37-1 久々に迷宮を下ります、ただし今回はいつもと違うやつ
前章のあらすじ
温泉宿のアドバイザーを求めてフレスベル自治国に飛ぶ。
すると聖域の里長キエは交換条件として、迷宮攻略による領地拡大を要求、アレクサントはこれを飲む。
全く働かないキエとゼルヴ3姉妹、それでもどうにか最下層のドラゴンゾンビ討伐に成功し、グリムニールの居場所、魔王キアの城跡、温泉宿のアドバイザーという代価を獲得する。
アドバイザーことヘキサー・フレイム曹長元女将によりモショポーは地獄のブートキャンプ行き。
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小事件 地底より届いた救援要請
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昔々、悪の魔法使いがおりました。
魔法使いは悪と暴虐の限りを尽くし、やがて自分自身に裏切られ、歴史の裏舞台より姿を消したのでした。
……ただし、数々の大いなる遺産をこの世界に残して。
慈善事業より始まる迷宮物語、そのはじまり、はじまりでございます。
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37-1 久々に迷宮を下ります、ただし今回はいつもと違うやつ
アトリエ本業について少し触れようと思います。
というのも実は、最近薬草系や輸入依存の品々が高騰しているのです。
逆に魔物系素材はいつもの7割ほどで調達出来ました。
お嬢が言うには今回はこのへんが底値だそうです。
そのアドバイスに従ってエルザさんとレアさんに大口の仕入れを依頼しました。
さて、なんで相場がそんなにおかしなことになっているのかというと、毎年来るいつものアレなんです。
来たよ来たよ来ましたよ、気づけばアトリエ開業3年目、公国への魔物の大襲来のシーズンが来ました。
今年のやつは一昨年よかマシ、んでも平年の2倍量の襲撃と概算されています。
なので公国やフレスベルの辺境はもうてんやわんや。
特に未攻略エリアを突っ切らなければならない公国-フレスベルのルートはすっかり寸断されてしまいました。
輸入品が高いのはこれのせい、通商の支障により流通量が減っている点と、護衛という経費が高くついているからなのです。
なら爆弾を公国軍に納品、場合によっては援助しろ?
いや援助はお断りだけど納品はとっくの昔にやってます。だってそうじゃん、備えるからこそ軍備って書くんです。
ま、足りるんじゃないないでしょうかね。
この事態が落ち着いたら、きっとまた新しい大量発注が来るに違いないです。
ぐぇへへぇぇ……美味しい……。争え……争え……人間ども、魔物ども、もっと争え……。
いやしかし、この素材高だけはいただけない。
冒険者の大半が迎撃という名のハントに向かってるため、それだけ迷宮産の素材が入荷せんのです。
じゃあこうしよう。いっそ俺たちだけで取りに行っちゃえばいいんです。
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迷宮といえば冒険科同期にして優秀なる実力派、アシュリーとアルフレッドです。
でも残念、アルフレッドは置いてきました。
アイツも魔物の大襲来繋がりで国家へのご奉仕で忙しいらしいです。
今は開拓者の中から戦える者を選んで、西部辺境の掃討に向かいました。
手こずるようならレウラと、あのヘキサー曹長元女将、ついでにモショポーさんという改造人間を貸してあげることにしましょう。
で、そうなると冒険科後輩組、ウルカとアクアトゥスに白羽の矢が立つのでした。
え、アシュリー? 今日はアルフレッドから取り上げてこっち手伝わせてるよ。
だってアトゥとウルカと3人で潜るのはいろんな意味で不安だし!!
アトゥは相変わらず様子がおかしんです。例の子作り指令のせいです。
でも触れるな危険、俺はいつもどおりの自然体で貫くときめました。少しでもムード出すとまずい方向に進展する、俺わかってるよそういうの!
「さすがにお宝は残ってないっスねー」
「そりゃそうだよ、ボクらの前に24人PTがここを下ったんだから。しかも4時間も前にね」
「はい……あったところで残りカスばかりかと……」
この70号迷宮はアルブネア新領から西北西にあります。
俺たちは公都ではなく西にある冒険者ギルド・支部におもむき、そこで70号迷宮を斡旋されました。
もうお察しでしょうが今回はわけありです。はー、めんどくさ……。
「ッ……」
「ふふーん……♪」
目が合うだけで恥じらい距離を取るアトゥ、その盾にされてまんざらでもなく良い気分なウルカ。
敵がまばらで暇らしく、魔剣俺をオモチャにして遊ぶアシュリー。投げる、回す、松明とか地底樹の枝とか余計なものを斬る。
「かわいいよアトゥー♪ ほらほらせんせー、アトゥがじーーっとせんせーのこと見てるよー?」
「う、ウルカ……止めて……。これは、違います兄様……ッ」
「次はあそこの松明をぶった斬って戻るっス、とうーっ!」
魔剣俺はもうそんな扱いになれたのか、されるがままに便利な投擲可能メインウェポン&オモチャという現実を受け止めているようでした。
「お前らさ、一応これ迷宮内なんだから最低限の警戒心は持とうね。……お前が言うなだけどさ」
ことのあらましは1時間ほど前にさかのぼります。
西のギルド支部に初めておじゃましたそんときのことでした。
・
「救援?」
「はい、ぜひお願いいたします。あのアシュリーさんのPTならば心強い、今回の件に最適なのです」
西のギルド支部は酒場に受付がくっついたような、ワイルドで胸熱な内装をしていました。
何でも冒険者登録してないと飲ませちゃもらえないらしいけど。
「いやそういうのってさー、あんまりさー? ……お宝とか魔物も狩られた後だったりするじゃん? ぶっちゃけちまうとそうじゃん、あんまりうま味のない話だよねー」
「せんせーってさ、救援断るとか普通にクズだよね」
「そうっス、クズっス、それが先輩っス」
そんでそのギルド嬢、アシュリーの姿を見るなり勝手な要請をしてきたんです。
聞かなかった俺もなんだけど今お前ランクいくつなの?
