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0-02 公都で入試を受けた日のこと 2/2

「わたくしが学園長のイアン・シュパルツァでございます。よろしければ名前をお聞きしても良いですかな」


 学園長室に入ると、白髪のほがらかな老人が迎え入れてくれました。

 その身なりも白装束の魔導士といった風貌で、こっちは魔法使えないけど親近感を覚えます。


 ……でも書類があるだろうに名前をわざわざ聞くあたり、食えない爺さんだと評価するべきかなー。


「初めまして学園長、自分はアレクサントと申します。旅商人の子でして姓は持っておりません」

「ふぉふぉふぉ、そうでございますか。それでは少しばかしの間よろしくお願いいたしますアレクサントくん」

「こちらこそイアン学長」


 どんな厳めしいのが出てくるかと思えば、拍子抜けするくらい下手したてというか丁寧な人でした。

 それだけあって逆に調子が狂うというか、警戒してしまいます。


「さて……わたくしは毎年様々な問いかけを志願者に投げかけております。アレクサントくんはそれに答えてくれるだけで構いません。どうかこの老人との問答にしばらくお付き合いいただきたい」


 ふーん、問いかけね……。

 ……ならここからは思考を切り替えようか。


 カンだけど、どうもこの老人を舐めてかかると痛い目に遭いそうです。


「……」

 さて……。なるほどこれが面接の趣旨というわけです。


 学園長の主観一つで志願者を評価しようというのです、なかなかセオリー通りにはいかない展開になった。そう判断するべきしょう。


「把握しました。どうかよろしくお願いいたします」

「結構。ではアレクサントくん、この老人の質問にお答えください」


 ほがらかな老人が俺を見定める。

 その気迫ったらなかなかの威圧感で……うわこれ厄介です。

 あんな筆記試験よりよっぽどめんどくさいことになりそう……。


「貴方は王をも脅かす力を持った魔王です。はい、かつてそのような存在が本当にいたとされています」


 ……え、魔王?


 が、またもや拍子抜けさせられました。

 学園長の口から飛び出す単語じゃない気がするんですけど。


「国家をも超える圧倒的な力を手に入れた時……。アレクサントくん、貴方ならどうされますかな。……例えば、何か果たしたいことなどありせんかな」

「ぇー……ぁー……えーっと……。さすがにこれは予測してなかったんで、少し考えても良いですか?」


 彼に困り顔を向けて時間を哀願しました。

 まったく、なんて独創的な質問をするご老人なんでしょう……。


 だって仮にも封建主義の世界じゃんここ、なのに国家をも超える力とか、いいのかなぁこれ……。

 もうちょっと王者に対する忠義とか建前とかタブーとか……あーまあいいや。


「構いません。問いはこれ一問ですのでゆっくりお考えください」

「えっ……。あ、はい……。や、ナニソレ……」


 最後は小声でつぶやく。

 だってそうじゃん、これ一問だけって……うわなにこの面接官やりにくいよ!


