3-01 お久しぶりです農場長
前章のあらすじ
アレクサントは妹(仮)と温かな休暇を過ごした。
街を回って生活雑貨を買い込み、ロドニーとダリルと交流する。
それとちゃっかり妹から爆弾の製法、装備の強化合成法を教わった。
好奇心旺盛なアレクサントは休暇を経て、さらにまた錬金術師という趣味商売にのめり込むのだった。
――――――――――――――――――――――――
農場長と一緒っ☆ さあ従業員を買いに行こう!
――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――
唐突でございますが、主人はあまり貯金が得意ではございません。
まとまった資金が出来上がると、すぐに研究の名目で使い込んでしまわれるような方でした。
なにせ妙に世渡り上手なので誤解されがちですが、知る者からすれば、錬金術師アレクサントは困ったほどの趣味人だったのでございます。
だからその出会いも、最初から運命付けられていたようなものでした。
これより主人は出会うことになります。
彼女……そう、彼女と主人が出会うことになるのです。
気まぐれで選んだその女性が、よもや自分自身を今の姿へと導いてゆくとは思いもしなかったでしょう。
…………。
……。
……失礼いたしました。
彼女の名はアインス・ガフ。
アトリエの初代店番にして……。
はい……このわたくしとゆかり多き者にございます……。
きっとアインス・ガフは、わたくしの……。
いえ……そんなはずがございません……。
それでは皆様、第三章のはじまりはじまりにございます。
――――――――――――――――――
・
3-01 お久しぶりです農場長
アクアトゥスさんも暇人じゃないです。
すっごいブラコンで兄(仮)の生命力を吸って生きてるみたいな人ですけど、今では冒険科期待の優等生です。
話を聞く限り、例の友達ともすこぶる仲良くやってるみたいですから、そっちの付き合いもあるんでしょう。
なので休暇二日目はゆっくり寝て過ごせました。
三日目に入るとすっかり力が戻ってきたのですが、アクアトゥスさんの勧めで調合はひかえました。
まとめて休んだ方が良いらしいのです。
幸い店の仕事はいくらでもありました。
棚を増やしたり整えたり、やっとこさ掃除を始めてみたら、わりとこれが大掃除に発展したり。
片っ端から雑務に手を付けてみれば日暮れも早いものでした。
あ、経営の方は順調です。
ポーションの販売数がビックリの高止まりで、このまま行くと大量生産したはずの在庫も近日中に切れちゃいます。
大儲けです。
腹の底から変な笑いがこみ上げて来るくらい、大儲けです。
だってそうでしょ。
死ぬ前の世界ではこうも簡単にはいかなかったです。
だから笑ってしまうんです。
一寸先は闇なんじゃないかってシラフに戻ったり、笑ったりを繰り返しました。
……じゃあもっと現状を良くしていこう。
ちょっとくらい失敗しても平気なくらいに土台を固めよう。
そう考えると……最近はある問題に行き着きます。
そうです。店番です。ずっと前から悩んでるアレです。
ほんと在庫切れが近いんです。
でも店を経営しながら採集しに行くことが出来ません。
そもそも自慢じゃないけど接客とか得意じゃないです。
そりゃ、手渡しで自分の作ったアイテムが売れると嬉しいですけど……。
やっぱり自分一人だけのアトリエ経営に限界を感じています。
店番を頼めるような知り合いはいません。
アカシャの家はエリートの世界でしたから、今じゃどいつもこいつも忙しそうです。
アクアトゥスさんがやりたがってるけど、彼女は勉強に集中するべきです。
そうなると……。
どこからかアルバイトを紹介してもらうことになるんでしょうか。
……わかりません。
ぜひ詳しい人に相談したいところですけど、そんな知り合い一人も……。
……あ。
ああいました、そんな知り合いが一人だけいました。
農場長に会いに行こう。
きっとこの手の雇用にはメチャクチャ詳しいに違いないです。
なにせブラック経営者様ですから。
だてに幼いアレクサントくんを5年もこき使っちゃいません。
思い返せば農場から旅立って4年。もうあれっきりです。
決めたからにはすぐ行動するべきでしょう。
手紙をしたためて小包にポーションを同封しました。
流通網は冒険者ギルドや各商会が担っていますが、国内への小規模輸送ならギルドの方が早くて安いです。
迷宮探索のついでに運んで、オーダーがあれば返事の手紙を帰りぎわに受け取って戻ってくる。って感じです。
なのでギルドに出向いて依頼をしました。
それで翌日、農場長から手紙が返って来ました。
これがなかなか幸先が良いです。
ちょうど明日こちらに来るので、その時に相談に乗ってくれるそうです。
彼に相談すればきっと何とかなります。
がめつい人ってこういうとき頼もしいと思います。
・
夜が明けて約束の日が来ました。
大通りのしゃれた喫茶店に入ると、4年の月日程度じゃおっさんの容姿って変わらないんだなって、どうでもいい感想を覚えました。
「おおおおーっアレクサントくんっ! わははっ見違えたぞ! 大きくなったもんだなぁっ!」
懐かしい農場長の姿は痩せも太りもせず、当時そのままの恰幅を維持していました。