「どうかお願いします! 貴方たちだけが頼りなんです! どうか、どうか……私たちに力を……」
4名の冒険者がそこでグッタリとしていました。
その1名が俺たちの前に飛びついてきて、膝を突き見苦しい懇願をするんだからいただけない。
「やだー」
「そ、そんなっ!?」
「あーちょい待ち、コレそういう人なの、ボクらでコイツ説得するからごめんねー」
「兄様が……大変ご迷惑を……」
「先輩、こういうのは持ちつ持たれつっスよ」
70号迷宮そのものは悪くないのです。
多人数仕様の迷宮に俺たち4人が乱入してガッポガッポ出来るかもしれません。
でもねー、なんかねー、なんかやだー。
「ど、どうかお願いします! 残してきた残りの仲間たちが……今ごろ中で苦しんでると思うと俺たちは……」
「お願いします……」
さらには残りの3名までよろよろとこっちにやって来ちゃいました。
で、また安っぽい懇願をするんですよ。
上層に美味しい部分の残っていない、出がらしみたいな迷宮に行けって言うんです。
「ごめん、慈善事業はしない主義だから俺」
「先輩ッ、自分も怒るっスよ!」
「兄様……どうかアトゥに下さったあの愛を……この方々にも……」
「その意見には賛成したいとこだけどさー、でも普通にクズだからねそれ……」
そこはほら、条件が変わればまた違うじゃない。
無償はヤダね、無償は。わざわざ行くからにはボーナスがないと。
「ていうか根本的な話いい? そもそもそれだって帰還の翼で戻ってきたらいい話じゃん。……そうはいかない事情があるんだろうけど」
「はい……実は……。ある宝箱を開けたところ……呪いの烙印を刻まれてしまったのです……」
「へー、なにそれ?」
「せんせーってさ、一応冒険科の講師でしょ。なにそれとかそれ言っちゃいけないやつだよ」
だって知らないもんは知らないもん。
烙印を刻むタイプともなれば、ダンジョントラップというよりもう呪術の域じゃない。
「それは無理もありません。呪いの種類としてはかなり特殊なものです。受付をしている自分も初めて出会ったケースで正直動揺しています……」
「あれは帰還の翼を封じる呪いなのです! 運良く私たち4人は呪いをまぬがれ、ここに戻ってこれましたが……他の仲間たちは……」
「へー」
「へーじゃないっス」
「兄様……人の命がかかってます……」
そうは言うけどちょっと臭くない?
なら助けを呼びに行くのは1名、保険をかけるならもう1名いれば十分じゃないですか。
あとは残りが仲間たちを地上までエスコートすればいい。なのになぜ抜けてきた?
「お願いです、助けて下さい!」
「あのパーティのリーダーは……私の、夫なのです……。お願いします、主人を助けて!」
救援部隊の数を増やすって意味じゃそれでいいのかもしれんけど。
でもなんか変だなぁ?
「本当に助けて欲しいの?」
「はい!」
「助けちゃって本当に良いの? 文句とか言わない?」
「そんなの当たり前じゃないですか……! 夫たちの命がかかってるんですから!」
クンクンと彼らの匂いをかいでみました。
うん、汗くさい。同じ悪党の匂いがするかというと……うーん……判断しかねます。
「じゃあ相応の代価を支払えるよね。君ら24人が迷宮から持って帰ってきたもの全て。……これで手を打とう」
「うっわ……それさすがのボクもひくんですけどぉ……」
これにて爽やか明朗会計、笑顔で命の引き替えを請求しておきました。
安いじゃん、仲間の命よりずっと安いじゃん。むしろ何がダメなの。
「それでかまいません! 夫をどうかお願いします!」
「お、お願いしますアレクサントさん!」
「お願いしますっ、くっ……」
やつらが折れました。
それは素晴らしい判断をされました、ついついニヤァァっと笑っちゃいます。
24人分の儲けを俺たちが総取り、だけど荷物の運搬はお前らの仲間、実に良いじゃないですか。
「結局これ飲ませたくてゴネてたっスか……」
「命をかける代価としては……けして多過ぎるとは言いませんが……人に嫌われますよ……」
「ほんとだよ……。じゃ話ついたし、現地まで案内してもらおっか。急がないと旦那さん死んじゃうかもだし~♪」
ウルカも口では文句言いながらも疑り深い性格です。
わざと現実を突きつけて、相手の様子をうかがいました。
「ありがとうございます、私は夫を信じております……。ところでアレクサント様、全てを差し出す代わりにお願いがあります」
怒ったり動揺したようには見えません。
「もし……もし夫が亡くなっていたら……。形見として彼の所有するブローチを回収してきて下さい。これは当家の家宝、銀の細工にエメラルドをあしらったものです。どうかよろしくお願いします、どうか、私の主人を……」