「ここだけの話ですからご安心を。貴方が思うがままのことをお答えくだされば結構でございます」


 ……ぁぁ、そう、めんどくさ。

 この爺さんめんどくさ……何考えてるのかまるで読めないよ……俺こーいうタイプ苦手……。


「じゃあお言葉に甘えて思ったままのことを答えさせてもらいます。自分が魔王になったら……」

「はい、貴方が魔王になったらどうされますかな、ふぉふぉふぉ」


 嬉しそうに爺さんが笑いました。

 なんか難しく出題の意図を考えるのがバカらしくなってきます。

 もしかしてそれが彼の狙いなんでしょうか。


 ……まあいいさ。もう思ったままのことを言おう。



「特にないです」



「……。……なんですと?」


 結果、爺さんは呆気に取られて聞き返しました。

 うんちょっと気分良いね、フフッ。


「魔王になったところで何もしません。だってほら、力を手に入れたからって行使しなきゃいけない理由もないですよね」

「なるほど……。確かにその通りにございますが……いやはやしかし……」


 爺さんが難しい顔して俺を観察してくる。

 さほど珍しい回答でもない気がするんだけど、キッパリ言い切りすぎたのがいけなかったんでしょうか。

 でももう今さらしょうがないな。


「第一面倒じゃないですか。何かを変えようとしたら、その後始末までしなきゃいけないですよね」

「ほう……ほうほう、なるほど確かにそうでございますな」


 老人の顔が当惑から好奇心に変わりました。

 彼はなるほどそういった発想かとうなずく。


 そうか好奇心です。この爺さん歳の割に好奇心がもの凄いから奇妙なんです。


「それがきっとたまらなく面倒な結果を呼ぶ気がします。何かを変えようとして、今より良くなる保証はどこにもない。人の反対を押し切ると口論になる。それが平穏な生活を脅かす」


 もういいや全部言っちゃいましょう。

 次々と出てくる言葉を13歳の少年が老人に投げかけました。

 うん、はたから見ればこれこそ奇妙な光景かも。


「魔王みたいな者が、力ずくで何かを変えようとするから、面倒ごとが増えるんじゃないでしょうか。性急な変化はきっとろくな結果を呼ばないです」

「……なるほど結構。では、魔王なんて必要ないとお考えでございますかな? 力ずくで変えなければならないほど全てが腐っていたとしたら、どうでしょうかな?」


 白髪の老人が身を乗り出して受験者に顔を近づけました。

 言葉こそ丁寧だけど、ほがらかでやさしそうだけど、何か不気味な人です……。


「うーん……腐敗の基準を誰が決めるのかはさておいて。本当に救いようがないくらい腐っていたとしたら……」

「はい、その場合にございます! ぜひわたくしはその部分をお聞きしたいのでございます!」


 変な爺さん……。

 ま、興味はこれ以上なく惹けてるし結果オーライかな。


「……尻尾巻いて逃げます」

「なんと……。戦わないのですか? 腐った道理をねじ曲げる力があるのですよ?」

「でも、その戦いで決着が付かなかったらその後どうするんですか。誰がその先を維持するんですか。それに何より俺は……」


 ……ああそうか。

 それが自分の価値観を示す上で適切なのかと理解する。

 この老人は人を測るのが悪魔的に上手いのだとも。



「悪を倒して世界を救う、その発想にピンとこない」



 学長はその回答で満足してくれました。

 問いかけを止め、あのほがらかな老人に戻ってくれたのです。

 それから大きな書斎机の席から立ち上がり、金属杖セプターをついて俺の目の前に来ました。


「つくづく驚かせてくれる若者ですな……ふぉふぉふぉ。なんとも早熟な……いやいや興味深い……」


 この世界では珍しくもなんてもない技術、魔法。

 けれど学長は見たこともない術を使って見せてくれました。

 ステータス解析呪文だそうです。


「この魔力は……ふむ、奇妙な……。アレクサントくん、貴方は特殊な環境……あるいは家の生まれではございませんかな」


 いや知らんし。

 こっちが聞きたいし。

 父はこう、うだつの上がらないってのを地で行く人でしたよ?


「そうでございますか……」


 首をかしげてみせると好奇心の怪物爺さんが、ひどく残念そうに俺の真似をします。

 いやぁ特殊環境というか今も崖っぷちだってば学園長。


「ふぉ、ふぉ、ふぉ……しかし結構。いやはや楽しみでございますな、貴方がこの先どんな道を選ぶのやら……。フフフ、好奇心が尽きぬとはこのことでございます。合格ですアレクサントくん、アカシャの家は喜んで貴方の入学を認めましょう」


