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36-11 開業初日 アルブネア温泉に恩師を招こう 2/2

「そんな話はどうでもいい。おい、それで俺たちは何を手伝えば良いのだ」

「はっ、地主さんとアシュリー殿には風呂掃除の支援を要請いたします! なにせ人数が人数やっ、全然手が足りておらへんっ、急ぎお願いいたしますでありますやでッ!」

「自分が言うのもなんスけど、なんなんスそのしゃべり……。まあわかったっス、いくっスよ地主さん」


「クッ……間違ってはいないが地主さんは止めろ、今日だけは俺もただの従業員だ」


 アルフレッドとアシュリーが宿の風呂場目指して消えていきました。

 なら俺は何すればいいんだとモショポーさんに目を向けます。


「アレクサントオーナーはうちと一緒に次のお客様をお出迎えや。その服よう似合っとるで、ええで~、上手いこと猫かぶったってや~! ヘマしたら曹長がブチ切れるでぇーっ!」

「ああ、マナ先生の出迎えね……」


 執事服ってある種の女性の、ストライクゾーンど真ん中じゃないですか。

 マナ先生の人柄と趣味を考えればもちろん大好物に間違いない。

 ダイコンが執事服着てるだけで興奮出来る種類の人です。たぶんきっとそうだ。


「お、早速来たで! ほなもう一度見たってやっ、うちのミルヒーヒル仕込みの接客術をなーっ!」

「軍隊式の間違いでしょーそれー」


「いいからついて来いやオーナー! うちはなぁ、変わったんや!」

「いやそのセリフ2回目だから」


 人格までは塗り変えられなかったみたいです。

 いえ、塗り変わってたらそれはそれで怖いのでひと安心とも言えました。

 ガタイの良い巨女の背を追ってまぶしく麗らかな軒先に出ます。


「ようこそ当館においで下さいましたッ! わたくしが女将のモショポーでございます! このたびは当宿へとお越しいただき大変ッ、ありがとうございますッッ、クワッ!」


 するとマナ先生が馬車より下りて、御者に荷物を任せてこちらにやって来ました。

 で、そりゃそうなんですけど驚きました。

 いつもの修道服ではなく、薄手の普段着姿でオフを満喫されていたのですから。


 それはまるでどこぞのご令嬢に見えるほど、若く美しく清らかな姿でした。

 だからまあちょっと、悪ふざけで執事ごっこするのも悪くないなって思ったんです。


「さ、どうぞ中へ、お部屋まで私がご案内いたしましょう。ようこそマナお嬢様……なーんてね~」

「アホッ、きっちりせいやッ……」


 マナ先生の視線がこちらに向けられました。

 何だか本当に別の人みたいな……服装が変わるだけでこんなに印象って変わるんですね。

 つい気恥ずかしくなって俺はお辞儀を選び、目線を落としたまま彼女の通過を待ちました。……だけどそれは無理な注文だったんですって。


「アレッきゅん……」

「どうしましたかお客様、彼にすぐ案内させますのでどうぞ宿の中へ。……おいアレクサントオーナー、何で目線露骨に外しとるんやお客様に失礼やでっ」


 こっちだってこっちの事情があるんですよ。

 だって普段のマナ先生らしくなかったんです。言葉じりに落ち着きと慎みがあって、何かもう完全に別人にしか見えないです。

 マナ先生って黙ってれば普通に綺麗なお姉さん、だからこそ破壊力抜群なのです。


「どうぞこちらに……」

「あっ……」


 しょうがないので極力目を合わせないようにしながら、マナ先生の手を引いて旅館に入りました。

 あっ……ってなんですか先生、本当にあなたマナ先生ですよね? 双子のお姉さんとかいうオチはさすがにベタもベタだよ?


「ここ段差がありますから気をつけて下さいね」

「は、はい……」


 何があったのか知りません。

 けど俺は知ってしまいました。慎みの大切さを。

 その慎み1つを得るだけでここまで美しくなる人も他に存在しないでしょう。

 マナ先生淑女バージョン、その魅力は規格外のものでした。


「やっぱり無理だわ……」

「どうしました先生、まさか帰るなんて言わないで下さいよ?」


「違うの……違うのよ……ぁぁ……」

「仕事なんて他の連中にやらせればいいんですよ。今日は返しませんからね、なんてねー」


 冗談のつもりだったんだけど、なんかギュッと両手で手を握りしめられていました。

 彼女の落ちていた目線がやっと俺に顔まで上がり、かと思えば下がりま~す、上がりま~す、下がりま~すを繰り返すようです?


「あ、ああああああ……アレッきゅんっ!! そ、そんなっ、そんな格好して先生をたぶらかす気っ?! ああっああ神よこんなのいけません!」

「あの……先生……?」


 さらには俺の手を胸元に抱き込んで、空というか天井を見上げてなんかを女神に訴えかけ始めました。

 やっぱりこれマナ先生だったや、はぁビックリしました……。


「あ……アレッきゅんを私だけの、奴隷執事(・・・・)にしたいだなんてそんな……そんないけない妄想を私にさせるつもりなんですね……ッ! 神よ、いけません、こんな試練無理ですっ、ああああああああ……っっ、アレッきゅぅぅぅーんっ!!」


 さらには人の手を胸元にスリスリ擦りつけます。

 ああ……これがさっきの慎み深い淑女マナ先生だったらドキドキしたのにな……。やはりマナ先生は雌獣だぁ……。


「何やこの変態。これが教師とか冗談やろ、ありえへん……」

「モショポーさんモショポーさん、本音漏れてるって」


 ともかくこれじゃ恥をさらし続けるだけです。

 マナ先生を強引に引っ張っていくしかありません。しかしその時。


「ギッギョェェッッ?!!」


 モショポーさんが魔物じみた悲鳴を上げました。

 靴のつま先をあのヘキサー・フレイム曹長にえげつなく、砕くように踏みつぶされたからでした。

 ほら覚えてるでしょ、化粧が濃くておっぱい超でかいあのエルフ、アドバイザーあらため曹長ヘキサーさんです。


「失礼しましたお客様、何せこの女将、若輩ものどころか性根の腐り落ちたクソでございまして、しっかり再教育しておきますので何とぞご容赦下さい。……オーナー、後はお任せいたします、わたくしには折檻という業務が発生いたしましたので」

「か、勘弁してーやぁっ! ちょ、ちょっと口が滑っただけやんかっ、いややっ、アレだけはイヤやっ、ひぇぇぁぁーっっ?!!」


 現れたと思ったらモショポーさんの襟元をひっつかんで、ずいずいと宿の外へと引きずっていかれましたとさ……。

 アレってなんだろう。どんな罰?

 前にレウラの背からチラッとのぞいたときには、倒されては起こされ、倒されては起こされる果て無き組み手を、なぜかヘキサーさんとしているところを見ましたけど、ああいうやつかなー?


「では、お部屋まで案内いたしますねマナ先生」

「あら……そういえば私、観光に来たんだったわ……。ごめんなさいアレッきゅん、先生嬉しくて暴走しかけちゃったぁ~♪」


「なるほどさっきまでのは暴走ではないと」

「そうよ。本気で先生が暴走すると大変なんだから……」


 そんなの知ってますってば……。

 一応恩師です、恩人です、これ以上醜態さらさせるのもどうかと思い、少し早足で彼女の部屋まで案内させてもらいました。


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