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37-3 銀とエメラルドのブローチ、その42番目の所有者

 無事地上に帰還して、時は流れ夕方――

 トマス含む20名の冒険者たちが俺のテリトリー、領館エントランスに現れました。

 例のクソ女――ではなく自称妻あらため悪の女魔導師と、3名のその共犯者も一緒に。


「いやぁ悪いね、素材の運搬までさせちゃってー。ま、そういう契約で助けられたんだから仕方ないよね、ありがとう」


 俺たちは一足先に領地へと戻っていました。

 別に下準備があるわけじゃないんですけど、まあここだと色々都合が良いし、西の冒険者ギルドで裁いちゃうと現地領主がしゃしゃり出てくるだろうし、決着付けちゃうとせっかくの大量の素材を運搬する人手も減るっていうやつ。


「ええこのくらいかまいませんわよ。妻だと嘘を吐いたお詫びです。私どうしても仲間を助けていただきたかったの」

「俺たちのためにすまない、貴女たちも無事で本当に良かった」


 トマスさんら20名には言い含めてありました。

 スッとするオチをくれてやるから、それまではこれまで通りの関係を貫け、と。


「すみませんトマスさん……。私たち、はぐれてすぐに対処不能の強敵に遭遇してしまいまして……もう帰還の翼に頼る他になかったんですわ……」

「そうだったか。俺たちの注意が足りなかったのかもしれないな」


 怒りを堪えてトマスさんが冷静に受け答えます。

 彼はアカシャの家の卒業生だそうで、つまり俺たちの先輩の先輩ということでした。

 あと他の連中は極力会話に加わらないよう指示してあります。そこでボロを出されたらつまんないでしょ。


 普通にやれば必ず下らない言い合いになります。

 騙そうとした、いやしてない、いいやした、とかウザ殺伐展開確実です。

 このクソどもを罰するには、ブローチの正体を知っていたという、この事実をどうにか引き出す必要があるのです。


「ああ、それでアレクサントさん。依頼主の彼女、ゼアルさんとも相談したんですが」


 へー、そんな名前だったんだこの女。

 名前を名乗ろうとしなかった時点でやっぱ黒ですね。

 

