35-5 墓を暴こう、本当にあの女は死んだのか?
「ぇ…………」
棺の中は空でした。
ええもう1度言いましょう、マハカーラ・アバロンの墓には本人が埋葬されていませんでした。
絶句するマハくんを隣に置いて、俺は装飾品と衣服だけ眠る、主無き棺をぼんやり見下ろし続けてます。
「そんなっ、そんなっ、こんなのおかしいですよっ?! 始祖様は確かにここに、埋葬されてるはずなのに!」
「どちらにしろ、事情があって大公家は彼女を埋葬できなかった。この事実は揺るがないだろうね」
棺にはマハカーラ・アバロンの名が刻まれています。
さてこれをどうとるべきだろうか。
無惨であろうともここに亡骸をさらしてくれていたら良かった。そうすれば死を惜しむと同時に、そこで彼女に対する疑いも片付いていたはずなのだから。
「でも……始祖様はお年をめされて病死したって……。これって……どういうことなんですか……先生……」
「さあね、何か事情があったのかもしれない」
ただこうなると疑問点がいくつか。
その中でも1番の謎は、これじゃグリムニールの意図がわからないって点です。
こんなもの俺に見せて何がしたか――
「やあ、また会ったね、アレクサント、オールオールム。ボクだよ」
ところが時間が吹き飛んだかのように、棺の中に見覚えのある女が現れました。
公都迷宮化事件のときに姿を現した、言葉にしがたい変な迷宮女です。
「なっ、誰っ?! それにそれって……アクアトゥスさんのご先祖様の……」
「……出たな、会話の通じない電波ちゃん。まさか、あん時みたいに伝言を運んできてくれたの?」
その彼女が棺から身を起こすと、ふわりと空中へと浮かび上がりました。
さすが電波ちゃんです、会話も常識もパーフェクトに通用しません。
「君は鍵さ。世界で最も怖ろしい鍵……」
「鍵ですか……? え、先生が……? それってどういう……」
マハくんがバカ正直に驚いて質問をしました。
少女の返答はスルー、予想通りです。
「あー、コイツからまともな返事とか期待しない方がいいから。そういうのは諦めた方がいいよマハくん」
「何なんですかこの人……。だって、いきなり棺の中に現れましたよ……?」
「うん、そこはほら、そういう人なんだって割り切るしかないんじゃない。空飛んだりワープする人だっているさ」
「いるわけありませんよそんな人っっ!」
まあそうだけど、いちいち真面目に受け止めてったらキリがないんですってこーいうタイプは。
思わせぶりなセリフにも意味があるとは思えない。あったとしても俺には関係ないです。
「そっちの君は……フフフッ……。久しぶりだね……マハカーラ。さて、伝言を伝えるよ、イアン・シュパルツァーからの伝言」
「ボクは始祖様じゃありませんよっ。ただよく似てるって言われるだけで……」
「さすが電波ちゃん、1度に複数のツッコミどころ出してくるところが高度だね。つーかさ、グリムニールじゃなくて、イアン学園長からの伝言なの……?」
話がなんか妙な方向にぶっ飛んでる気がします……。
いやこの子には話をまとめる気がないだけで、真実は意外とシンプルなのかもしれませんけど……わからん。学園長、次はもう少しまともなメッセンジャーをお願いします……。
「イアン・シュパルツァーからの伝言」
「何で学園長先生の名前が、うちの王墓の中で出てくるんですか……?」
何でマハくんをマハカーラと呼んだのか。
これだけ似てれば間違えても当然だけど、相手は聞いても答えない人なんでこれがなかなか……望み薄。
「ポロン公国と、アバロン大公家の秘密……。それは……」
すると空飛ぶ電波ちゃんが俺の目前に飛来して、なんか飛んだまま無自覚にも見下ろしてきました。
それから左の手をこちらに差し出します。握られていたそれが開かれました。
「それは夢さ……」
するとこりゃどんなマジックなんでしょう。
白く輝く結晶が、彼女の手のひらの中に早送りしたように突然現れたのです。
「ま、まぶしっ、先生っ……」
「な……なんじゃこりゃぁぁっ?!」
世界は彼女により白く塗りつぶされました。
明る過ぎて何も見せない。迷惑。迷惑防止条例で規制ものの非常識極まったルクス値。
マハくんも、電波ちゃんも、まともな風景すらも全てが白く消えてゆく。
演出:ホワイトアウトをまさか我が身で体験することになるとは思いませんでした。
・
しばらく経つとそこに懐かしい人の姿がありました。
マハ公子ではない、マハ公子と同じ顔をした女性の姿がです。
白い世界の中に、俺とマハカーラ・アバロンの姿だけがあったのです。
ポロン公国を独立させた当時そのままの男装で、マハくんとはまるで異なる、威厳と自身あふれる微笑みを浮かべていました。
人は死んだはずの人間を目にしたとき、どうも震えるらしいですよ……。何だ、これは……ありえない……。空の棺に本人の亡霊だと……。
「久しぶりだね、オールオールム・ヨトゥンガンド」
「……違う」
本物です……これは本物の彼女です。