 向上心0です発言にも等しい回答だった気もするのに、学園長の口から合格の言葉が下されていました。

 まさかこの場で合否が決められるとは思ってなかったので、さすがの俺も拍子抜けしてしまったらしい。


「いやでも……今さらですけどいいんでしょうか……。俺って国籍もない流浪の民ですし……」

「当学園にそんなルールはございません。心より期待しておりますよアレクサントくん」


 ……堅物の学園長ではなかったと感謝しよう。

 懸念は杞憂だったのです、素直に喜ぼう。


「ありがとうございますイアン学園ちょ――」


 けれどそこで学園長室の扉が慌ただしく押し開かれました。


「なりません! こんな正体不明の若造を当学園に入れるなどっ、私は反対でございますぞ学園長ぉぉーっ!」

「ふぉふぉふぉ、おや凄い剣幕ですなピカール教頭」


 ピカール教頭とかいう人が現れて、俺と学園長の間に割って入っんです。

 かと思えば敵意むき出しにこちらを睨み付けてきました。


「流民が入学するなど前代未聞! 貴様のような者が治安と風紀を乱すのだっ! 貴様は落第だ不採用だ追放であーるっ!」

「いやあの……。でも学長が良いって言ったし……?」


 つか嫌でもその教頭先生の頭部に目が行く。

 不在証明アリバイ完璧の前髪とハゲ散らかった薄い頭頂部が果てなき荒野、それがピカールの名の下に脂っぽく光り輝いている。


「キィィィィーッ!! 学園長っ、こやつ私の顔を見ず……くっ、くぅぅっ! 人と話すときは人の顔を見るのであるっ、私の頭をそんなっ、そんなシゲシゲ見るとは何事かっ! 顔を見よっ、このピカール・ハイデルースの顔を!」

「あ、すみませんつい……別に俺、ハゲ散らかってるなぁとか思ってないです。つい教育熱心なそのお姿に感動してしまって……」


 えーとこの手のタイプはおだてておこう、そうしよう。


「感動しましたさすがです、ピカピカ・ハゲテルース先生」

「キィィィィさぁぁむぁぁぁぁぁーっっ!! 私はピカピカでもハゲテルースでもぬぁーぃっ!! ピカール・ハイデルースであるっ!!」

「アレクサントくん……教頭先生にそれは……、禁句も禁句でございますぞ……」


 わざとじゃない。

 何か理由があるとすれば性悪な俺の無意識があえて間違いを選んだに違いない。


 なんつか、しょうもないけど良い響きね。ピカピカ・ハゲテルース……ピカピカ……ハゲ……ぷぷっ、姓名合わせて出落ちとか……もう狙ってるとしか、ククク……。


「笑うなぁぁぁーっ、流民のくせにけしからんっけしからんであーるぅっ! きぃぃーっ!」

「すいませーん、間違えましたぁー(棒読み)」

「貴様ァァァーッッ!!」


 ……グダグダなので口調を戻しまとめます。

 身分証明ができないけど入学が認められました。


 でも教頭に滅ッ茶苦茶ッ嫌われたみたいで、有無も言わせず職人科というところに回されてしまいました。

 泊まる場所がないと申告すると、今日から寮生活をさせてもらえることになっちゃいました。

 やったね食費宿代が浮くよ。


 ……ま、そんな感じです。



 ・



「貴様がアレクサントか。まさか入試首席の座を俺から奪うとはな……。っておいっ、なぜ素通りしてゆく! 待てっ、待てアレクサントっっ!」


 そいや何かキザったらしくて貴族っぽいヤツに声かけられました。

 でももう教頭でお腹いっぱいなんで、見なかったことにしました。


 入学おめでとう俺。

 未来がどうなるかまだわからないけど、今は憧れの学園生活を手に入れて、優越感と喜びとワクワクでいっぱいです。


「無視をするなぁっ、アレクサントォーッ!!」


 その貴族生徒も対抗心か何かなのか、即日の寮入りを希望したそうです。


 名前は確か……アル……アル……アルファルファ? あ、これ牧草だ。確か豆科。


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