35-1 はじめてのダンパとそばかすの王子様 3/3
これは揺さぶりです。これ以上反応してはいけません。
まさかとは思いますけど、あのヨトゥンガンド家が妙なこと考え始めてるんじゃないでしょうね……?
あの家は、少なくとも両親たちはオールオールムの純血の血を望み、結局それを得られぬまま俺という種馬を失ってしまいました。
そのヨトゥンガンド家がもしも、もしも俺の生存を知ってしまったら……。
うわぁめんどくせぇ、超面倒ごとじゃないですか、こんなの全力疾走でごまかし逃げるしかありません。
「なるほどそういうことですか。アレクサンドロスさんね……何とも大げさな名前です。俺の名前に似ているので、つい勘違いをさせてしまったみたいです、いや申し訳ない」
「……ああ。ノトの話によると、そのアレクサンドロスは自殺してしまったそうだ。だからノトは悔やんでいたよ、彼を自殺に追い込んだのは自分たちだったんだとね」
あの鬼畜兄が反省……?
なんの冗談でしょうか、当時幼かったアトゥにしでかしたことを考えれば、信じられんし許す気も全くないです。
「ふふっ、私にもその疑いの気持ちがよくわかるよ。ノト・ヨトゥンガンド……彼とは小さい頃から親戚付き合いがあったのだけどね、まあその当時の印象は……嫌なヤツ、関わりたくない性根の腐ったお兄ちゃん、だったね。……だけどその嫌なヤツが5年ほど前にうちの城勤めになったんだよ」
そうだろう、クズかっただろう。
エルムエル王子に同意したい気持ちを隠し、俺は社交用の微笑みでごまかしました。
ヤツがどうなったとしても、本当に心変わりしたとしても、俺には今さら関係ないことですし。
「その間に彼は変わったんだ。両親から離れてみれば、狂っていたのは両親と己たちだと今さら気づいたそうだよ。……だから彼は今でもときどき口にするんだ。アレクサンドロスとアクアトゥスには悪いことをした、とね」
「先生……」
急にマハくんが俺の顔をのぞき込みました。
小さな王子様が心配そうに俺を見上げて、長いストレートヘアを斜めに傾けるのです。
そのマハくんに微笑み返してエルムエル王子を直視しました。
「それで。エルムエル王子殿下は、俺なんかに何をお望みで声をかけたのでしょうか、そこが不可解で落ち着かないんですよ。貴方の意図をうかがいたい」
オブラートを取り除けば、さっさと用件を言えってことです。
「はははっそう急かさないでくれよ、私としては貴方と話せて本当に嬉しいんだ。……最悪の錬金術師オールオールム・ヨトゥンガンド」
「――!」
ついつい感情が顔に出てしまいました。
ヤツと俺を同じにするなと、わき起こるその怒りをどうにか抑え込んだ頃には――もう全部遅かったみたいです。
エルムエル王子に秘められた怒りという感情を悟られていました。
「やっぱりそうだ、君はオールオールムのコピー、アレクサンドロスだ。おお、ならばなんということだろう……」
「せ、先生……?」
マハ殿下の肩を軽く抱いて落ち着かせました。
そうすると逆にこっちが冷静になるものです。
良かった、オールムとの融合を知られたわけではありませんでした。
ヤツは恨みを買っています。もし同一人物扱いなんてされることになったら、そりゃもう生活しづらいことになるでしょう。
「狙いはなに、エルムエル」
「うん、やっと呼び捨ててくれたね、私たちは親族みたいなものだ、遠慮はいらない。……そうだね、1つは友人のノトのため、君が生きていることを実際に確認したかった。それともう1つはね……」
王子様が人なつっこい微笑みを浮かべてこちらに歩み寄ってきました。
それからさらになれなれしく、俺の肩に両手を置くんだから積極的です。
「私たちのご先祖様のコピー、その姿をこの目で見て、末裔として親交を結びたかったんだ。そうだった、そのオールムの伝説に強くかかわった、マハカーラ・アバロンの末裔もここにいる、感慨深いよ」
「えっわっ、え、エルム王子様っ?!」
今度はマハくんの肩をひっつかんでいました。
いやしかし焦った……なんだ、つまり自分のルーツを求めての道楽交流じゃないですか。
ノトやヨトゥンガンド家に俺の生存を知られるのは少し……いやかなり痛いな……。
こっちは死んだふりならぬ、エクストリーム自分を溶かして自殺のふりで雲隠れ~~した側なんだしー。ここは口止めしとこー。
「それなんだけどね……エルムエル。これまで通り、俺、死んでたことにしてくれない……? 俺コピーだけどほら、ご先祖様だし敬うチャンスだよー……? それにほらー、そんな他所の名門がどうなろうが知ったことじゃないけどさ俺、わざわざお家騒動のきっかけ作るのも、悪いじゃん?」
何よりあの両親と顔会わせるのヤダし、ノトとももう会いたくないし、長男のウェスタには恩義とかあるんだけど、今さら会わせる顔が無いんだよ。
「ああ、そうはいきませんね。ヨトゥンガンド家の血の薄まり、そこからくる過剰な近親交配はザルツ王家も危惧しています。親族としてそこはうなずきがたい話なんです。……でも、アクアトゥスちゃんとの間に、子供を作ってくれると約束してくれたら引き下がるよ。向こうだってそれで納得するだろう」
「あ~いいよいいよ、いくらでも作ってあげるよ。だからさ、黙っててね……?」
口で言うならタダなんです。
そこは口約束でごまかすことにしました。
あとでそんな話ありましたっけ、ウフフフ……とかしちゃえばいいんです。
「わかりました約束しましょう。ああそうです、グリムニール様から預かりものがあったんでした。アレクサントに渡せと言われていまして」
「え……エルムエル、グリムニールさんに会ったの? それどこで? そこ詳しくしっかり知りたいな。……え、これ、手紙?」
エルムエル殿下から手紙を渡されました。
確かにこれはグリムニールの筆跡……。姿を消してそれっきりと思っていたら西方にいたんですね。
「うちの城に来たんだ。それじゃ確かに渡したよ、私たちの先祖オールオールムのコピー、アレクサント」
これはグリムニールさんの足取りをたどるチャンスかもしれません。
だからエルムエルから笑顔でそれを受け取り、ローブの内側ポケットにしまいました。
「じゃあこれはお駄賃代わりだよ、ありがとうエルムエル」
「そ、それって……あ、ああアレクサント先生ぇっ?!!」
それから貸しを少しでも緩和させるために、彼にプレゼントを渡しました。
「何ですかこれ?」
「改良型フレアジェム、通常魔法の魔力を込めて起動させると……爆発して対象を焼き払う。闇討ちされそうになったらぶん投げるといいよ」
すると社交パーティに爆弾を持ち歩く狂気に、マハ公子もエルムエル王子も硬く凍り付くのでした。
まあ、こういう者ですよって挨拶代わりと純粋な親愛です。きっとエルリースの面影のせいでしょう。