「ええ、この18層目に眠っていたブローチを……どうか良ければ……」

「えええーっ、もしかしてそれを俺にぃー?」


 トマスさんがブローチを取り出して寄贈の姿勢を取りました。

 すると連鎖的に、悪の魔導師ゼアルとその仲間たちの口元がニヤリと残忍にほくそ笑みました。

 おやおやそこは忍ばないと皆さん。きっと今頃こう考えてるんでしょうね。


 これで必要人数に呪いがかかる。

 その後はブローチを俺たちから体よく買い取り、呪いによる衰弱死を待つだけだ……と。


「ええそうなんです、ぜひ貴方の研究に使ってもらいたい。アレクサントさん、貴方のポーションで仲間たちが救われた。これは貴方方4人の救援者が所有するべきだ」

「ええ~~いいのかなぁ~~? だって聞いた感じこれが目当てだったんでしょ~~? 俺にあげちゃったら意味ないじゃないですかぁ~~?」


 差し出された銀とエメラルドのブローチを見下ろします。

 これは負の遺産、やつの犯した罪の1つ、どれだけの者の手を渡り、どれだけの人の運命を狂わせてきたのだろうか。……やっぱアイツは悪です。


「せんせーウザっ!」

「兄様……さっさと受け取られては……?」

「異議無し、以下同文っス」

「うん、まあそうだね、ご厚意をむげにするのが1番の失礼だよね~。じゃ貰っちゃおうか?」


 するとやつらの顔に狂気が浮かびました。

 ずいぶんと嬉しそうな笑顔をしてますね。また代弁しましょう。

 たった4人だけで困難極まりない救援を果たしてしまったその力、それが今自分たちの手に入るのだ! なんて嬉しく棚ぼたな展開だろう! って感じかも。

 ……ところがまあ、そうはいかないんですけどね。


「どうぞ、アレクサントさん」

「うーん、ありがたいけど現物をしっかり見てからにしようかな。ちょっと貸して(・・・)。期待ほどの価値が無いならお返しするし」


 トマスさんからブローチを借りました。

 一応正式名称があるみたいだけど、コイツも厨二丸だしなんで歴史の闇に消えてもらいます。


「兄様……」

「借りるのは別にセーフなんスね……」

「でもさー、それってさ、取り扱い方を熟知してるってことじゃない……?」


 お前ら黙れ、聞かれたらどうすんだよ。

 あとただ単に仕様をよく知ってるだけだし。


「ふーーーむ……宝飾的価値は……うーーーん……。しかしシルバーもエメラルドも本物かな、なら意外とzにはなりそうだし……。あ、手が滑っちゃった」


 ブローチを少し掲げて観察していました。

 ここからが俺の名演技、指先2本でつまんで眺め直そうとしたら、ツルッ……。

 静かな水音とともに錬金釜(・・・)の中へとブローチが姿を消すのでした。


 ああっ、何ということでしょう。

 こんなことなら釜の中に中和剤と水、あと魔力をかけておくべきではありませんでした。

 悪女がこれほどまでに求めた正式名称ディアボリック・ブローチさんは、この世界から跡形もなく溶けて消えてしまいましたとさ。


 よし念のため混ぜとこー。

 まぜまぜ……ぐーるぐーる……。


「あの、ブローチを落としましたわよ、アレクサントさ……え……」

「ええまあ落としちゃったみたいですね」


 悪の魔導師ゼアルとしては、どうしても俺たちを新しい所有者にしたいに決まってます。

 そこで俺とトマスさんの隣にやってきたんですが、そこでもう後戻りの出来ない異変に気づいてしまうのでした。


「烙印が……な、なぜ……」


 トマスさんの腕から呪いの烙印が消えている。


「お、おおっ、本当だ消えている! 俺たち呪いが解けたのか!」

「うおおおーっ、マジかっ、いやったぁぁーっ!」

「よくわかんねぇけどやったぜ、トマス!」


 いいやそれどころが、他の連中も呪いから解放されてしまっているではないか。

 何が起きた、ブローチはどこだと、残りの3名も焦りのままにあちこちを見回します。仲間の解放を喜んでいるようにはとてもとても、そうは見えませんでした。


 当然です、呪いの発生源が溶けてこの世からなくなっちゃったんだしー。


「ブローチをどこにやった!!」

「釜に落ちるのを見たぞ!! な、無い……ッ?!」

「ど、どこに隠した!! なぜ呪いが解けてしまっているのだ!!」


 大事なのはブローチのゆくえ、続いて4名の悪人が俺と釜の前に群がりました。

 アンタら素が出てますよ、いいんですかねそれ。

 呪いの正体を知っていたとかとしか思えない反応ですねぇー?


「私たちのブローチをどこにやったのっ、返答次第じゃ許さないわよ、このスリ野郎ッッ!!」


 その発言もまずくないですか?

 怒り狂うクソ女魔導師ゼアルを涼しい顔で見返しときます。そう言われましてもねー……。


「あれはとあるバカ野郎が作り出してしまった、最悪にして最低の駄作です。よってリサイクルさせていただきました。えーっとつまりはですね……錬金術師が、錬金釜に溶かそうと思ってそこに投じたものは……。何であろうと溶けて別の物質に変わるのです」


 最初は、何を言ってるんだお前は、って態度でした。

 だがしかしブローチは消えた、錬金釜は輝き、俺という悪党によってかき混ぜられている。

 それが理解という怒りをもたらしました。


「な……な……なぁぁぁぁぁぁぁぁーーっっ?!! わ、私たちが……私があれだけ時間と金と生け贄を積み上げて練った完璧な計画が……!!」

「貴様ッ、何をしたかわかっているんだろうな!」

「ディアボリックブローチの正体を知っていたということか!?」


 自供ですね、これ。

 言わなくてもいいのについ言っちゃうやつ。相手の非を責めるにはまず事情を説明しなきゃならんので、そこんところに張られたロープに全力でつっこんでったって感じ?


「自供したっスね」

「さすが兄様……人の嫌がることが、極めてお上手です……」

「ここならうちの治外法権だよね~、あとは煮るなり焼くなりボクらの好き放題みたいな?」


 そういうこと。

 あと付け加えるならこんな小物に俺たちが負けるだなんてありえない、よって勝利確定、断罪決定、おめでとう。


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