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36-14 とーちゃんと一緒 男同士で入るやたらジメジメした露天風呂

 ところが脱衣所の方から物音がしました。

 まさかマナ先生……と警戒したんですが良かった、違いました……。


「お客様、ご注文のワインをお持ちしました」

「……おっ。おおっ、きたきたっ、こりゃありがとうございます女将さん!」


 ヘキサーさんです。

 元軍属元女将が岩風呂の前で直立不動、トレイの上のワインを波立たせることなくダンプ先生に手渡します。なんかもういちいち達人級でした。というか……。


「私は女将ではなくその補佐です、これで、2度目の説明になりますお客様。オーナーもどうぞ」

「何で俺の分まであるし……まあいいか、ありがとう」

「美人なだけじゃなくて気が利くねぇ~。あ、いや、このセリフは、かーちゃんには内緒だからな?」


「かしこまりました。どうぞごゆっくりと当館自慢の露天風呂をお楽しみ下さい。……ただお酒を飲まれるのですから、なにとぞ足下にははお気を付け下さいませ」


 男の裸体もダンプ先生の筋肉もヘキサーさんには何のこともないようでした。

 パーフェクトな任務(おしごと)を達成するなり、やたら姿勢の整った後ろ姿を俺たちに見送られ去っていきました。


「さあ飲むか! お前の分まで用意してくれるたぁ~、良い女将さんじゃねぇか!」

「いや俺仕事中なんだけど……。あとうちの女将はうさんくさい方だからね? 本人も否定してたでしょ?」


「細けぇこたぁいいだろアレックス! これも親孝行だ親孝行!」

「相変わらずいい加減ですね。……まあいいですよ」


 酒を用意してきたってことはもうテキトーで良いってことなのかもしれない。

 開き直ってダンプ先生と乾杯しました。

 それからグラスの半分ほどを飲み干すとおおそうだったかと気づきます。ダンプ先生の胸板なんて眺めていてもこれ全然面白くもなんともないんだなと。しかし衰えないなぁ、この人……。


「グスッ……ズッズズッ……エグッ、ウグゥッ……う、美味ぇ……」

「だから何でいちいち泣くんですか……」


 例えるならばた足の練習的に、俺は尻をお天道様に向けて浮力と遊んでいました。

 ところが隣のとーちゃんがまた鼻をすすってジメジメ泣き出すんだからうっとうしい。

 飲むか泣くかどっちかにして下さいよダンプ先生……。


「泣けて……くるじゃねぇかよぉぉ……! こんなに美味ぇ酒はねぇぜ息子よぉぉ……んぐっんぐっ……ゲホッゲホッ!」

「むせるくらいなら飲まなきゃいいじゃん……。ん、あれ……ヘキサーさん? どうかしたんです?」


 バカなやり取りを見られた気がします、ヘキサーさんがなぜかここ露天風呂に戻ってきていました。

 その手にはまたトレイ、追加のグラスワインが1つ乗っています。


「いえあの、ダンプ先生にこれ以上飲ませないで下さい、だいぶ酔ってますんで……」

「いいえ違います、別の方への差し入れです」


「……別? ああ、上のお義兄さんたちが来たのかな、誰だろー」


 正体不明のそれをトレイごと浴槽わきに置いてヘキサーさんが颯爽と風呂を去っていきます。

 ところが露天風呂は俺のダンプ先生の2人だけ、それらしい姿はどこにもありません。いやあのヘキサーさん、これ、誰の?


「それはもちろん……私よぉーっ、アレッッ、キュゥゥゥゥーンッッ♪♪」


 ドドドドドドドドドドーッッ!

