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36-11 開業初日 アルブネア温泉に恩師を招こう 1/2

 今日、アルブネア温泉が営業を開始します。

 ならばその記念すべき初客を誰にするべきなのか。

 それは宿の建設工事が始まった段階でもう、この人たちの他に有り得ないと決まっていたのでした。



 ・



「最初は身内が良いっス。ならダンプ先生とマナ先生以外にいないっスよ」

「アシュリーよ、それはもはや答えと呼べるほどの名案だ。あの2人の武勇あってここアルブネア新領が生まれたとも言えるだろう。可能な限りの全力行使で、先生方を接待するべきだ」


 普段の俺ならここで難癖を付けるところです。それってつまり自腹で赤字じゃん、と。


「まあ、良いんじゃない。初客として見ればどちらも悪くない。マナ先生は普段は淑女だし、ダンプ先生のところは大家族だ。……子供らが喜びそうで良いと思う」

「ぷぷっ……最後のところは先輩が言うと全然似合わないっスよ、むしろ普通に子供の面倒見悪いっスから」

「フッ、コイツにとってそれだけ先生の一家が特別なのだろう。よし、ではそういった段取りで進めておくぞ。初客はダンプ先生一家とマナ先生だ」


 このとき俺はうかつにも深くものを考えませんでした。

 マナ先生を温泉街という開放的な環境に導いたら、果たしてどうなってしまうか? 安全性に問題はないのか?

 という足し算より簡単な疑問を、恩師を招きたい、成長を示したい、という冒険科仲間の想いと連帯感に流されて忘れてしまっていたのです。



 ・



 恩師を招くんです。

 そうなると、俺たち冒険科同期も通常業務を続けるわけにはいきませんでした。

 子爵アルフレッドも、凄腕冒険者アシュリーも、悪名高き俺だって今日はただの温泉宿従業員です。


 俺とアルフレッドは執事風のお仕着せ、アシュリーはメイド服的な作業着をまとって今か今かと恩師を宿玄関で待ち続けました。

 しばらく暇することになりましたが、やがてダンプ先生一家が宿に姿を現しました。

 馬車じゃなくてなんか徒歩で。


 せめて荷馬車くらい使えばいいのに、どいつも健康というかなんというか……マジでどっからどこまで徒歩だったんだろ……。

 ワイワイガヤガヤと団体さんご一家がロビーホールに大集合です。


「お久しぶりですお義兄さん」

「あ、だいぶ久しぶり。何度見てもすげぇ人数だな……えーと、20人兄弟だっけ? いや知らんうちにだいぶ増えたなこれ……」


 アトリエに居られないピンチに陥ると、ダンプ先生の家に避難するのが公都の日常です。

 先生(とーちゃん)の勝手な決めつけにより兄となった俺に、やさしい妹さんがかけ寄って明るくはにかみました。

 素朴ないい子です。うちのメンツとはだいぶ毛色が違うなぁーとちょっと不覚にも癒されてしまいましたよ。あ、アインスさんがいたや。


「義兄ちゃん! 俺冒険科入ったんだぞ、待ってろよっすぐに追い越してやるからなー!」

「こらーっ、そんな言い方したらアレク義兄さんにご迷惑でしょっ!」

「きゃーーーっ、なにここ広いっ綺麗っとにかくすごいよ見て見てーっ!!」


 数えてみたらダンプ先生含めて23人のお客様でした。

 でもこれで全部じゃないらしい、大きい方の兄弟が後からまだ来るって話を聞いてたような……。


「って、ダンプ先生?」

「先輩、どうにかするっス、ジメジメでうっとうしいっスこれ!」


 そん中で1番でかいのがダンプ先生です。

 そっちはアシュリーが応対してたんですけど、まあちょっとは予想してたけど漢泣きしてました。


「グスッ……なあ聞いてくれよアシュリー……。あの息子が……ここまで立派に育つとは……う、ううっ……。泣けて、くるじゃねぇかよぉ……ブジュルルルッ……ウェホッエホッ! 涙が止まらねぇ、前が見えねぇ……」


 訂正、だいぶ小汚く鼻水すすって太い腕で目を擦るもんだから、確かにこれうっとうしいわ……。

 まったくいちいち大げさなんだからこの人……。


「アルフレッドもアシュリーもずいぶん大人になったもんだ……! ああっ、まさか教え子たちから、こんな孝行をされるだなんて、俺ぁぁ……ッ! きょ、教師やってて良かったァァァァァッッ!」

「も~~、人前で泣かないでよお父さ~ん!」


 そんで、娘に慰められる父親ってのを見せられてしまいました。

 なんだかんだ幸せそう、ここに招待して良かったかも。

 ところがそこに女将モショポーが姿を現すじゃありませんか。なんか無性に開業早々不安になってきたよ……。


「ようこそおいで下さいましたッ! わたくし女将のモショポーと申します! このたびは当宿へとお越しいただき大変ありがとうございますッッ! ……アルファからデルタの仲居さんはお部屋に案内や! 地獄の訓練の成果を、ヘキサ・フレイム曹長にお見せするんやで!」

「サーッイエッサーッ!」


 一般従業員あらため仲居さんたちがダンプ一家をそれぞれ個室へと案内し始めました。

 その一糸乱れぬ身のこなしは若干の威圧感があるものの見事なものです。

 あっという間に玄関ホールから、ダンプ先生を含むご家族を奥へとエスコートしてくれていました。


「これどんなおもてなし精神だよ……。てかモショポーさんなのにちゃんと女将やれてる不思議がすごい、人間やれば出来るんだね……」

「ふ……うちは変わったんや……。ヘキサー・フレイム曹長の下で、女将の、おの字と規律と模範と鋼の連帯責任をなぁーっ!!」


 ムキムキのモショポーさんも赤基調のメイド服です。

 指揮官仕様かな、通常の3倍で女将パンチを繰り出せそうな感じ。


「いや鋼の連帯責任って……しばらく見ないうちに何があったし……」

「旅館の仕事は戦や! 連携を失えばあっという間にバラバラに崩れてまう! だからこその連帯責任なんやっ、1人のミスをみんなで共有することで緊張感と連携が生まれるんやでぇー!」


 この元詐欺師はいったい何を言ってるんでしょうか……。

 その言葉は建前でもなんでもなく、本気も本気のマジ発言に聞こえました。つまりこれは……ああ、洗脳、されている……。

 どうやらヘキサー曹長の軍隊式教育に屈したと見えます……。まあでも別にいいか、俺は全然困りませんし。


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