夢でもない、夢のように都合の良いあらすじ感も無い。
けれど彼女の言葉を俺は不機嫌に首を振って否定しました。
「あれ、ああそうか、今は違ったんだったか。まあどうでもいいよ。……それより私から君に遺言があるんだ、戦友として、心して聞いてくれ」
「おい待て、だから俺は違うぞ、俺はあんたの友を裏切った方なんだってば」
けれど薄く笑われてしまいました。
何を言っているんだと、こちらの言い訳をまるで受け止めてくれなかったのです。
それからあのマハカーラにしても真剣極まりない眼差しをこちらに向けて、確かに遺言らしい決意を見せるのでした。
500年越しの遺言とはロマンチックな展開もあるもんです。話だけ聞いてやりましょう。
「全ての迷宮は1つの場所に繋がっている。でもそこにはたどり着けないようにしてあるんだ」
ところが妙な話でした。
かつては国の独立を守ってくれと言ってたのに、なぜ迷宮の事情が急に出てくるのでしょうか。
「いや何の話なんだよ。つーか今の俺はそんなのどうでもいいの。全ての古なる者を破壊して、あとはのほほんと平和に楽しく生きるのが望みなんだよ」
「まあそう言わず最後まで聞いてくれよ、戦友」
その返答にもマハカーラは意外そうな態度1つしませんでした。
それどころかやさしくまた微笑んで、そんなのわかっていると見てきたみたいな親しみ深い反応を返すのです。
本題を思い出したのか、その顔立ちがまた鋭く厳しいものに変わりました。
「大公家の役割は、この絶対秘密の区画を封じることにある」
「へー。魔王でも封じられてるとか? ほらよくある話じゃん」
「魔王か。魔王の方がまだマシだったろうな、倒してしまえば片付くのだから」
「なんだそれ。……じゃあ何がいるのさ、つまり倒しちゃいけないやつ?」
俺の質問にマハカーラが無言でうなづきました。
絶対に行っちゃいけない場所に、絶対倒しちゃいけない相手――おお、なんか台無しにしたくなるいつもの欲求が……。
「そこには、眠れる者がいる。果てしなきとこしえの眠りを貪る、あらゆる迷宮の主だ」
「全ての迷宮の主か。全クリすると迷宮がもたらす利益も終わってしまうとか?」
全クリって言葉は通じてませんが、彼女が首を横に振ったのでどうもそれとは事情が違うらしい。
じゃあ何なんだその眠れる者とかいうご主人様は。
「その眠り姫は待っているんだ」
「あ、待ったわかった、王子様のキスとかでしょ」
「正解、眠り姫は己の伴侶を待っている。そしてこの先が重大だ……。眠れる者が、その伴侶にふさわしい相手と出会ったその瞬間……迷宮はその役割を終えてしまう。だから絶対に出会わせていけない、誰もそれに近付いてはならないんだ」
迷宮が役割を終える。
それってやっぱりさっき俺が言ったことじゃないですか。
俺たちを幸せにする迷宮からの産出物、これが消えるというなら大事です。誰1人も得しません。きっと大陸中の文明がぷち衰退するでしょう。
「だから大公家の末裔が、いつまでもいつまでも、その区画への道を封じ続けなければいけない……」
「ああ、だからあんな独立戦争起こしたの?」
「それもある。ただ単純に、腐ったヒルデガルド帝国に対する義憤もあったよ。まあそんな過去のことはどうでもいいんだ、それより大事な話があるんだ、アレクサント」
「いいよ、本題を聞いておしまいにしよう。その次はマハカーラ、貴女自身の種明かしね」
結論と、こちらの最大の疑問を要求しました。
しかし彼女は種明かしする気はないと、目を閉じて無視を決め込んだみたいです。
「迷宮がもし伴侶を見つけたそのときどうなるか。オールムの後継者アレクサント、どうか私からそのことを聞いておいてもらえないだろうか。それを聞けば、あの独立戦争の正当性も自動的に保証されると思っている」
もうめんどくさい、素直に聞ききましょう。
「その、眠れる美女様が目的を果たしたら、どうなるのマハカーラ」
「消える」
「え、消えんの?」
「ポロン公国、フレスベルを含む全てが地上から消える。ここは眠れる者の見る夢の大地。この大陸中央高地で生まれた全ての者は、そのとき夢としての役割を終え、消える。私たちは彼女の夢から生まれたんだ」
ええ……まさかそんな……。
まさかこの土地全てが、実は地上部まで迷宮のルールで縛られていたってことなんです……?
この土地がたった1人の怪物の夢だなんて、とてもそうは思えません。
だがだとしたら……消滅を回避するためにも自治を保たなきゃいけない。
グリムニール、イアン学園長……ちょっと、こんな爆弾が俺たちの足下に眠ってただなんて……聞いてないですよこれ……。
「外で生まれた君が、この土地の者と離ればなれにならないようにする方法。それはアバロン大公家を存続させ続けること。じゃあ名残惜しいけど、マハのことを頼んだよ。あれは、私の……大切な……」
白き遺言はそこで終わりを告げました。
マハカーラは、きっとその先を告げる気なんてさらさらなかったんでしょう。意地悪に笑っていました。