34-12 リィンベル・カーネリアンとの公言出来ない盟約 1/2
すっかり川遊びに味をしめてしまった人がいました。
もちろん俺もその1人ですけどそうではなくて、夏の陽射し水しぶきにキラキラとブロンドを輝かせる彼女のことです。
「ブヘァッ?!」
その彼女から遠慮無しの水かけが飛んできました。
いいえ訂正しましょう、それは水ぶっかけ連射攻撃であると。
「あはははっ、油断する方が悪いのよ。というより、アレクっていきなりぼんやり考え始めるところあるわよね。……えいっ!」
「うぉぁっ?!」
お嬢ってば元気です、いつもよりずっとずっと、正直こちらが持て余すほどに。
しかし幼さの残る若々しいエルフ様に無垢な笑顔を向けられると、ああ、エルフ最高としか感想が浮かびませんでした。
「そんな大人げない遊びに俺が付き合うわけ……ある! おりゃーっ!」
「ひぁっ?! か、顔ばっかり狙うなんて汚いっ、うっうっ……手加減しなさいよバカァーッ!」
こんなに素敵な耳と一緒に遊べるだなんて、いま俺はこの幸せが怖い……!
え、オールムの時代にお前にもエルフ耳が生えてた?
いいえそれは短いハーフエルフの耳でしたし、まるで別ものだと答えましょう、同列に置くだなんておこがましい!
あ、手加減? 舐めプはいけませんよ正々堂々全力でお相手します。
「ケホッケホッ……み、水飲んだじゃないっ、ぷひゃぁっ?! ま、待ってアレクっ……あたしっ、怒るわよ!!」
ピタッ、と我が身が停止しました。
お嬢もやり返してたしオアイコな気がしますが、これ以上攻めるとマジギレラインなのを悟ったのです。
「ちょっとは手加減しなさいよっ……ううっ、ぺっぺっ、髪の毛ぐしゃぐしゃじゃない……」
「ずぶ濡れになった髪に抱かれたそのエルフ耳も素敵だよ、色気がある。……耳に」
「はぁぁ……。なんでいつも耳ばっかなのよ……耳以外も見なさいよ……」
「それは仕方ないよ、エルフの中で一番お嬢の耳が綺麗なんだから。可能ならば炭を塗り付けて耳拓にしたい」
インテリアには疎い俺ですけど、それを部屋に飾ったら良いと思うのです。
いっそ職人科にいた頃の経験を使って、石膏で型を作るのも悪くないでしょう。
「だから他の部分もちゃんと誉めなさいよっ! ……はぁぁぁもういいわ、そろそろ泳ぎの練習も始めましょ……。だって不毛だもの……」
「OK、涼しくなっちゃう前にそっちを片付けよう」
フェチとはそういうものです。
きっとオールムは自分の耳にコンプレックスでもあったんでしょう。
だからこそ純血種のエルフに憧れて、その想いが俺にも残ったのかもしれません。
「ばた足は綺麗に出来るようになったし、クロールの続きからね。はいこっち来てー」
「う、うん……お願いします……。変なところ触ったら怒るわよ!?」
クロールですので、水に浮いたお嬢のお腹を下から持ち上げることになります。
どうやらそれがちょっと恥ずかしいらしい。まあお腹ですからわからないでもない。
しかしその水着越しのお腹の質感というものがですね、なかなか……。
「耳も?」
「そこは触る必要ないでしょっ!! ひぁっ?!!」
唐突ですが欲望に負けました。
先にお嬢の耳を指で突っついてました。
敏感なのは知ってます、身をのけぞらせてお嬢が左耳を抱え込みました。
「ッッ~~! 早く練習するわよ、持ち上げてっ!」
「うん、そんじゃ失礼をば。……よっこせっ」
お嬢は良い子です、そんなに怒りませんでした。
どちらかというと興奮とかときめきの方が勝っているようにも見えて、ああ、愛らしい、若い、さすがエルフ様……。
「掛け声がおじさん臭いわ……。ん……それじゃ変なところあったら教えてよね……?」
「はいはいお任せあれ、お嬢がエルフ耳を持ったマーメイドになるまでお付き合いいたしましょう」
