36-9 オーダーを聞こう え、嘘、それ本気? 1/2
「あ、来た来た、急に呼んでごめんね! アレックスがどーーっしてもアシュリーにプレゼントしたいって言うからさぁー!」
「はぁっはぁっ……マジッスか! 感激ッス! あの先輩にそんな律儀なサービス精神があっただなんて……世の中なにが起こるかわからないっス……。今日は洗濯物を早めに取り込んでおくべきっスよ……」
現れるなり軽く息切れしてました。
馬のいななきと共にドタバタと足音を立てて、ここエントランスにアシュリーが飛び込んで来たのです。
ここは種を開かしちゃうとガッカリさせちゃいそうだし、言い出しっぺは俺ってことにしておこう。
俺もアシュリーの好感度を確保出来て美味しいです、ククク……。
「戻ってくるなり皮肉かよ。まあ呼びつけて悪かったね、しっかし全身汗まみれの泥まみれじゃんお前」
「お疲れさまですアシュリーさん。温泉地の開拓の方はどうですか? 父上もかなりの興味を持っているみたいでして……」
そこでダリルがアシュリーにボロ切れを投げ渡しました。
どうも工業油を拭うためのやつなんだけど、平気でアシュリーも肌をさっと拭いて錬金釜と俺の前に歩いて来ます。
「さんきゅっス、ダリル」
「いいのいいの、おつかれっ」
「マハ殿下。うーん……そっスね、予定より遅れてるけど順調に良い方向に仕上がってるっス。アドバイザーのヘキサー曹長はおっかないっスけど、真面目な良い人っス。おかげで風情がビュンビュンでハイソな人らが喜びそうな感じっスよ」
「わぁ……そうなんですか~。では今度ボクもお手伝いにいきますね、見学ついでですけどがんばります! 父上らに宣伝しておきますからっ!」
温泉地の景観についてはある程度俺も把握してます。
ヘキサー曹長元女将に気づかれると怖いので、レウラと空の散歩を楽しむついでに見下ろしてきました。
元々あった現地の豊かな緑をいかしつつ、ドロポン街道沿いに大型の旅館と新設の露天風呂第2号、土産物屋を建設中です。
「殿下が来てくれたらみんな張り切り過ぎちゃうかもね! かわいいしやさしいしダリルちゃん殿下大好きだよ!」
「そ、そういう言われ方すると……あの、恥ずかしいですよダリルさん……っ」
場所が場所なので、もっともっと人の手を入れなければ観光地の体裁を整えられない。
とヘキサー鬼曹長が言ってましたけど俺もそこは同意です。観光地とは観光地に見えなければ観光地扱いしてもらえないもんなんです。
……つかどうでもいいけど、殿下ってダリルに興味があるのかな。いっそこいつらくっつければ俺的に……安心……?
「じゃあお前ら結婚したらいいじゃん、そうしよう、まずはお付き合いと同居からだなー!」
「なーにバカ言ってんのアレックス。私ら一応結婚してるでしょ、都合の悪いことは全部忘れるんだから……。それにここに住んでるんだから、最初から同居状態じゃんっ」
「先輩は優秀っスけどフツーにダメ男っス。でも許すっス、今日は先輩が自分のためにぃ……最強剣を作ってくれる日っスから!」
ああそういやそうでした。
結婚してたんでした。そもそもこれからアシュリーに剣を作ってやる手はずなんでした。
意思表示として錬金釜をダリルの杖で突き、上等な中和剤に残り少ないスーパー増強剤をぶち込みます。
「じゃ、これ入れちゃうからね」
「それなんっスか、白くてピカピカでカッコイイ剣っス、そんな良いもの材料にしちゃうんっスか?」
さらにそこへルビーを取り外した白銀の剣を落とし込みました。
長剣が文字通り溶けるように沈んでいきます。すぐに完全に溶け消えて水溶液を何とまぶしい銀色に変えました。
「うん、これはミスリルに近い性質もった謎物質なんだよ。って解説くらいさせてよアレックスっ!」
「わぁぁ~、ぴ、ぴかぴかの銀色です……うっ、ちょっとまぶしい……っ」
これはなかなかに珍しい調合反応でした。
だいたい半透明の水溶液になるのがデフォなんですけど、今回はもう水銀みたいなギンギラギンビジュアルです。
なのでよくわかんないけど、コレ良いヤツだ~って確信しました。
「前にお嬢と一緒にフレスベルに人をスカウトしに行ったでしょ、そんとき迷宮攻略とかさせられてさー。最深層のでっかいドラゴンゾンビ倒したらこれが出てきたってわけなんだよ」
