35-3 手紙が導く大公家の秘密、とマハくんの寝顔
翌日、深く安らかな眠りより目覚めるとそこにマハくんがいました。
極上のベッドが生み出す最高の寝心地と、汗ばみというものを知らないその子の肌が、甘き眠りを提供してくれていたのです。
でも残念、俺は天国から地獄へ真っ逆さま、状況のヤバさに気づくなり全身からありとあらゆる血の気を失ってゆくのでした。
俺はマハ殿下と一晩を共にしてしまったのです。
いえ状況はさらに最悪の上を描いています。
だってもし俺が、現在進行形で、彼の乙女としか感じられない小さくやんごとなき身体を……抱きしめたまま眠っていたとしたら……?
待て、落ち着け、これは何かの間違いです、俺が殿下に手を出すはずがありません……!
でも……でもおっかしいなぁ……。昨晩の記憶もありませんでした……。
確かそう、エルムエル王子にからまれて……。
歓迎会もたけなわになってマハくんの部屋に招待されて……それから料理と酒を……。
「ん、んん……せん、せぇ……」
記憶が飛んだのは酒のせい。寝言を漏らす殿下を捨ててベッドからすっと立ち上がり、あらためて互いの状況を確認していきます。
安心しろ俺、着衣の乱れってやつはどこにもないようですよ。
つまり一線は越えていない……! と思いたい、いいや積極的にそう決めつけることにしよう、越えてない!
「昨日はお楽しみだったようで」
「フォワァァァーッッくせ者ォォッッ?!! ……って小姓の、えーと、ハンスさん」
絶対にこの場は誰かに見られちゃならねぇ。
まず殿下を起こして状況確認と口裏合わせを……って頭が回りかけたところでそういう展開になりました。
ハンス小姓は銀のテーブルの上から酒瓶とグラスをトレイに移して、なんか俺をスルーして片付け掃除を始めていたんだから超心臓に悪いです……。
「フッ……おはようございますアレクサント様。ノックさせていただいても起きていただけないので、勝手ながら職務を遂行させていただいております」
「違う、違うんだ、これは何かの間違いなんだ……! ていうかその酒! その酒怪しい! まさかとは思うけど俺たちが寝てる間に、証拠隠滅しに来たんじゃないだろうね!?」
現場を見られた、何もしてないはずだけどこれは超ヤバい状況です。
そこで俺はとっさに難癖付ける作戦に出ました。半分出任せだったんだけど、あれ意外とこれ……あの酒確かに怪しくね?
「はて、何のことでしょうか。大公閣下がそんなことするはずがありません。何かの間違いでしょう、何せ昨晩は忙しかったものですから、フフッ……」
「なに取り急ぎ酒瓶とグラスだけ持ち去ろうとしてしてるしハンスさん……待ったそれあらためさせろって、こらぁーっ?!」
すると増援が現れました。
扉の先から別の若く美しい少年小姓が現れて、ハンスさんから証拠物件を預かり雲隠れしちゃいました。
コイツら……間違いなく共犯なんじゃないですかね……。何だったんだよあの酒……そりゃ美味かったけど。
「おや、落としましたよ」
「え……。あ」
するとハンスさんが絨毯に膝を落とし、白い手紙を拾い上げました。
どうやらグリムニールさんからの手紙を、ローブの内ポケットから落としてしまっていたようです。
「はて、これはどちらの姫君からの手紙でしょうかね」
「あーダメダメそれはダメっ、拾ってくれてありがとうっ、おかげで忘れたまま洗濯することにならずに済んだよ」
「フ……ご冗談を」
ところでこれまでのやり取りだけでもドッタンバッタンとした大騒ぎでした。
そうなるとみんなに愛される眠り姫、じゃなくて眠り王子様のまぶたがパチリと開くのも宿命、再び俺の血の気が引いてゆくのでした。
「ぁ……先生……? それにハンス……あ、ああっ、わっわぁぁぁーっっ?!!」
「おはようございます殿下、何か隠すようなことでもございましたか?」
昨日の俺なにをしでかしたんでしょう……。
殿下が薄い掛け布団を慌ててつかみ、それで身体をぐるぐると巻かれました。
服着てるのにそういう反応されると不安になるよ俺、昨晩、何も無かったよね、ね、ね? マハくん……?
