35-1 はじめてのダンパとそばかすの王子様 2/3
「やあマハくん……ご機嫌うるわしゅうじゃん?」
「誰ですかこの男は?」
一番ホモっちぃくてナルシストな貴公子様に超邪険な目を向けられました。
これは完全に恋のライバルを見る目です。
勝手にやればいいのになぜ俺が巻き込まれてるんでしょうか……。
「ボクの先生です。賢くて、機転が利いて、何でも作れて、あのアルフレッド卿の下で家老もしてるんですよ。とてもとてもっ、すごい人なんです! ボク尊敬します!」
や、やめちくりぃ……。
この状況で持ち上げられるとそれ、上がるのは敵対心だけだからね?!
「ほぅ……これが殿下お気に入りの例の、先生か。ふんっ、俺の方が美男子だな」
「誰もそんなこと聞いちゃいませんよ。……じゃなくて、そうですね、貴方は美男子ですね、ハハハ」
俺に対する敵対心はアルフレッドにそのままのっかかる危険があります。
面白そうではあるけど実利の面でそれは避けたい。
「思ったより若い人でしたのね。うふふ……これはこれで……」
そこで思わぬ展開です、取り巻きのマダムたちから妖艶な微笑みを向けられていました。
暇と欲望と肉体を持て余した有閑マダム……はははっ、マナ先生とかキエ様と比べればこんなのかわいいもんです。
「あの、アレクサント先生! 良ければその……そのぉ……後で……。ボ、ボクの部屋に来ませんか……ッ?!」
「なっ……、なんじゃとぉぉぉぉぉーっ?!」
「キィィィィーッッ、そんなのずるいですわぁー!!」
って余裕こいたらマハくんのかわいらしいお口から爆弾発言が大炸裂です。
爺様貴族が絶叫して、姫君も嫉妬の金切り声を上げました。
YES,OR,NO? これどっち選んでもヘイト値大幅限界突破じゃねぇですか……?
「何なのだあの魔導師は……」
「ワシは知っておるぞ。あれはアルブネア子爵殿の家老だそうだ。何でも今回の領地大発展にもかかわっているとか……そういった噂だ」
「だが出自は流浪の民と聞いたぞ……」
「有能ならば家柄は関係あるまい。だがな……だが殿下のご寵愛をあれほどまでに……。許せません、な……」
「ええ、許せませんわ……顔はあんなにわたくしの好み! ですのに、よりにもよって殿下を独り占めするだなんてっずるいですわ……っ」
うわぁぁ……社交界怖~い……それどこ情報ですか……。
気づけば360度オール嫉妬。
例のホモ貴公子様なんて歯をむき出しにして俺睨んでるよ……。
さながらマハくんの周囲だけBLゲー時空が広がっているかのようです……。
「だ、だってあの、そうじゃないですかっ。以前ボクの方から先生のお部屋にお邪魔したこともありますし……だ、だったら今度はっ、ボクの番です……っ!」
「ソウダネ、ナラゼヒ、ゴ一緒シマショウ……ワア、タノシミ、ダナー」
どちらにしろ断るなんて許されない、これはそういう状況なのだと俺は悟りました。
ここで断れば、この異常に年齢層の広い公子様ファンクラブどもを漏れなく敵に回すことになります。
そうなるとアルフレッドの立場が悪くなり、それを利用している俺も自由が利かなくなってしまうのです。
「わぁっ、本当ですかっ?! あははっ、ついつい笑っちゃうくらい嬉しいです! 勇気を出して言ってみて本当に良かった……っ、ああボク……もう夜が更けけるのが待ち遠しいです……」
「ソレハヨカッター、オレ、モダヨー」
……逆にこれ応じても似たようなことになる気もしないでもないけど。
でも受けるなら敵意より嫉妬の方がマシだろう、という究極の選択に行き着きました。
「で……殿下のお部屋にだとぉ……。お、俺たちだって招かれたことがないというのに……! アレクサントォォォォ……その名前ッ覚えたぞッ!」
「うふふふふ、覚えましたわアレクサントさん。かわいいのね……」
「殿下は渡さないんだから! 下民のくせにぃぃーっ!」
殿下が恋する乙女のように今夜の未来予想図に恍惚するほど、やつらの嫉妬が怒りに燃え上がります。
そうなるとその分だけ俺は感情を顔から消さなければならなかったのでした。
人だかりというヤブをつついてみたら、とんでもない大蛇だったってわけなんですね……。殿下モテ過ぎ……。
「ゆっくり、眠くなるまでお話しましょうね先生!」
「……うん、そうだね。ゆっくり話そう」
でもちょうど良い機会かもしれません。
ずっと聞きたいと思っていたこともありました。やっぱりどうしても引っかるのです、マハ殿下の存在そのものが。
どうして殿下はマハカーラ・アバロンと同じなんだろう。
気質は違うがこの容姿、雰囲気がオールオールムの記憶と完全に一致する。
だからきっと殿下には秘密がある、そう思いこまずにはいられませんでした。やっぱり似過ぎていたんです。
・
殿下と一緒にその場を離れました。
大広間を抜けてテラスに出ると、その先には空中庭園が広がっています。
そこなら人気もなくゆっくり出来るはずでした。今のところ追っ手、監視の姿はありません。油断できませんけど。