「ちょっと待つっス! そ、それって……とんでもないレア物じゃないっスかぁぁっ?!! それを、あの先輩が……自分のためなんかに使ってくれるだなんて……。い、生きてて良かったっスぅぅぅぅ……!」
そう考えるともったいないことしたかもしれません。
しかしもう入れちゃったんだから後には引けない、釜をかき混ぜながらアシュリーを見つめました。
「じゃあ要望を聞こうか。アシュリーはどんな魔法の剣が欲しい?」
「ダリルちゃんもそこ気になるよ! 遠慮なく言って! アシュリーが活躍してくれたらダリルちゃんの名声も上がるんだからっ!」
出来れば常識的な範囲のやつがいいんですけどね。
あとでメンテしろとか、修理お願いとかいわれても困るし。
「そっスね。正直……今のやつにかなり愛着あるっスけど、先輩の愛は拒めないっス、今のやつとはさよならバイバイっス。うん、なら――単純明快な火力が欲しいっスよ」
「おおーっ、火力! 火力こそ正義だねっ、良いと思うよ!」
うーん、地味なオーダーです。
なんか特殊感が足りないというか、もう少しスパイス利いてた方が面白いんじゃないでしょうか。
「……だって最近の先輩に付いていくには、それ相応の殲滅力が無いと護衛役くらいにしかなれないっスから。最悪お荷物っス」
「でもさ、火力って簡単に言ってくれるけど、それ実現するのは簡単じゃないよ? てかもっと面白いアイデアとかないの?」
俺の言葉にアシュリーが銀色の液体を見下ろしながら思慮しました。
彼女の言葉を待ってしばらくの沈黙が生まれます。
「じゃあ投げたら手元に戻ってくるとか、喋るとか、装備者の命を吸って育つとか、そういうのが良いっス」
「おい……」
「あの……その最後の部分はさすがに止めておいた方が……怖いですよそんな剣……」
つまりそれ魔剣じゃねーですか……。
面白いこたぁ面白いけど、俺はみんなと仲良くずっと暮らすのが願いなんだからそんな機能は勝手に取り外ししちゃうよ。
「ええええ……いきなり思ってた方向と違うんだけど……。後悔しても知らないよ? アレックスだよこれ……?」
「そうなったらなんか面白そうな気がしたっス。それに多少おかしなやつの方が、先輩もベストを尽くす気もしたっスよ」
同意の代わりにアシュリーに向けて微笑んでおきました。
ならば聖銀砂、それとレプリカ版進化の秘石も入れておきましょう。
何度握っても異常な質量の黒石を、釜の中にドボンッです。
「ええええ……あ、アシュリーさんの案でいくつもりなんですか先生……っ?!」
「うん、まあ別にいいじゃん。命吸うようなのは作り方わからないし無理だけど、他はどうにかなるといいな。……で、アシュリー、あとは何を入れようか?」
聖銀砂とレプリカ進化石が加わって、水溶液が輝く透明色に戻りました。
相変わらずまぶしくて視界がチカチカです。顔をしかめながらまたアシュリーを見つめます。
商売に繋がる部分だけあって彼女も真剣に考え込んでいました。
……いつものテーブルに並べられた、各種超レア素材に目を落としながら。
「……その他素材はお任せするっス。でも1つだけお願いがあるっス。入れるなら先輩の爪がいいっス」
「つ、爪っ!? アシュリーちょっとさ、ダリルちゃんさっきからついてけないんだけどーっ?!」
「ボクは……何となくわかる気がします……」
俺の爪って……それ逆ヤンデレコースじゃないですか。
ぐつぐつ煮込んだ俺の爪入りシチュー的な、危険で精神ぶっ壊れたコンセプトに脳が理解を拒んでいます……。
あのねマハくん、それわかっちゃダメなやつだからね……止めようね……?
「やっぱ爪より血が良いっス」
「いや何言ってんのお前余計怖いってばっ!」
「うわ……ダリルちゃんもテンションダウンだよ……。アシュリーってそういう趣味あったの……?」
爪とか血とかそこから離れようよ?
他にいくらでも飛びきりレア素材があるんだからさ……。
「だって、先輩ってホムンクルスじゃないっスか。半分死んでも半分だけ迷宮から帰ってくるようなヘンテコな生き物っス。なら先輩の血が入れば、出来上がった剣は先輩の分身じゃないっスか、理想は……スーパー先輩ソードっスよッッ!!」
「な、なにそれーっ?! ……ええー、そんなの、そんなの……なんか、面白そうじゃん! いいねそうならそうと最初から言ってよーっ!!」
アシュリーは予想の斜め上を行く魔剣をご所望でした。
そうかその手があったかー、はははーっ……。