「川に人魚はいないわよ……」
「あ、確かに」
お嬢は最初だけ筋が悪かったです。
でも賢いんです、要領さえ覚えればすぐに上達していきます。
ロリロリしたそのバディからしても大器晩成ってやつをうかがえて、本当に楽しい楽しい泳ぎの練習が続いていきました。
「最近、少し運動不足だから……」
「うん、そう考えるとちょうどいい機会だったね」
「そうじゃないわ、お、お腹が……その、やわらか過ぎないかしら……?」
「ああ、もしかして肉付きの方気にしてるの? ぷにぷにとして最高の触り心地だよ、もっと太ったって良い――おわっ?!」
じきにすぐ覚え切ってしまうと思うと、何だかもったいない気さえしてくるほどに。
しかしどうも返答を間違えたらしく、クロールがいきなり止まって、終わり無き水かけがお嬢の手から繰り出されましたとさ。俺にお腹を抱えられたまま。
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「クチュンッ……!」
「うっうぉぁっ、さ、寒っ?!!」
それが幸いか不幸かはわかりません。
お嬢が泳ぎを覚えきるその前に、背筋凍るほど冷たい風が流れてきたのです。
水の湧く山間では珍しくもないことでした。
いいえ今したい自己主張はこれ一つ、とにかく寒いんですけどー!!
「うはぁぁなんだこりゃ……何か急に風向きが変わったね。うへぇぇ……さぶっ!」
「それよりアレク、空見て空っ」
濡れた肌に冷たい風が当たったらどうなるでしょうか。
答え、体温がっつり持ってかれる。
もうおうち帰りたい気分になってしまいました。さらには西の空を見上げれば、暗い積乱雲が急発達してるじゃないですか……。
「ああこりゃ、はよ帰った方がいいな」
「そうね、もう上がりましょ。……はうっ、さ、寒っ……」
意地悪な風がまた通りすがり、水から上がったエルフ様の肌を冷やしました。
白い肌の上では面白いくらいあっさりと鳥肌が立ってゆき……って、俺も全く同じ有様でしたー。
俺たちは急いで岸へと上がり、肌の水滴を手で拭い飛ばします。……こんなことならタオル持ってくるべきでした。
「あ」
「う、嘘……っ、わっわっわっ、ひわぁぁーっ?!」
ところがその作業は徒労に終わったのです。
真夏日、黒い積乱雲、冷たい風。その3つのカードがデッキにそろったとき、特殊効果スコールが降り注ぐのです。
「な、なによこれぇぇーっ、あ、アレクゥゥーッ!!」
「ヤバいな、とにかく川の近くはまずい、離れようかお嬢」
息苦しいほどの大粒の雨が、まごうことなき土砂降りが肌に叩き付けられていきます。
これはちょっとのっぴきならねぇとお嬢の手を強くしっかり握って、屋敷への小道に駆け込みました。
もちろんこれもドロポンに作らせたのです、かわいくて優秀。
「うっううっ……酷い目に遭ったわ……。ああもうグシャグシャのドロドロじゃない……」
「このへんの林の中ならまだマシだね。……あれ、お嬢サンダルは?」
もう少しゆるい雨なら雨宿りといけたのですけど、残念ながら雨足が激し過ぎました。
木の葉を貫いてスコールが肌を打ち、葉についた砂埃が肌にこびり付いたりザラザラ擦ったりと、不快どころか軽く痛いです。
「アレク、あそこ……!」
「おお、そういえばあんなの建ってたっけな、早く行こう!」
逃げるように緩やかな坂道を進んでゆくと、そこに俺たちは小屋を発見しました。
あそこならやり過ごせます。雨宿りに使わせてもらいましょう。
「んぷっ、ぺっぺっ……ぅぅ~何なのよぉっ!」
「え、お嬢なんか言ったー?!」
「何にも言ってないわよーっ!」
「え、何だってー?! とにかく走るよ!」
俺たちは騒がしい豪雨の中、その小さな建物へと逃げ込むのでした。
次回挿絵回!(作者が画像うp忘れてなかったら