 ソレはまるではかったようなタイミングで姿を現しました。

 ヘキサーさんとバトンタッチしたその雌獣は、バスタオルたった1枚の超軽装備で男湯というモラルに挑戦状を叩き付けてきたのです。


「おお~っマナ先生じゃないですか! わははははっ、ついに来ちゃいましたなっ、いやいや先生はうちの息子が本当にお気に入りですな!」

「うふふっ、だって他のお客さんはダンプ先生一家だけですもの、このくらいのことなんて何にも問題ない、ってそう気づいちゃったの~♪」


 幸いはそれがダンプ先生の前だったってこと。

 同僚の前であのまずーい発情モードを見せるのは、さすがのマナ先生からしてもはばかられたご様子です。

 ……社交的な淑女を演じていました。ええ、あくまで演じていただけでしたが。


「あの、人と話すときはその人に目を向けて話しましょう、とか教わりませんでした?」

「ふふふっ、うーうん、私そんなの教わらなかったわー♪」


 ただし獲物を常時ガン見、俺を見つめたままダンプ先生と言葉を交わし、俺を見つめたまま隣の湯船に腰を落とされて、わざわざ体の正面を向けてきました……。


「まあ飲みましょうや先生、今日は息子が俺たちに孝行してくれてるめでたい日だっ、かぁぁ~~嬉しいねぇぇ……、はぁぁ~~……、泣けて……くるじゃねぇかヨォォ……」

「うんうん、立派になったものね~♪ 立派……立派よっアレッキュン……! でも最近成長が止まったのかしら、そこがさらに素敵よアレッキュンッ!! じゅるり……」


 怖い……普通に欲情されるよりずっとずっと怖い……。

 不動の目線、どう逃げても正面に俺を置こうとするその不可解な追尾性、まるで爆弾と一緒に風呂に入ってるかのようなおかしな恐怖感があります!

 例えばほら、常に正面至近距離を保ちながら、こちらを追尾監視してくる爆弾を貴方はどう思いますか? マナ先生は間違いなくソレです、爆発の決まった爆弾なのです!


「うわ今舌なめずりしたよこの人! ダンプ先生まずいですってっ、息子が今、現在進行形でだいぶ年上の女性に視姦されてますよ?!」

「成長したよなぁ、それが嬉しいなぁぁ……、ズズズッ……ありゃ? もう空じゃねぇか……。お前は俺の自慢の息子だ、愛してるぜぇぇーっ!」

「うんうんっ、先生の自慢の生徒よっ、ハァァハァァハァァァッ……♪」


 ところがなんてこった、頼みの綱はこっちの話聞いちゃいません。

 なんかマナ先生の分のワイングラスにまで手を伸ばして、勝手に人の酒をあおり始めましたとさ。

 湯から上がったらこの人、夕飯まで優雅に昼寝コースを楽しんじゃうんでしょうねー、くそう楽しそう。


「あの、何してるんですか……?」

「うふふ……水面の乱れをちょっとね♪ んん、もうちょっと……もうちょっと……フゥフゥ、ハァハァ……♪」


 だがしかしそれは間違いでした。

 ダンプ先生に気を取られている場合じゃなかったんです。

 不審者マナ先生が左右の手を水面に浮かせていました。ああやっぱりそうだったみたい、水流が生み出す天然モザイクをせっせと涙ぐましく除去中だったらしいこれ。


「えいっ」

「あ、ああっ?! そんなひどいアレッキュゥゥン!!」


 なんて欲望に忠実でセクハラする意思の集合体みたいな人なんでしょう。

 潰えよ野望、その消えかけのモザイクにバチャーンッとチョップをぶち込んでおきました。


「酷くない酷くない、つーか何で俺が、恥じらい深い乙女みたいなリアクションしなきゃいけないんですよ、普通逆だし……。男なのにのぞき行為の邪悪さをこれでもかと教わっちゃってますよ今」

「もー、冗談♪ に決まってるじゃなぁーい♪ じーーーーー……」


 反省してません、する気もないらしい。

 またもや静まれ水面……とムダなあがきを再開されていました……。


「えいっ」

「ど、どうして先生の嘘を見抜くのーっ?!」


「いや見抜くも何も……」

「先生がどんな覚悟で男湯に押しかけたと思ってるのー! ちょっとくらい良いじゃない、自分に素直になっても!」


 それはどうでしょ、むしろ自分に素直過ぎて対処に困ってたりしますよ……?

 ああもう助けて、助けてとーちゃんダンプ先生……! さすがにこの一部始終を見てたら、大事な息子を守ってくれるはずだよね! さあこの変態お姉さんから俺を――


「グ、グゴゴ……グガッ、グォォォォ……グォォォォォ……」


 ……寝てました。

 振り返れば熟睡、岩にもたれかかって鍛え上がった腕と背筋をさらけだし、いびきをたてて気持ち良さそ~に寝てます。

 それはそう、そういうこと。俺のライフラインが途絶えたその瞬間ってやつでした。


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