「う、ううんっ、何でもないよハンス! あはは、ボク何やってるんだろう、起きたら2人ともいるんだから、ついビックリしちゃって……。あ、それって……」
マハくんが掛け布団を脱ぎました。
ごまかすようにベッドから立ち上がると、俺の指先に覚えのある手紙があることに気づいたようです。
グリムニールからの手紙。その差出人の胸元に等しい厚みの無さからして、かなり内容の薄いこと間違いないやつでした。
「おはようマハくん。うん、これのことすっかり忘れてたね。すみませんがハンスさん、プライベートなやつなので片付けが終わったら……」
「ええかまいませんよ。私たちの殿下に一晩の甘き夢を下さったアレクサント様の願いならば」
変な酒盛っておいてよく言うよなこの人……。
それにそんなふうに言ったら、まあ記憶の無い俺は別に良いけど……。
「は、はうぁ……は、ハンスなに言ってるんだよぉーっ! ボクらはただ……ただ……お酒のせいで……いいから出てってハンス!」
ほら殿下がこうなるじゃないですか。
昨晩、ホントに何が起きてたんだってばよマハくん……。
「では失礼いたします。アレクサント様、今日もどうか朝から晩まで、殿下をよろしくお願いいたします」
「あーうん? うーん……まあすることもないし、別に良いけど」
「えっ良いんですかっ?! アレクサント先生……!」
小姓ハンスが姿を消すと俺はあの銀のテーブルにつきました。
2人分のガラスコップがもう用意されていて、水差しには清らかな水が並々と満たされています。
「だってすることないしね」
氷入りのグラスに水を注ぎます。
するとマハくんも向かいのイスに座ってくれました。
「それよりこっちだよ」
「昨日のエルムエル殿下からいただいた手紙ですね。ボクが見ても平気なんですか?」
「さあね、まあいいんじゃない」
「先生って大ざっぱですよね……いいならいいんですけど……」
グリムニールからの手紙、それは慎重な取り扱いが必要なものでした。
なぜなら前回、これに俺は騙されたのです。
手紙に導かれオールオールムの遺産を奪いに行けば、意味深な罠にかかってまさかのオリジナル様との対面となったのですから。
そこでオールムは言っていました、グリムニールと共犯関係だったと。
つまりこれの手紙がきっかけに、またとんでもないことになるんじゃないかって危惧があったのです。
目を通すべきかやっぱり止めるべきか……。答えはもちろん読むに決まっています。それから判断すれば良いことです。
「な、なんですかこれ……」
「へー……」
手紙を開くとそこにはたった一文だけ記されていました。
[アバロン大公家の王墓に行け、そこにあの女の真実がある]
俺とマハくんは目を見合わせました。
いきなり王墓と言われても……。
あの女って誰さ? 真実って何さ? あまりに断片的な指令過ぎます……。
「これだけですか……?」
「うん、便せんの裏にも何も仕込まれていない。こりゃ判断しようがないな……」
ていうかごめんグリムニールさん、悪いけど今は謎ときごっこなんてしてる暇ないんだよ。
って言っておきながらやっぱ宣言撤回です、よく考えたら今日は俺暇人なんでした。そうとなれば、と。
手紙の代わりに今度はジーッとマハくんを見つめます。
「グリムニールさんはアレクサント先生に何をさせたいんでしょうか」
「さあね。ただこの[あの女]って部分に心覚えがある。……ねぇ、王墓ってどこにあるの?」
大公家のあの女、といったら俺の中では1人だけです。
突然の手紙、マハカーラ・アバロンの真実がそこにあると彼女が伝えてきたのです。
それは何のために? 狙いがつくづくよくわからないけど、もうこうなったら行くしかない。
少なくともマハくんとだらだらお城生活するより、ずっと楽しそうな気がしてきたのもあります。
王墓ってだけでお宝の匂いも少ししますし。
「王墓は地下です」
「地下か。どこの地下?」
「ここの地下です。公城の地下が王墓なんですよ」
そりゃ驚きです。城の足下には死せる王族が眠っていましたとさ。