「すみません先生……でも皆さん悪気はないんですよ。どうしてか昔からとてもやさしくして下さるんです」
「そうなんだね不思議だね、マハくんの人望かな」
「そ、そんなわけありませんよっ、ボクが公子だから……それだけだと思います……」
「それだけじゃあそこまで熱狂的にはならないと思うよ……」
とにかく2人になれてやっと気が落ち着いてきました。
社交界がもうトラウマになりそうです……。
ところが平穏は長くない、広間からテラスに人影が現れました。
薄暗いのでよく目を凝らして見ていれば、こちらに真っ直ぐ一直線にやってくるので間違いねぇ、あの取り巻きの追っ手だぁ……。
「あ、貴方は……!」
「あれ、知り合い?」
けど殿下の驚きを含んだ反応に、浅はかな自分の仮説を引っ込めることになりました。
その相手の姿に気づくなり、楽な姿勢をといてキッチリと王子様を演じ始めるのですから。
「お久しぶりですマハ・アバロン殿下」
「はい、お久しぶりです!」
外国人……しかもかなり位の高いヤツ。
相手もキッチリとした身なりの貴公子様で、顔が近づくなり俺は彼の目立つソバカスに気づかされました。
それから思いました。こいつ誰かに似ている……と。
「お初にお目にかかります、私はザルツランドの第一王子エルムエル・ザルツ」
「ザルツ……。は、はは……」
エルリース・ザルツ。
俺はその王子様からエルリースの面影を見つけてしまったのです。
年齢は20過ぎでしょうか、俺よりいくつか年上だと思います。
うっかり俺は彼の容姿をいつまでもいつまでも凝視し続けるという、とんでもない失態をおかしていました。
「どうされましたかアレクサントさん?」
「え……あ、いや……すまない」
「先生、もしかしてお酒が回ってしまいましたか?」
今のザルツ王家はエルリースとオールオールムの末裔にあたります。
つまりこの王子様は、ヤツの孫の孫の孫の果てしない先の孫なのです。
「いや大丈夫、それで俺に何かようでございますか、エルムエル様」
「様付けは止めて下さい、貴方にはぜひ、エルムエルと呼び捨てていただきたいのです。よろしければマハ殿下からも」
「いやそういうわけにもいかんでしょ……。だって第一王子って時期国王じゃん」
「誰かに横柄な態度を見られるとまずいですからね……。先生の場合今さらな気もしますけど」
「まあそこはそうなんですけど、せめてプライベートだけはと思いまして。ああところで、アレクサントさんは錬金術師だそうですね」
マハくん、あんまりフォローになってないけどありがとう。
エルムエル様、なんでそのことを、外国の王子様にあたる貴方が知ってるんでしょうかね?
この王子、油断ならないかもしれませんよ。
「ええそうなんですよ、公都の職人街で細々とやらせてもらってるんです。最近はアルブネア領での仕事ばかりですけどね」
「ふふ……細々と、ですか。実はですね、親戚のヨトゥンガンド家も代々錬金術師の家系でして……だから私、貴方に興味を持ってしまったんです」
予想が悪い方向に当たっていました。
ヨトゥンガンド家、つまりそれはアクアトゥスさんのご実家です。
かつての俺が乗っ取りをはかった鬼門中の鬼門、俺ランキング絶対関わりたくないお宅筆頭が、ヨトゥンガンド家でした。
その家を知る者となれば……。
アクアトゥスさんを連れて来なくて正解だったと安堵せずにはいられません。
彼女と一緒だったらすぐに俺の正体を見破られてしまったことでしょう。
ならこの先どうごまかそう、相手は王子、知られるとかなりまずい気がします。エルムエルはどうも頭も良い。
「俺もエルムエル殿下にお会いできて光栄です」
そこでまず無難に返しました。
ところで何だろう、マハくんが背伸びをして俺の耳元に寄ってきました。
それでヒソヒソとかわいらしい声で言うのです。
「ヨトゥンガンド家って、アクアトゥスさんのご実家ですよね。これって黙っていた方がいいですよね……?」
「うん、そうしてマハくん」
配慮の出来る良い子です。
さっきはあんなことになったのでフォローしにくいですけど……。
ともかく笑顔でマハくんに答えを返すと、また犬みたいに尻尾を振る姿が見えたような気がしました。
「羨ましいなぁ、マハ殿下は彼ととても仲が良いんですね」
「えっ……そ、そんなことありませんよ……?! ぼ、ボクが一方的に好いてるだけですし……。あっ、そ、そういう意味じゃないですよこれっ、アレクサント先生っ!」
大丈夫、大丈夫、大丈夫絶対そういう受け止め方はしないから、何が何でも現実から目を背け続けるから俺。
「……ノト。ノトという錬金術師をご存じですか?」
げっ……。
ところがよりにもよって2番目のクズい兄、ノトの知り合いときましたエルムエル様……。
これはうっかり顔に出てしまっていたかもしれません。それくらい俺には思い出したくない名前でした。
アイツはアトゥを襲って、俺に罪を塗り付けようとしたバカ野郎なんですから。
「今うちの王城にいるんですよ。そのノトが言っていました、かつて……アレクサンドロスという弟がいた、とね」