになるなんて思わなかったよ……。