成長した俺に驚いて、気にかけてくれていたのかとても嬉しそうにイスから立ち上がってくれたんです。
うーん、悪い人じゃないんだよなぁ……。
すごくすごくがめついだけで。
「お久しぶりです農場長、あの頃は本当にお世話になりました」
「堅いことは言うな、まあ座れアレクサントくん。つもる話もあろうが……ふむ、アカシャの家に入ったとの噂までは聞いたのだが……。今は何をしているんだね?」
着席して甘い紅茶をオーダーしました。
でっぷり太った巨体がこちらに身を乗り出して来ます。
なんだろこれ、思った以上に気にかけてもらえていたようです。
「錬金術師をしています。……まあ、ざっくり言うと魔法を使う薬屋みたいなものです」
「ああ、あの手紙につけてくれたポーションのことだね、ありがたくいただくよアレクサントくん」
うん……なんかちょっと変な気分……。
当時は不平等な関係だったし、農場長のこのありがたい敬意みたいなのが逆に落ち着かない……。
「いえ……」
「すまないね、久々で少し興奮してしまったようだ。んほんっ、確か店番が欲しいそうだね」
「はい。迷宮で薬の素材を採集しているのですが……その間、店が空っぽになってしまいまして……。それじゃ不用心ですし、不定期経営だとお客さんも困ります」
大まかには伝えてある。
そこまで事情を説明すると農場長の結論も早かったです。
「なら奴隷を買いなさい」
それにしても俺なんかに会いに来てくれるだなんてありがたいです、恐縮です。
とか思ってたら……。
「ブッッ……?!!」
お茶吹きました……。
あわや農場長に引っかけるところでしたし、危ない危ない。
んでもこんなこと言われたら茶だって吹きますよ。
え、奴隷っ? 何でいきなりそっちに飛ぶし? です……。
「いえあの……もうちょっとこう他の雇用形態がいいかなぁとか……ど、奴隷ですか……」
そんなつもりでコンタクトを取ったんじゃないんですけど、うわ、奴隷って……うわ……っ。
ソレ発想があまりに安易過ぎませんか……? いやそーいうもんなんですか……?
「ええと、自分なりの考えだと……昔の俺みたいなヤツを、農場長に紹介してもらおうかと思ったんですが……」
魔術師のローブで口元を拭いながらさすがのブラック経営者様をうかがい見ます。
あー冗談でも何でもないらしいです、真顔も真顔です。
「そういった者に店を任せるのはお勧めしないな。それは有り金全部を持って逃げて下さいと言っているようなものだよ。全く危なっかしい……防犯のつもりが泥棒を招き入れることだと思いなさい」
そんでやさしく怒られちゃいました。
なんか無謀だったらしいです。
言われてみればその通りなのかもしれないですけど……。
「その点アレクサントくんはずいぶん腹黒かったが、信頼は出来たのだよ。キミには教養とモラルがあった。腹は黒いが悪人ではない。だからこそ信用できた。しかし契約農夫になるような他の者に、これを求めるのは酷だろう。いや、ろくなことにならんよ止めたまえ」
昔を懐かしむように分厚い唇が笑う。
それから妙な人生経験にもとづく熱心な説得をしてくれました。わーありがたい。
「あーなるほどーなるほどーつまりーー、どうしてもダメってことですか。農場長のところから人を回してもらおうかとも考えてたんですけど……」
「それはなおさらダメだ、絶対に勧めない。アレクサントくんに迷惑がかかったら私の沽券にかかわる」
うーん、なんか思ってたのと違う。
言われてみればその通りで、在学中にちょっと平和ボケしたのかもしれないです。
職人街の店々を思い返してみれば、自分の嫁や子供を使うのが当たり前です。でもそんなの俺にはいません。
「よし、なら一緒に奴隷を買いに行こう。私の紹介なら良い子を回してもらえるはずだ」
……じゃ、ホムンクルスが出来上がるまでの間に合わせでいいっか。
我が理想のホムンクルスが生まれたら、うん、その時は奴隷契約を解除して自由にしてしまおう。
なら……なら他に選択肢はないみたいだししょうがないかな。俺には手頃な知り合いがいないんだから。
「わかりました農場長、ぜひよろしくお願いします」
「うむ、私に任せておきたまえ。ちなみに予算はいくらあるんだね?」
「……今動かせるのは100000zほどです」
売り上げ全部吹っ飛ぶ感じだけど、まあ何とかなるかな。
てかそういうのっていくらするんだろ、もしかして全然足りない?
「なるほど少し心もとないが問題ないだろう、任せなさい」
あ、足りるらしいです。
いやあえて言い直したいです。
あっあっ、残念ながら足りちゃうらしいですっ、俺のバカ!
・
さあ行こうと農場長が立ち上がり、その背中を追って店を出ました。
ああ、気分は不思議の国のアリスさん。
彼についていったらきっと摩訶不思議な闇の世界を見せつけられちゃうんでしょう。
「どうしたんだねアレクサントくん、さあ乗りたまえ」
もう覚悟を決めるしかないみたいです。
農場長がタクシー……もとい二頭立て馬車をひっかけて大きなその手を伸ばしてくれていました。
分厚くて温かいその手を借りて座席に乗り込み、ガッタンガッタンと俺は奴隷の世界へと運ばれてゆくのでした。




